マブラヴオルタネイティヴ-桜花の旅路-   作:Kamui-Maizu

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この話でおしまいです。機会があれば、彼らの物語をまたもう少し書きたいですね〜。


桜花の旅路(後)

桜花の旅路(後)

 

 作戦開始から、どれほど経っただろうか。それを確認する暇さえなく、たとえそうするだけの時間が与えられたとて、とても億劫で、気が遠くなりそうで御免被りたいような、まさに生き地獄がここにあった。夥しいほどのBETAの死骸と、大破炎上、あるいは無惨にも砕け散った兵器の残骸が、辺り一面に広がっている。

 そのうちの生存者など、すでにその生存確率はゼロに等しく、生存者が存在することこそが絶望的なものであった。

 地上部隊の援護であり、主だった制圧手段であるAL弾艦砲射撃による重金属雲の影響か、通信が著しく繋がりづらくなっている。ざりざりとノイズばかりが流れ、焦燥感を煽ってくるようだ。

 

『ちと……キツいと思うが耐えろよ、帰れば飯が待ってるぞ』

 

 中隊長ですらその声に力無く、悲鳴を上げてこそすれ、機体のコンディションというよりはそれを駆る衛士に限界が訪れているといったふうだ。

 幸いにも長距離航行が少なかったおかげか、推進剤の量はある程度残っている。しかし残弾と関節部が疲弊をはじめており、退路というものがあるのなら、今すぐにそうせざるを得ない状況であった。

 

『BETAの波が途切れています、支援艦砲撃のおかげです……!』

 

 小休止、と言えるだろうか、わずかばかりの穴に、おれたちは突入する。

 限界だった。すでに六機を喪ったヘイル中隊の戦力は全滅に等しく、息も絶え絶え、自らを守るので精一杯であるのだ。

 

「ヘイル5、調子はどうだ」

『まだ、いけます……!』

 

 射撃戦を主に展開する5番機の損耗率は、弾薬を除いて微々たるものである。臆病ーー慎重な5番機だ、損害が少ないのは必然であろう。

 

『虫けらどもが来るぞ!』

 

 ぞわ、と全身が総毛立つ。全機遮蔽物に身を隠し、後衛機は徹してある目標をサイトに捉えた。目玉をふたつ並べたような、奇怪な二本脚の怪物を。

 

『てぇぇぇッ!!!』

 

 同時に火砲が唸りを上げる。燻る空気を引き裂いて、弾丸は上空を見上げていた目玉ーー光線級群に襲いかかり、木っ端微塵に吹き飛ばした。

 BETA戦における戦法で最も重要なものだ。光線級の有無で作戦の難易度が天と地ほども差がついてしまうくらいであるのだ。

 

『ハッ、奴ら血煙になりやがった! ざまあみろ!』

 

 しかし喜んでいられるほどBETAの進軍速度は遅くはない。そうこうしているうちに先ほどより数こそ少ないものの、突撃級をはじめとするBETAが塊のように蠢いてこちらに向かってくる。

 

『来るぞ! 迎撃ッ!!!』

「了解!」

 

 走り寄る突撃級に、短距離跳躍と同時に榴弾を撃ち下ろし、地表ごと吹き飛んだ突撃級には次弾の36ミリが襲いかかった。頭隠して尻隠さず、装甲に覆われていない背部が弾丸の雨にもみくちゃにされる。

 

「まだだッ!」

 

 どっ、と陽炎がBETAの群れを掻い潜り、要撃級の、脳みそに歯茎が生えたような気色の悪い尾節を、噴射地表面滑走の高機動砲撃で撃ち抜いてゆく。

 

『全機に告ぐ! これより我が隊は戦力低下に伴い、光線級に光線級吶喊をかける! 無理押しはするな、それこそ光線級吶喊の失敗だ』

「光線級吶喊……!」

 

 全てのBETAを放置し、群れの後方にたむろする光線属種BETAのみを撃滅させる、伝統の戦術、光線級吶喊である。本来はほとんど海上部隊に対する支援行動であるが、今回ばかりはヘイル中隊の捨て身の一撃であるのだ。ヘイル4、5、9番機は後方より突入支援、残る機は隊長機に追随するよう、簡易的な編成データが送られてくる。

