マブラヴオルタネイティヴ-桜花の旅路- 作:Kamui-Maizu
桜花の旅路(前)
かつて見上げた蒼穹は、どこまでも深く、そして陽光に白んだ青色をしていた。今やその空は死の光柱に埋め尽くされて、おれたちの空はいまや何ものも存在できない場所に変わり果ててしまった。
重金属が漂う汚れた空にあるのは、空気の帯を引いて怪物を貫かんと飛ぶ砲弾と、それを迎撃せんと立ち昇る光線のカーテンだ。化け物どもの放つそれは、次々と砲弾を炎に包むも、砲弾が炸裂した同時に、重苦しい煙幕の重金属が爆発的に広がった。アンチ・レーザー弾。重金属雲と呼ばれる、化け物のレーザー光線を減衰させる煙幕を撒き散らす代物だ。
迎撃されれば次弾の迎撃を防ぎ、そのまま弾着すれば化け物どもを木っ端微塵にする、人類が血を流しながら編み出した、効率の良い初撃である。
『AL弾迎撃率75パーセント、作戦地域広域に重金属雲発生!』
『次弾装填を急げ! 奴らの守りをすり潰せ!』
慌ただしく繰り広げられる通信の応酬。それはそうだ。ほんの少し前に地図から勝利と共にひとつの島が消えて、それだけでも大ニュースであるはずなのに、間髪入れずに突然訪れた決戦である。誰しもが来るべき時に武者震いし、同時に恐れた。この作戦の成否におれたち人類の命運が懸かっているのだから。
紛うことはない。人類の持ち得る最大の力を持って、図々しくも地球の大地を我が物とせんとする化け物ーーBETAどもに鉄槌を下す時なのだ。
おれーー白瀬幸人は静かに息を吐く。
『今のうちだ、故郷だとか、恋人だとか、よーく思い出しておけ』
「隊長、縁起でもないですよ、やめてくださいよ」
『ばーか、言っておくだけだ。真面目に受け止めるなよ』
人類の剣の切っ先、おれたちの手足、戦術機の管制ユニットにこっそり持ち込んだ御守りを握り、テープで貼り付ける。
確かに、隊長の言う通りだ。出撃前の集中すべき時であるはずなのに、思い浮かべるのはふるさとや戦友、そして大切な、特別なひとばかりだ。
おれは、おれたちは死ぬために戦うんじゃない。御守りをくれたふるさとの妹のような女の子。海がみえる、おれのふるさと。
その総てを守るために、おれたちは戦う。美しい海を、空を、緑を取り戻すために。
そして、おれたちの帰るべき処に帰るために。
ぐぐ、と強化装備越しに拳を握りしめる。
おれたちが往く作戦名はーー桜花。
人類が繋いできた命の導が、ここに収束する。生きとし生ける人類すべて、その命の束と、血も涙もない冷血の殺戮者、BETAとの決戦だ。
桜の花びらは風に、雨に濡れて散るものだ。しかし、桜はまた雪のふる冬を越えて、春に花をつける。作戦名がそのようにつけられたのか、おれたちは知らない。けれど、桜の花は再び咲き誇るのだ。
『通信、第三波上陸部隊! 我、上陸成功せり、繰り返す、我、上陸成功せり!』
『ようし、こちらは諸々完了、いつでも行けるぞ!! 彼奴等の臭い体は鉛玉で綺麗にしてやらないとな!』
『それじゃあ汚い血で更に汚れますって』
『上陸の手筈は整った、ヘイル中隊、出撃だ』
戦車級BETAを蜂の巣にする霰のエンブレム。帝国軍戦術機・陽炎に描かれたそれは、彼ら戦術機部隊を縁の下で支える地上部隊の皆々に勇気を与えることであろう。
天井であったハッチが開放されて、揚陸艦から中隊ぶんの戦術機がせりあがってくる。グレーの機体に、橙のセンサーを煌めかせた陽炎は、先頭の一機を皮切りに、両腰に取り付けられた跳躍ユニットを閃かせて海上に羽撃く。
ごう、と唸りを声を上げ、爆発的な推進を得た陽炎は、海面をめくりあげながらBETAが待ち構える甲20号目標ーー鉄原ハイヴーーへと一直線に突撃した。
