尽きぬ憧憬   作:なんでさ

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紅い背中

 全く予想外に始まった個性把握テストという名の洗礼を受け、これを乗り切った俺含むヒーロー科1-A。

 初っ端から波乱の幕開けとなったわけだが、ひとまず大きな出来事もなく、各々が書類をまとめ帰路についたり、クラスメイトと新たな交友を持ったりとその過ごし方はさまざまだ。

 かくいう俺もその中の一人で、八百万に加え、今朝知り合った級友数人と今日のテストなどについて雑談――というよりは質問会の様相を呈していた。

 

「なあ衛宮、さっきのあれ。思いっきりぶっ飛んで地面転がるなんて、なかなか根性あるぜ!」

「本当はもうちょっと綺麗に着地したかったんだけどな。それに、俺としてはほぼ個性なしで九位だった切島の方が驚きだ」

 

 切島鋭児郎。

 いかにも熱血男児といった風体の人物で、話しているとその人柄の良さが窺える、実に気持ちのいい性格の人物だ。

 

「弓矢もすごかったよー!なんていうか、構えた瞬間にシン・・・・・てなってさ!エミヤん何だったのあれ!?」

「あれはただの雰囲気で――」

 

 こちらは芦戸三奈。

 ピンク一色の頭髪と表皮、頭部に生えた二本の触覚じみた角が目を引く女子。

 奇抜にすぎる容姿ではあるが、周囲を盛り上げるムードメーカー的な性格から、既に多くのクラスメイトと交友を持っている。

 これまで、俺の周囲にいなかったタイプであり、なかなかに新鮮だ。

 流石に、出会って早速あだ名を付けられるとは思わなかったが。おまけに妙に耳に馴染む語感で、俺もなんだかんだ受け入れている。

 

「入試の時も弓使ってたよね。ビルの屋上からめっちゃ狙撃してたし。習い事とかしてたの?」

「いや、そういうのはしてなかったな。個性制御の一環で手を出したのが始まりだよ」

 

 最後に、耳郎響香。

 ボブカットの黒髪に、イヤホンのプラグのようになった耳たぶが特徴的な、小柄な女子だ。

 出会った時に気付いたのだが、入試の時にあのロボの前から釣り上げたのが彼女だった。

 今朝会った時にその事についてお礼を言われたが、当時の彼女は別段、脚を負傷したり気絶していたわけでもなかったから、俺がいなくとも自力で切り抜けていただろう。

 

「個性って言えばさ、衛宮って創造系の個性だよな?」

「ああ。一応、おおむねはそんな感じだな」

「いや、すげー偶然だと思ってさ。同じクラスに似た様な個性のやつが揃うって」

 

 それは確かに、大した偶然だろう。

 俺自身、創造系の個性に出会った事は、今日まで一度も無かった。

 

「ええ、本当に。今朝、お互いの個性について話した時は、とても驚きましたわ」

 

 隣の席で話を聞いていた八百万が頷く。

 俺も彼女と同じく、雄英入学初日に初めて出会ったクラスメイトと同系の個性だったとは思いもしなかった。

 

「タイプはおんなじみたいだけどさ、実際、二人の個性ってどう違うの?」

「あ、ウチもそれ気になってた」

「そういえば、細かな違いは私もまだ聞いていませんでした」

 

 なんだか、途中から俺への質問会になってきた気がするな。

 初めはそれこそ他愛無い世間話みたいなもんだったのに、いつからこんな感じになった。

 

・・・・・というか、あんまり喋らない方が良いよなぁ。

 

 当然というか今更というか、俺の個性が特殊なものであることは、基本的に秘密だ。

 その方が危険も無く、なおかつ周囲に余計な波風を立てなくて済む。

 

 プロヒーローや警察、その他いろいろなお偉いさんは、俺に箝口令を敷くことはなかった。

 ただこの情報が漏れた場合、余計な混乱や騒動が起こり得るから、出来れば無闇に喧伝はしないで欲しい、と。

 口止めらしい頼みは、それぐらいのものだった。

 この個性が極めて異常な存在であるのは事実だが、これは結局の所、どこまでいっても個性でしかないのだ。

 最初は色々と議論されたようだが、それを無闇矢鱈と情報封鎖するのは、この個性社会において有意な事ではない、という判断に最終的に落ち着いたらしい。

 

 なんで、口にしても構わないと言えば構わないのだ。

 それを敢えて口を噤んでるのは、やはり無闇に騒ぎを起こしたくないから。

 ヒーロー科にまで至った彼らが、容易く動揺したり、安易に秘密を漏らすとは欠片も思っていない。

 ただ、人の口に戸は立てられないもので、意図せぬうちに誰かに話してしまう可能性もゼロではない。

 だからここは、当たり障りの無い情報を伝えておくのが得策だろう。

 

「俺もそこまで専門的な事は言えないけど、大きいのはやっぱり、方向性の違いかな」

「方向性?」

 

 聞き返す芦戸に、ああ、と頷き返す。

 実際には、もっと色々な差異があるんだろうが、この話だけでも説得力は十分なはずだ。

 

「聞いた話とか、テストの時に見た感じ、八百万は大抵の物は造れるんじゃないか?」

「ええ。対象の構造を分子レベルで理解している必要がありますが、それさえ出来ればおおよそは創造できるはずです」

 

 サラッと言うが、実際とんでもない話だ。

 この世にごまんとある無生物を、その分子構造に至るまで記憶・把握しているなど、いったい彼女の頭脳はどれほど発達しているのか。何より、自らの個性を活かすためにどれだけの知識を積み重ねてきたのか。

 雄英に合格したとはいえ、元々の頭の出来が良くない俺には想像もできない苦難があったのだろう。

 

