尽きぬ憧憬   作:なんでさ

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始動する悪性

 

 マスコミ騒動より一週間。

 予期せぬ敷地内への侵入こそあったものの、それから特に異常らしい異常は無い。雄英側からの連絡はなく、学内のセキュリティを強化した、という話だけが通達された。

 本当にただのセキュリティ上の問題だったのか、それとも何者かの策謀だったのか。

 変わった事といえば、先週行われた学級委員長決めで見事、委員長になった緑谷が、その任を飯田くんに譲ったくらいだ。

 それ以外は至って平穏で、学園からの沙汰が無い以上、俺達学生は日々の学業に勤しむ他ない。

 

 学業といっても、教室で机について教師の話をお行儀良く暗記するだけが勉強じゃない。

 生徒が各々、自主的に語り合い、切磋琢磨する事もまた重要な学びだろう。

 

「・・・・・つまり、設計図を想起した時点で下準備は終わっている、ということですか?」

「ああ。そうなる」

 

 弁当を突きつつ、八百万の問いに短く肯定する。

 先週、残念ながら流れてしまった八百万との約束だが、なかなか都合が合わず、一週間後となる今日まで引き延ばされてしまった。

 互いに他の約束やクラスメイトからの誘いも無く、こうして芝生の上で弁当を広げてる。

 

「どういう素材で出来てるのか、どういう構造で成り立ってるのか、そういった記録が記された設計図を頭に思い浮かべる。現実に生み出すのに必要な素材の充填は一瞬だから、八百万に比べれば創造が早くなるんだ」

「そう聞いていると、設計図というよりは、金型に流し込んでいるように感じますわね」

 

 面白い表現だ、と思った。

 確かに、投影に至るまで装填される設計図は、いわば中身の無い骨組みのようなものだ。

 それを実用に耐えうる現物にする為に、設計図に適した素材が必要になる。

 それを流し込み、と表すのは、言い得て妙だ。

 

「一歩誤れば命に関わるほどのリスク、と仰っていましたけど、具体的にはどう危険なんですか?」

 

・・・・・恐れ知らずというか、肝が据わっているというか。

 

 単なる好奇心や知識欲なんだろうけど、八百万は変なところで図太い。

 遠慮が無いというわけではないのだが、少し察しが悪いのかもしれない。わざわざボカした表現をしたのにそこを突いてくるのは、できれば勘弁して欲しい。

 

「なんというか、反動で血反吐を吐くというか・・・・・全身隈なく、内側から刃で串刺しになる」

「え・・・・・?」

 

 ポカン、とした八百万の表情は、なかなかに新鮮だった。

 いつもキリッとした顔してるから、小さく口を開け惚けている姿はあまり記憶に無い。

 普段の凛然とした態度も相まって、今の彼女は愛らしく思える。

 

・・・・・まあ、嵐の前の静けさみたいなもんだが。

 

 色白で血色のいい肌は、気のせいでは片付けられぬほど青ざめ、口はワナワナと震えている。

 自分が何を聞いたのか、それを理解して・・・・・

 

「え、衛宮さんっ!全身がく、串刺しって、あなた大丈夫なんですか!?」

「言いたい事は分からんでもないが、一旦落ち着けー」

 

 掴みかかってきそうな勢いで、俺を問い詰める八百万。

 が、俺たちの間には広げた弁当があり、そもそもここは外で、少なからず人通りはある。できれば心を鎮めて、あまり暴れないで欲しい。

 

「そうは言いますけど、こんな話を聞いて落ち着いていられませんわ!」

「いやな、気持ちは分かるけど、もうそんな事にはならないから、そんなに気にしなくても大丈夫だぞ」

 

 血だるまになってたのは最初の一、二年くらいで、それ以降は暴れ出す刃の量も減っていった。

 無傷で扱えるようになるまでは五年かかったが、少なくとも死にかける事は無くなった。

 もっとも、そうなるまで傷が絶える事は無かったが、その治療費は俺の個性を調べたい国の人間が研究費を兼ねて捻出していたので、施設に迷惑をかけずに済んだのは不幸中の幸いだった。

 

「・・・・・本当に、もう大丈夫なんですね?」

「おう。俺がわざと制御を手放したりでもしない限り、もうそんな事にはならない」

 

 "そういう結果"を、引き起こそうと思えば、いつでも引き起こす事は出来る。

 けどそんなもの日常では必要無いし、俺も好き好んでハリネズミみたくなりたい訳じゃない。

 仮に、自らの意思でそんな事をする時が来たのなら、それは――

 

「あなたが無事なのなら構いませんが・・・・・けれど、そのリスクはどうにもできないのですか?」

「残念ながら。こいつがある事が、俺の個性の前提みたいなもんだから。無くしたり、訓練でどうにか出来る類のものでもないんだ」

 

 空想やイメージを形にする力自体は俺の肉体に宿るもののようだけど、より確かな投影を為す設計図や中身は、俺の精神に宿る正体不明の保管場所から来ている、という事らしい。

 その辺りの複雑な話までは俺には分からないが、少なくともその学者の話に対して、俺も感覚的に間違っていないと感じてるから、きっとそれが正解なんだろう。

 この話は少し踏み込んだものだから八百万に教えることは出来ないが、聡い彼女はその辺は察して、自己補完してくれる。

 

「それほど扱いの難しい要素なら、やはりそれこそが衛宮さんの個性の強み、なのでしょうか」

「・・・・・いや、そうとも言えない」

「と、言いますと?」

「確かに、中身が無いと俺の個性はまともな力も出せない。けどそれ以上に、俺のイメージが明確である事が一番肝要なんだ。対象への理解が深いほど、心に雑念が無いほど、イメージは鮮明になる」

 

 むしろ、それこそが本質と言っていい。

 自らの精神を力にする、自分の心をカタチにする。それこそが、衛宮士郎に許された力だ。

 より明瞭に、より頑強に、生み出す対象のイメージが強固であればあるほど、幻想は確かなものとなり、現実を斬り裂く力となる。

 

――イメージするのは、常に――

 

「八百万は、そういうのは無いか?」

「どう、でしょう。明確な構造の把握、というのなら近しいものはありますが、衛宮さんの言うイメージの重要性は私とは少々、趣が違うかと」

 

 なるほど。

 一度その構造を理解すれば、一定のイメージで、質の変わらない物を想像できる、ということか。

 