 

『隊長、この戦力でやるのですか……!?』

『多くの先人たちがこうして成し遂げてきたのだ、やらねばなるまい。これはただの任務ではないことを知れ。光線級の数を如何にして減らすか、これこそが我々の、いや、人類の勝敗を左右するからな』

 

 ここにあるのは、ぼろぼろの陽炎と、ぼろぼろのおれたちと死ばかりだが、人類が生きるために文字通り、命を賭して、為さねばならないことだ。

 

「隊長、御武運を……!」

『もしもの時は、白瀬に託す』

「……は」

 

 隊長機の疲れ果てた跳躍ユニットが、産声を上げるように甲高く嘶く。きっとこれが、隊長の最期だ。飛び立たんとする陽炎の背中が、そう物語っている。

 

「松浦ーーヘイル9、ヘイル5、全力で掩護するぞ」

 

 ヘイル9、松浦公孝の不敵な笑みが、今は心強い。

 向かうは隊長、谷中武志から以下、宮木美乃梨、森下良樹の三名だ。おれたちが死出の旅の先陣を切る彼らにしてやれることは、成就させるための掩護だけ、ただそれだけなのだ。

 遠く、遥か遠く。渡り鳥が海を越えるように、異星起源種の海原の向こうへ。

 ぎりぎりと軋む身体を震わせて、陽炎は雄叫びと共に大地を蹴る。

 残り少ない推進剤を燃やし尽くす気か、ロケット・モーターを起動させる。速く、速く、速く。速く、速く!

 花びらが舞う。あんなにも軽くて、風に吹き飛ばされるものであるのに、桜の花びらは大地へと還る。おれたちの、生きとし生けるものが最期に還る場所に。

 

『白瀬、あんたって馬鹿だけどさ、会えてよかったよ。八津と仲良くしろよ』

『宮木中尉?!』

「宮木、何をする気だ!?」

『見て分かるでしょ、バーカ。もう弾も長刀も無いっての!』

「隊長! 今すぐ宮木をーー」

『…………彼女は自ら、秘匿回線を使ってまで志願したんだ。その覚悟を踏み躙ろうとするな……!』

「宮木…………ッ! 宮木!」

『隊長、言わないでくださいよ! ッち、白瀬! 生きろ! 馬鹿!』

 

 ぼっ、と空気を纏って、陽炎は止め処なく加速していく。白煙の尾を纏って、誰も追いつけない限界速度で。

 

『お先に…………ッ、逝きます……ッ!!』

『中尉、やだ……っ、中尉!!』

「宮木……ッ!!」

 

 眼鏡をかけて、真面目そうなのに口が悪かったり、ひょうきんだったり。おれたちは、そんな宮木が好きだ。いや…………好き、だった。

 馬鹿は言い過ぎ……とは思ったものの、人に言った手前だ、何も言い返せないじゃないか。

 

『させるかァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!』

 

 遥かな空の向こうにある、人類の希望。彼方を見上げる重光線級とその取り巻きを見据え、宮木は一直線に突き進む。近接短刀を抜き放ち、怒りや憎しみ、あるいは自らを鼓舞させるような、咽を引き裂く絶叫をあげながら、要撃級や戦車級の群れを背中に置き去りにする。

 

「宮木ィィィィィィィッ!!!」

 

 ぐるりと気色悪い目玉を向けた光線級には、掩護射撃の弾が浴びせられる。旅を彩る砲火は土煙に変わり、管制ユニットの宮木は笑った。

 涙の筋がひとつ、ふたつと頬を伝って、くつくつと笑い声が漏れ出る。推進剤の燃料が尽きる。が、それも気にすることはない。

 死ぬ時も変わらず、と決めていた宮木美乃梨の顔が、僅かな熱を帯びて歪んだ。

 

 しにたく、ないーー。

 

