尽きぬ憧憬   作:なんでさ

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 みなさんこんにちわ、なんでさです。

 前回更新時二話連続投稿したんですが、アクセス解析等からそれに気づかず、二話目のみをご覧にあっている方がいる可能性があります。
 前話前書きでも後にお知らせいたしましたが、こちらでもご連絡させて頂きます。
 もしお暇があれば、大7話『凍りついた迷宮』の前の第6話『紅い背中』もご覧ください。


綻びの前触れ

「・・・・・・・・」

「難しい顔してるわね」

 

 自身のデスクで記録映像を確認する相澤に、ミッドナイトが声をかけた。

 ここ最近、衛宮士郎という要観察対象についての情報共有のため、この二人が会話する姿がよく見られていた。

 そして今回、その事について話すというのであれば、彼女はいいタイミングでやってきた。

 

「・・・・・これ、どう思います」

「んー?」

 

 相澤は体を傾け、自身がそれまで視聴していた映像をミッドナイトに見せる。

 そこに映っているのは、1-Aが行った第一回目のヒーロー基礎学の訓練内容。その中でも、ある対戦カードにフィーチャーしたものだった。

 

「これ、士郎くんの訓練映像よね・・・・・どういう状況?」

「対戦相手のうちの生徒の個性利用した上で、ビル丸ごと罠尽くし、てところです」

「・・・・・エグいわね」

 

 一連の流れを確認したミッドナイトが、思わずといった様子で呻く。

 相澤が言った通り、そこにはビル全体を罠で埋め尽くし、対戦相手を一方的に翻弄する衛宮士郎と、そのパートナーである八百万百の姿が映っていた。

 

「今の段階で実戦レベルのトラップ仕掛けられる奴なんて稀ですが、重要なのはそこじゃない」

「ええ、分かってる・・・・・彼の弓、よね」

「“あの話”、スナイプに通してんでしょう?」

 

 ミッドナイトと相澤は、衛宮士郎に対しある提案を持ちかけるつもりであった。

 より正しく言えば、衛宮士郎に直接伝えるのは彼らの同僚だが。

 それは、あまりにも危うく、自ら死地に飛び込んでしまう彼がその命を落としてしまわないよう、少しでもその捨て身を抑制する為の策であった。

 

「実際に見てもらわないことには何とも言えないけど、入試の時に見せた腕前と、この跳弾を考えれば、受け入れてくれると思うわ」

「あとは、あいつが受け入れるかどうかですが・・・・・」

 

 問題なのは、結局のところ、この話を受けるも受けないも彼次第というところだ。

 この提案に、彼がノー、と言ってしまえばそれで終わり。

 話自体も、一年生にやらせるには随分性急な事ではある。

 

「いずれにせよ、早い段階で手は打っておかないと。手遅れになってからじゃ遅いから」

「・・・・・ええ、分かってますよ」

 

 現状、彼らにとって必要なのは、如何に衛宮士郎が価値を認められる提案をできるか、この一点に尽きる。

 衛宮士郎は容易くその身を投げ打ち、その命を燃やせる人間だが、同時に必要なモノ、必要な行為は容認する人間でもある。

 今回の訓練で無闇に正面対決をするのではなく、冷徹に策を練った事から、それは確実だ。

 この話が、彼にとって一考に値するものであったなら、彼は必ず聞き入れる、

 

「データは後で共有しときますんで、必要ならそっちで確認してください」

「ええ、お願い」

 

 相澤はそれで話を切った。

 衛宮士郎への対応も急務だが、彼には他にもさらに見るべき生徒がいる。

 彼にばかりかまけていられるほど、彼は余裕を持ってはいない。

 ミッドナイトもまた、自分の仕事に戻る。

 いま衛宮士郎を最も気にかけている人物は彼女だが、彼女も相澤と同じように忙しい人間だ。

 

 おおよその状況は確認し、条件としても悪くはない。

 今の彼女にできる事は無く、またすべき事も無い。

 あとは、彼らがどう結論を下すのか、それを待つだけだ。

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 呼吸を静かに、余分な雑念は取り払う。

 自身が一つの装置になったかの様に、ただ静かに己の内面を見つめる。

 深く、深く、深く、深海よりなお深く、自己に埋没する。

 

「――――」

 

 そこは、どこまでも広がる海だ。空白の五年間に得ていたモノ、これまでの衛宮士郎が培ってきたモノ、それらが積み重なって蓄積された、記憶の海。

 広がりは際限なく、俺自身の過去でありながら、俺の認識を超えてどこまでも続いていく。

 

「――――――」

 

 そこに、手を差し込む。

 記憶のイドより、沈殿し、ただ雑多に底に散乱した記録に手を伸ばす。

 けれど掴み取れるものは無く、掬った端から指の隙間から零れ落ちていくような錯覚。

 

 サラサラ、サラサラと。

 

 カタチはあるのに、それらは掴めるほど確かな存在ではない――或いは、この身がそうだと認識できていないだけか。

 望んだ記録は方々へ散り、またそれを拾い直そうとする、その繰り返し。

 

 延々と続けても、効果はまるで現れない。

 まだ、足りない。俺自身が、触れることが出来るほど、アレらを理解していない。

 深度も、強度も、あれらの記録に触れるには、届かず――

 

「衛宮、寝不足か?」

 

――そこで、潜航は途切れる。

 