「俺の場合、そこまで万能じゃない。八百万みたいにいろんな物の構造を記憶して、イメージ出来ないっていうのもあるけど、それ以上に俺の個性は刀剣に特化してる」

「ああ。確かに、テストの時も鎖の付いた剣とか、めちゃくちゃ長い槍とか使ってたな」

「そういえば、あのデカいのを止める時も剣飛ばしてたね・・・・・あれ?よく考えたら、なんで剣が飛んでくの?」

「それはもう、そういう個性だからとしか言いようがないな」

 

 俺としても、何でそんな力まで備わってるのか分からない。

 方法はともかく、最初から出来てしまったものだから、原因とかは不明だ。

 

「話を戻すけど、俺の場合、創造の元になるのは設計図で、対象の構造が分からなかったり、設計図に対する理解が低いと、見た目だけのハリボテしか造れない。そして、対象が剣やそれに類するものほど精度も上がっていくんだ」

「・・・・・衛宮さんの言う通り、確かに私の個性とではベクトルが違いますわね」

「八百万が万能なら、衛宮のは攻撃特化、て感じだな」

 

 切島の評価はあながち間違っていない。

 八百万が幅広く様々な状況に対処出来るのに対し、俺の個性はその性質上、他者を害する事の方が向いている。

 多少の応用は効かせられるが、根本的に攻撃以外の用途には向いていない。

 

「そんな訳だからさ、俺としてはいろんな状況で人を助けられる八百万の個性がちょっと羨ましい」

 

 誰よりも苦しむ人を救わねばならないこの身が、その実、救助という行為にとことん向いていない。

 瓦礫撤去など、やれる事自体はゼロではない。

 けど、自らの個性の本質を考えれば、外敵の排除が最も有意義な使用法だろう。

 

 別に、それならそれで構わない。

 災害救助は、あくまで起きた事象に対する処置。

 だがヴィラン退治は、初めから倒すべき敵をを想定しているから、事が起きる前に、被害が出る前に防ぐことができる。

 この身が救助に向かぬというのなら、戦いを本分とし、外敵の排除に己を使えばいい。

 この力は、そのためにあるのだ。

 

・・・・・ただ、だからこそ八百万のような個性に羨望を抱くことはある。

 彼女のような個性であれば、災害救助にもヴィランからの防衛にも対応できる。

 俺とは違って、彼女は多くの人に愛されるヒーローになるのだろう。

 

「・・・・・っと。俺もそろそろ帰るよ。皆、また明日」

「おう、じゃあな」

「また明日!」

 

 あまり長いこと居座るのも良くないだろう。

 彼らからも挨拶を返されたところで帰路につく。

 今日は入学初日という以外にも、新天地に根を張らねばならない日でもある。

 既に諸々の作業・準備は終わっている。あとは、これまで通りの生活に近づける様に、細かなところで調整していく。

 

・・・・・身の回りの物はあらかた揃えてるし、他に必要な物は・・・・・

 

 やたらに長い廊下を歩きながら、頭の中でリストを思い浮かべる。

 今日は初日ということもあるし、余裕を持って買い物なんかができるだろう。

 果たして近くにスーパーなんかはあっただろうか。

 

「衛宮さん!」

「八百万?」

 

 自分を呼びかける声と、パタパタという小走りな足音が後ろから聞こえ、足を止める。

 

「どうした、何か忘れ事でもあったか」

「少し、あなたと二人でお話ししたいことがあったので」

 

 いくらか急いできた様子の八百万が、真剣な表情でこちらを見据えている。

 

「二人で、か・・・・・」

 

 わざわざあの場で話さず、こうして後を追ってまで話したいこと。

 彼女にとって、皆の前で話せない話題、というよりは――

 

「歩きながらでいいか?」

「え?ええ、構いませんけど・・・・・」

 

 了承を得たのでまたこの長い廊下を、今度は八百万を伴って進む。

 八百万が言い淀むのは分かる。

 誰にも聞かれぬようにと、こうして教室を出た後に話しかけてきたのだ。

 彼女としては、どこか適当に人のいない場所で話すつもりだったのだろう。もしくは、学生らしく茶店にでも入って腰を落ち着けて臨む気だったのかもしれない。

 それを人に聞かれてしまいそうな廊下でするというのは、困る事ではないのか、と考えている。

 無論困るのは彼女ではなく――俺の方だ。

 

「話ってのは、俺の個性の事だろ」

「っ!、気づいていらしたのですか・・・・・?」

「まあ、な。こうして俺が皆と別れて話しかけてきた上に、内緒話なのに歩いて話すのを許したり。そっちにとっての秘密じゃないのは確実だし、消去法で考えたらそうなった」

「・・・・・ええ、その通りですわ」

 

 彼女は驚いた様子で肯定する。

 しかし、そんなに難しい考えじゃない。

 彼女にとっての秘密であれば、こうも雑な会話にはならない筈だ。

 

「それに、八百万からしてみればさっきの話は納得できない部分もあったんだろ?同系統の個性だしな。違和感感じても不思議じゃない」

 

 実際、色々と穴のある話だった。

 創造系の個性でない人間には、パッとしない話かもしれないが、分かる人間が聞けばすぐにその綻びに気付く。

 材料は何を使っているのか、とか。どうしてノータイムで創造できるのか、とか。

 

「けど、俺が皆の前で話さないから、何か事情があるのかと思って、周りに誰もいない時に来てくれたんだよな」

「・・・・・百点満点の答えですわ」

 

 やはりというべきか、再度確認したというべきか。

 彼女にしろ他の皆にしろ、本当に優しくて良い人たちばっかりだ。

 さっきまで一緒にいた切島や芦戸なんかも、こんな無愛想な男に親しくしてくれるし。テストの時、飯田くんは転げ回った俺の所に来て心配してくれたし。

 昔から思う事だが、どうも俺は人との出会いに恵まれているらしい。

 誰も彼も、俺なんか似つかわしくないほど、心根の優しい人達だ。

 