 唇がそう動いただけで、声にならぬその声は、管制ユニットのアラートで掻き消された。

 それが皮切りに、目の前の敵に対する激しく熱い憎悪が濁流のように押し寄せる。

 

『ーーくたばれェェェェェェェェェェッ!!!!』

 

 振り翳した近接短刀の切っ先が、重光線級のレーザー発振器官を支える頸に突き立った。

 しかしそれがとどめとなるわけもなく、一撃、二撃と攻撃が繰り返されるーー

 はずであった。

 閃光。轟音、熱風。巨大な爆発が宮木の陽炎を中心に巻き起こり、溜まりに溜まっていたBETAを根こそぎ焼き尽くす。

 

「あ、あぁ……! 宮木……宮木ィィィィィィィッ!!!!!!!」

 

 戦術機に内蔵された、ハイヴ内での爆破工作を想定されていた電子励起爆弾、S-11が炸裂したのだ。宮木機であることを示す光点が消え、衝撃波ががたがたと機体を揺らす。

 

『やだ、やだよぉ……!』

『宮木の死を無駄にするなァァァッ!!!』

『後は頼んだぞ!!』

 

 レーザー発射体制に入った重光線級に、森下が肉薄する。

 青白く発光し膨れ上がったその姿は、今まさに最大照射をせんと臨界を迎えているようだ。森下機はその照射器官の前に躍り出て、たった一本の近接長刀を振り抜いた。刹那、焦りとともに放たれたかのように見えた光線が、森下機の両脚を消し飛ばし、跳躍ユニットの凄まじい爆発が、残った本体を大地に叩きつけた。

 

『ちくしょおぉぉぉぉ!!』

 

 最期まで、生き延びるつもりだったのであろう、森下は怨嗟の咆哮を上げて、宮木と同じ運命を辿る。その爆発は重光線級の体表を焼き尽くし、爆圧で破裂した身体からは夥しい量の体液が流れ出る。

 

『馬鹿野郎……』

 

 隊長のくぐもった声が、この光景が現実であると、まざまざと見せつけてくる。

 命を削ることでしか、勝利は得られないのだ。訪れるとも知れぬ人類の勝利を確信して、自らを贄として捧げるのだ。

 

『馬鹿野郎、馬鹿野郎がぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 片腕を失い、主機もいつ使い物にならなくなってもおかしくはない、ぼろぼろの陽炎が、まだここで散るわけにはいかぬと、ようやくといったようすで姿勢を安定させる。

 

「隊長!」

 

 三機の陽炎が、隊長機に迫る要撃級を撃ち殺して、機の後方から追随する。

 こうなるさだめだったんだ。と、隊長は静かに、諭すように、ひとりごとをこぼす。

 俺の命はここまでだ、どうか、勝利を。

 兵たちはみな、無駄死にじゃあない。誰かのために戦ったんだ、今なら、それがよくわかる。

 

「隊長ッ! 隊長!」

 

 おれたちは、生き残るって約束したじゃないか。

 隊長だって、そう言ったじゃないか。

 もういい、帰ろう、と初めて感じた。もうじゅうぶん、必死で戦ったではないか。

 楓の心がわかった。死という名の無に帰ることが、こんなにも空恐ろしいこと、そしてそれが、目の前に広がる無限にあることを。

 あんまりじゃないか。

 

 燃え盛る火球、黒煙はまるで意志でもあるかのように空へ還り、霧散していく。キノコ雲が昇って、BETAの一部だったものが空から降ってきた。体の大半を吹き飛ばされた重光線級は、重苦しく斃れ伏し、接合部に致命的な損傷を受けた要塞級も、あたりのBETAを押し潰しながら横転する。

 三機による立て続けのS-11起爆による自爆作戦は、幸い、概ね成功と言えた。ほんの一部の集団ではあるものの、降下部隊に対する直接の脅威を取り除いたのだ、大戦果と言えるだろう。

 ただ、ひとつの中隊の戦力をほぼ全て失うという事実を除けば、の話ではある。

 広域通信も使い物にならず、見渡す限り残骸とBETAの山だ、友軍の影かたちも確認できない。この異形と化した異国の地で、たった三機だけの中隊が、どうして生き残れるであろう。