『第四波、出撃開始しました』
『AL弾迎撃率50パーセント、光線級減少を確認』
『重光線級の存在を認む、最重要攻撃目標の変更を求めます』
『ダイバー隊、全機上陸、掩護されたし』
『前線はすでに地獄絵図だ、ヘイル中隊各員、覚悟を決めろ!』
「了解!」
『必ず、帰るんだ……!』
海上に展開された艦船にも、光線級の水平射撃という重大なリスクがつきまとう。こうして上陸を目指すヘイル中隊の横目から、周囲の空気をすら焼き尽くす光条が艦の横腹をたった一撃で貫き、また別のそれは艦橋ごと消し炭にする。
陸地に近寄ればその攻撃に晒されるが、そうせねばならぬ理由があるのだ。
すべては人類の勝利のために。
『連中の死を無駄にするな! 最大警戒で飛ばせ!!』
『うおおおおおッ!!』
飽和攻撃でその数を大きく減らしたとはいえ、光線属種の迎撃は続く。ヘイル中隊のみならず、多くの部隊が光速の槍に貫かれてその命を散らしている。すでにヘイル中隊は二機喰われて、海面を跳ねて爆発、四散している。
ただし、人類の反撃はそれらに屈するほど柔なものではない。光線次弾発射までの間隙を縫い、新たな艦砲射撃がBETA群を血煙すら残さぬ塵芥に変え、その衝撃が陽炎の機体を襲う。
『く、うぅ……ッ!?』
小さく呻くように悲鳴を上げたのは、ヘイル5、八津楓少尉である。幸人と同期ではあるものの、負傷による任官が遅れたひとりであり、無論、実践経験もその分浅い。
「こちらヘイル4よりヘイル5、慌てるな、味方の頼もしい掩護だ」
『ゆき……ちゅ、中尉、了解です!』
「肩の力を抜け、でなければ……わかるな?』
『り、了解……ッ』
濡れたような艶のある黒髪に、やや不安げな表情を浮かべる彼女に、どことなくふるさとの風景を重ねた幸人は、操縦桿を握り直して、呼気を鋭くさせる。任務と私情を混同してはいけない。しかし、胸の内、わずかに残る不安の種くらいはある。
『貴様ら、もうお喋りを楽しむ余裕は無くなるぞ? お待ちかねの上陸だ!』
がしゅ、と機体のショック・アブソーバが作動し、陽炎はハイヴの聳える朝鮮の地を踏み締めた。
待っていろ、気色の悪い宇宙人ども……!
36ミリ突撃砲が睨みすえるその先には、目玉を思わせるまだら模様の甲殻を携えた突撃級、タコの頭を強引につけたような戦車級や要撃級がずらりと横並びに押し寄せる、まさに地獄じみた光景が広がっている。
これが、おれたちの戦争だ。
「八津、生きて帰るぞ」
『全機、兵器使用、自由!! BETAどもを血祭りに上げてやれ!!!』
『『了解!』』
迫るBETA。セーフティが外れ、今か今かと待ち侘びていた砲門が堰を切ったように火を噴く。あまりにも強固な前面装甲殻を持つ突撃級には36ミリ砲の斉射は無力ではあるが、もぞもぞと動き回る脚にはむしろ効果的であった。
もんどりうって倒れる突撃級に、BETAはその進行ルートを変えざるを得ない。要は、楔を打ち込むように戦うのだ。BETAは集団戦によってその優位を得てきたのだ、個々の、まして一対一の状況であれば、衛士の練度に左右こそされるものの、こちらの圧倒的優勢は未だ譲らない。
要撃級BETAが、濁った白色の体躯を跳躍させて、陽炎に組みつこうとするも、あいにく、衛士たちは散々とこの種とは相手をしている。機体をロールさせ、突撃砲に備え付けてあるオプション、120ミリ砲弾が刹那のタイミングで無防備な腹に大穴を穿った。しかしそれは戦場でのアクションのほんの一部に過ぎず、また別の要撃級の戦意がこちらへ向くのが分かる。
「なんの……ッ! かかってこい!!」