「その辺の違いは、俺と八百万の生み出すモノが、根本的には別物だからだろうな」

「確か、一度見たものを記憶し複製する、という事でしたわね」

「ああ。八百万が構造を理解する事でゼロから創造するのに対して、俺はあくまで記録した物を真似ているに過ぎない。だから、イメージがブレれば本物から遠ざかってく」

 

 そうなれば、投影物はどこまでも力を失っていく。それどころか、骨子が疎かになれば、実用にすら耐えられないハリボテが出来上がる。

 それが八百万との、決定的な違いだ。

 構造さえ理解していればどんな物でも創造できる八百万と、初めから決まった形がある故、そこから外れてしまえば粗悪品しか生み出せない俺。

 外観上、似ているとも思える俺たちの個性はその実、全くの別物だ。

 

「だから、鮮明なイメージってのは俺にとって一番、手を抜けない行程なんだ。それに、ハッキリとしたイメージをできるなら、それは他の事にも応用できる」

「他の事、ですか・・・・・?」

 

 はて、と小さく首を傾げる八百万。

 言っている意味は理解しているんだろうけど、有用かつその具体的な例が思い浮かばないのかもしれない。

 

「この前受けた、第一回の戦闘訓練が良い例だと思うんだけど。あの時も、相手の思考や行動を、それに対応する罠を明確にイメージする事で完封できただろ?」

 

 ちょうど一週間前のあの日、午後から行われた最初のヒーロー基礎学。

 そこで課せられた屋内対人戦闘訓練において、俺と彼女は徹底的に対戦相手を封じ込めた。

 あらかじめ得ていた情報を前提に、相手がどう動くのか、こちらの手にどういった考えをするのか。それらを予測し、イメージする事で、その先の未来を確かなものとする。

 

「それと同じでさ、もしこれから目の前で起きる出来事を正確にイメージできたなら――その全てに対して最適な行動ができる、って思わないか?」

「それは・・・・・確かに、論理的には不可能ではありませんし、私もそういった戦いの組み立て方は心がけています。けど、実際に100%戦況を読むなんて事は、実質的に不可能です」

 

 八百万の言い分はもっともだ。

 人の心は複雑で、それこそたった数分しない内に変わる事だってある。

 それを、刻一刻と変化していく戦況に合わせて予測し続けるなど、まともな人間に出来る芸当じゃない。けど――

 

「もちろん、全部が全部、こっちの思惑通りってわけにはいかない。けど、事前に相手の能力や性格、周りの環境を把握した上でなら、現実に迫る事は出来る」

 

 前提として、実に多くの情報を要する事は否めない。

 戦いなら、相手の戦力をその能力のみならず、性格や思考、それらを踏まえた相手の戦法も含めて把握している必要がある。

 情報が多ければ多いほど、それに対応する術のイメージが明確であるほど、予測は精度を増す。無論、周辺状況に関しても同様だ。

 

「ですが、そんな未来予知のような予測、ただ情報があるだけでは成立しません。もっと実践的な・・・・・そう、経験が必要なはずです」

「そうだな。情報を持ってるだけじゃ、ただの記録にしかならない。それを生かす術は、どうやったって記憶が必要になる」

 

 記憶は、自己の経験から生まれる。

 ただデータを収集しただけじゃ、記録が蓄積されるだけで、有用に扱うノウハウが無い。

 事前の情報を、予測を、確たる現実として実践するには、絶対的に経験が必要なのだ。

 その記憶が無ければ、俺の言っている事は絵に描いた餅でしかない。

 

「だから、その経験を代替する為にいろんなモノを見て、その状況を自分に置き換えて想像してきた。ヒーローとヴィランが戦う実際の様子とかな」

 

 言ってみれば、疑似体験<ヴァーチャル・リアリティ>だ。

 自分には積めない経験を、他者のそれを記憶し、繰り返しイメージする事で擬似的に自身のものとする。

 誰がどんな風に戦い、如何なる選択をするのか、周辺の状況はどういったものだったか。記憶し、一連の流れを分析し、それをリプレイし続ける。

 そうする事で、自己の理解を深め、類似する事態に対する適応性を高める。

 いずれヒーローとして、正義の味方として戦う日の為に、幼少の頃から、個性制御とはまた別に続けてきたイメージによる鍛錬だ。

 

「だからこそ、それを支えるイメージが、俺にとっては一番重要な事なんだ」

 

 なんだかんだ言いつつ、話はここに帰ってくる。

 投影を確かなものとする為にも、戦いを予測する為にも、このイメージが如何に強固であるかが鍵を握っているのだ。

 そも、才の無い衛宮士郎が戦って勝利する為には、それぐらいしか方法が無いのだ。

 

「・・・・・やはり、私と衛宮さんでは、イメージに対する傾向度が違うようです。個性行使は別として、私には他人の経験を自身に当て嵌めたイメージトレーニングなど、出来そうもありません」

「そこは単に年季の、後は伸ばしてきたベクトルの違いだな。俺がそうやってイメージトレーニングしてきた分、八百万は膨大な知識を蓄えてきた」

 

 より長く経験を積んできた人間の方が、その分野で上手なのは当然だろう。

 現状ではイメージという事柄で八百万が俺より劣るのと同じ様に、俺は知識や知恵という点において彼女の足元にも及ばない。

 そして、俺と彼女を分ける絶対的な差は、もう一つ。

 

「それにさ。俺のやってるイメージなんて、やろうと思えば誰でもできる事なんだ」

「誰にでもって・・・・・・そう簡単なものではないでしょう」

「確かに簡単ではないな。けどさ、これに特別な才能は必要じゃない。結局のところ、時間と経験さえあれば誰だって再現できる類のモノなんだ」

 

 例えば、スポーツで置き換えればいいかもしれない。

 サッカーのPKでは、キーパーはどこにボールが蹴り込まれるか、予測しながらゴールを守る。

 もちろん、そこには当人の反射神経や身体能力も含まれているが、全くの考え無しで動く事はないはずだ。

 

「そういうのは、才能どうこうよりも、積み重ねてきた鍛錬の量と経験がものを言う。けど八百万みたいに、大量の無機物を原子レベルで把握するなんていうのは、常人の頭じゃどうやったってできない」

 

 もし、誰も彼もがそんな事を実現できるレベルの頭脳を持ち、そして日々欠かさずそれらの記憶ができるとすれば、この国は今頃、科学者みたいな連中で溢れかえっている。

 素質にせよやる気にせよ、常人にはできないそれを可能にするのが、才能というものだ。

 

