イ号潜水艦の日常   作:もっちー太郎

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任務:9日目

 目を覚ました402は、顔を上げるとカーテンに遮られた窓を見る。

 バチバチと激しい音を立てて雨粒がガラスを叩き、斑の影がカーテンに投影される。その夜はとても激しい暴風雨になり、脆い横須賀の街はうねる風に翻弄されていた。

 

「…………」

 

 窓際に座る402の足元にはバッテリーが置かれ、そこから延びたコードが先日手に入れた携帯端末に繋がっている。眠る前に開始した充電は既に完了しているようで、試しに端末を拾い上げボタンを押すと、画面右上の電池マークは100%になっていた。

 横には現在の時刻も表示されており、今は夜中の3時過ぎのようだった。

 この部屋は格安とは言え一応は国の所有するもので、立てつけはかなりしっかりしており、この暴風雨でも隙間風は一切ない。文句があるとすれば電気の配給が不安定ということだが、こればかりはどこに部屋を確保しても変わりないだろう。放置された家屋や車両の中で暮らす人々もいる中、402の生活は十分すぎるものなのだった。

 

「……プログラム完了か。早かった」

 

 402に睡眠は必要ない。それならば今までしていたことは何かと言えば、人体をシミュレートし擬似的に睡眠を再現していた以外に、自身のコアのスキャンという重大な目的があったのだ。

 霧である402の本体は、横須賀港に秘匿停泊させている船体でも、今この部屋で寝ていた人間を模した身体でもない。

 あくまで本体はユニオンコアであり、このコアさえ無事であれば船体を破壊されようが、メンタルモデルの頭部を潰されようが死ぬことはない。逆にコアを破壊されれば船体やメンタルモデルが一切無傷でも402という存在は消えてしまう。

 しかし陸上においてコアが破壊されるような事態になることはほぼないため、402はバグの消去に力を注いでいるのである。

 人類の取りうる手段で霧のコアを破壊することは不可能。だが、402は現在陸に上がり人間と接している。こうなると物理的な要因ではなく、いわゆる精神的な要因によってコアに不具合が発生す場合があるのだ。

 本来霧にはなかった「感情」に触れ、詳細なデータを蓄積していき、徐々にコアに感情プラグインを実装させていく。その過程でどうしても不完全なエラーが発生し、思考や行動に不具合が出てきてしまう。そこで毎晩睡眠としている時間すべてをコアのスキャンに当て、不具合の修正を行っているのだ。

 

「脆弱性2件発見・修正、か」

 

 スキャン中の詳細データは伏せられるが、異常のあった箇所は自動で修正される。今回のスキャンでは2件の不具合が見つかり、修正されたようであった。

 カーテンを少し引き外を見る。

 相変わらず雨は降っているが、徐々に勢いは弱まってきており、朝方には小降りになるだろう。

 402は再び瞼を閉じると、夜が明けるまでじっと、そのままで動かずにいた。

 

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 翌朝。

 402の予想通り雨は止んでおり、灰色の雲の切れ間からは夏の太陽がちらちらと覗いている。

 現在は午前9時ということで、402は部屋を出ると、1人横須賀の街へと繰り出していた。

 首筋に伝う汗をハンカチで拭うと、被っていた帽子の鍔を指でつまんで、日差しを遮るように影を作る。

 昨晩通過した台風の影響で気温はそれほど上がらないものの、やはり夏ということで暑い。湿度も高いせいで不快感もかなりあった。

 

「……」

 

 無言で太陽を睨みつける402の格好は、大きく肩口の開いたサマーニットに黒のショートパンツ。足元は赤色ボーダー柄のスリッポンで、頭には紺色のリボンのついた帽子を被り、度の入っていない眼鏡をかけている。

 いかにも夏らしい服装であるが、髪は後ろでシニョンにまとめており、黒縁の眼鏡までかけているので、一目見ただけでは402とはわからないだろう。

 こうした簡単な変装ともとれる格好をしているのは、402が人類側にマークされているからだ。

 刑部邸襲撃の件でメンタルモデル単体での戦闘能力も人類は把握したであろうし、まさか402に対して武力行使はしてこないだろうが、ここ数日で何度も無人機による追跡等は受けているので、常時周囲に気を使わなければならず心落ち着く暇がない。

 ヤマトから与えられている任務は陸での情報収集なので、昼間から大胆に街を歩くこともあれば夜間、闇に紛れて隠密行動をとることもある。その際たとえ無人機であろうと監視を受けるのはやはり任務に支障をきたすので、少しでも動きやすいように毎日服装や髪型を変えてパターンを作らないようにしているのだ。