 意識を浮上させ、自身に語りかけた声に応答する。

 開けた視界に、目の覚めるような赤髪が見える――切島か。

 

「――いや、睡眠はちゃんと取れてる。ちょっと瞑想してただけだ」

「そうか。けど、そろそろ相澤先生も来る頃だから、目バッチリ開いといた方がいいぞ」

「ああ。忠告助かる」

 

 自分の席に戻っていく彼を見送って、俺自身も完全に意識を戻す。

 久しぶりにあの光景を見てから、夢を見る以外に記憶を探る方法はないかと考えた。

 そうして行き着いたのが、この瞑想。

 

 普段、個性を用いて投影を行う際、自らの深部へと埋没していく工程。それを個性を用いず、ただ潜り込む感覚のみを残し、記憶を探っている。

 が、その甲斐もなく、記録を見つけるどころか、面影に触れることしか叶わない。

 分かりきった事だったが、俺はいまだにこれらの本質を理解できないでいるのだ。

 

「いつまで喋ってんだ、さっさと席着け」

 

 ガララ、と音がすると同時、相澤先生が姿を現し、未だ談笑していた生徒数人を一喝する。

 初めて見た時と変わらず草臥れた格好で、ここ最近は黄色の寝袋はいよいよトレードマーク染みてきている。

 合理性を重視した結果のスタイルらしいが、常時あの嵩張る寝袋を持ち歩いているのが、本当に合理的なのかは疑問が残るところだ。

 

「昨日の訓練、お疲れ。映像と成績、確認させてもらったが・・・・・爆豪」

 

 覇気の無い声で爆豪が呼ばれる。

 何故なのか・・・・・は、考えるまでもない。

 

「もうガキみたいな真似するな。能力あるんだから」

「・・・・・わぁってるよ」

 

 先の戦闘訓練で、爆豪は緑谷に対し異常なまでの執着を見せ、執拗に痛めつけていた。

 確保テープを巻ける状況で、あえてそうせず攻撃を続けたことから、彼の行動が私怨の類いによるものであった事は明らかだった。

 

 ただ、それが間違った事であったのは当然に理解しているのか、相澤先生の指摘に、爆豪も渋々ながらぶっきらぼうに答えた。

 多少の反発はあるものと思ったが、やはり芯の部分では冷静らしい。

 先生も、彼の力そのものは認めた上での発言だったから、余計に素直だったのかもしれない。

 

「んで、緑谷は・・・・・・また腕壊して終了か」

「・・・・・っ」

 

 次いで名を呼ばれた緑谷が、ビクッ、と身を震わせたのが見える。

 個性把握テストの時や、話だけは聞いている入試の際も、彼はそうやって前に進んできた。

 だが、その度に誰かに助けられて回復するを繰り返していては、この先も同じようにはやっていけないだろう。

 

「個性の制御、早めにできるようになれよ。いつまでもぶっ壊れては助けられての繰り返し、では通させんからな」

 

 厳しい言葉だが、確かに今のままではヒーローとしてやっていけない。

 人を救う職業のヒーローが、その度に自滅していては元も子もない。

 助けられる側も心配やら不安やらで一杯になるだろう。誰にとっても幸せな話ではない。

 

「しかしまぁ、それさえ出来ればやれる事は多い。――焦れよ、緑谷」

「・・・・・!、はいっ!!」

 

 咎めながらも、最後には激励。受けた緑谷も士気を上げている。

 

 前々から思っていた事だが、この先生は容貌やら言動やら行動やらで、ひどく恐ろしい人物に誤認してしまうが、見るべきところはきっちり見ている人だ。

 厳しい言葉は生徒の成長を願ってのこと。理不尽とも思える行動は生徒の未来を想ってのこと。

 そして、食らいつき、乗り越えようとする生徒達の特徴や行動をよく観察し、理解している。

 容姿に関しては当人の感性だが、きっと、彼は生徒に対し真摯に向き合える教師なんだろう。

 

 彼の個性といい、スタンスといい。流石は雄英、まさしく適材適所。

 彼ほど新入生に充てるのに向いている人物もいまい。

 

「――最後に、衛宮士郎」

「・・・・・へ?」

 

 え、いま呼ばれたの俺か?

 思わず惚けた声を出してしまったが、乾き気味の相澤先生の目は間違いなくこっちに向けられている。

 

・・・・・なんか、まずいことやったか?

 

 爆豪のように私情で行動したわけでもなく、緑谷みたいに自傷で大怪我負った訳でもない。

 この場で名指しされるほどの失態をやらかしただろうか?