「俺と八百万の一番の違いはそこだろうな。俺にはお前みたいな才能は無いから、凡庸な手段しか取れない」

「・・・・・・・・・・」

 

 凡人か、才人か。凡夫か、天賦か。

 それが両者を分ける、決定的な差だ。

 才能が有ったから、彼女は自分の個性をとことんまで突き止めた。

 才能が無かったから、俺は吸収できるものはなんでも取り込んできた。

 本質はともかく、結果としては類似する効果の個性を互いに持ちながら、その運用法や戦法に差が生まれるのはそのためだ。

 

「八百万の疑問に対して俺が考えられるのは、これぐらいだな。他に何か聞きたい事とかあるか?」

 

 知識欲の強い八百万が、個性の使い方や戦い方なんかを一緒に話そう、と提案してきたのが、そもそもの始まりだ。

 その約束は入学初日にしていたものだし、俺もできる限り付き合うと言った。

 足りない頭で思いつく限りの考えは話したが、果たして分かりやすく伝えられただろうか。

 

「・・・・・いえ。以前からの疑問は解消されましたわ」

「それなら、いいんだけど・・・・・」

 

 疑問は無くなったと言う割には、彼女の表情は少し硬いように感じるのだが。

 まだ聞きたい事でもあるのかと勘繰るが、彼女がそんな事でわざわざ自分を偽る必要も無い。

 単に、ここまでの話を振り返って吟味しているだけだろう。

 数秒後、ある程度納得を得たのか、彼女は普段通りの顔に戻っていた。

 

「今回していただいたお話、有意義かつ私に通ずるものもありました。今後も、もしよろしければ、実践も含めて私にお付き合いいただけますか?」

「もちろん喜んで。むしろ、こっちこそお願いしたいくらいだ。八百万みたいに色んな事に気づけるやつと話してると、自分では気づけない事に気づけるから、俺としても助かってる」

 

 八百万との話は、俺自身も得るものが多い。

 単純な知識だけでなく、頭脳明晰な彼女は細かいところまで、よく目がつく。

 俺には無い視点で、物事を鋭く観察できる彼女の指摘は、それまでにない見地を見せてくれる。

 

「ええ。お互いに切磋琢磨していきましょう」

「ああ。よろしく頼む」

 

 まだまだ話せる事はあるが、もう弁当は空になったし、そろそろ午後の授業も近づいてきている。

 全ての疑問や話題をここで話し尽くさないといけないわけでもない。

 互いに名残惜しさを感じつつ、今日のところはこれぐらいにしておこう。

 

 

 

 

 

 

「今日のヒーロー基礎学は災害・水難なんでもござれのレスキュー訓練だ」

 

 教壇に立つ相澤先生は、気怠げな表情で今日の授業内容を告げた。

 それを聞いたクラスメイトの皆は、それぞれ違った反応を見せている。

 救助訓練そのものへの難度の高さに辟易する奴もいれば、レスキュー活動こそヒーローの本懐だと気合を入れる奴もいる。

 俺も、不向きな個性ではあるが、人命を救うための訓練という事で、身が引き締まる思いだ。

 しかし、それ以上に気がかりな事がある。

 

 今日の授業は、相澤先生とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で行うとの事だ。その時の言い回しからして、その人数が特例的なものであることは察せられた。

 おそらく、先週の騒動が原因だろう。

 

・・・・・やっぱり、ただのアクシデントじゃない、か。

 

 徹底して情報を秘匿していたから、あれが偶然起きた事故だなんて考えちゃいなかった。

 それでも今までは確証を持てなかったけど、相澤先生の発言でそれが確信に変わった。

 あれは間違いなく、人為的に引き起こされたものだ。

 

・・・・・問題は、何の目的であんな事をしたのかだけど。

 

 ただのイタズラにしては、度が過ぎている。

 高度なセキュリティが敷かれる雄英に、大量のマスコミを侵入させるなんていう大仰な真似が、ただの愉快犯に出来るはずもない。

 けど同時に、雄英への害意があったのだとしたら、その後の経過が静かすぎる。

 事件発生から今日まで、一切の反応が無いのは不自然としか言いようがない。

 仮に下手人に狙いがあるのだとしたら、ここまで何も無かったのは、単に条件が合わなかったが故か。

 

・・・・・もしそうなら、この警戒も頷ける。

 

 何を目的としているのか。何故、ここまで沈黙を保っているのか。

 それが判明しない以上、いつどのタイミングで、何が起きるかわからない。

 有事に備え人員を増やした、と考えるのが自然だろう。

 その警戒に、No. 1ヒーローを含むっていうのは、少々戦力過剰な気もするが。

 

「訓練の性質上、コスチュームの着用は各自の判断に任せる。訓練場は少し離れた場所にあるからバスで移動する――以上、準備開始」

 

 連絡事項を簡潔に言い切り、相澤先生は先に教室を離れて行った。

 合理性を重視する彼らしい、実に迅速な行動である。

 

・・・・・それにしても、訓練場をわざわざ外に建ててるのか。

 

 自分の戦闘装束を持って移動しつつ、これから向かう訓練場に想いを馳せる。

 入試時点で雄英の規模大きさには仰天していたが、この上さらに外に施設を設けているとは。

 その訓練場とやらも、わざわざ広大な敷地の外に建設しているんだから、相当にデカいんだろう。

 流石は全国屈指のエリート校と言えばいいのか、それとも無駄に壮大だと思えばいいのか、なかなかに悩みどころではある。

 

 

 

 

 更衣室で着替えを済ませた後、校舎外で集合する。バスは既に到着しているようだけど、全員が揃っているか確認されるまで少しの間、待機しておく必要があるようだ。

 その間、暇を潰すがてら、クラスメイトのコスチューム着用状況を確認する。

 今回の訓練ではコスチューム着用の選択は各自の自由と言っていたが、見たところ概ねは着ているようだ・・・・・って。

 

・・・・・またか。

 

 ここ最近、お馴染みと()()()()()()()光景に微かな頭痛を覚え、溜め息を吐く。

 

・・・・・投影開始<トレース・オン>

 

 心中で始動キーを回し、個性を行使。

 生み出したるは柔軟かつしなりを持つ、白色で扇状の一振り。

 それを振りかぶり、標的の側頭部目掛けて素早く振り落とし――

 

「あたぁーーっ!?」

 