 

「……隊長の命により指揮を引き継ぐ。おれたちはこれよりBETAの少ないルートを進行、海岸線を目指す。可能な限り、追手の光線級を叩きながら、海軍支援を要請する」

『賭けだなそりゃあ』

『でも、ここで三機で戦うよりーー』

『ましだな、確実に』

 

 事実上の撤退である。運が良ければ、異常に気づいた別働隊が周囲を遊弋している可能性がある。そうなれば生存確率は跳ね上がり、最前線の状況を報告しさえすれば、再び艦砲支援砲撃が行えるだろう。

 

「行くぞ、命を絶やすな! 一時の撤退だ、隊長たちの命を無駄にはしない! 八津はドロップタンクの捜索、おれと松浦で障害となるBETAを取り除きつつ後進する! いいな!』

『『了解!』』

 

 おれたちの旅は、ここでは終わらせない。譲ってもらった命の時間を、少しでも誰かのために使うからだ。

 陽炎が、哀しげに転進をはじめる。たった三機ばかりの、最低限の役にしか立たない陣形を組んで、当てのない旅路を続ける。

 焦りと絶望で、気を抜けば叫び出しそうだった。同じような風景。BETAの群れと、死骸と、残骸だけ。誰のものかもわからない血のようなどす黒い溜まりに、真黒く焼け焦げた墓標の戦術機だったものからは、未だに消えぬ炎がうねっていた。

 突撃級の背中に弾痕が穿たれ、死骸をすり抜けてきた戦車級が長刀で薙ぎ払われる。荒い呼吸を整える間も無く、まるでおれたちだけを狙うかのように、BETAの群れは次から次へと追い縋ってきた。

 

『これで少ないルートなのかよ!?』

 

 隊長代理に対し声を荒げる松浦の態度も無理もない、あらかじめ近域データと照らし合わせたルートなのだ、少ないほうであるはずなのだ。八津を責めるわけにはいかないが、あちらも補給タンクを発見するに至っていない。余裕があるほうとはいえ、推進剤は圧倒的に足りないのだ。

 

「諦めるな! 必ず、おれたちは帰るんだ!」

 

 愛する人々が待つおれたちが育った国へ、ふるさとへと。

 

『わかってるさ! 俺だって死にたくねえよ!』

 

 損傷を受けた、というより、元より受けていた損傷が拡大しているといった方が適当か、松浦機は見るからに破損の雰囲気である。

 片脚をかばいながらも、二機と並走させる松浦は、さすがの操縦技術だ。

 

「大丈夫か、松浦!」

『心配すんなよ、平気だ』

 

 言ってはいるものの、モニターされている松浦の陽炎は、いつ脚を挫いてもおかしくないのだ。それでも、松浦は笑ってみせる。まだ、やりたいことがあるから。やってないことがたくさんあるから、と。

 迫る戦車級を、損傷しているはずの戦術機で冷静に一発一発で処理する様は、見習わねばならないだろう。幸人の陽炎もその例に漏れず、損傷による疲労が溜まり始めている。

 

「帰るぞ、帰るんだ」

 

 ふいに、松浦機の脚部が、不自然にがくりと動く。幸人は目を丸くし彼の機体を支えようとするも、時すでに遅し、であった。

 限界高度ぎりぎりまで、陽炎が上昇する。その時である。陽炎の右脚が甲高い金属音とともに脱落したのだ。戦車級からの攻撃と、無理な機動をさせたことによる疲労だろうか、膝から下がまるまると折れたかたちだ。

 ぐら、と陽炎の姿勢が崩れるも、なんとか立て直す。けれど、安定を失った機体は質量こそ軽くなったものの、速力は大幅に落ちてしまい、突撃級の接敵が致命的な脅威に変わりつつある。

 

『くそッ! 保てよ……ッ!』

 