「・・・・・悪いな、わざわざ気を遣わせて」

「いえ、そんな!私が気になって聴きに来てしまっただけのことですから・・・・・」

 

 ただ気になっただけなら、別にその場で聞いてもよかったはずだ。

 それでも敢えてそうせず、こうして俺が皆と離れたタイミングを見計らって話しかけに来てくれた。

 それは間違いなく、彼女の善性だろう。謙遜する必要など、どこにも無い。

 だがまあ、本人がそれでいいと言うのなら、今は触れないでおこう。

 

「それで、個性についてなんだけど。まあ、お察しの通り、あんまり喧伝出来ない事情はある」

「・・・・・やっぱり、そうでしたのね。どうして話せないのか、理由は聞いても?」

「色々と騒ぎの種になる、っていうのが理由になるかな。俺の個性はちょっと普通じゃなくてさ。どうしても話せないっていうわけではないけど、極力は人に教えないようにしてるんだ」

「それだけ聞ければ十分です。私もこれ以上、無粋な詮索はいたしませんから」

「すまん。そうしてくれると助かる」

 

 そういって、八百万は自ら引き下がってくれた。

 必要な事とはいえ、こうして彼女の願いを無碍にするのは、心苦しいものがあった。

 彼女がこちらを慮ってそうしてくれたのなら、頭の下がる思いだ。

 

「けど、少しだけ残念ですわね・・・・・」

「・・・・・ほんとにごめん」

 

 まさか、彼女がそうまで俺の個性に興味を抱いていたとは。

 こんな風に落ち込まれるなら、必ず他言しない事を条件に話してもよかったかもしれない。

 

「ああ、いえ。そういう事ではなくて。・・・・・ただ、近しい個性同士、切磋琢磨しあいながら、色々と話せると思って、少し嬉しかったんですの」

 

 照れた様に笑う八百万に、なるほど、そういうことかと納得する、

 方向性が同じ個性であれば、それだけ通ずるものもあるだろう。

 話が合ったり、互いの技量を比べあったり。

 同族意識・・・・・とは少し違うのかもしれないが、そういったある種の共感を期待していたのかもしれない。

 

「そういう事なら、俺もちょっとは話せると思うぞ。詳しい話はあんまりできないけど、感覚とか使い方とか、そういうのならいくらでも付き合うよ」

「そ、そうですかっ!でしたら今度、今の生活が落ち着いたら、ゆっくりお茶でも飲みながら一緒にお話しましょう!」

 

 俺の返答に、八百万は少々勢いづた返答を返した。

 ポワポワしているというか、後ろに小花でも咲いてそうな雰囲気で、喜びを隠しきれていない。

 今まで自分と似た個性がいなかった故か、多少でも話のわかる奴に会えたのが嬉しかったのだろう。

 

「おう。俺でよければいくらでも付き合うよ」

 

 そんな風に喜ぶ彼女に応えない訳もなく、二言は無いと宣言する。

 果たして、詳細を伏せながらどれだけ話せるかは分からないが、出来うる限り彼女が満足できるよう、今のうちに考えておこう。

 

「そういえば、引き留めた私が言うのもなんですけれど、時間は大丈夫でしょうか?ご実家は遠くにあるんでしたわよね」

 

 八百万は思い出したように、そんなことを言った。

 今朝出会った時に、彼女には地元がどこかは話してあった。

 ただ――

 

「ああ、問題ない。というより、今はこっちに越してきてるんだ」

「こちらに?」

「ほら、地元からここまでじゃ時間がかかり過ぎるから。正直、成績を維持したまま前の生活を続ける自信がなかった。だから、今はこっちで一人暮らししてる」

「まあ。そうでしたの」

 

 本当は寮制度でもあれば良かったんだが、雄英には備わっていなかった。

 その代わりと言ってはなんだが、雄英周辺のアパートやマンションの家賃は、他の土地に比べてかなり低い所が多かった。

 人気の高校や大学周辺の賃貸は、遠方から一人暮らしで通う学生に向けて低料金で提供している場所もあるらしいが、この辺りは更に安価だ。

 こういうのは、このご時世のヒーロー人気から来る待遇なのだろう、とは思う。

 

「だから、時間の事はそんなに気にしなくていいんだ」

 

 こちらに越してきたのは入学直前の事で、バタバタしていたのもあって、まだ必要な物もあるし、周辺の地理も把握していない。

 この後はそれらを兼ねて、近くに買い物に行く予定ではあるが、そこまで切羽詰まっているわけでもない。

 こうしてクラスメイトと話す時間くらいは、いくらでも都合がつく。

 

「よかった・・・・・。もしやご迷惑だったのではと心配しましたが、安心しました」

 

 八百万はホッとしたように息を吐く。

 彼女にしては、自身の興味故に引き留めた俺が不都合であったなら、と考えたのだろう。

 もっとも、仮にそうであったのなら、そう伝えるので安心してほしい。

 

 その後、彼女と他愛無い世間話をした後、校門で別れることになった。

 彼女の登下校は車での送迎だったようで、近くに黒塗りのいかにもな高級車が停まっていた時は驚いた。

 彼女の実家について詳しくは聞いていなかったが、品のある振る舞いといい、丁寧な口調といい、どうやら本物のお嬢様だったようだ。

 

「それでは衛宮さん、また明日」

「ああ。また明日」

 

 車内から窓越しに別れを告げる彼女に、こちらも手を振って返す。

 排気ガスを吐いて遠ざかっていく車を見送って、俺も自分の用を済ませに行く。

 今日はやる事が多いが、まずするべきは――近くのスーパーの品定めからだ。

 