 スパン!!と良い音とともに、いましがた視姦に勤しんでいたセクハラ大王の頭をはたいた。

 しばかれた当の本人はと言うと、実に恨みがましい目でこちらを見上げている。

 

「何すんじゃい衛宮ぁ!!」

「そりゃこっちの台詞だ、たわけ」

 

 いきなり殴られたら怒るのは当然だが、それ以前に毎度、女子への視線があからさま過ぎる。

 というより、その女子からの苦情を何度も受けているのに、まるで聞き入れずに続けているのは、いったいどういう了見なのか。

 

「お前なぁ。いい加減にしとけよ、ほんとに」

 

 入学から一週間、峰田のこういった行為は、既に両手で数えられぬ程になっている。

 最初の方こそ女子達も気の所為かと流していたが、ここ最近はもう完全に把握しているらしく、セクハラされた当人からの反抗も何度かあった。

 それでもなお一切改める気は無く、今日もこうして本能に従っている。果たしてその欲求はどこから湧いてくるのか、甚だ疑問である。

 

「なんだよ、ちょっと見てただけで、何もしてないだろ!?」

「鼻の下伸ばして瞬きもせず凝視してたら、それは立派にセクハラだ」

 

 そうでもなければ、窃視なんていう言葉は生まれない。

 何人かの女子のコスチュームは、いささか煽情的なものもあり、体のラインが目に見えて分かりやすいやつもいる。

 そんな姿をじっと見て、何の下心もありません、なんて言い分を通すには、普段の態度が足を引っ張りすぎている。

 

「そもそも、女子にモテたいって言う奴が、相手に不快な想いさせてどうするんだよ」

「ハッ、何を言うかと思えば!お前にはオイラみたいな連中の心情なんて、分かんねーよ!!」

「分かってたまるか」

 

 何をどうひねたら、好かれたい相手に嫌われる様な行動を繰り返すのか。

 そんな心理、分かるわけないし、それ以上に理解したくもない。

 昔から鈍感だ、にぶちんだなんて言われてるが、そんな異常にすぎる精神してるほど、俺は特殊ではないはずだ。

 

「だいたいお前、何なんだよ、それは」

 

 不貞腐れた顔で、俺の手にある物を指差す峰田。

 今しがた、その本分を遺憾なく全うし終えた、ツッコミ特化武装。

 

「何って――見ての通り、ハリセンだが。そんなに痛くなかっただろ?」

 

 パン、と軽く手のひらに打ち込んで、その威力を確かめる。

 うむ。大した痛みは与えず、それでいて心地良い音を鳴らす、いい出来である。

 

「お前、そんなの今まで使ってなかっただろ」

「そっちが痛くないように、て持ち出したツッコミ道具だよ」

 

 彼に対しては初日に容赦しないと言ったが、別段痛めつけようだなんて思っちゃいない。

 が、それはそれとして、そういう事をするなら、俺が徹底的に妨害するつもりではある。

 その二つのを滞りなく達成する為の措置がコレだ。

 

「くそぅ、こんなところでも無駄に気遣い見せやがってぇ!」

「無駄って言うな、無駄って」

 

 不必要にダメージを負わないように配慮しただけで、何故そこまで恨まれるのか。

 この出来の良さを実現するの、なかなか苦労したんだぞ。

 わざわざ自分の頭で程度を確かめた逸品だ、そう無碍にしないで欲しい。

 

「1-A、集合――!!」

 

 ピー!というホイッスルの音が鳴り響き、飯田くんの号令がかかる。

 人数を確認し終えたのか、いよいよ乗車ということか。

 それはそうと、彼はあの笛を常に持ち歩いているのか?

 

「衛宮ッ――!俺は絶対に、諦めないからなぁ!!」

 

 捨て台詞を吐いて、我らがエロ魔神はバスへと先に向かう。

 今の場面だけ切り取れば、少年漫画顔負けの情熱を感じるが、やろうとしてる事はただのセクハラなんで、色々と台無しだ。

 

「悪い奴じゃないんだがなぁ・・・・・」

 

 エロが関わらなければ、至って普通の生徒の一人なのだ。

 それが、何故か性欲が絡むと、歯止めが効かなくなる。

 もはや、思考して行動しているんじゃなく、反射で動いているのではなかろうか。

 あまりにも欲求に素直すぎるから、あれはもうそういう生態なのでは、と相当に失礼な考えまで浮かんでしまう。

 早いうちにあの素行は改善しないと、ヒーローになる前に性犯罪者として警察のご厄介になってしまいそうだ。

 

・・・・・そうはならない様に、同校の人間なうちは目を光らせておかないとな。

 

 目を付けられてる本人からしたらいい迷惑でしかないだろうけど、俺としてもクラスメイトの中から犯罪者が出て欲しくはないのである。

 だから、できれば彼には大人しく受け入れるか、行動を改めるかしてもらいたい。

 そう切に願い、俺もバスに乗車する。

 

 

 

 

 

 

 最後尾の座席でバスに揺られながら、窓の外を眺める。

 視界の大半には街路樹が映り込むが、遠方には巨大なドームが見える。多分、あそこが目的地だろう。

 予想通り、相当な規模だ。

 あれだけの敷地で行うんだから、さぞかし高度な訓練を行うんだろう。

 俺としても、気合を入れて臨まねばならない・・・・・のだが。

 

・・・・・流石に、食後にこの揺れはクルものがあるな。

 

 腹が膨れて血糖値が上がっている事で、図らずも眠気が強くなっている。

 おまけにこの車内の振動、かなり凶悪なコンボだ。

 このままでは目的地に着く前に、うっかりうたた寝してしまいそうだ。

 そんな無様は晒さないよう軽く頬を叩き、頭を働かせるように、意識的にクラスメイトの会話に耳を傾ける。

 

「あなたの個性、オールマイトに似てる」

 

 どうやら、緑谷の個性の話題で盛り上がっているようだ。

 蛙吹さんが彼の個性を、そう評していた

 ソフトボール投げで、指一本であの飛距離を叩き出したことや、先週の戦闘訓練でビル一棟に直上に風穴開けたこと、そして後から聞いたところ、入試のあの巨大ロボを殴り飛ばしたこと。

 それらを考えれば、単純な威力ならオールマイトに匹敵するものがある。

 もっとも、その反動や個性に適応していない体を考えれば、全くの同じというわけではないが。

 

「しっかし、シンプルな増強型はいいなあ。派手で出来る事が多い!」

 