 

「訓練で何か問題でもありましたか・・・・・?」

「・・・・・いや。訓練内容そのものに問題は無い。状況に適した戦略、相手戦力の把握・対策、どれも見事だった。――ただ、戦法が少々、実戦的に過ぎる。もう少し、自分の個性を活かした立ち回りを意識しろ」

「・・・・・分かりました」

 

 何か問題をやらかしたかとおっかなびっくりだったが、そういう話ではなくてよかった。

 評価そのものも、意外に高いものがあった。

 

・・・・・しかし、個性を重視した立ち回りか・・・・・。

 

 それは確かに、盲点だった。

 あの訓練における状況や、対戦相手である二人の力量を考慮した結果、あれが最も低リスクかつ高確率で勝利できる戦法だった。

 しかし、ここは雄英高校ヒーロー科。

 現代におけるヒーロー社会の花形であり象徴である存在が個性だというのなら、それを伸ばさず活かさないやり方は、あまり歓迎されないのだろう。

 ヒーロー科の多くは個性を伸ばす授業をしていると聞くし、今回もそういう話ということか。

 

・・・・・ただ、伸び代そのものは、さほど無いんだよなぁ。

 

 自身の個性と才能については、俺自身がよく知っている。

 この力はこれ以上、大きく伸びはしない。個性の制御も既にほぼ天井まで到達している。

 通常の方法では、個性の成長は望めないのだ。

 そうでもなければ、隙を見つけては無我になる様な事、する必要も無い。

 

 とはいえ、このやり方が雄英の、ひいてはヒーロー科の方針にそぐわないというのなら、それに見合った態度は示しておくべきだろう。

 或いは、俺には思いもつかない進展を、彼らが示してくれるかもしれない。

 無論、この鍛錬は続けるが、かといってそれにのみ固執する気も無い。

 

「さて。前置きが長くなったが、本題に入るぞ。今日はこれから君らに――」

 

 教室に緊張が走る。

 “自由な校風”を謳う雄英高校。1-A生徒一同、その尋常ならざる体質は初日に十二分に思い知らされた。

 真偽の分からぬ除籍処分に、苛烈な戦闘訓練。

 他の学校の、通常の科では味わえぬ洗礼を味わい、次は何を課してくるのかと、皆一様に身構えて――

 

「――学級委員長を決めてもらう」

 

 溜めて発言された内容は、実に当然かつありふれた議題だった。

 

・・・・・いやまあ、無い方がおかしいけど。

 

 当たり前だが、1-Aもまた、本質的には普通のそれと同じく高校生の一クラスだ。

 クラスの円滑な運営などを実現するため、学級委員という仕事が与えられるのは、何も不自然ではない。

 が、それにしても――

 

「委員長・・・・・!俺やりたいです!!」

「それ、ウチもやりたいっす」

「リーダーやるやるー!!」

「オイラのマニフェストは、女子全員膝上30cm!!!」

 

 凄まじいやる気である。

 見た感じ、クラスメイトの九割は立候補している。

 学級委員など、普通に考えればクラスの雑務を処理したり、事あるごとに担任からのお願い事を受けたりなど、兎にも角にも面倒な仕事、というのが共通認識だろう。

 相応に頭の良さも求められるし、人望のない人間には務まらない。

 だから、学級委員なんてやりたがるのは、意識の高い物好きな人間、というのが常だと思う。

 

 しかし、ことヒーロー科に限っては事情が異なってくる。

 そもそも、ここに集まった生徒達は大抵、上昇志向が強い。ヒーロー科の、しかも全国トップクラスの雄英を志望する時点で、常に上を目指そうとする心意気を持っている。

 それはヒーロー志望者においては、トップヒーローを志すという事だ。

 トップに立つ者として、他の人間を牽引する統率性やカリスマ性は備えていて然るべきである。そういった上に立つ人間としての素地は、学生の時分に培うモノ。

 そのための手段が、学級委員長の様なまとめ役の役職というわけだ。

 

 そういった意味では、この反応も当たり前のものなのだろう。

 我が強くとても集団の長には向いていなさそうな爆豪はもとより、あの気が弱く自己主張を控える緑谷ですら、遠慮がちとはいえ立候補している。

 流石は雄英生、その気骨の程は他の常人を遥かに上回ってる。

 

・・・・・それはそれとして、学級委員長に服装規定を改定する権利はないぞ、峰田。

 

 いったい学級委員長を何だと思っているのか。

 そんな力、生徒会長どころか先生にだってないぞ。

 せめて教育委員会あたりに働きかけねば話にならないだろう。

 

「――衛宮さんは、立候補なさらないんですか?」

「え・・・・・?」

 

 心中でツッコミを入れている時に、八百万から思わぬお声がけを受ける。

 俺に対し立候補の意思を確認してくる事はもちろん、彼女がそんな事を聞いてくるは思わなかった。

 

「まさか。俺はそういうの向いてないし、そもそも上に立つような器じゃないよ」

 

 心の底から、100%の本心だ。

 はっきり言って、俺には集団を導くリーダーシップも無ければ、誰彼好かれる求心力も無い。

 頭の出来も良くないし、他を牽引する立場なんて、それこそ“場違い”と言うものだ。

 そういうのは、出来るやつがやるのが一番良い。

 

「こういう仕事はさ、八百万や飯田くんみたいに、真面目で物事を広く見れて、皆を纏められる人間がやった方が良い。俺なんかはお呼びじゃない」

「そう、ですか・・・・・」

 

 俺の答えに何か思う事でもあったのか、少し八百万の元気が無いように見えた。

 そもそも、下学上達、一意専心を志す彼女が、こんな絶好の機会に真っ先に手を挙げず、俺なんかに声をかけている事の方がおかしいのだ。

 まさかとは思うが――

 

「八百万。もしかして具合でも悪いのか・・・・・?」

「え・・・・・?い、いえ。至って健康そのものですが・・・・・」

「・・・・・あれ?」

 

 なんだか気落ちしている様な雰囲気だったから、調子が悪いのかと思ったが、勘違いだったか。

 普段に比べて様子が変に感じたから、そういう訳だと思っていたんだが。

 当の本人は、おかしな事を言いますね、なんて顔してるし。

 