 

 

 

 

 

「新一年生達の様子はどうだった?」

 

 雄英高校職員室。

 新入生達の入学初日となる今日、各教員はこれからの授業などに向けて、忙しく準備していた。

 ヒーロー科はその特殊性もあって、特に多くの雑務をこなさねばならない。

 こと1-A担任である相澤に関しては、休憩時間に周りが食事に行ってる間も、合理性を重視してゼリー食料を一息に飲み干し仕事に戻っていた。

 そんな彼にとって、いま最も腹立たしいのは、特に用も無いのに意味も無く絡まれる事だろう。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・なんです?」

 

 たっぷり十秒ほどかけて、相澤はミッドナイトに反応した。

 それはもう、本気で嫌そうな顔で。

 それこそ、直前まで無視でも決め込もうか、と半分本気で考えていたくらいには。

 

「そんなに邪険にしなくてもいいじゃない」

「この時期はただでさえ忙しいのに、どこかの誰かさんが厄介ごと押し付けてきたせいで、いつも以上に頭抱えてんですよ」

「・・・・・その様子じゃ、もう問題発生?」

 

 厄介ごと、というのが何を指しているのか、その点は彼女も重々理解している。

 相澤がこうも忙しないのは、それが原因かと彼女は考えた。

 

「いえ、そっちは今のところは何も」

「あら?」

 

 相澤からのまさかの返事に、当てが外れたミッドナイトは、じゃあ何があったの、と首を傾げる。

 彼女はてっきり、あの少年がいきなり無茶をやらかしたのかと思っていたのだ。

 

「入学初日にそう何人も無茶やらかされちゃ、こっちが堪りませんよ」

「その言い分だと、別にもう一人、大変な生徒がいたようね」

「ええ。やつと同じぐらいとびっきりなのが」

「・・・・・わーお」

 

 相澤の言い分に、流石のミッドナイトも顔を引き攣らせた。

 かつて助けた少年、その歪な在り方を彼女はその目に焼き付けている。おそらくは、この世に二人といないだろうと。そう言えるほどに特異な存在だった。

 その点については相澤も多少なりとも理解しており――その彼が、例の少年に並びうると感じるほど、異質な生徒。

 

「その、なんていうか、ごめん・・・・・」

 

 これについて、ミッドナイトにとって完全に想定外であり、とんでもない重荷を押し付けてしまったと、今更ながらに罪悪感が湧いてきた。

 彼女からすれば、少しだけ気をつけていてくれれば、それでよかったのだ。

 雄英にいる間なら、どんなに無茶をしようと、それをいくらでも把握し、制御できるから。

 だが、気を配るべき生徒が一人ではなくもう一人いたのなら、話は別だ。

 人数が増えた分、その苦労も難度も上がる・・・・・どころではない。

 単に労力が増加するのは当然、この二人が揃った事での化学反応がどんなものになるか、全くもって想像できないのだ。

 相互に干渉し、影響しあった結果、より一層悪化してしまっては元も子もない。

 

「・・・・・どの道、こっちの受け持ちな事に変わりは無いし、いまさら言ったところでどうにもなりませんよ――ただ、最初に約束したみたいに、きっちり見張っておく、ていうのは難しくなりそうです」

 

 いつどこで、どんな事をしでかすか分からない問題児が二人。その上、特の字が付くほど濃い面子が集まったクラス。それら全てをコントロールするのは、信条とか責務とか以前に難しい事だった。

 ヒーローとは常に困難を超えていくものだが、これはちょっと違うだろう、と相澤は心の中で愚痴る。

 

「俺も力は尽くしますがね、流石に手に余る部分はある。そのあたり、そっちに任せますから」

「ええ。元々、彼のことは私も気にかけておくつもりだったし、依頼した手前、投げ出さないわよ」

 

 お願いしますよ、と締めくくって、相澤はミッドナイトから視線を切った。

 これで話は終わり、という事だろう。

 彼女としても、初日の様子が気になってイジリに来ただけなので、これ以上邪魔をする気も無く、大人しく退散する。

 

・・・・・さて、どうしたものかしら。

 

 相澤に任せろと言ったミッドナイトだったが、その実、具体的な考えは無かった。

 そもそもの話、担任でもなく一科目だけの授業時間でしか1-Aと関わりのない彼女は、彼との接点が薄い。

 時間を見て彼女から接触することは可能だが、教師としての仕事や彼の都合などを考えると、そう頻繁に会いに行くわけにもいかないだろう。

 第一、彼と接触して何をどうするのか。

 直接、その生き方を改めるように諌めたところで、はいそうですか、と聞く人間でもなし。個人的な指導を装って近づこうにも、ミッドナイトのスタイルは彼に活かせる要素は少ない。

 独力で解決するには、吃驚するぐらい八方塞がりだった。

 

「・・・・・やっぱり、“彼”に頼るしかないか」

 

 彼女は最終的に、一人の人物に協力を願い出ることにした。

 相澤に任せろと言った手前、こうも早々に他に頼るのは少し気が引けたが、何より彼を正しい道に導くのが先決だ。

 そのためなら、多少の恥は被るつもりでいる。

 一人の教師としては度を越した入れ込み具合かもしれないが、ミッドナイトは心底、自らの意思で地獄に進む衛宮士郎を引き上げたいのだ。

 

 

 

 

 

 

 時刻は十二時。

 日は落ちきり、都心でもないこの土地は、既に街の明かりも疎になってる。

 借りている一室の近くは、民家ばかりというのもあって、周囲には光源が少ない。それ故、微かな月の光がよく見え、窓から入り込んだそれが室内を照らす。

 

「――投影開始<トレース・オン>」

 

