神様みたいなわんこ男子に救われたTS黒髪美少女が、優しさによって心を開き一緒に幸せになる話   作:阿久津なぎ.

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6.体験バイトとニューフェイス

 三日後。バイトの連絡は思ったより早くやってきた。

 

 混む土日を避けての配慮なんだろう。忙しくてはバイトを覚えるのも難しいからだ。

 

 元々男のときも細身だったのを継承してか、俺は女になっても細っこい。Mサイズの制服とエプロンと短い髪に髪が落ちるのを防止するおしゃれな三角巾をつけて、更衣室から出ると目を輝かせた浩之と知らない女の子が立っていた。

 

「かっ」

「かっ……」

 

 俺はとっさに指で耳栓をした。

 

「かわいい!」

「かっこいい!」

「あ?」

「お?」

 

 制服姿の浩之と見知らぬ、俺より少し小さい女の子は睨みあった。なんだ。なにが始まるんだ。

 

「ここはかわいいだろ。っつかかわいいだろ」

「はー? イケメン女子にかっこいいって言うのは当たり前だと思うけど? ってか、本当にかっこいいよね! クールな見た目にフィットしてるっていうかさ!」

 

 女の子がはしゃいだ様子で俺を見てくる。目線の高さはほぼ同じだから、160ちょうどかちょっと低いくらいか。

 

 かっこいいって言われると、ちょっと嬉しい。TS症候群にかかってからしばらく経つが、やはりかわいいと言われるよりはかっこいいと言われたほうがまだ嬉しいのだ。

 

 だからといって、心を許したりはしないが。

 

「ありがとう、嬉しいな。かわいいってのも嬉しいよ! ありがとう! 個人的には、かっこいいのほうが嬉しいけどね」

「うん! ハグしたい……」

「うん、俺女の子だけど男とハグするのはちょっと勘弁かな」

 

 やんわりと断ると、浩之は見えない尻尾をぶんぶんとさせながらぎゅうっとエプロンを握って我慢している。必要以上に触られたくないんだ。悪いな。

 

「ところで……。君はなんていうの?」

「菅第二高に通ってる吉田さゆり。一年だからきみらと一緒! 気軽にさーたん、って呼んでくれると嬉しいな」

「さーたん、よろしくね!」

「うんうん。かっこいい子に言われるとしみますなあ」

 

 何がしみるのかはわからないが、そういうことにしておこう。独自の世界観を持ってる人っぽいし。触らぬ神に祟りなし。

 

「お前らおせえぞ。まだ客少ないからってパートさんに迷惑かけるんじゃ……おっ、着替え終わったのか。なかなかよく似合ってるな」

 

 そこに加藤店長もやってきて、俺の足のつま先から頭の先までを見る。

 

「よし、ばっちりだ。それじゃお前ら、業務教えんのは任せたぞ」

「はーい。そうそう瑛太。まだ体験だけど、お客さんお金落として飲んでくれてるから、あんま適当にしすぎちゃだめだよ」

「わかってるよ! 二人とも、よろしく!」

 

 そうウィンクしてやると、二人は胸を押さえて前かがみになる。俺に合わせてくれるのは嬉しいが、少しオーバーリアクションすぎやしないか。

 

「よし。パートさんと店長待たせるのも悪いから、まずは配膳な。調理は調理担当の人がいるから大丈夫。酒の配合とかもそのうち教えるから」

「おいおい、体験なのになんかハードだな?」

「土日はハードだからね……」

 

 浩之とさおりが遠い目をする。そんなに繁盛している店なのか、ここは。

 

「あ、ところで。バイト何時までじゃないとだめとかある? 店長が聞き忘れてたって」

「10時ぎりぎりまで働けるよ」

「おっけー。おれたちと一緒。これから一緒に頑張ろうな、瑛太!」

 

 そう言って右手を出してくる浩之の手を、タッチだけして握り返すことはない。これは俺の家計のためだ。なれ合いに来たんじゃない。

 

「瑛太……?」

「まだ体験なんだから、握手はまだでしょ。さ、労働が待ってるぜ!」

 