 悪態を吐いても、機体はよろよろと頼りのない飛行を続けて、見ているこちらが恐ろしい有様である。

 その危機的状況もいざ知らず、平然とBETAどもは突き進む。同胞という概念がないのだろう、味方の死骸に目もくれず、ただおれたちだけを狙って。

 

「頑張れ、松浦ッ!」

『くそ、くそッ!!』

 

 とうとう、突撃級が松浦の陽炎のその足元を通過して、衛士の多くが突き当たる壁、要撃級が接近する。

 要撃級は短距離であれば跳躍して飛行中の戦術機を捉えることもできるほどの強敵だ、今の松浦の機体では、到底太刀打ちなどできまい。

 どうか、それだけはーー。幸人のその祈りは、BETAには届かない。

 二つの真白の体躯が宙を舞う。黒曜石の如き漆黒の一対の爪が松浦の戦術機を正面から絡め取り、荒れ野に叩きつける。

 松浦の苦しげな咳には吐瀉物とぬるりとした血液が混ざり、口から溢れでた。衛士の纏う強化装備は外部からの衝撃にはかなりの防御力を伴うが、内部から破壊されては元も子もない。 

 

「松浦ぁッ!!」

『松浦中尉!!!』

 

 陽炎は、立ち上がることができない。跳躍ユニットは打撃の衝撃で砕かれ、細身の胴体は半ば千切れかけている。センサーも死に、駆動系も電装系もすべてやられてしまったのだろう。即ちこれはーー。

 物言わぬ棺桶。我ら、人類の刃たる戦術機が鉄の塊、鉄の棺桶と化したその瞬間である。

 要撃級に組み伏せられ、緊急脱出も叶わぬだろう、その救助は無謀そのものだ。

 要撃級は好機と言わんばかりに、その巨大な爪を振り上げる。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 36ミリ突撃砲が唸り、要撃級の前面を次々と抉るも、残った片側の爪が盾となり致命傷を与えきれていなかった。

 要撃級の動きが、世界がすべて、スローモーションになったように錯覚する。やめろ、と声にならない音を発して、おれは目の前で起きた死を否定するように、叫び続けた。

 管制ユニットごと機体を一直線に突き貫いた、槍と化した爪には、飛び散ったオイルが血のようにこびりついていた。そして、顔のように見える感覚器が、嗤っているようにこちらを見ている。

 

「お前、お前がッ! お前がァァァァァァッ!!」

 

 獣の如き絶叫とともに、幸人は長刀を携えて突撃する。もがくようにこちらを吹き飛ばそうとする要撃級を手玉にとるように回避を繰り返して、その背に切っ先を突き立てる。のけぞった要撃級の感覚器が苦悶に歪んだように見えて、幸人はそのまま感覚器である尾節まで長刀をひと薙ぎする。ばくり、と感覚器がふたつに裂け、確実に絶命した手応えの後に、要撃級は体液をその断面から噴き上げた。

 次いで、もう一匹ーー!

 

『やめてッ!』

 

 耳に轟いた楓の悲鳴に、幸人は機体に鳴り響くようやくアラートに気がついた。すぐ側まで突撃級が侵攻してきたのだ、幸人は弾かれたように回避行動を取るも、僅かに間に合わず、左腕が接触する。管制ユニットに激震が走り、転倒しかけた陽炎の左腕は完全にその機能を停止していた。

 

「ぐあぁぁッ!?」

 

 再度のアラート。急制動をかけた機体に過負荷がかかり、左腕のぶんとともにやかましく鳴り響く。

 

「くそぉぉッ!」

 

 残り二発の120ミリ弾のうちの片割れが、突撃級の丸見えの尻を吹き飛ばし、36ミリ砲撃が迫る要撃級を撃ち抜く。

 

『幸人! 大丈夫!?』

「平気! 悪かった、退くぞ!」

 

 幸人は去り際に、胴体を失い、四肢を散らした松浦機「だった」ものを見やる。何も、連れて帰ってやれなかった。何も、できなかった。

 目の前で、多くの苦難を乗り越えてきた戦友を押し潰されたのだ。

 悔しいだとか、悲しいだとか、単純なことばで言い表せない感情が湧き起こる。怒りは一瞬であった。けれど、胸の奥にとぐろを巻く気持ちの悪いつっかえが、ぞわりと内側から肌を撫でるのだ。