 座禅を組み、自己の精神を一つごとに専念させる。

 精神統一では足りない。自身のうちから余分な自我を排し、完全な無我に至る。

 生み出す刀剣を選定し、その設計図を記憶の海から浚い、必要な材質を充溢させる。

 僅かでも気が緩めば、それが命取りになる作業。しかし、もう十年近くは繰り返してきた鍛錬だ。以前のように、一人で血反吐を吐く事もない。

 それでも、僅かでも鈍るのを嫌って、こうして毎日同じ様に没頭する。

 

「・・・・・ふぅ」

 

 短く息を吐き、手の中に収まる剣をかかげる。

 両刃の長い刀身、厚みを持たせることで斬り伏せるより、叩き割る事を旨とした剣。

 十一世紀ごろにヨーロッパで発展したといわれる、ロングソード。

 固有の銘は無く、無骨なまでの頑強さを備えただけの、ありふれた一振り。

 

 それを、床に敷いた布の上に置く。

 これで既に五本目。入試やテストの時に比べ、いま行うそれは一つ一つの工程に時間をかけ、ゆっくりと投影をしている。

 精度にしろ完成度にしろ、どっちのやり方でも大差はない。長く訓練を続けてきたためか、どんな状況でも最も適した精神に切り替え、瞬時に望んだ物を創造できるようになった。

 だが、こうやって一つ一つの過程を少しずつ実践していく事で、より自身を鍛えることが出来る。

 

 ヒーロー科に在籍する以上、これから先、より厳しい試練が待ち受けている。

 日々の鍛錬は、欠かしていいものではない。

 雄英での三年間は、明日からいよいよ本番を迎える。

 いったい、どんな苦難を与えられるのか不明だが、それが容易いものであるはずがない。

 

・・・・・誰も彼も、すごいやつばかりだった。

 

 才能の無い衛宮士郎では、僅かな油断で直ぐに置いていかれるだろう。

 別に、他人に追い抜かされて置き去りにされるのは構わない。それはただ、自身より向こうが優れているだけのこと。

 だが、研鑽を怠って無様を晒す様な真似は、自分が許せない。

 俺の個性が心をカタチにするものであるなら、俺は他の何より、俺自身に負けられない。

 

 そのためには、いまのままでは駄目なのだ。

 現状の投影では、限界は見えている。このまま行っても、俺はいずれ行き止まる。

 何故なら、俺の個性は能力として既に完成されている。

 精度も、速度も、それらを実現する心の保ち方も。

 未だに続ける鍛錬は、偏に現状を維持し、弱まることのないようにするため。

 既に頭打ちなのだ、この個性は。

 どうやっても、これ以上の伸び代はない。

 

・・・・・でも、穴自体はある。それを埋める術も。

 

 上には伸ばせない。それなら、横に向かって伸ばせないか。

 個性そのものを極限まで強化するのではなく、あくまで手札を増やす。戦術に幅を持たせることで、結果として力の向上に結びつける。

 もとより才能の無い人間。一つの事を極めるのではなく、多彩な術を以って凌駕する。

 それがおそらく、衛宮士郎の取れる、数少ない選択だ。

 

・・・・・そのためには、もっと深く潜り込まないと。

 

 俺の中には多くの設計図が、数え切ることも不可能なほどのそれが記録されている。

 けれど、その中の幾つかに俺は触れることが出来ないでいる。

 その設計図を利用するだけの力が無いのか、対象に対する理解が及ばないのか、俺が認識しない要素が存在するのか。

 

 十年かけてこの個性を使い物になるよう鍛えあげてきた。だが、思い出せない記憶故に、俺は未だに多くの剣の真髄を引き出せていない。

 その本来の力がどういうものか、それはまるでわからない。だが、感じるのだ。

 これは違う、まだ足りない、と。

 俺が知らずのうちに好んで使用していた、白黒の双剣ですら、おそらくは完全ではない。

 その不完全さ、見えない穴を埋めることが出来たなら、衛宮士郎は更に多くを救えるようになる。

 

「その為にも、あまり夜更かしはしないようにしないとな」

 

 明日に響くから、というわけではない。

 必要なのは眠り――そして、それに伴って発生する夢だ。

 俺は眠る時、ほとんど夢を見ない。

 代わりに見る光景はある程度決まっていて、それら以外の夢が立ち入ったことは一度も無い。

 

 もしこれらが、忘れ去った過去の記憶であり、夢がそれらを掘り起こす整理作業なのだとしたら。

 或いは、夢を通して知れるかもしれない。この個性の最奥を。

 

「投影破棄<トレース・カット>」

 

 投影した刀剣を光に還し、後片付けをする。

 今宵の鍛錬はこれで十分。

 後は、望む夢を見れることを祈って床につくだけだ。

 

「・・・・・・・・」

 

 カーテンを閉めるため、窓に近づく。

 硝子越しに見える光景は、未だ見慣れぬ街並み。ほとんど知らない土地での、初となる一人暮らし。

 これから長い間、十年間一緒に過ごしてきた人達と、離れる事になる。

 だが、本当に不思議な事なのだが。

 

――それを寂しいと感じることが、ただの一度も無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 それは、いつ見た光景か。

 雑音とノイズに塗れた、見慣れぬ洋館の広間。

 その中にあってなお、鮮明に映る紅い背。

 

「――いい■。お前は■う者ではなく、■■出■者にすぎん」

 

「余分■■など考え■■。おま■に出■■事は一つ■■だろう。■らば、その■つを極め■みろ」

 

 そう言って残った人物は、果たして誰だったのか。

 

「――忘れるな。イメージするものは――」

 

 その先に続いた言葉は、果たして、何だったのだろうか――。

 

 

 

 

 

 

「――くん・・・・・衛宮くん!」

「う、っお。どうした、緑谷」

「どうしたって、それはこっちの台詞だよ。さっきから上の空で、呼んでも反応が無かったんだよ」

 

