神様みたいなわんこ男子に救われたTS黒髪美少女が、優しさによって心を開き一緒に幸せになる話   作:阿久津なぎ.

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18.歌姫はチョコクッキーを作るようです

 当日。昼過ぎに近くのスーパーに寄ってチョコと袋とリボンをさおりに言われた通りに買い、スマホのナビを見ながらさおりの家に向かう。

 

 さおりの家はわりと遠く、電車で二駅移動してさらに40分歩いたところだった。

 

 こじんまりとした平屋で、外観はそこまで古く見えないことから借家ではなく普通の家だろう。ちょっと羨ましい。

 

 インターホンを慣らすと、玄関の奥からぱたぱたと人が駆けてくる音が聞こえて、その数秒後に玄関が開かれる。

 

「あっ! 瑛太ちゃんいらっしゃーい! 遠いとこからわざわざごめんね」

「いや、台所貸してって言ったのはこっちだからな。約束の板チョコ、買ってきたぞ」

 

 スーパーの袋を持ち上げて見せると、さおりはにっこり笑って家の中に俺を招き入れる。

 

「ささ、入って入って! 小さい家だから狭いけど、キッチン二人で使えるくらいの広さはあるからさ」

「なんだか悪いな」

「ふふん。そしたら今度バイトのご飯奢って!」

「考えとく」

 

 そんな無駄口を叩いているうちにキッチンに移動し、すでに用意してくれていたボウルやヘラなどを見る。そして女の子はこんなめんどくさいことほぼ毎年するのか、と思うとなんだか頭が上がらない。

 

 俺は上着を脱いでエプロンと三角巾を借りてキッチンに立つ。そして板チョコを全部取り出すと、甘い匂いが漂ってきた。

 

 俺は甘いものはそこまで嫌いじゃないが、浩之はどうなんだろう。だからって今さら「甘いもの好きか?」なんて聞いたらチョコ渡します宣言かますことになるので聞けないが。

 

「じゃー、まず湯煎(ゆせん)するよ。この中に板チョコ全部入れて」

「湯煎?」

「板チョコはそのまま使えないの。お湯で温めてゆっくり溶かして型に入れられるようにするんだよ」

「へー……」

 

 まったく知らない世界である。そもそも料理なんて小学校の調理実習くらいしかしたことがないから、久しぶりの感覚に俺の動作はぎこちなくなる。

 

 それを見たさおりは笑って、お湯が入ったガラスのボウルの中にある金属のボウルにチョコを入れる作業を手伝ってくれた。

 

「あ、ありがと」

「いーの。今まで料理なんてほとんどしたことないんだなーってのすぐわかったし。今まで男の子だったなら料理をする日が来るのは一人暮らしするときくらいだもんね」

「一人暮らしか……」

 

 その単語に、母さんの顔が浮かぶ。高校を卒業したら家を出るのは決めていたから、これもその一環と思えば抵抗がなくなってくる。

 

 チョコを金属のボウルに全部入れ終わってヘラでゆっくりチョコを溶かしていると、暇になったのかさおりがくっついてくる。女の子特有の甘い匂いがした。

 

「それで、今日は何を作るの?」

「うーん。考えてない」

「考えてなかったの!? まあ、そう言うと思ってだいたいの材料はこっちでも用意してたけどさ」

「あとで金は払うよ」

「ううん。恋する乙女の応援だもん。ちょっとだけなら平気なのさ!」

「誰が恋する乙女だ! 俺は義理でチョコを渡すんだよ」

 

 そう言うと、さおりが目を丸くしてしげしげと俺の顔を見る。

 

「義理で手作りチョコとか……。もしかして、良妻希望?」

「違うわい! てか奥さんとかまだ早すぎるだろ……。恋人すらいないのに」

「ほう。つまり男の恋人を作る予定があると」

「あんまからかうとチョコ顔にぶちまけるぞ」

「あっ、ハイ」

 

 さおりと話すといつもこうだ。からかわれて俺がちょっとイラっとしてさおりがしゅんとするまでが様式美になってきている。これはこれで楽しくないわけじゃないのでいいのだが。

 

 そんなことを話して手を動かしているうちにまんべんなくチョコが溶けてとろとろの状態になった。

 

 するとさおりは下の収納から薄力粉やらサラダ油やらを取り出し始める。さらには冷蔵庫から牛乳も取り出して、キッチンにずらっと並べた。

 

「うちにはチョコの型が一応あるにはあるけどどうせ手作りなら……。やっぱり日持ちするクッキーでしょ」

「そうなのか?」

「手もべたつかないし、好きな時に食べられるでしょ。わたしもちょっと味見したいもんね」

 

 へへへ、と笑うさおりにちゃっかりしてんなと思いつつ、俺は手持無沙汰で突っ立っていた。

 

「……で、これどうするの?」

「マーガリンも湯煎で溶かさなくちゃ。チョコと違ってすぐ溶けるから大丈夫。で、湯煎してる間にわたしが薄力粉ふるいにかけておくから」

「慣れてんな」

「良妻希望ですから」

 

 さおりはにっこりと笑うと、薄力粉の袋から何グラムか計量してふるいにかけ始めた。

 

 俺はチョコと同じように用意されたマーガリンをこねくりまわして溶かす。確かに油の塊なだけあってこれはすぐに溶けた。

 

 それからマーガリンと薄力粉とチョコと牛乳を新しいボウルに移す。

 