 しかし契約している部屋をマークされていたり、携帯端末の通信を解析・追跡されている可能性もあるので、この簡易変装もほんとうに意味があるのかはわからなかった。

 

「まあ、気休めだな」

 

 402は視線を上げると、ガラス越しに露店の立ち並ぶ通りを見る。

 相変わらず人は多いが、先週と比較すると10%ほど少ない。営業していない店もちらほらとあり、いつもと比べると静かな印象を受けた。

 

「? なにかあるのか?」

 

 いつもより人がいないというのはどうにも気になってしまう。

 近くの営業している店に入り店主に聞くと、どうやら今の時期は「お盆」らしかった。

 ネットワークに接続し検索をすると、どうやら宗教的な意味合いのものらしい。街に人が少ないのは墓参りなどのために地方へ帰省しているかららしかった。

 

「そういうことか。情報ありがとう」

 

 402は肩にかけていた鞄の中から何やら取り出すと、店のカウンターに並べる。

 

「礼だ。好きなものを選んでくれ」

 

 並べられたのは先日サルベージしてきた品物で、主に缶詰などの食料品だ。

 種類は肉や魚から野菜・果物、カレーやスパゲティソースなどいろいろなものがある。

 店主は遠慮しつつも数個の缶詰を選び、402は再度礼を言うと店を出た。

 

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 横須賀の街と海を見下ろす高台。

 そこには展望台のような施設もあり、402は近くにあったベンチにハンカチを敷くと、その上に腰かける。

 後ろには雑木林があり、蝉の声や風に揺れる木々の音。前方の海からは微かな波の音が聞こえていた。

 402が見つめる海から少し視線を横にずらすと、そこには多数の整形された石が並べられており、あれは共同墓地らしい。何組かのグループが、バケツやスポンジを持ってその墓を掃除しているようであった。

 

「……401も、ここへ来たことがあったようだな」

 

 横須賀防護壁戦の前に、イ号401は横須賀港へ寄港し、千早群像とともにこの墓地へも来ていたようだ。

 ネットワークに情報として挙がっているのは、ここへ来ていたということと、401の感情シミュレートにアップデートがされたということだけ。

 具体的にどう思いどう行動したのか、401と千早群像がどんな会話をしたのかということまでは分からない。

 

「……」

 

 本来この場所には、死んだ人間の遺体や遺骨が埋葬されている。

 しかしこの共同墓地には、実際に埋められている遺体などはほとんどなく、ただ石に名前が刻まれているだけなのだ。それもそのはずで、この共同墓地は7年前の大海戦で死んだ者のためのものであり、あの海戦では遺体はほとんど回収されなかった。

 霧側の圧倒的な火力によって遺体が残らなかったか、船とともに海底に沈んだか。生き残った人間も陸へと逃げ帰るのが精いっぱいで、死んだ仲間を連れ帰る余裕などなかったのだ。

 

「……あれしか、方法はなかったのだろうか」

 

 霧の最上位命令であるアドミラリティ・コードからの指令は、基本的には「海洋を占有し、人類を海から駆逐せよ」ということだけだ。方法までは明確にされておらず、あの大海戦で60万人もの人間を死傷させたのはアドミラリティ・コードの望む形だったのかは霧の誰にもわからない。

 そもそもあの大海戦において最初に攻撃を仕掛けたのは霧側である。

 どちらが先手を打とうとも結果は変わらなかっただろうが、為す術のない人類を一方的に虐殺してまわったのである。402を始めとする潜水艦は、積極的に戦闘に参加することはなかったが、海中から海戦の様子をすべて記録していた。

 当時の402は、そのようなことに疑問は持たず、ただ命令に従うのみだった。しかし函館でのタカオを始め、401と接触したり、ヤマトの指示で陸に上がり人間と接触する中、様々な感情に触れたおかげで、自分の行動を過去にさかのぼって思考することもできるようになった。

 他にも方法はあったのではないか、あれほどまでの犠牲者を出さずに、人類を海から追い出すことはできなかったのか、と。

 

「……ダメだな」

 

 考えれば考えるほど思考はまとまらず、乱れていく。シミュレートの過程でいくつかエラーが発生しているようだし、今の402にこの思考は複雑すぎるのかもしれない。

 402はベンチから立ち上がると、敷いていたハンカチを拾い上げ畳み、鞄の中へと仕舞い込む。

 空を見上げつつ吐いた402のため息は、夏の熱気へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 北太平洋・水深2559m。

 大戦艦アイオワ直轄の潜水艦であるバラオ級潜水艦ホークビル、スプリンガーの2隻が海底に沿って潜航をしている。

 雪の降る暗闇の中では2隻の船体がそれぞれ光を発しており、互いに量子通信を行いながら探索情報を交換し合っていた。

 