「まあ、俺の早とちりなら全然良いんだけど・・・・・本当に大丈夫なんだよな?」

「――ええ。何も問題ありません。ご心配いただき、ありがとうございます」

 

 そう言って柔らかに微笑むので、一瞬ドキリとしながらも、彼女の言い分に納得する。

 実際に彼女がどう感じているのか、それは当人にしかわからない事だが、八百万が問題ないと言うのなら、そういう事にしておこう。

 もし本当に体調を崩してなら、その時は問答無用で保健室に担ぎ込んでやればいいだけだ。

 

・・・・・しかし、皆まだやってるのか。

 

 八百万と少し話している間も、誰が委員長をするのかの騒ぎは続いていた。

 そろそろ先生が止めたりしそうなもんだが、見た感じ特に干渉する気はなさそうだ。自分達で決めろ、という事か。

 そんなに決まらないなら、多数決でもやればいいと思うんだが――

 

「静粛にしたまえ――!!!」

「「「・・・・・・・・・・!」」」

 

 騒々しい室内に響く、鶴の一声。

 席より立ち上がり、その高い身長も相まって皆を圧したのは、飯田くんだった。

 

「――他を牽引する責任重大な仕事だぞ。やりたい者がやれる事ではなく、皆からの信頼あってこそ務まる聖務!」

 

 教室を見回しクラスメイトひとりひとりと目を合わせながら、至って真っ当な考えを語っている。

 少しばかり大袈裟に捉えているようには感じるが、言っていることは至極当然だ。

 

「民主主義に則り、全員で真のリーダーを決めるというのなら――これは、投票で決めるべき議案!!!」

 

 力強く力説する飯田くん。

 そらまあ、委員長決めなんて普通は多数決か投票で選出するものだろう。

 ここが雄英でもなければ、こうも慌ただしくはならない。

 

・・・・・そう言う割には、すごい聳え立ってるけどな、君の腕。

 

 投票を提案したあたりから、速攻で挙手してた。

 それはもう、普段から背筋ピンの、腕もきっちり伸ばす彼であってなお、限界まで張り詰めたかの如く天を指す程の真っ直ぐさだ。

 自分もやりたいんだろうけど、生来の真面目さと公平を重んじる性格が仇になったようだ。

 まあ、公平な方法を提案する事と、自らそれに乗っかる事は別に矛盾はしないな。

 

「何でわざわざ発案したんだよ」

「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」

「そんなんみんな自分に入れらぁ」

 

 上鳴、蛙吹さん、切島の順で飯田くんにツッコむ。

 特に蛙吹さんは言葉に容赦がないというか、身も蓋も無い事を言ってる。

 言いたい事も分からないでもないが、彼も何か考えがあってのことだろうし、もう少し手心を加えてあげてほしい。

 

「だからこそだ!付き合いの短いこの段階で、複数票を獲得した者がこそが相応しいと、俺は思う!」

 

 飯田くんはクラスのダメ出しにもめげない。

 確かにそれは逆転の発想だ。信頼が無いからこそ、人徳や能力の有無が如実に表れる、と。

 その考えでいけば、確かに日の浅さは問題にならない。それこそ適者と不適者を分けるための前提条件となるのだから。

 

「先生!そういう事でどうでしょうか!?」

「時間内に決めてくれるなら、なんだっていいよ」

 

 威勢の良い飯田くんの質問に、相澤先生は投げやり気味に答える。

 この話自体に興味が無いのか、それともあくまで生徒達の自主性を尊重しているのか。

 どうあれ、先生のお許しが出た事で、委員長決めは投票によって行われることになった。

 なお、自分に票を入れるのもアリらしい。

 

・・・・・とはいえ結局、俺としては二択なわけだが。

 

 まず、自分に入れるというのは、初めから論外だ。

 さんざん自分は向いていないと八百万に力説したんだ。当然である。

 そして、1-Aの全クラスメイトの性格やら何やらを考えると、やはり残るのは二人だけだった。

 八百万か、飯田くんか。選択肢はこの二つだ。

 

 正直、どっちに入れても甲乙付け難い。

 八百万は頭の回転も早いし、発想に柔軟さがある。彼女の気質も、前に立って引っ張っていくのは性に合っているだろう。

 対する飯田くんは、真面目さと公平さが前に出ており、この濃い面子に引けを取らず、真正面からクラスメイトと向き合う実直さがある。

 正直、どっちがなっても申し分ないのだが・・・・・まあ、やはりこちらか。

 

 投票する人物の名前を記し、集計結果を待つ。

 そして出た結果は――

 

・・・・・八百万が二票、緑谷が三票・・・・・何故か俺にも一票入ってるな。

 

 意味不明に投じられた俺への票はさておき。

 ほとんどが自分に票を入れる中、複数票を獲得したのはこの二人だった。

 しかし、最多獲得者が緑谷とは。

 誰が入れたかはなんとなく察しがつく。緑谷の入学してからの交友関係を思い浮かべれば、投票者は麗日と飯田くん以外いないだろう。

 自分も委員長をやりたいのに、その上で他人を推すあたり、飯田くんもなかなか難儀な性格だ。

 

 俺としては八百万か彼のどちらかが相応しいと考えていたが、まあ結果は結果だ。

 大人しく、ガッチガチの緑谷がクラスをどう運営していくか、これからの采配に期待しよう。

 