 この台詞は切島か。

 確かに、純粋に優れた身体能力というのは、ただそれだけで必殺の武器となる。

 現状、その制御が出来ていない事を差し引いても、緑谷の個性は非常に強力だ。

 そうした個性を持つ人間の方が、人気も出やすい。

 

 対して肉体を“硬化”させる個性の切島だが、能力は優秀なものの応用幅が狭い事は否めない。

 とはいえ、一芸に特化した力というのは、下手に手札が多いだけのやつよりよほど強大だ。

 練度や運用法によっては、十分にトップを狙える個性ではあるだろう。

 実際、現時点でのトップ10ヒーローの中には、そういった人物もいたはずだ。

 

「まあでも、派手で強いっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」

 

 次いで名が上がったのは、1-Aのツートップ。

 “半冷半燃”と“爆破”。

 ともに威力も見た目も一線を画す二人の個性は確かに強力であり、プロとして台頭すれば、その人気も高いものになることは予想出来る。

 もっとも、爆豪の場合はあの唯我独尊な性格をどうにかしないと、親しまれる前に小さなお子さん達を泣かせることになるだろうけど。

 

「派手で強いって言うなら、衛宮もいい線行ってるんじゃない?」

「・・・・・!」

 

 思わぬところで出てきた自分の名前に驚き、発言者を見る。

 視線を向けた先、特徴的な耳たぶの片方を、イヤホンとして音楽プレイヤーに差し込んだ耳郎と、バチリ、と目が合う。

 聞こえた声と方向からして、俺の名前を出したのは彼女らしい。

 

 なんだってまた、俺の名前なんかが出てきたのか・・・・・いや、そういえば彼女とは同じ試験会場だったな。

 あの大型ロボを停止させた場面も見ていたはずだし、なんなら一、二度、個性の話もしたな。

 刀剣を創造して射出する、というのは確かに側から見ればいくらか派手に映るんだろう。

 それが果たして、強いのかどうかは、なんとも言えないが。

 

「爆豪ちゃんはキレてばっかりだから、人気出なさそ」

「エミヤんもちょーっと無愛想かなー?」

 

 現代におけるヒーローという職が、国家の法によって成り立っているのと同時に、人々からの信頼によって維持されているという側面もある。

 そのため、プロヒーローというのはある種、人気商売と捉えられる。

 だから、人相や人格っていうのは、一つのステータスにもなりうる。

 

・・・・・それにしても、蛙吹さんの直球具合は相変わらずか。

 

 精神的にしっかりしているのか、彼女は案外、思った事をそのまま口にする。

 その大半はおおむね的を射ているから反論し難いが、言われる当人にしてみれば、多少なりとも刺さるものがある。

 爆豪も、蛙吹さんの指摘通りに、彼女に対して怒り心頭だし。

 対して、芦戸もよくよくどストレートだが、こっちは発言に一切の悪意や咎めを感じない分、相手によっては蛙吹さんとはまた違った効き方をする。

 俺としても愛想の無さについては自覚しているし、特に言うべきことは無く、ただ苦笑して返すだけだ。もっとも・・・・

 

・・・・・あんまりそういうのは、考えてないんだけどな。

 

 ヒーローには人気が不可欠だと理解しているが、俺にはソレは必要じゃ無い。

 名声が欲しいわけでも、賞賛を受けたい訳でもない。トップヒーローになりたいのでもない。

 ただ、誰かを救うためにこの命を使うのにより適した職があったから、それを目指しただけだ。

 

 雄英に来たのも、ここが最も己を強くできると考えたから。

 他の皆みたいに、俺には大それた競争心や上昇志向は無い。

 そもそも、俺が競うべきは他人ではなく――

 

「もうすぐ到着だ。いい加減にしとけお前ら」

「・・・・・っ」

 

 相澤先生の叱咤に、ハッとする。

 いま一瞬、意識が変な方向に飛んでいたような気がしたが・・・・・

 

・・・・・睡魔に負けたか・・・・・?

 

 眠気で意識がボー、としていると、碌も働かない。

 さっきのも、そういう類のものだったのか。

 何とも言い難い感覚に違和感を覚えるが、さりとて何かできるわけでもない。

 じきに到着だというし、妙な錯覚の事など忘れて大人しく待つとしよう。

 

 

 

 

 

 

「すっげ―――!!USJかよっ!?」

 

 目的地に到着し、訓練場の中に入った直後、皆一様に驚愕した。

 感嘆の声を上げる切島に、俺も賛同の念を抱く。

 某テーマパークに似ているかはさておき、巨大なドームの中には目に見えるだけで、何らかの災害現場を模した六箇所の設備があり、その一つ一つが都市の一角に匹敵する規模だ。

 なるほど、これだけの面積であれば、雄英の敷地外に建設するのも頷けるというものだ。

 

「待っていましたよ、皆さん」

 

 訓練場となるドーム内部の全容に驚く俺たちの前に、一人の人物が現れる。

 全身、宇宙服のようなスーツで身を包んだ、性別不詳の人物。

 災害救助の分野で特に目覚ましい活躍を見せる、スペースヒーロー『13号』だ。

 

「ここは、水難事故・土砂災害・火災・etc、あらゆる事故や災害を想定して、僕が設計した演習場――その名もウソ(U)災害(S)事故(J)ルーム!!」

 

 声高に、施設の名を告げる13号。

 本当に某テーマパークと同じ略称とは思わなかったが、それを直感で言い当てた切島に対する驚きの方が強かった。

 というよりも、そのネーミングは色々と大丈夫なんだろうか。商標的に。

 

「13号。オールマイトはまだ来てないのか?」

「先輩、それが――」

 

 ポーズまで決めてこのUSJを紹介していた13号に、相澤先生が何やら話しかける。

 対する13号は、あまり聞かれるとまずいのか、こっそり小声で話している。

 もう一人の監督役であるオールマイトが、まだ到着していないのが原因だろうが、なにやらトラブルでもあったのだろうか。

 

「――仕方ない。始めるか」

 

 しばらく話し込んだ後、問題は無いと判断したのか、改めて開始を宣言し、脇に外れる相澤先生。

 ここの設計者だという13号がわざわざ来ている以上、彼、彼女?・・・・・が、主となって教鞭を取るのだろう。

 

「えー、始める前にお小言を一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ・・・・・」

 

 徐々に増えていくお小言やらに、いったいどれほどの注意事項が有るのか、クラス一同恐々としつつ辟易しそうになる。

 というより、そこまで増えていけばもはや小言ではなく、一つの説教話でなかろうか。

 