 

『…………く、うぅ……………っ』

 

 堪えきれないものが、今にも溢れそうな、楓の涙のない嗚咽を聞き、おれは今までの決意が揺らぎそうな気がした。大切なふるさと、ふるさとで待つ人。守りたいものであるはずなのに、今は、今だけはこの隣で苦しむ楓だけを抱きしめてやりたかった。

 

「楓。帰ろう。おれたちの町に」

『………………うん……』

「約束だからな…………一緒に帰ろう。ずっと、一緒にいよう」

 

 ただ、隣に居たい。楓の隣に居ると、落ち着くから。

 

『帰る。一緒に……』

 

 あの緑、あの潮騒、潮の香り。風が吹いて、波が白く打ち寄せて。

 おれたちを待つ、桜の木へ。

 楓の隣に、おれがいて。

 そんな未来を願っても、誰も文句なんて言わない。言わせないんだ。

 

「楓ーー」

 

 その先を遮ったのは、あまりに膨大な、おれたちが見慣れたものとは違う、血と肉の色をした異形の海であった。

 

『まだ、こんなに……!?』

「突破、するぞ!!!」

 

 この先は、おれたちが知る広大な海がある。

 この怪物たちのむこう、それがおれたちの約束が叶う場所ーー!

 36ミリ弾を全力で撃ち放つ。砲身が焼きついたって構わない。

 おれたちを待つふるさとに、帰るんだ。

 あとほんの少しなんだ。

 もし願いを叶えてくれる誰かがいるのなら、この腕や脚の一本や二本くらいくれてやる。だから、おれたちをーー

 

「おれたちを帰してくれぇぇぇッ!!!」

 

 形振り構わず、ただ生きたかった。

 楓が隣に居てくれれば、それでいい。

 

『帰りたい! 帰りたいよ……!』

 

 あの朝焼けも、真昼の太陽を反射させて輝く海面も、緋色に染まる夕焼けも、そこにあるんだ。

 

 おれたちは。

 

 手を繋いでみる。なんてない、ただのスキンシップ。きょうだいみたいな、男女なんて関係ない、ともだちみたいな、そんな関係。

 無邪気な目で、お互いを見つめる。

 泥だらけで、きっとお母さんに怒られるんだろうな、なんて、小学生のおれたちは笑いあう。

 夕陽。海の音。カラスの鳴き声。誰かの家の美味しそうな夕飯の匂い。

 

 その風景に、帰りたい。

 

 満身創痍の陽炎が二機、海を目指して飛んでいる。血みどろの戦いをくぐり抜け、傷つき、血に濡れそぼった二機の姿は、操縦する衛士の感情をひどくあらわしているようで、痛々しい。片方は損傷ゆえかセンサーがふいに明滅し、片方は万全のそれではあるものの、衛士の疲弊か、よろけながら飛行している。

 ただ、帰りたいという願い、生きたいという意志だけで、ここまでやってきたのだ。

 

「そこを、どけぇぇぇぇぇッ!」

 

 もうじき弾の切れる36ミリの弾幕が、もたもたと旋回運動をする突撃級を蜂の巣にし、あくまでその場凌ぎではあるバリケードを築いた。

 そうして節約すれども、推進剤も風前の灯火、沿岸部で増援部隊と鉢合わせる奇跡を願う他ない。

 極限状態の管制ユニットには、張り詰めた緊張の糸が幾重にも渡され、そのどれもが生きるという意志を織り込んでいた。

 楓の陽炎を見やると、あちらも疲弊を極めており、見るからに射撃精度が落ち込んでいる。

 援護に入るも、そのBETAの多勢は一向に減る気配を見せない。普段ならば気にならぬほどの一群も、たった二機の、さらに消耗しきった状態での戦闘は、あまりにも不利だ。

 