 

 

 

 

 

 学級委員長決めというイベントこそあったものの、それ以外は至って通常通りだった。

 午前の授業が終わり、さあ昼飯だ、と弁当片手に席を立つ。

 昨日は緑谷達に誘われて食堂に向かったが、今日はどこで食べるか。

 雄英の敷地はだだっ広いがその分、それなりに自由に使える場所は多い。屋上こそ無いものの、芝生のある広場もある。

 まだ敷地内を把握してないっていうのも含めて、母校の観察がてらその辺りで広げるのもいいかもしれない。

 

「衛宮さん、これからお昼ですか?」

 

 と、隣の席から声をかけられる。

 

「ああ。雄英の探索ついでにどこか良さげな場所で食おうかと思って」

「でしたら、私もご一緒してよろしいでしょうか。先日お話ししていた件や昨日の戦闘訓練も含めて、衛宮さんに相談したいことがありますの」

 

 先日の件、というと互いの個性について話す、という約束の事だろう。

 昨日の戦闘訓練については、互いに振り返ろう、という意図か?

 どっちにしろ、外に行くから聞かれると困る話をするには都合がいい。

 

「分かった。それなら一緒に行こうか。俺は弁当だけど、八百万はどうする?」

「私も今日は衛宮さんと同じなので大丈夫です」

 

 そういって、薄桃の包みに包まれた弁当箱を掲げる八百万。

 女子らしく愛らしい見た目だが、それに反して箱の大きさはなかなかのものだ。それこそちょっとした重箱くらいある。

 八百万はスタイルがいいから少食なのかと思ったが、案外燃費がいいんだろうか。

 

「りょーかい。なら早速行こう」

「ええ」

 

 食べる量は個々人次第なので、気にはなったが特に追求せず教室を出る。

 出る時、若干二名から視線を感じたが、まあ気にしない方がいいだろう。触らぬ神に祟り無しである。

 場所を見つけないといけないし、あまり悠長にもしてられない。

 

・・・・・しかし、長いな。

 

 今日で雄英に来て三日となる。

 引越しによる生活環境の変化、全国屈指のエリート校故の高水準の授業。どちらも完全に適応してきたとはいえないが、それなりに慣れてきたと思う。

 ただ、この異様に長い廊下には、まだまだ慣れそうにない。

 これだけ長大だと、ただ廊下を歩いているというだけで足腰が鍛えられそうだ。

 そんな益体もない事を考えていた時、ふと思い出した事があった。

 

「そういえば、今朝の委員長決め、惜しかったな。あと一票、誰かが入れてくれてれば八百万もトップで並んでたのに」

 

 個人的に彼女が委員長に相応しいと考えていたから、あの結果は少なからず残念に思っている。

 

「・・・・・いえ。あれには私の票は入っていませんから」

「え!?じゃあ八百万、他のやつに入れたのか!?」

 

 それは、正直全く予想していなかった。

 彼女の気質を考えれば、間違いなく自推してくると思っていたんだが。

 

「何でまたそんな事を・・・・・ていうか、誰に入れたんだ?」

 

 彼女が推薦するほど、他に委員長に向いている人物がいただろうか。

 ありそうなのは飯田くんくらいのものだが、彼は一票も獲得してなかったからそれは無い。

 

「・・・・・あなたです」

「へ・・・・・?」

「私の票は、あなたに入れました。衛宮さん」

「・・・・・・・・・・俺!?」

 

 固まる事五秒程。本気で驚いた。

 飯田くんあたりならまだしも、なんだって俺みたいなやつに・・・・・

 投票前に、あれほど向いていないと言ったのに、何を考えて俺に投票したんだ。

 

「あの時――」

「え・・・・・?」

「あの時、衛宮さんは物事を広く見て処理できる人間が相応しいと仰いました」

 

 確かに、彼女が俺に立候補の意思を確認した時、俺が彼女に対してそう言った。

 リーダーになる人間っていうのはえてしてそうした力に長けているべきだと考えたから。

 だからこそ俺は彼女を推したのだが、それが何をどうやったら、俺への一票に繋がるのか。

 

「先日の戦闘訓練、衛宮さんは多くの要素を考慮した上で、私ではすぐに思いつかなかった作戦を実行しました。だから、衛宮さんなら委員長をよりよく務められるのではないか、と・・・・・」

「それで、俺の方が向いてる、と」

 

 とりあえず彼女の考えは分かったが、それとこれとは別、としか言いようがない。

 俺のは、敵を打倒する、という目的に対してのみ働く戦略だ。到底、学級委員長みたいな、皆を良い方向に導いていくような能力では、断じてない。

 戦いにおいてどれだけ先読みが出来たところで、日常における物事への対応が、同じ様に出来るわけがない。

 そのあたり、彼女なら分かっていそうなものなんだがな。

 

「朝にも言ったけど、俺には人を引っ張っていくような能力は無い。そういうのは、こいつについていけば大丈夫、なんて安心を感じる様なやつじゃないと駄目だと俺は思う。そもそも、戦略性と先導力はまた別のものだろ?」

「それは・・・・・ええ、その通りです」

 

 やはり、その点は彼女も分かっているのか、俺の話をすんなり受け入れている。

 その上でなお、俺を選んだというのは、いったい何故なのか。

 

・・・・・まさか、あの訓練で自信が揺らいでる、なんて言わないよな?