「皆さんご存知の方もいると思いますが、僕の個性は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んで、塵にしてしまいます」

 

 知っている。

 ブラックホールという、人智の及ばぬ宇宙<ソラ>の現象を引き起こし、さまざまな災害現場でその力を奮ってきた。

 その威力は名に恥じず、いかなる障害も粉微塵にし、避難し遅れた人達は自らの元に引き寄せる事で、災害から救い出してきた。

 だが、同時に。

 

「――しかし、この個性は簡単に人を殺せる力です」

 

 13号は至って真剣に、いまさら口にするまでもない事実を告げる。

 その力が、本来なら人類が遠のいて久しい果ての世界で起きる現象であるのなら、その黒洞の前ではあらゆる命が芥になる。

 そしてそれは、13号に限った話ではない。

 

「皆の中にも、そういった個性を持つ子はいると思います。現行の社会は、個性の使用を資格制にする事で規制し、一見、成り立っているようには見えます」

 

 それは、かねてより何度も繰り返し議論されてきた議題だ。

 個性という現象が発現した黎明期、荒廃した社会を立て直す過程で生まれた現行制度。

 それは確かな効果を発揮して今に至るが、決して穴が無いわけではない。

 

「しかし同時に、個々人が容易に人を殺せる行きすぎた力を持っている、という事を忘れないでください」

 

 俺自身を始め、個人が容易く、一瞬の意思決定で他者を害し、秩序に穴を開けられる社会。

 個性発現前の規範では収まりきらない、個々の善性と自制心がより強く求められる時代なのだ。

 

「これまでの訓練で、自身の力が秘める可能性を知り、それを人に向ける危うさを体験したと思います」

 

 それが、あの急に過ぎるテストや訓練の真意だったのか。

 俺たち生徒の力量を測るのみならず、ヒーローを目指す者としての心構えを身に付けさせるための、素地を作るための下準備。

 それ故の、厳しい洗礼という事か。

 

「この授業では心機一転、人命のためにどう個性を活用するかを学んでいきましょう――君たちの力は人を傷つける為ではなく、助ける為に在るのだと、心得て帰ってくださいな」

 

 言われるまでもない事だ。

 この命の全ては人々の幸福の為に。生まれ持った異端は無辜の人々を傷付ける者を退ける為に。

 それは、ヒーローとして当然の在り方だ。

 力の危険性、その運用方法――そんな心構えは、とっくの昔に済んでいる。

 

「私からの話は以上です。ご清聴、ありがとうございました」

 

 13号は恭しく一礼し、話を締め括った。

 以前から聞いていた通り、紳士的な人物のようだ。

 その姿と話の内容に感銘を受け、クラスメイトの多くが13号に拍手や称賛の声を送っている。

 

「よーし。そんじゃまずは――」

 

 その喧騒を止める意味もあったのか、相澤先生が指示を出そうとし――その直後、照明が落ちた。

 

・・・・・何があった・・・・・?

 

 明かりは消えたが、完全な闇の世界になったわけではない。

 ドームの外壁は太陽光を通しているのか、少々暗くなった程度で、活動に支障は無い。

 だが、突然のこの異常。特例的な体制もあって、ただの事故とは思え――

 

・・・・・待て。あの黒い靄は、何だ・・・・・?

 

 現在いる出入口付近よりずっと向こう。ドームの中方付近にある噴水の前に、黒い霧が円を描いて宙に浮かんでいる。

 その形状、浮かぶ黒輪はまるで何かの門<ゲート>のように見え――

 

・・・・・――っ!

 

 その予感が間違っていないのだと告げる様に、黒い霧の中から、一人の男が顔を覗かせた。

 自らの顔面にデフォルメされた手の形の飾りを取り付けた、異様な人物。

 それが、あまりにも悍ましいものに見えて――

 

・・・・・投影開始<トレース・オン>ッ――!!

 

 全身に行き渡る警鐘に従い、僅かな間も無く個性を行使し、弓矢を構える。

 狙いは真っ直ぐに、手の男を狙っている。

 

「え、衛宮くん?いったい何を・・・・・」

 

 誰かが俺の行動に疑問の声を上げるが、そちらに構っていられない。

 黒い霧の中からは続々と物々しい集団が現れている。

 連中が誰なのか、何を目的とした集団なのか、ハッキリと断定は出来ない。

 しかし、その上で。あれらが何者なのか理解する自分がいる――アレは、ヴィランだ。

 

「――相澤先生。いつでも撃てます」

 

 端的に、必要最低限の言葉を告げる。

 対する相手は、こちらの行動に驚いていたものの、すぐに表情を改め、険しい顔を向けてくる。

 

「馬鹿を言うなっ!さっさと下がって、他の連中と固まって動くな!!」

「けど――」

「お前はまだただの学生だ。“昔”に何があろうと、お前らにヴィランの相手をさせるわけにはいかん!」

「っ・・・・・!」

 

 相澤先生の言い分は、確かに正しい。

 如何にここが私有地であり、個性の使用に制限が無くとも、本物のヴィランを相手に学生が率先して戦って良い道理などない。

 現状、自身や他の人間に差し迫った脅威は無く、また連中がどう出るかも分からない。

 ここで手を出すのは、時期尚早に過ぎる・・・・・それは、事実だ。

 

「・・・・・分かり、ました」

 

 自らの葛藤を収め、弓を下ろす。

 けど、いつ何が起きてもいいように、投影は破棄せず残す。

 

「先生っ、侵入者用センサーは!?」

「もちろん、ありますが・・・・・」

 

 焦りの浮かんだ表情で、八百万が13号に問う。

 これだけの施設、雄英本校舎を考えれば、その手のセキュリティが無い筈が無い。

 にもかかわらず、それが発動しないという事は――

 

「現れたのはここだけか、学校全体か――なんにせよ、センサーが反応しねぇなら、向こうに()()()()()ができる奴がいるってことだ」

 

 至極冷静に、轟が現状を分析する。

 流石に推薦入学で合格してきただけあって、大半のクラスメイトと違って、緊急事態に対しても動揺は無い。

 

「セキュリティを妨害し、こっちのスケジュールを把握した上で、閉鎖空間にいるタイミングを狙って来た以上、計画的な行動なのは間違いない」

 

 彼の分析に次ぐ形で、補足を入れる。

 あの人数を率い、組織的かつ計画的に動いてる以上、ただの暴動であるはずがない。

 