 箸を片手に、こちらを覗き込む緑谷の顔が映る。

 気遣わしげなその顔を、目にしたところで、周囲の喧騒が耳に入ってきた。

 

・・・・・そういえば、食堂だったな、ここは。

 

 楽しげに雑談する生徒の声に、失われていた音が戻ってきたような錯覚を覚える。

 午前の授業を終えた後、緑谷に誘われて一緒に昼飯食べにきたんだった。

 

「・・・・・悪い。ちょっと考え事してた」

 

 こちらを案じる緑谷に謝罪し、自分も持参した弁当の包みを開く。

 夢見が悪かったのが原因か、ふと気づけば、昨夜見た光景を思い返していた。

 

「びっくりしたー。衛宮くん、なんか調子悪いんかなって、心配したよ」

「麗日も、気を遣わせてすまん」

 

 安心したー、と言って朗らかに笑う、まんまる顔の女子。

 先日のテストで無限というとんでもない数値を叩き出した、同じクラスの麗日お茶子。

 常軌を逸した記録を残した彼女だが、その性格はその名の通り麗かといった言葉がよく似合う、純朴な暖かなお日様のような人物だ。

 

「何か悩み事があるなら、俺たちに相談してくれ。午後からはいよいよヒーロー基礎学も始まるし、変に抱え込まない方がいい」

 

 一緒に食堂に来ていたもう一人の人物である飯田くんが、そんな事を言ってくれる。

 けど、これは悩みというようなものでもなく、そもそも他人がどうにか出来るものでもない。

 

「いや、本当に何も無いよ。少しだけ夢見が悪かっただけだから」

 

 飯田くんの好意を丁重に断りつつ、自分も弁当に箸をつける。

 施設で漬けていたものを持ってきた梅を乗せた白米、だし巻き卵、旬の菜の花を使ったお浸し、焼きたけのこ、キャベツとベーコンの炒め物、ニンニクと生姜を効かせた唐揚げ。

 春先ということもあり、メニューは旬の野菜が満載だ。特に新キャベツは値段も安く、甘味も強くて美味いから、シンプルな炒め物がよく合う。

 

「あれ?衛宮くんお弁当なんやね」

「ほんとだ。学食あるのに、なんで?」

 

 雄英は一流の教育機関ということもあって、その学食も一級だ。

 クックヒーロー『ランチラッシュ』が手がけるメニューの数々は、味もさることながら栄養バランスも絶妙、かつ安価であるというのは雄英に在籍する人間にとっては当たり前の常識らしい。

 ただ、

 

「安いって言っても、昼食の度に毎日利用してちゃ出費も嵩むだろ。だから、時間が無い時以外は自前で作ってくるつもりなんだ」

 

 学食で昼食をワンコインやそれ以下で提供されているなら、それは確かに驚異的な安さだろう。それでも、一食数百円を繰り返していれば、費用も馬鹿にならない。

 その点、自炊してれば出費は抑えられるし、余った材料やら料理やらは夕食にでも回せる。

 財布に余裕があるわけでもなし、節約は常に心がけている。

 

「そういえば、衛宮くんは自分で家事全般をこなしていたな・・・・・となると、それはいわゆる、お手製弁当というやつか」

「うそ!衛宮くん料理できるの!?」

「まあ、昔からの習慣で。ついでに言うと、通学時間を考えて今はこっちで一人暮らししてるから、財布も余裕がない」

「すごー・・・・・」

 

 麗日さんが信じられないものでも見るような目を向けてくるが、そんなふうに見られると流石に少し傷つくのでできればやめて欲しい。

 当の彼女は、一男子生徒が作った弁当が物珍しいのか、まじまじと見つめている。

 

「よく見ると、お弁当の中身も美味しそう」

「よければ、一口摘むか?」

「え、いいの!?」

 

 そんなに気になるなら、と弁当箱を差し出す。

 中学の頃も、同級生から何度か集られたし、その時からそうなる事を警戒して弁当は多めに作ってる。

 まあ、途中からあんまりにも持ってかれるんで、昼は屋上に逃げるようになったが。

 

「ランチラッシュみたいに一流の料理ってわけにはいかないけど、それでもよければ」

「それじゃ、お言葉に甘えまして・・・・・」

 

 麗日は断りを入れてから、卵焼きを一切れ持っていく。

 箸で摘んだそれをすぐに口に運ばず、いろいろな角度で観察する様は、少し可笑しく見えた。

 しばらくそうやって満足したのか、十秒ほどかけてようやく口に入れた。

 

「ん〜〜〜!おいしい!たまごふわふわ!」

 

 麗日は二、三度咀嚼した後、見てるこっちまで釣られそうな笑みを浮かべて、飲み込んだ一品をそう評した。

 プロには到底及ばぬそれだが、自分の作った物で誰かが笑顔になってくれるなら、それは何より嬉しいことだ。

 

「衛宮くん、この卵焼き、何でこんなにふわふわしてるの!」

「ああ、それは水だな。卵を溶くときに、殻の半分くらいの水を入れると、ふんわり仕上がるんだ」

「へぇー」

 

 だし巻き卵を上手く仕上げるのはなかなか難しいので、彼女の評価は素直に喜ばしい。

 昔はこの食感をなかなか出せずに苦労したものだ。

 

「量はあるから、二人も気になるなら適当に持っていってくれ」

「じ、じゃあ、いただきます」

「俺も有り難く頂戴しよう」

 

 緑谷と飯田くんにも弁当を向ける。

 それぞれ、緑谷は唐揚げを、飯田くんはたけのこを持っていった。

 

「麗日さんの言う通りだ。とっても美味しいよ!」

「シンプルながら風味深い・・・・・同じ学生が作ったものとは思えないな」

 