近接長刀をブレード・マウントから抜き放ち、要撃級に突撃する。巨大なーー蟹を形容するといいだろうかーー爪の死の一振りを足捌きで躱し、勢いそのままに飛び越えるように機体を跳ね上げる。ターゲットは本体そのものと、頭のように見える剥き出しの感覚器だ。
「そこだぁッ!!」裂帛の気合いとともに振り抜かれた長刀は感覚器を縦に引き裂いて、回転のおまけと言わんばかりに掃射された36ミリ弾がとどめを刺す。
瞬く間に要撃級を二匹仕留めはしたが、その程度で安心していられるほどBETA相手の戦争はぬるま湯ではない。BETAの大群の最中で動きを止めればたちまち戦車級や別の要撃級の餌食となるだろう。
『ヘイル8が喰われた! クソッ!! 離れろよ!!』
『掩護する、持ち堪えろ!!』
ハイヴ前面に展開されたBETAの総数は異常とも呼べるものだ。到底、数十機ほどの戦術機で対処できうる量を超えている。
ヘイル中隊でも同様であり、他中隊と大隊を組もうと、圧倒的な物量の前には雀の涙程度の戦力にしかなり得ないのだ。
『こ、のぉぉッ!』
一方、悲鳴に似た絶叫を上げる八津の目尻には僅かばかりの雫が湧き出ていた。死出の旅への恐怖か、絶対的な力の差から生まれる本能的な防衛行動か。どちらにせよ、それが善き結果になるなど、考えることもできない。
戦場でストレス反応を起こされては、たまったものではないのだから。
「馬鹿か! 立ち止まるな!」
幸人の機体が傍に迫っていた戦車級を薙ぎ払い、120ミリ砲弾で要撃級の片側の脚を抉り飛ばす。ごん、と軽く体当たりしたことで我に返ったか、八津は震えた声で返事を寄越す。「生きるために戦え!」白瀬機は八津機を先導し、戦力に穴のあいた隊列を埋め戻す。
『あ、ありがとうございます!』
「礼なら後だ!」
焦りや恐怖の感情を抱くのは、致し方ない。この無限とも思える敵の物量に、刻一刻と失われていく戦力で挑まなければならないからだ。
現実、ヘイル中隊は3機もその搭乗者の命とともに失われてしまった。膨大なBETAに推進剤も、弾薬も削られて無力化されていくのも、時間の問題だ。
しかし、この作戦だけは、敗北が許されないのだ。無数の命が尽きようと、喀什オリジナルハイヴを撃滅せんとする希望を絶やすわけにはいかない。
彼らのハイヴ突入を支援する我々の行動は、憎きBETAの戦力を分散させるべく、ユーラシア、BETA支配圏に属する、最も外側に位置する全ハイヴに同時総攻撃を敢行するものだ。平たく言えば、全世界規模の陽動作戦である。
むろん、それぞれのハイヴ撃滅が目的ではない。
国連、それも虎の子の精鋭らしい部隊の、オリジナルハイヴに対する直接攻撃及び侵入を援護するためだ。
彼らの希望の命の灯を、消してはならないのだ。
BETAの体液で濡れた陽炎。炎を噴き上げて、どす黒い煙を上げる陽炎。そこらじゅうに転がる、砕けた撃震の残骸。機体が粉々に粉砕される、最期のその時まで砲撃をやめなかった海神の衛士たち。
最新鋭の不知火が音を置き去りにして、光線級や要塞級が存在する奥地へと飛び立つ。
ここは、地獄であろうか。
いったい、どのくらいの人間がその命を散らしたのであろう。
無数の死骸と残骸の大地で、彼らをいったい誰が弔うのだろう。
おれたちは、滅びの道を辿っているのだろうか。
そう錯覚する程に果てなく、終わりのない戦いが、眼前に広がる。何が目的で、何故そうするのか。それすらも判明しない全滅戦争の末には、何があるというのか。
おれは、一つの光点が瞬きの間に消え失せたのを、何もできずにただぼんやりと眺めていた。
短編のつもりが分割でした……。
書くことって難しいですね……。