「――ああ。連中、馬鹿だが阿呆じゃねぇ。これは何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」

 

 轟の言葉に、クラスの皆に緊張が走る。

 如何にヒーロー志望とはいえ、現状では全員、能力があるだけの学生だ。

 いずれ対峙するとはいえ、本物のヴィランの出現に、心が揺れないやつの方が稀だ。

 

「13号、避難開始。学校に電話試せ。センサーの対策も頭にあるヴィランだ。電波系の奴が妨害してる可能性がある――上鳴、お前も個性で連絡試せ!」

 

 相澤先生は端的に指示を下し、一歩前へ踏み出す。

 その手は彼の得物である捕縛布に添えられ、ゴーグルは既に下ろされている――イレイザーヘッドの、戦闘態勢だ。

 

「先生は、一人で戦うんですか・・・・・!?」

 

 その姿を見咎めた緑谷が、悲痛な叫びで訴える。

 無理も無い。彼の戦闘スタイルは長期戦や対多戦闘には向かず、正面戦闘は彼の本分ではない。

 現状は、その不利条件の全てが揃っている。彼が単独で戦うのは無謀だろう。

 

「先生。俺の弓なら、援護はできます」

 

 生徒を正面きってヴィランと戦わせられないというのなら、せめて手助けくらいはできる筈だ。

 彼が如何にプロのヒーローとはいえ、あの数を相手にするのは流石に骨が折れるだろう。

 純粋な実力なら、あそこにいる連中がどれだけ束になっても、大半は彼に及ばないだろう。それでも、百を超えるその波濤が二波、三波と襲い続ければ、いつかは限界が来る。

 俺なら、その負担を少しでも減らせる。

 

「言ったはずだ。お前らに戦わせるつもりは無い――それにな、一芸だけじゃヒーローは務まらん」

 

 だが、そんな困難などまるで意にも介さず、彼は確かな足取りで進む。

 この程度の苦難、容易に乗り越えてみせると、その背で語るように。

 

「――任せた、13号」

 

 そう残し、相澤先生はヴィランの大群目掛けて疾走する。

 止める間も無い。

 かれは瞬く間に階下へ降り、欠片の恐れも見せず、正面から突っ込んでいく。

 

・・・・・強い。

 

 視線の先で戦う相澤先生の――イレイザーヘッドの実力を、改めて思い知る。

 迎撃しようとしたヴィランは、個性を発動出来ずに、捕縛布に囚われ瞬く間に無力化された。彼の“抹消”で消せない異形型は、純粋な格闘技能で制圧された。

 集団に遅れを取るどころか、有利に戦いを運んでいる。

 対多戦闘は不向きと思われた彼はその実、それこそを最も得意とする戦闘技法を確立しているようだ。

 あの様子では、確かにヴィランどもに遅れをとる事はないだろうが――

 

・・・・・後ろの三人は、間違いなく“別格”だ。

 

 出現時、先頭にいた手の男。

 黒いゲート――おそらく“ワープ”の個性持ちであろう、黒い靄で構成されたかのようなヴィラン。

 そして、脳味噌が剥き出しになった、黒い異形の巨漢。

 あの三人は、まず間違いなく主犯格だ。

 奴らが加わったら、どうなるか分からない。

 

「緑谷くん、衛宮くん、早く避難を!」

「っ・・・・・!」

 

 飯田くんの声に従い、13号の後を追う。

 本当なら、今もここに残って戦いたい。彼の手助けをしなければならないと思っている。

 けど、ここに俺がいては、イレイザーヘッドの足を引っ張る事になる。

 背後に護るべき生徒がいる以上、彼は十全には動けない。逆にそれさえ無ければ、戦うにしろ逃げるにしろ、彼は自由に動ける。

 自身の雑念を拳に力を込める事で握り潰し、足を動かす。

 出口はもうすぐそこで――

 

「ッ――――!!」

 

 脚に急制動をかけ、残していた矢を、前を走る皆を避ける軌道で前方に放つ。

 数にして三射。

 俺が現状で一息に放てる限度。それを出口前に見える黒点目掛けて射る。

 だが、それは――

 

「――危ない危ない。いきなり矢を撃ち込んでくるとは、随分な挨拶ですね」

 

 放った三本は、黒い霧に呑まれて彼方へと消えていった。

 それを成したのは、あの黒い靄のヴィラン。

 あとほんの少しで出口に辿り着く、といったところで奴が立ち塞がった。

 やはり、ワープの個性か。それであれば、どこからだろうと一息でこちらにまでやって来れる。

 それを失念していた、こちらの落ち度か。

 

「初めまして。忌々しきヒーローと、その卵たち。我々は“ヴィラン連合“」

 

 一瞬前のことなどまるで意に介さず、奴は自分達の名を明かす。

 ヴィラン連合。これまで大取り締まられてきた大多数のヴィランが個人のそれであったのに対し、こいつらは徒党を組んで行動している。

 加えて、その計画性の高さは、連中の中に厄介な軍師なり指導者なりがいる事を示している。

 決して、名前負けなチンピラの集まりじゃない。

 

「僭越ながら、この度ヒーローの巣窟、雄英高校にお邪魔させて頂いたのは、平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでしたが――この場にいない事から察するに、何か変更があったのでしょう」

 

 告げられた目的に、戦慄が走る。

 “オールマイトを殺す”。

 それが実現可能か否かは、さして重要じゃない。

 問題は、ここまで緻密な計画を立ててそれを実行に移せる連中が、ただの無策で強行するはずが無く――少なくとも、それを為し得ると思えるだけの手札を、こいつらが有しているということ。

 

・・・・・ここで無力化できるか。

 

 この連中と、クラスの皆を戦わせるわけにはいかない。

 どいつがその切り札なのか不明な以上、下手に連中と接触させるわけにはいかない。

 このヴィラン、不自然な現象のような外見だが、おそらく実体はある。

 そうでもなければ、矢を躱す必要も無ければ、揺らめく霧の中に見える、防具の様な物を纏える道理が無い。

 

「まあ、それとは関係無く。私の役目は、これ」

「・・・・・っ!」

 

 しかし、こちらが思考するその一瞬の隙に、奴は動く。

 新たに番え放とうとする矢は、今からでは間に合わない。

 こちらを包み込むように、広がる黒い霧。それがワープさせるゲートなのだと理解して、

 

「――散らして、嬲り殺す」

 