 

 彼女に限ってそういうことはないと思っていたんだが・・・・・いや、それも勝手な憶測か。

 彼女が、芯のある強い人間である事は間違いない。けど、彼女も人の子、ちょっとした事をきっかけに落ち込む事など、普通に考えればいくらでもあるだろう。

 加えて、彼女はその頭脳から作戦立案については相応の自負があった。

 それがあの訓練でいくらか上回られた事で、少し気弱になっている、ということか。

 

「――八百万。昨日も言ったけどさ、お前がいなきゃあの作戦は立てられなかったし、お前がいてくれたから轟達に勝てたんだ」

 

 彼女には何度か言っている事だ。

 あくまであの戦法は彼女の存在を前提にしたもの。そうでもなければ、あの轟をああまで抑える事は出来なかった。

 罠に使用するものだけじゃなく、相手の行動を監視する為の措置。氷を溶かす措置なんか、俺は全く思いつかなかった。

 彼女がいてこそ、あの圧勝とも言える勝利が実現したんだ。

 

「それにさ。八百万は俺に投票したっていうけど、逆に八百万が獲得した票のうち、一票は俺が入れたものだ」

「そう、だったんですか・・・・・?」

「ああ。俺は確かに広い視野が必要って言ったけど、そういうのは目の前の事に対するものだけじゃなく、八百万みたいにいろんな分野に精通して、それぞれの状況に則した行動ができるやつっていう意味でもある」

 

 彼女がその個性を伸ばすため、長い間培ってきた知識。

 戦闘に関するものに留まらず、多くの事象にまつわるそれを、彼女はその頭に叩き込んできた。

 戦う事しか能が無い人間と、いかなる状況にも対応できる頭脳を持った者。どちらが集団の長に相応しいか、考えるまでもない。

 

「だから、うちのクラスで八百万が一番、委員長に相応しいと俺は思ってる」

「衛宮さん・・・・・」

「それに、八百万が自分で入れてないって事は、他にももう一人、お前が相応しいって考えてる奴がいるって事だ。そんな八百万より俺の方が向いてるなんて、それこそありえない」

 

 それが結論だ。

 俺を選んだのは八百万だけで、彼女を選んだ人間が二人はいる。

 その事実だけで、どっちがリーダーをやるのに最適な人間かハッキリしてる。

 とはいえ・・・・・

 

「・・・・・まあ、こんな話してなんだけど、どっちにしろ委員長は緑谷だし」

「そういえば、そうでしたわね・・・・・」

 

 お互いどっちが相応しいか、なんて言い合ってたが、それとは関係なく結果はもう出ている。

 既に終わった話なんだから、そう思い悩む必要の無い話題なんだ。

 

「――なんだか、色々と考えていたのが馬鹿らしくなってきましたわ」

 

 吹っ切れたように笑い、八百万はそう言った。

 真面目に考えていた彼女の悩みを馬鹿みたいなものだとは思わないが、今の話で彼女が自分の中でけりを付けられたのなら、それに越した事はない。

 

「まあ、八百万がとりあえず折り合いをつけられたんなら良かった」

 

 これから外に出て昼飯なんだ。いつまでも暗い気持ちのままじゃ、せっかくの弁当の味も落ちてしまう。

 食事は明るい気持ちで頂くに限る。

 

「・・・・・ん?」

 

 少し暗くなっていた八百万も気分を切り替え、階段付近まで来た時。

 前方から見覚えのある人物が来ていた。

 

「なあ。アレって、“スナイプ”じゃないか?」

「え?・・・・・本当ですわね。どうして一年生の校舎に・・・・・」

 

 プロヒーロー『スナイプ』。

 ガスマスクの様な仮面に、テンガロンハットを被った、西部劇に登場するガンマンのような風体の男。その容姿に違わず、特殊な形状のリボルバー拳銃を用いるヒーローだ。

 その彼が、見たところ俺たちに向かって歩いてきている。

 この雄英においては、彼はヒーロー科三年生の担任と聞いていたが・・・・・

 

「ヒーロー科一年A組の衛宮士郎は、君だな」

「ええ。俺であってますけど・・・・・」

 

 目の前まで来た彼は初めから俺が目的だったようだ。

 三年の担任に目を付けられるような事をした覚えは無いんだが、いったい何の用なのか。

 

「君と話したい事があるんだ。今、少しいいか?」

「えっと・・・・・」

 

 チラ、と隣の八百万を見やる。

 彼女はこちらに気を遣ってくれたのか、少し戸惑いながらも軽く頷いた。

 

「少しだけなら、俺は大丈夫です」

「ありがとう。君も、すまないな。そう長くはかからないから、待っててやってくれ」

 

 そう八百万にも断りを入れ、彼は俺を伴って少し離れた位置まで移動した。

 それほど長い話にはならない様だが、わざわざ二人になったあたり、あまり人には聞かせられない類の話なんだろうか。

 

「入試の時と、それから先日君達が行った戦闘訓練の様子を見せてもらった。実に見事な射撃術だったよ」

「はぁ・・・・・」

 

 いきなりの話題に、気の抜けた返事しか返せない。

 俺の弓の話をしているんだろうが、こう突飛だと、褒め言葉でも素直に喜べない。

 そもそも、何の目的があって、そんな話をしに来たのか。

 