 俺は気合を入れて店の中に入っていく。すでに酔っぱらってるおっさんたちの顔が俺を見て色めき立つが気にしない。接客業なんてこんなもんだ。

 

「6番テーブル! 鶏つくねとねぎまとハイボールお願いしまーす!」

「お、きたきた。さおり、おれが教えるから行ってていいぞ」

「あっ、独り占めする気? ずるーい!」

「今度はさおりに任せるからさ。な?」

「まあ、二人がかりで、ってしてたら回らないもんね。瑛太ちゃんを任せたぞぅ!」

 

 そうさおりはびしっと軽く敬礼して別のコールが入った料理を慣れた手つきで運んでいく。

 

「よし、待たせるのもあれだから俺たちも行こっか。6番テーブルの人は常連さんで優しいから大丈夫だよ。……落とさないように、しっかりね」

 

 持ちやすいように真ん中にハイボールが置かれた熱々の料理を浩之の案内で6番テーブルに運んでいく。

 

 そこにいたのは、まだフレッシュさがある黒髪で黒のスーツを着た青年だった。

 

「まずお客様にお酒お出しして。そう。それから料理ね。かがむからお酒こぼすと大変だから」

「へえ、新人? 確かに見ない顔だけど」

「そうなんです。ちょっと体験で今入ってるんですよー! かわいいでしょ?」

「ショートカット似合ってるねー。お兄さんの好みかも。あ、冗談だからね。セクハラじゃないから安心して」

 

 それぐらいわかる、と口に出そうになるが笑顔で流す。

 

「嬉しいです、ありがとうございます! これから本格的に働くってことになったら、よろしくお願いしますね」

「うん、よろしくね。俺ここよく飲みに来るから、ご贔屓に頼むよ」

「はい!」

 

 俺は青年が喜ぶように元気よく、かついつもよりちょっと高い声で返事をする。ハスキーボイスだとやる気がないと言われたことがあるから、もう接客をするときは癖になっている。

 

 そんな軽い雑談をしてホールに戻ってくると、浩之が俺の背中をぺしぺし叩いてくる。

 

「接客上手じゃん! バイトの経験あるの?」

「コンビニをね。だから酔っ払いには慣れてるっていうか……」

「あー……。まあ、コンビニはね。でもうちの店はそういうお客さんは場合によっては出禁になるから安心して! よし、この調子で次の料理いこっか!」

 

 カウンターに置いてある料理を確認すると、また浩之の案内であいさつ回りをしながら料理をどんどん運んでいく。

 

 ピークの時間は大繁盛で、瑛太も余裕がなくなってきて俺がお盆に持っている料理を手早く配膳していく。ただのわんこじゃなかったのか、こいつ。

 

 働いてる浩之の横顔は楽しそうながらも真剣で、少しだけどきっとする。ギャップというか、なんというか。学校で見せるへにょへにょした雰囲気はない。

 

 そして9時半になったところで店長から声がかかった。

 

「よし、今日はあがっていいぞ! 三人ともおつかれさん!」

「今日はありがとうございました。お先に失礼します!」

「おう、気を付けてな!」

 

 店長とパートさんたちに軽くあいさつをして更衣室に入って着替える。女になって、女の下着姿を見るのも慣れた。昔はどこに視線をやっていいものかわからなかったが、基本前を向いていればいい。

 

「瑛太ちゃん、思ってたけど……。ほっそ……。っていうか瑛太ってことは、TS?」

「ん? ああ。そうそう。噂のTS症候群だよ。元は男」

「えー! そっか、それじゃくんのほうがいいかな?」

 

 着替えながら申し訳なさそうに視線を送ってくるさおりに、俺は一瞬そちらに視線をやってから前に戻す。

 

「呼びやすいほうでいいよ。特にこだわってないからね」

「じゃ、じゃあ。瑛太ちゃんで。あの、私と……」

「友達にはなれない。浩之ともなってないからね。ごめん」

「あ……。そ、そっか。浩之ともなってないんじゃ、私とは無理だよね」

「でもバイト仲間としては頼りにしてるよ。よろしくね」

 