「粉っぽさがなくなるまでよく混ぜてね。適当にやると粉の塊が口の中に残ってとんでもないことになるから……。そう、料理は愛情なのです!」

「愛情はよくわかんねーけど、丁寧にやらなきゃいけないってのはなんとなくわかる」

「ま、瑛太ちゃんは初心者なんだから気楽にやってよ。仕上げは確認がわりにわたしがやるからさ」

「なんかわりぃな」

「どうせならおいしいクッキー食べたいからね」

 

 ちゃっかり味見する気満々のさおりにイラっとしつつも感謝して、よく材料を混ぜ合わせる。

 

 しばらくするとなめらかになってきて、粉っぽさもなくなってきたように思う。

 

「いい感じじゃね?」

「んー、まだちょっと粉っぽいね。貸して。仕上げしたげるから」

 

 そう言われたのでボウルをさおりに渡すと、さおりは慣れた手つきでヘラを使って材料をさくさくと混ぜ合わせていく。

 

 俺がやったのとさおりがやったのとでは違いは一目瞭然だ。なめらかさが段違いである。

 

 おー、と内心で感動して眺めていると、沙織は今度はオーブンから天板を取り出しつつオーブンを温め始めた。そしてラップでクッキー生地を覆うと、それを冷蔵庫に入れる。

 

「いきなり焼いても硬くなるだけなの。オーブンを予熱しながらクッキー生地を寝かせるのがワンポイントです」

「なんか、半分以上さおりにやらせちゃったな」

「いいのいいの。料理は結構好きだから。それに、結果報告も聞きたいから恩を売っておかなきゃね♡」

「だから俺たちはそんなんじゃないっつってんだろうが!」

 

 そんなことを話しながら数分待って、オーブンがしっかりあったまったのを確認すると沙織は冷蔵庫から生地を取り出した。

 

「クッキーの形作るよー。これは瑛太ちゃんでもできるから手伝ってもらおうかな」

「お、俺もやるの?」

「めんどくさいところはわたしがやったんだから! あとは瑛太ちゃんの愛情をだな……」

「だから! 愛情じゃない! わかったよ。どうすればいい?」

「そうだなー。だいたい1cmくらいの厚さでこれくらいの大きさに作ってくれる?」

 

 さおりはやはり慣れた手つきでクッキーの形を作った。美味しそうである。

 

 俺も見よう見まねでクッキーを作っていく。最初は手こずったが、慣れてくると案外楽しい。料理っていうのは細かい下準備とかなければ楽しいんだろうけどなあ。

 

 そんなことを思いながらクッキーが10枚ほどできた。味見用の小さいのも含めると11枚だが。

 

「それじゃ、焼いていくよ。だいたい10数分かなー」

 

 さおりはオーブンを操作し、クッキングシートとクッキーが乗った天板をオーブンの中に入れる。

 

 内部が再び赤くなっていくオーブンを見ながら、俺は改めて疲れを感じていた。料理って、こんな疲れるんだな。

 

 さおりはキッチンのへりに後ろに手をついて楽をする俺を見て笑う。

 

「女の子って、結構大変でしょ?」

「今までも結構めんどくさいと思ってたけど。一人暮らしし始めたらこれを毎日か……」

「ああ、お菓子は特別めんどくさいだけだよ。料理は適当でいいの。それでも結構おいしくなるから」

「そうなのか」

 

 なんか、ちょっと希望がわいてきた。俺でもできることがあると思うとちょっぴり元気が出てくる。

 

 待つこと14分。チーンと音をたててオーブンが焼き上がりを教えてくれる。

 

 さおりがミトンを両手につけてオーブンから天板を取り出すと、市販のものと違わないチョコクッキーのいい匂いがした。

 

「よし、できてるね。あとは生焼けじゃないか確認するだけ。……はい、半分あげる。中身まで焼けてるから、たぶん大丈夫だと思うけど」

「おっ。ありがと」

 

 そして俺とさおりは、試食用のクッキーを口に入れた。

 

 美味しい。市販のクッキーとほとんど変わらない味がする。

 

「うめー!」

「うん、これなら大丈夫かな。あとは冷めるのを待って袋に入れてリボンで縛るだけ! お疲れ様!」

 

「はー……。疲れたけど、なんだか楽しかったわ。ありがとな」

「いいんだよ。あとは、浩之に渡して告白するだけだね」

「だから! 告白とかじゃないってば!」

 

 さおりのからかいを我慢できずに言い返すと、さおりはにょほほ、と言いながらにやにや笑って俺を見る。くそっ、完全に手のひらの上じゃねーか。

 

「そういうさおりは好きな人いないのかよ」

「わたし? わたしは後輩が好きなんだよねー。でもその子、年上は興味ないって言ってて……。でも一応チョコは渡すよ。義理って言うつもりだけど」

 

 なんと。さおりにもそんなしおらしい一面があったとは。

 

 恋の苦しみを味わったことがないから、いつも想像で作曲していたから、この話は参考になる。もっと聞きたいが、これ以上踏み込むのは野暮ってもんだろう。

 

「うまく言えねーけど……。なんか、もっと好きな人ができるといいな」

「そうだねー。バレンタインのチョコ渡したら諦めるつもりだし。もっといい恋しなくっちゃ!」

 

 そう言って、さおりはんー、と背伸びをする。

 

「じゃ、冷めるまで勉強見てもらおっか。数学、ガチでピンチだから」

「俺もそんな得意なほうではないけど。それがお礼になるなら教えるよ」

「ありがとー! 追試までに間に合わせないといけないんだよねー」

 

 そんなことを話しながら俺たちは後片付けをして、まだ熱い天板をキッチンの上に乗せて埃が乗らないようにラップをかけてからさおりの部屋に向かう。

 

 浩之、気に入ってくれるだろうか。あのへにゃへにゃの笑顔を頭に思い浮かべながら。

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