「君の弓、威力や精度、射程はどれほどなんだ?」

「えっと、威力は番える矢によってコンクリくらいなら余裕を持って抜けます。精度は多分2、3kmまでなら精密に狙えますけど・・・・・あの、どういう用件なんですか?」

 

 彼の意図が分からず、堪えきれず質問する。

 わざわざ昼休みに担当でもない一年生の校舎に来て、おまけに名指しで俺を呼んで、何の目的か知らないが弓の腕前まで聞いてくる。

 こちらとしても、困惑せずにはいられない。

 いい加減、どういう用事があるのかぐらいは教えてほしい。

 

「――率直に言おう。俺は君を、個人的に鍛えたいと思ってる」

「個人的にって、それは・・・・・」

「射撃――いや、弓を使ってるから、射と言うべきか。ともかく、君の腕前はプロから見ても目を見張るものがある。それをいまから重点的に伸ばせば、いずれは最高峰の狙撃手になるはずだ」

「・・・・・」

 

 正直に言って、彼の話について行けていない自分がいる。

 光るモノがあるから今のうちから磨こう、というのは分かる。鍛錬を積むのは、早ければ早いほどより多くのものを得られる。

 しかし、何故いまなのか。

 

「仰ってることは分かりますけど、少し性急すぎませんか?二年生や、入って半年くらいならともかく、俺はまだ入学三日目ですよ?」

 

 そもそも、現状では自身にどんなスタイルが合っているのかの模索以前に、基礎的な技能や知識を身に付ける段階のはずだ。

 その下地が無いうちは、自らの方向性なんて決められるはずがない。

 スナイプ先生の提案は、時期尚早に過ぎるものだ。

 

「だからこそだ。他の者が自身のスタイルを確立する前の段階から、明確な方向性を持って訓練を重ねれば、それだけ他者との差がつけられるし、仕上がりもさらに磨きをかけられる」

 

 彼の言い分自体は間違いでは無いし、俺もいくらか頷く部分もある。

 そもそも、プロのヒーローが直々に個人指導を申し出てくれることなど、如何に雄英といえど、滅多に無い事だろう。

 こちらとしても、目をかけてくれるのは本当に光栄だ。けど――

 

「お気持ちはありがたいです。けど、せっかくの申し出ですが――」

 

 今回はお断りします。

 そう、スナイプ先生に言おうとした、直前。

 

『セキュリティ3が突破されました 生徒の皆さんは 速やかに屋外に避難してください』

「っ・・・・・!」

 

 けたたましいサイレン音を耳にすると同時、両の手に使い慣れた双剣を生み出す。

 その時に弁当を落とす事になったが、そんな事は気にしていられない。

 何を理由に流れる警報かは知らないが、機械音声によるアナウンスの内容からして、なんらかの危険が迫っている事を意味していると思われる。

 

「先生、この警報は!?」

「雄英内部への侵入者を知らせるものだ!」

 

 俺の問いに答えたスナイプ先生の手には、既に彼の愛銃が握られている。

 何者かの仕業かは分からないが、厳重なセキュリティが敷かれている雄英に侵入するなど、並大抵ではない。

 いったい誰がそんな事をしたかは気になるところだが、今は――

 

「八百万っ――!」

「衛宮さん、スナイプ先生!」

 

 俺たちが話を出来るように離れて待ってくれていた八百万に駆け寄る。

 彼女は、突然の事態に対し動揺は見られるが、おおむね平静を保っている。

 

「八百万、雄英内に侵入者だ」

「侵入者って・・・・・この雄英にですか!?」

 

 信じられないといった様子の八百万だが、彼女には悪いが今は少し無視させてもらう。

 侵入者というのなら、この廊下から見えるかもしれない。

 同じ事を考えているのか、スナイプ先生も窓ガラスから外の様子を覗いている。

 一歩遅れて、俺も外を見て――

 

「あれって、朝から張ってたマスコミか・・・・・?」

 

 窓から見えたのは、大挙として押し寄せるマスコミの一団だった。

 今年から雄英に教師として赴任する事になったオールマイトを直撃しようと、この二日ほど多くの報道陣が雄英周辺で機会を窺っていたのは知っている。

 しかし、彼がどこにも顔を出さない事と、“雄英バリア”と呼ばれる、許可の無い者を徹底的に入れないようにするセキュリティのおかげで、彼らはまったく取材をできていなかった。

 そんな彼らが、いったいどうやってセキュリティを突破し、敷地内に侵入できたというのか。

 

「・・・・・とりあえず、その剣はもう消しておけ。避難の必要も無いだろう」

 

 そう言ってスナイプ先生は、愛銃を手の中で何度か回した後ホルスターに収めた。

 それに倣って、俺も投影した双剣を破棄する。

 警報の原因がマスコミの暴走というのなら、無闇に外に出てはそれこそ厄介な事になる。

 大人しく校舎内で待っておけば、そのうち警報も止むだろう。

 

「・・・・・こう騒がしいと、ゆっくり話も出来ないな。さっきの件は、また後日に答えを聞かせてくれ」

 

 そう言って背を向けるスナイプ先生。

 俺が熟考を重ねられるように、という措置なのだろうが、生憎と俺にその猶予は必要無い。

 

「――いえ。さっきも言いかけましたが、その話はお断りします」

 