 唐揚げは施設でも子供たちに人気だったメニューで、かなり作り慣れているので万が一にも抜かりはない。たけのこは、ご近所さんに挨拶に伺った際、たまたま生のものを頂いたので、折角ならと素材の活きる一品にしてみた。

 

「なんかアレだね。確かに、めっちゃ洗練されてるってわけではないけど、優しい味というか、馴染むというか」

「うん。何ていうか、家庭的?っていうのかな。そんな感じがする」

「料理は上手いし、家事は一人でこなす。家計を気にして節約する。なんというか、これは――」

 

 麗日と緑谷が、そんな風に感想を伝えてくる。

 そう言ってくれるのはありがたいが、この後に思い起こされるであろう言葉を思うと、あまり喜べない。

 

「「「お母さんみたいだ」」」

「・・・・・・・・・・・」

 

 三人揃って、全く同じ感想を口にされた。

 あまりにも聞き慣れた、できれば二度と聞きたくない称号だった。

 個性把握テストの時から飯田くんには言われそうだな、とは思っていたが、まさかさらに二人も加わるとは。

 

「あれ、衛宮くんなんか落ち込んでる・・・・・?」

「・・・・・いや、大丈夫だ。あとみんな、できればお母さんはやめてくれ」

「う、うん。分かった」

 

 俺の嘆願に、緑谷はじめ三人とも間髪入れずに頷いてくれる。

 やはり我がクラスは良い人たちばかりだ。中学では、このネタで一ヶ月はイジられた。

 

「でも、料理かぁ。ウチも一人暮らししてるけど、自炊とかやったことないんだよね。やっぱり、出来た方がいいんかな」

 

 意外なところで、思わぬ情報をしる。

 確かに、喋りに訛りがあるとは思っていたが、麗日も上京してきた口か。

 そういうことなら、自炊は出来る方がいいのは間違いない。ただ、

 

「料理にしろ掃除にしろ、出来るに越した事はないけど、一朝一夕に出来るものでもないからな。慣れてないんなら、無理に挑戦しない方がいい」

「やっぱそうかぁ・・・・・」

 

 ガックシ、と項垂れる姿が、妙に哀愁を誘う。

 どうにかしてあげたいが、こればっかりは日々の積み重ねなので、どうする事もできない。

 

「もしそういうのに挑戦しようって思うなら、まずは何か一つだけを練習してみるっていうのが一番確実じゃないかな」

「はい先生!具体的には何をすればいいでしょうか!」

 

 いや、先生て。

 そんなに大層なもんじゃないし、教えられる事もありきたりなものなので、そんなに持ち上げないでほしい。

 あと、ここが食堂である事を思い出して欲しい。突然の行動に、チラホラ周りの視線が刺さってる。

 

「麗日が普段、どれぐらい家事をやってるか分からないから何ともいえないけど。例えば、服とか小物を小分けして決まった位置に収納できるようになるとか、小まめに部屋の掃除をするとか」

「ふむふむ」

「料理とかなら、最初から難しいのじゃなくて、目玉焼きとか炒め物とか、簡単な料理にチャレンジしてみるといいんじゃないか」

「なるほど・・・・・」

 

 携帯端末に聞いたことを書き込む様子は、真面目そのもの。

 どこまでやる気なのかは分からないが、気合があるのはいいことだ。

 

「後はまあ、ネットなんかにそういう情報はいくらでもあるだろうし、分からないことがあればその都度調べればいいと思う」

「・・・・・うん、分かんない事で一杯だけど、頑張ってみるよ!」

「おう。頑張れ」

 

 ぐっと拳を握り込み意気込む姿は、かっこいいというより和やかだ。

 丸っこい顔と人好きのする雰囲気が、出た棘の角を丸くしているんだろう。

 こういうのも、ある種の人徳だろうか。

 

 その後もしばらく談笑が続き、昼休みの終わりが近づいたところでお開きとなった。

 今回の事は、お互いをより深く知り合ういい機会になった。

 この関係が、将来それぞれの道を進んだ後も続けばいい、と。

 そう強く思った時間だった。

 

 

 

 

 

 

 昼休みも終わり、生徒は腹が満たされた事による満腹感と、それに伴って襲い来る睡魔と戦いながら、午後の授業に臨む。

 不幸にも座学に当たり、窓際の席であったならうたた寝免れないだろう。

 だが、ことヒーロー科に限って言えば、そのような事にはならない。

 

「――わーたーしーがー!!」

 

 ドアの外から聞こえる、現代日本では誰しもが知るであろう台詞。

 あらゆる窮地に現れ、その手で多くの人を救い上げてきた“平和の象徴”が――

 

「普通にドアから来た!!!」

 

――なんともお茶目に台詞を変えて、その姿を表した。

 

・・・・・こうして実物を見るのは初めてだな。

 

 “画風”が違う、と称されるほど威厳に満ちた顔は、しかし常に人々に安心を与える快活な笑みを浮かべ。屈強な肉体は、その背に何人もの人を同時に背負って救い出せるほど。

 かつて、ただの一人で数千の人々を救い出すという偉業を成し遂げ、以後も危機があれば真っ先に現れ、何人もの人々を救ってきた。

 彼がいるだけで必ず救われるのだと人々に希望を与え、悪事を成す者には決して逃れ得ぬ破滅を与えてきた。

 おそらくは、現代のこのヒーロー社会を招くことに()()()()()()()、大きな転換点の一つ。

 

・・・・・いや、よそう。

 