 フォローすると、さおりは嬉しそうにした。危ない、冷たくしすぎて本性がバレるところだった。

 

 その後更衣室から出て混んでる店内を抜けて、別方向のさおりは一人で、途中まで一緒の俺たちは二人で帰ることになった。

 

 断ったのだが、どうしてもと浩之が言ってきかないからだ。今日仕事を教えてもらった恩もあるし、家まで行くわけではないので渋々了承した。

 

「今日、楽しかった。うちに来てくれてありがとな、瑛太」

「こっちこそ、途中で仕事任せっきりにして悪かったな。……ハグはしねえぞ」

 

 がくっ、と浩之はうなだれる。俺はそれを見てから視線を前に戻した。

 

 二人きりになると、なんだか素が出てしまう。一度素を見られたから隠しても無駄だいうのもあるが。

 

「ねえ、二人っきりになると急に冷たくなるのなんで?」

「なんでって……。俺の本性、もう知ってるだろ。隠して話すのも結構大変なんだぞ」

「隠すことないのに」

「こんな愛想の悪い人間誰が好きになるんだよ。……その。ストリートライブ聞いてくれたお礼、ってヤツ」

 

 俺が短い黒髪をがしがしとかくと、浩之は笑った。

 

「素でもかわいいところあるのに」

「……つーか、なんで店長やさおり、クラスのみんなの前で黙っててくれるんだ? 別に、体目当てっつーなら……」

「友達になりたいから。それじゃ、だめ?」

 

 こいつ、本気で言っているのだろうか。今までのことは、全部俺と友達になりたいからだというのか。

 

 とくんと小さく鼓動が刻まれる。

 

 こいつなら、いいんじゃないか。友達くらいにはなっても。表面上友達がいたほうがなにかとクラスの連中の誘いを断りやすいし、それになにより……。

 

「ん?」

 

 浩之は穏やかな笑顔を浮かべて俺を見ている。

 

 この笑顔を、人間を、少しだけ信じてみたくさせた報いを、浩之に受けてもらいたい。俺という人間は面倒くさいっていうのを、わからせてやりたい。悪い意味じゃなく。

 

「……友達になってやってもいいぞ」

「ほ、本当!?」

「ただ! ハグとか触ってくるのはなし! それしたら絶交だかんな!」

「そ、そんな! 慈悲は、慈悲はないんですか!」

「いーや、ないね。これは俺の譲れないラインだから」

 

 ふざけて食い下がってくる浩之を一蹴する。

 

 この感覚。悪くないかもしれない。人間の暖かさから遠ざかっていた俺が、また再びその小さな火に手を当てて温まろうなんて、おかしいが。

 

「……俺はここで。じゃあな」

「瑛太」

 

 名前を呼ばれたと思ったら、ふんわりと抱きしめられる。背中をぽんぽんと叩かれ、まるで赤子をあやすように。

 

「人って、そんなに怖くないよ」

「……っ! 離せ!」

 

 俺は全力で浩之を突き飛ばした。瑛太はあっさりと離れ、二歩後ずさる。

 

「触ったら絶交って……!」

「だったら、そんなに寂しそうな顔するなよ」

 

 寂しそう? 俺が? あれから人を拒絶して生きてきたこの俺が、寂しそうな顔をしていただって?

 

「……っ。今回は許す。でも、次はないからな」

 

 それだけ言って、俺はつかつかとローファーを鳴らして家へと急ぐ。

 

 浩之の制服越しの熱を思い出す。優しかった。優しくてたまらなかった。

 

 だから俺は怖かった。このままずぶずぶと沼にはまってまた裏切られるのはごめんだからだ。

 

『エセ女に優しくするわけねえだろ。バーカ』

 

 言葉がリフレインする。吐き気と涙が浮かんでくる。

 

「寂しくても、俺は一人になるしかないんだよ……!」

 

 俺は道行く人が振り返るのを無視しながら、ようやく家に続く路地に曲がっていった。

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