「楓!」

『幸人っ!』

 

 二機が固まったところで、今のままでは戦力の集中など叶うわけもない。じりじりとBETA群が迫り、接近戦の距離に入ってしまう。

 楓の四門の突撃砲はありがたかったが、到底足りぬのだ。

 おれは、悪い予感を打ち払うように頭を振る。

 絶対、帰ると約束したから。

 楓を守りたいから。

 

 それでも、現実は非情だ。

 誰しもに平等にある死は避けられぬもので、それがいつ、誰に訪れるかもわからない。

 誰かが生きたはずの一日を、その誰かにわけてもらっている。

 死が訪れるのならば、それが早いか遅かったかのどちらかなのだ。

 

 破片。赤茶けたオイル。スパークの光。土煙。

 嗚呼、と声を上げる間も無く、それは訪れる。

 言葉を発する間も無く、それは喉元に刃を突きつける。

 砕けた装甲を撒き散らしながら、巨人が吹き飛んだ。

 くの字に折れた体、金属が破壊される轟音。

 それが何かなど、頭では理解していた。けれど、どうしようもなく、おれそのものがそれを否定したがっていた。

 草木生えぬ大地に、どうと叩きつけられたそれは、確認するまでもなく大破していた。横合いから突撃級の体当たりを受けた胸部は無惨にもひしゃげるも、辛うじて強化装備は生きており、内部の衛士が即死していないことだけがようやくの救いである。

 

「楓ぇぇぇぇぇぇッ!!!!!」

 

 か細い呼吸だけが、楓の生命を感じさせる。

 まだ、生きている。

 まだ、死んでない。

 

『ゆき…………と……』

「楓! 待ってろ、今助けるからな!」

『……さむい、ね…………』

「楓、大丈夫だ、暖めてやるから!」

 

 折れ曲がったフレーム。暗転した管制ユニット。その構造体に挟まれるかたちで、八津楓は着座していた。

 折れたフレームの一部が右の横腹を貫いて、腕は肩口から存在しなかった。如何に強化装備の防御力といえど、防ぎ得ぬものはあるのだ。

 頭部からの出血で、顔の片側は真紅に染まり、口からごぼりと流れ落ちた血は夥しい量であった。

 

『楓、楓!』

 

 名前を呼ぶ声。

 じぶんのなまえが、このときだけとくべつで。

 かえで。

 うれしいな。

 

「ね……ゆきと……」

『頑張れ、楓!』

 

 こえ。やさしくて、ぶっきらぼうなひくいこえ。

 てをにぎって、すこしうえからきこえるこえ。

 すき。

 だいすきなこえ。

 

 楓の頬に、血とはまた異なる、体温を帯びた雫が流れ伝う。

 痛みや苦しみを超えて、ただひとつだけ。

 

「…………す、き……」

 

 すき。好き……。

 

 幸人のぶっきらぼうな顔が好き。

 低い声が好き。

 優しい幸人が好き。

 大好き。

 

 桜の道で、手を繋いでいる。

 ずっと一緒にいよう、なんて聞いた瞬間には心臓が跳ね上がって、うるさいくらいに鳴っている。幸人に聞こえそうなくらいに。

 それでも、隣の幸人は素っ気なくて、いつもの雰囲気なものだから、なんだ、と少しがっかりしている自分の気持ちさえも、嬉しい。

 でも、いいの。

 私は、それでもいいの。

 この気持ちが、ここにある限り。

 

 

 世界が凍りついたような気がした。

 目の前で起きたことが、信じられなかった。網膜投影に映し出されたバイタルサインが凪いだ。何も聞こえなくなった。さっきまで聞こえていた声も、吐息も、何もかも。

 足元から体温が消えていく感覚。

 交わした約束がひび割れて、音を立てて崩れ散る。

 生命が消えようとするその時も、おれは何もできなかった。

 楓。一緒に帰るって、約束した。

 すぐそばにいた。

 戦術機の手を伸ばせば触れ合えそうな、そんな距離に。

 でも、もういない。

 楓の生命は、もうないんだ。目の前で消えたんだ。ただ見つめることしかできなかったおれの目の前で。

 