 立ち去る背に、ハッキリと答える。

 それに反応し、彼が立ち止まり振り返った。

 仮面の下の顔がどんな表情をしているのか、判別はつかない。

 

「・・・・・理由を聞いてもいいか?」

「そう大したものじゃないですよ。俺はただ、射撃のみのスタイルで通す気が無いだけですから」

 

 そもそも俺の弓は、あくまで個性を制御する過程で習得したものに過ぎない。

 弓道における精神性の極意が、命懸けの綱渡りを渡り切るために、自我を排するという工程に通ずるものがあったから手を出した。経緯としてはそれだけで、純粋な狙撃手とは言えない。

 俺の本分はあくまで、投影を用いた距離を選ばないスタイルだ。

 それを崩してまで弓に専念するメリットが、俺には無い。

 

「・・・・・分かった。今はそれで納得しておこう。でも、心変わりしたならいつでも言ってくれ」

「はい。もしそうなったら、その時はお願いします」

 

 今度こそ、立ち去るスナイプを見送る。

 互いに折り合いを付け、ここでの話は終わりになる。

 彼の申し出はありがたいが、今はまだ、焦って自分を型に嵌める段階ではない。

 今後に可能性を残す、程度で十分だ。

 

「衛宮さん、スナイプ先生は何のご用でいらしたんです・・・・・?」

「どうも、俺の弓を見込んで個人指導の提案に来たらしい」

「まさか衛宮さん、さっきのはその話を断っていたんですか!?」

「まあ、そうなる。申し出はありがたいんだけど、目指してるものが違うからさ」

 

 八百万の驚きも分からないでもないが、性に合わないものは仕方ない。望んでもない事柄に時間を割くなど、それこそ無駄骨というものだ。

 俺の個性や戦い方を考えれば、一つごとに専念するのはマイナスだ。

 

「そういう事でしたら、確かに仕方ありませんけど、せっかくのお誘い、勿体ないですわね・・・・・」

「しょうがないさ。今回は縁が無かったんだ――それより、時間ももう少ないし、今日は大人しく食堂で食べちまおう」

 

 スナイプ先生との話や、マスコミの侵入騒ぎもあり、随分時間を取られてしまった。

 最初に言っていた様に、場所を探して風に当たりながら、なんてのはもう出来ない。必然、八百万との話も周りに人がいる間は無理だ。

 残念ではあるが、何も今日が唯一の機会という訳でもなし。

 また後日、日を改めるとしよう。

 

 

 

 

 

 

「俺だ。頼まれてた事なんだが――ーああ。ものの見事にフラれたよ」

 

 持ちかけた提案を断られ、自身が担当する三年生の校舎に向かうスナイプ。

 その道すがら、彼はある人物に通信をかけていた。

 彼がこうして一年生の校舎に足を運び、わざわざ一生徒に入れ込むような話をすることになった、そもそもの原因。

 

「――――」

「あまり驚いてないな。端からこうなると思ってのか?」

 

 電話口の相手は、この結果に対し何ら疑問を抱いていないようだった。

 スナイプに依頼をしておきながら、それが実現しないと、そう分かっていたかのように。

 

「――――ー」

「別にそれは構わない。――ただまあ、こうしてわざわざ出向いたんだ。そう平坦な反応をされるとな」

「――――」

「いや、こっちも折を見てまた接触する気だ。乗りかかった船だしな。最後まで粘るよ」

 

 今回は、衛宮士郎から色良い返事は貰えなかった。

 だが、彼が卒業するまでに時間はまだある。スナイプにとって、早いうちに話を進めたかったのは事実だが、それは必ずしもこのタイミングでなくてもいいのだ。

 遅くとも、彼が二年生の中頃までなら、最低限の時間は残されていると考えている。

 

「礼はいい。これについては俺自身も興味がある。既に常人には辿り着けない地点にいる彼が、これからどこまで伸びるのか」

「――――」

「或いは、“彼女”をも超える射手になるかもしれん。自分が指導した生徒がそうなったら、俺としても鼻が高い」

 

 射撃戦を主とするスナイプだが、彼はある人物に射手としての力量で大きく下回っている。――いや、彼だけではない。

 この日本において、これ以上の狙撃手はいないと言われるほど、その能力は突出している。

 だが、今年になってその者を超え得る逸材が、ここ雄英へと入学した。

 

 スナイプがこうして自ら出向いたのは同僚からの依頼故だが、それ以前に、彼もまた、入試の時から衛宮士郎に目を付けていたのだ。

 だから、スナイプが頼みを受けた動機の半分は同僚のよしみだが、もう半分は当人の期待からくるものだった。

 

「楽しみだよ。彼がいずれ、日本中にその名を轟かせるのが」

 

 通話を終え、自身の仕事に戻る。

 これからどうやって彼を説得するか、そう考えながら、胸の内に期待を抱いて。

 

 

 




 ここ最近、雄英の全体像が気になって仕方ないなんでさです。

 本作を執筆するにあたり、雄英敷地内がどんな構図になっているのか、またその配置はどういうものか、そういった情報を調べたのですが、これがまあなかなか出てきません。
 アニメとか見返しても、なかなか分かりづらく、仕方なしに勝手に補完・肉付けしております。

 今後、こんな場所ねーよ、みたいな事があれば、感想欄等にて遠慮なくご指摘ください。

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