 彼という平和の象徴に思うところはある。

 だがそれは、あくまで俺個人の思想の話。

 彼に対して責めるべき点はなく、彼がその手で多くの人の命と笑顔を守ってきたのは紛れもない事実。それ故に彼は人々から愛され、惜しみない賞賛を受けている。

 それは、ここにいるクラスメイトも同様だ。

 彼が現れた。ただそれだけで室内が沸き立った。

 その反応だけで、彼がどれほど偉大かが知れる。

 

「私の担当はヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作る為、様々な訓練を行う科目だ!」

 

 教壇に立ったオールマイトは、自らが担う教科を簡潔に告げた。

 このヒーロー基礎学こそが、ヒーロー科と他の科を分ける、最大の要因だ。

 

 ヒーロー科は午前と午後で、その授業形態がまるで違ってくる。

 午前は通常の学生同様、国語や数学、英語といった高校生が当然に身につけるべき必修科目を行う。

 如何に雄英とはいえ、ここは紛れもなく高等学校なのだ。それらを履修していなければ当然、卒業資格は与えられない。

 必死の思いでヒーロー科に合格したのに、通常の単位不足で留年なんて、笑い話にもならない。

 

 そして、それらとは打って変わって午後に行われるのが『ヒーロー基礎学』

 オールマイトが言ったように、ヒーローを育成する為に設けられる、特殊なカリキュラム。

 プロヒーローに求められる技能、知識、経験などを実技演習をはじめとした訓練で培い、生徒達がヒーローとなる為の土台作りを行う科目だ。

 ヒーローを育成する専門の科である事もあって、このヒーロー基礎学の単位数は最も多い。

 

「早速だが、君たちに今日やってもらうのは――コレ!戦闘訓練!!!」

 

 BATTLE、と刻まれたプレートを片手に、オールマイトが高らかに宣言する。

 プロのヒーローを目指す以上、個性を悪用し犯罪を犯すヴィランとの遭遇、戦闘は避けては通れない。

 恐怖に怯える人々を救う為、ヒーローには当然ながら戦闘能力が求められる。

 各人で進む方向性の違いはあれど、戦う力は高ければ高いほどいい。

 

・・・・・ようやく、か。

 

 幼い頃から、誰かを守る為にこの力を使わねばならないと思ってきた。

 傷つける事しか能が無い個性。それを有用に、有意義に利用する手段は、悪党との戦い以外に無かった。

 公の場での個性使用が資格性である以上、そのルールは守らねばならない。

 だが、たとえそうだと分かっていても、いてもたってもいられなかった。

 それが、この日を以ってようやく、その道に足を踏み入れる。

 

「そしてソレに伴って――こちら!」

 

 オールマイトが力強く指差した先、窓側の壁が一部駆動し、その内側が顕になる。

 そこはある種のロッカーになっていて、おそらくは各生徒の学籍番号が刻まれたケースが収められている。

 

「入学前に送ってもらった、それぞれの個性届と要望に沿って誂えた――君達の戦闘服<コスチューム>だ!!」

 

 オールマイトの言葉に、クラス中がいろめき立つ。

 入学前、学校側に自身の個性や身体情報、自己の要望を送る事で、雄英専属のサポート会社が、それに合わせた戦闘装束を用意してくれるというシステム。

 ヒーローを目指すなら、それに見合った身なりは必要不可欠だろう。

 それを早い段階で形にできるのは、願ってもない事だ。

 

「各自、着替えたらグラウンドβに集合!!」

 

 

 

 

 自らが纏う戦闘装束。

 その形を定めた決定的な要因は、やはりあの夢だ。

 赤く、紅く、赭く。夕陽よりも、血よりも鮮烈な、その背中。

 たまに見る夢の中で、幾度もその姿を見てきた。

 それがあまりにも馴染み深く感じ、その背が倒れる未来を思い浮かべられぬほど、その姿は不屈を感じさせた。

 

 肩から露出した黒の軽鎧、それに合わせるような同色の革製のズボン、足元は金属で補強した厚底のブーツ。

 そして何より、見た者の目に鮮明に刻まれる、上下に分かれた紅い外套。

 自身がいつか、ヒーローとして纏う装束があるのなら、これこそが衛宮士郎にとって相応しいのだとイメージしてきた。

 

 耐火性・耐水性に優れ、要望通りであるのなら防刃・防弾性も確かなはずだ。

 ズボンには幾つか、投影した武具を留める為のベルトが仕込んである。

 上半身は、剣による近接戦闘、弓を用いての遠距離戦のどちらにも不備のないよう、可動域を確保している。

 衛宮士郎が理想とする戦闘スタイル、それをイメージ通りに行うのに適した装束だ。

 

「格好から入るってのも、大切な事なんだぜ、少年少女!」

 

 通路を抜けた先で、俺たちを待ち受けていたオールマイト。

 その第一声を、確かにそうだ、と賛同する自分がいる。

 到達点の見えない道程は、ただの徒労だ。己が進む道、それを明確にイメージして初めて、その道行きが定まる。

 コレもまた、その明確なイメージの一つ。故に――

 

「――その衣装を纏い、自覚するのだ」

 

 自らが理想とする在り方を示す、その姿。

 それを、こうして以って纏った以上。

 

「今日から自分は――ヒーローなのだと!!!」

 

 この時を以ってこの身は、倒れることのない“正義の味方だ”。

 

 




 どうも、一話が長くなったので二分割で投稿したなんでさです。
 
 今回、個性把握テスト終わりから、屋内対人戦闘訓練の終わりまで執筆したのですが、一話に纏めるには長く、タイトル的にも二つに分けた方が綺麗に収まりました。
 
 そしてこれは全く関係ない事ですが、本作を執筆していると、何故だか分からないことに、気がつけば士郎と八百万を絡ませている。別にこの段階でくっつけようとか思ってもいないし、もっと色々な生徒とも会話させたいのに、いつの間にかこの二人を絡ませている。何故だ、ウゴゴ・・・・・

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