「楓……帰ろう……」

 

 最後の120ミリ弾が、折り返そうと旋回する突撃級の背中を木っ端微塵に吹き飛ばして、陽炎は弾切れとなった突撃砲を投げ棄てて、正真正銘、最後の武装、近接短刀を膝から引き抜く。

 

「邪魔だ、どけぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 楓の機体に群がろうとする戦車級を切り裂き、貫き、踏み潰す。

 そうすることでしか、おれはおれでなくなる。おれは、楓を守ると、決めたから。

 ふるさとの少女との約束も、頭の片隅で思い出す。けれど、それはもう、叶うはずのない夢のような淡いものに変わってしまった。

 帰る力も、帰る心もすでに残っていなかった。

 楓を連れて、おれはこの生命を還すから。

 

 「楓……ごめんな……痛かったよな…………」

 

 戦いに怯える楓。

 束の間の平和に笑う楓。

 

「すきだよ…………おれも楓が好きだ」

 

 手を繋ぎたいと思ったのも、軽い喧嘩も、愛おしい。

 

「一緒にいよう、楓。一緒になろう……」

 

 動かぬ彼女の陽炎に、血に濡れた腕がぎりぎりと軋みながら触れた。BETAの足音や、機体の脚に噛み付いたことなど、もはやどうでもよかった。

 おれは、楓と一緒にいるよ。

 楓に寂しい思いはさせない。

 これからは、ずっとーー

 

 桜の道。陽だまりの中の楓は眩しくて、目を細める。

 よく晴れた春の日。おれは光の中に一歩を踏み出した。

 楓の差し出した右手を握って、歩調を合わせて。

 好きだよ。楓ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪が降る。秋田の沿岸部は風が強くて、鼻も、手足の指先も痛む、厳しい寒さの予報を朝に見た。

 さきの甲21号作戦の影響で、標高の低かった場所の津波被害の復興はほとんど進んでいないが、それでも、ここに住む人々の目には、先日まで濃厚にあった絶望の色は感じられず、むしろ穏やかな、寒空に似合わぬ温かみがある。

 今日を生きられる喜び、明日が変わらずやってくる喜び。その輪が、多くの民草の間に広がっていた。

 命はすべて、繋がっている。誰かが勇敢に戦った記憶は空を越え、海を伝い、大地に広がって誰かの平和を生み出してくれる。

 桜花作戦。人類の生命を懸けた史上最大の決戦で散った戦士たち。彼らの死は、決して無駄ではない。こうして、多くの人間が逞しさを取り戻し、温もりを作り出すこの光景こそが、彼らが死地において守り抜きたかったものなのだから。

 髪を簡単に結んだ、炊き出しを手伝う少女は大きな、重いはずの鍋を持ち上げて、土木作業に精を出す人々に温かな食事を手渡していく。

 ある人は寝床を提供し、子どもたちはいつの時代だって、どんな時局だっておかまいなしに走り回る。

 静かな、温かな、ほんの少しの非日常。白んだ息を吐いて、かじかんだ手を温める。

 守った人々。ふるさとの人々。彼らを守ったのはみな、謳われぬ英雄たちだ。誰しもが英雄であり、英霊である。

 ただひとりだけでいい。彼らの事を思い出せる人がいるのならば、戦場で散った英雄たちは誇らしくあちらの世に向かうのだろう。

 この冬も、じきに終わる。かさかさになった落ち葉が、いつしか大地に還って、再び命が巡る頃には、満開の桜が太陽の温かな光を透かしてざわめいている。

 新たな生命の喜びの時を枝葉、咲く花すべてで謳歌しているように。

 また、桜の花の季節がやってくる。

 そしてきっと、生命は芽吹くのだ。

 果てない生命の旅は続く。どこまでも、遥か未来、永遠に。

 

 

 




これで彼らの旅が終わりますが、生命の旅は続きます。中隊の面々にもっとスポットを当てた短いものを書いてもよさげ……かも……?
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