 爆豪と切島が飛び込んだのが見えたが、それより早く霧が到達する。

 俺もまた、退避しきれない。

 真っ黒に染まる視界。聞こえる悲鳴――皆の姿が、見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

「ここは・・・・・」

 

 視界が晴れた先、見えたのは激しい風雨が打ちつけられるビル街。

 吹き付ける雨風と、悪天候故の暗さで分かりづらいが、空にはあるはずもない天井が見える。

 ワープという個性上、絶死の秘境にでも送られるのかと思ったが、この様子ではおそらく、現在地はUSJ内部にある施設のうちの一つ、なおかつドーム状の設備の中だろう。

 俺がこうしてここに飛ばされてる以上、他のクラスメイトも同じように、USJ内の何処かに転送されたと見える。問題は、あのヴィランが言っていた台詞だが・・・・・

 

「おうお前ら!お待ちかねの獲物が来たぜぇ!?」

 

 周囲を見れば、その意味は察せられる。

 わざわざ待ち伏せていたのか、大量のヴィラン達が俺を取り囲んでいる。

 その顔に下卑た笑みを浮かべ、これからそうするつもりであろう一方的な暴虐を夢想し、暴力の喜悦に酔っていると分かる。

 分散させた上で一方的に殺し尽くすと言っていたが、これは驚いた――連中の見通しの甘さに、だが。

 

・・・・・()()()()の連中で、雄英のヒーロー科を虐殺できるつもりだったのか?

 

 どいつもこいつも、獲物を前に気を抜いて、ダラダラと喋くってる。

 腰すら入れずにダラけた立ち方は、とても戦闘行為をしようとする者には見えない。

 ヴィランなどと呼んではみたが、こいつらはそうごたいそうなもんじゃない。そこらにたむろして、市民やヒーローを威嚇するのが関の山の――ただのゴロツキだ。

 

・・・・・つまり、そういうことかよ。

 

 こいつらはただ時間稼ぎと露払いをさせられているだけの捨て駒。

 本命はやはり、あの三人。

 オールマイトを殺すと、そう断言できる切り札<ジョーカー>は、あいつらが持っている。

 

・・・・・なら、長居は無用だ。

 

 この場にどれだけの戦力が充てられているのか、何人のクラスメイトが同じエリアに送られているのか。

 それらを現状、確認してる暇は無い。

 けど誰が送られていようと、うちのクラスにこんな木っ端に遅れを取るような奴はいない。たとえ自分の何十倍の数がいようと、それらを倒すなり捌くなりするだけの実力が、皆にはある。

 

 でも、相澤先生は違う。

 彼が対集団戦を得意としていようと、彼の個性と体質上、多数を相手取った長期戦は不利だ。

 加えてあそこには、手の男と化け物じみたヴィランがいる。

 仮に、連中が純粋な戦闘力でオールマイトを殺せるほどの力を有しているのなら、彼一人では荷が重すぎる。

 現状における最優先事項は、この連中を一刻も早く行動不能にし、彼の援護に行く事。

 こんな三下を相手に時間を取られているほど余裕は無い。

 

・・・・・数は二十四。うち七人は異形型か。

 

 360度、視線を巡らし敵戦力を把握する。

 これであれば、消耗はある程度抑えられるか。

 

「おいどうした小僧!びびって声も出ねえか!?」

 

 品の無い大笑いが聞こえるが、どうでもいい。

 そもそも、もう終わる。

 

・・・・・全投影、待機<バレット・クリア>。

 

 自身を中心に、四方八方へ向けて装填する剣弾――その数七十以上。

 

「な、なんだありゃぁ!?」

 

 何の前触れも無く、突然宙に現れた剣群に、状況を理解しいまさらのように敵が慌て出す。――その全てが、遅すぎる。

 

・・・・・凍結解除<フリーズアウト>、全投影連続層写<ソードバレルフルオープン>。

 

 心中で発した号令の下、剣群は一斉に射出される。

 回避を試みる者、防御を行う者、全て織り込み済みで放った。故に誰一人として逃さず、縫い止めている。

 頑丈そうな異形型の連中には、特に鋭く重い剣をくれてやった。

 

 縫い止められた連中が、口々に悲鳴を上げる。

 元々、そこらのチンピラ連中の集まりなんだろう。

 剣という、他者の殺傷のみを目的として存在する武器を目にし、そしてそれが自らに向けられ、傷つけていく様は、恐怖以外の何物でも無いだろう。

 暫くは、混乱と痛みで激しく動けないはずだ。もっとも――

 

「大人しくしとけ。致命傷は避けたけど、少しでも動いたら、どうなるか分からないからな」

 

 雨音に紛れながら、地面に括り付けられた連中の息を呑む音が聞こえる。

 脅しではない。端的に、事実を言ったまで。

 放ち穿った剣弾は、どれもこれも心臓をはじめとした主要な内臓を避けている。しかしそれは、ほんの数ミリのズレで切り裂かれてしまうほど、僅かな隙間しかない。

 連中が少しでも身じろぎすれば、その瞬間に体内はズタズタになり、流れ出た血で洪水になる。

 

 少々、過激な処置ではあるが、この数を相手に速攻で行動不能にできるほど、俺の技量は高くない。これが、現状で最善最速の方法だった。

 そもそも、率先して命を奪う気は無いが、他者の生命を害する為に集まった連中だ。――いかな俺とて、容赦はしない。

 

・・・・・周囲に残敵は無し。

 

 今の一手で、俺の周りにいた敵は、全員きっちり捕らえた。撃ち漏らしは無い。

 なら、ここでの用は終わった。

 

――さあ、相澤先生に合流しよう。

 

 

 




 どうも、この頃、本作の士郎が全然、剣を使っていない事に気づき始めたなんでさです。

 執筆開始当初は、こんな風になるとは思ってなかったんです。ちょこちょこ弓引かせて、双剣を手に突っ込む、みたいな士郎を想像してたんです。それがなんか知らんうちに、弓でめちゃくちゃ目立ちまくるという、作者も意図してなかった展開になっています。いやほんと、何でこうなった?
 入試と個性把握テストは良いとして、戦闘訓練でまで弓多用してるのはどうなのか。それもこれも、某漫画家の方が描いた、特異点Fコミカライズのせいだ。

 なんか、最新話でも矢と剣弾飛ばすしかしてないうちの士郎くんですが、次回からはようやくお馴染みの双剣も使ってくので、どうか気長にお待ちください。
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