マブラヴオルタネイティヴ-桜花の旅路-   作:Kamui-Maizu

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主人公とヒロインを少し描きたかったので、過去編をちょいと挟んでおります〜。


遠き日の楽園

幕間:遠き日の楽園

 

1999年

 

 病院から見える景色も、この季節となればなかなかに美しいものであった。桜の花が舞って、風にあおられた花びらが彼女の足元にはらりと落ちる。

 

「リハビリ、大変そうだなぁ……」

 

 ずり落ちかけた荷物を肩に掛け直そうとするも、まだ足に違和感があるか、ふらりと倒れかける楓を受け止めた幸人は、小さく笑う。穏やかそうな、優しげな微笑みに、少しだけどきりとした楓はやや動転ぎみに「大丈夫っ」とだけ答えて、歩み始める。

 

「楓なら大丈夫さ」

「そうかなぁ……?」

 

 任官を控えた訓練中の負傷は、八津楓の不安感をくすぐるには十分すぎるほどであるが、本人に非のないそれではあったため、気にする事は無い。むしろ特に何もなく、任官が遅れる旨が隊員に伝えられたのみだ。

 本人には言えぬ事だが、それでよかったのかもしれない、と幸人は思うことがある。

 去年の佐渡陥落の報に、横浜ハイヴ。甲22号目標と呼称されるそれは、間違いなく、この国が滅ぶかBETAに勝利するか、それを分つ存在である。東北こそ去年のような空気をぎりぎり保ててはいるが、直ぐに避難民の山でごった返す事だろう。そんな只中だ、正規兵は大忙しであろう。

 

「こんなこと、してる暇なんてないのにね……」

「怪我人は大人しく怪我を治すことが仕事だ、気にすんな」

「ふふ、マイペース」

「はぁ? 当たり前だろ?」

「怪我人は怪我人で焦ってるの。おわかりですか?」

「わからん」

「ばか」

 

 他愛のない会話。桜の枝がトンネルのように伸びて、ざあと風が鳴く。点々と差す木漏れ日がふたりを眩く照らして、まるで桜たちが祝福しているように、光のほうへ歩いていく。

 

「ねえ、私たち……」

 

 手の甲が触れる。お互いの心が通じ合ったかのように、視線が交錯する。

 

「……生き残るさ。おれが死なせない」

「ん……」

 

 生き残れるかな……? その答えを先回りして、幸人は楓をまっすぐに見つめる。

 仲間として、友達として。

 

「生き残ろうね……約束」

「ああ」

 

 小指の約束。嘘をついてしまえば、手痛い罰が待ち受けるという、子どもらしい約束だ。

 それでも、その児戯に似たそれですら、込められた決意はただならぬものだ。

 幸人は懐の御守りの少女を思い出す。

 それは、おれが訓練兵になろうかという頃だった。

 近所に住む、家族思いの優しい女の子のことだ。甲斐甲斐しい、危なっかしくて目を離せない妹のような。彼女は三つ編みを揺らして、これから戦地に赴くことになる幸人の許へ走ってくる。

 

『これ、御守り……っ! つくった……! だから、ね……帰ってきてね……! 約束!』

 

 冬のことだった。紅く上気した頬に、切らした息は真っ白で。彼女は今にも泣き出してしまいそうな顔で、神社の御守りに追加で刺繍した、世界でたったひとつだけの御守りを幸人に手渡してくる。

 

『ありがとな。にいちゃん頑張れるわ』

 

 くしゃくしゃと撫でてやると、彼女は照れと嬉しさの混じる笑顔を満面に浮かべた。

 

『おまえは、家族を守ってやれ。おれとの約束な』

 

 紅い両の頬を、おれは手のひらで包み込む。

 泣かないように、とは幸人なりに考えていたものの、それでもダメだったようで、幸人の手を涙の雫が濡らす。

 

『ほら、泣いたら風邪引くぞ。にいちゃん、絶対帰ってくるからな』

 

 彼女には、笑っていてほしい。実の兄と妹ではないけれど、そんな現実ですらどうでもいいくらいに、兄妹なんだ。

 彼女が戦地に行くことを想像するのは、嫌だった。災いは等しく襲いかかってくるというのに、それでも、彼女だけはそんな世界から遠ざかっていてほしい。

 

『……おれ、もう行かないと』

 

『うん…………帰ってきて……待ってる……』

 

 きっと、これがあと数回訪れるかわからない別れのひとつであるだろう。戦いは激しくなる。これから彼女に別れを告げるたびに、おれはその別れのひとつひとつに、最期を感じるのだろう。だから言わねばならないのだ。彼女に告げておきたいこと、そして、おれがここにいたこと、おれのことを覚えていてほしいということを。

 

『行ってきます』

 

 揺らぎそうな決意を正すために、軍人らしい敬礼を返して、おれは踵を返す。

 背中に、痛いくらいに届く声。おれは、この背中に誰かの平和を背負っている。祝福されて産まれたこの命の使いかたとして、これ以上のものがあるものか。

 おれは振り返らない。泣き腫らす彼女の顔を見ると、きっとおれは戦えなくなる。それに、彼女にとってのおれは、記憶の片隅に思い出として居てくれればそれでいい。

 雪が降る。痛みすら覚える風に舞う淡雪がおれを撫でては消えていく。

 どこまでも、坂から見えるいつもの風景が白く彩られていくーー

 

「幸人ぉ、おーい」

「……あ」

「ボーっとしてましたけど」

「すまん、ちょっとな」

 

 木漏れの陽だまり。優しげな陽光の熱は厳しかった冬の寒さを忘れ去るに足りていて、小鳥の暢気な囀りは感じる時間をゆっくりと引き伸ばしていった。

 

「……荷物持とうか?」

「遅い。もういいですようだ」

 

 ほんとうに、こんな時間がいつまでも続いていけばいいのに。

 なんて、口には出せないけれど。

 

「楓」

 

 風が吹く。大人っぽい楓の顔を綺麗な黒髪が撫でて、彼女は指先でそれを払う。昔から見ている仕草であるのに、なぜだか見慣れないように思えて、緊張してくる。

 

「わッ!?」

 

 少しだけ強引に荷物を取り上げて、幸人は楓の右手を突然と握る。裏返った声の主はみるみる顔を赤くしたが、幸人は特に気にした様子もなく。

 

「行こう」

 

 どうしてこんなことをしたのだろう。なぜだか楓に触れたくなって、そうした。この程度のスキンシップなんて、当たり前であったはずなのに。

 いや、もう、当たり前が当たり前でなくなってしまった。

 もしかしたら明日にも、隣の彼女も、おれもいないかもしれないのだ。

 ずっと、ずっと一緒だった。チビの頃の、女っ気のない、男子と間違うような服装の時も、洒落っ気だした制服姿の時も、全部一緒に居たんだ。

 

「なあ、楓」

「え……と……」

「ずっと一緒に居ような」

 

 来年も、再来年も。こうして昔と同じように隣り合って咲き誇る花を見上げるんだ。

 桜は、いつだって春に花を精一杯咲かせるのだから。




この次がラストとなっております……!
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