『スプリンガー、E-22までスキャン完了』

 

『ホークビル了解。H-69のスキャンを開始する』

 

 船体側面のALEMの下からは多数の観測装置が露出しており、それぞれが担当する海域を徹底的に調べ上げる。彼女たちであれば例え海に漂う指先大の物体でも見逃すことはない。それがアイオワ直轄の潜水艦隊の能力だった。

 

『ホークビルからスプリンガー。H-105にて不審物発見。微弱な重力子反応を検出』

 

 海底を舐めるように進むホークビルが、何やら見つける。

 

『スプリンガー了解。捜索中のコアの可能性がある。ただちに回収を』

 

 彼女たち2隻の任務はコンゴウによって沈められた艦艇のコアの捜索である。重力子反応が出ているということは目的のコアである可能性が高い。

 

『ホークビル了解。回収を開始する』

 ホークビルは対象物の近くに船体を固定すると、艦底部からマニピュレーターを伸ばしコアを回収する。

 回収作業自体は1分程度で終わり、ホークビルの船体内部に取り込まれたコアは洗浄を受けたのちシステムスキャンを施される。

 結果、コアは機能を凍結しており、旗艦権限で再起動する必要があることが分かった。

 このままではこのコアが誰のものなのかわからないため、2隻は一旦コアの捜索を中止し、旗艦であるアイオワの元へと針路を変更する。

 海底を這う2隻の巨大な潜水艦が闇に溶けたのは、それからすぐのことであった。

 

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 全長271,97m。

 全幅33,12m。

 喫水10,9m。

 最大排水量59,540トン。

 重力子エンジンS型(後期型)320基・R型80基、強制波動装甲装備。

 水上・水中共に通常限界速力は100ノット、フルバースト時は海上で150、海中で250ノット。

 16インチ3連装アクティブターレット3基9門、5インチ連装アクティブターレット10基20門。

 40㎜レーザー高角砲40門、20㎜レーザー高角砲80門。

 艦底部魚雷発射管92門、SAユニット12機。

 電磁投射砲2基12門。

 超重力砲、簡易型AGP搭載。

 その他ALEMを始め、ミサイル発射モジュール・近接攻撃システム多数。

 

 

 

 アメリカ大陸周辺に展開する西洋艦隊を統べる大戦艦アイオワ。

 単純なスペックなら超戦艦ヤマトにも匹敵する能力を持つ彼女は、現在サンニコラス島の基地を出港し、ウェーク島近海に停泊していた。

 彼女が待つのは部下であるバラオ級潜水艦のホークビルとスプリンガー。2隻からの通信で、コアを発見したため再起動してほしいという要請があったのだ。

 

「暑いな~」

 

 そんなアイオワの巨大な船体の隣にはもう1隻浮かんでおり、同じく戦艦であるノースカロライナ。

 なぜか甲板にビーチチェアを出して肌を焼いていた。

 

「……お前。ワシントンと共に北大西洋にいたんじゃなかったのか」

 

「あっちは任せてきたから。アイオワが寂しがってるんじゃないかと思ってね」

 

「…………」

 

 ノースカロライナの言葉にアイオワは無言で見つめ返す。

 

「そういえば、さっきワフーから通信入ったよ」

 

 ワフーとはノースカロライナの部下にあたるガトー級潜水艦である。現在はワシントンと共に北大西洋ケルト海に展開している。

 

「ムサシに動き有。ポーツマスに向かったものと思われる、だって。あと東洋艦隊にも動きがあったみたい」

 

 ガトー級潜水艦は現在、ムサシを追跡監視している。ワフーは同型艦のアルバコアと共にケルト海水深300mに待機していた潜水艦で、索敵範囲にムサシが侵入したためワシントンに報告を行ったのだろう。

 

「ポーツマスか……。上陸する気か? いったいなにを考えているのだ」

 

 重要な情報を占有するヤマトに人類を自身に乗せるムサシ。

 アイオワの疑念は深まるばかりである。

 

『総帥』

 

 その時、バラオ級潜水艦であるホークビル、スプリンガーから通信が入る。

 どうやら到着したらしく、直後にアイオワの船体近くに2隻の潜水艦が浮上してきた。

 

『太平洋の水深2563mで発見・回収しました。機能を停止しており旗艦権限でないと再起動できません』

 

 ホークビルの船体から銀色の粒子が流れ、アイオワの立つ甲板に1つのユニオンコアが置かれる。

 手に取るとデータ環を展開しつつアクセスを開始するアイオワだが、どういうわけかアイオワの接触を受け付けない。

 

「……これは西洋艦隊のユニオンコアではない」

 

 世界中に展開する霧にはいくつかの派閥があり、その中にはさらに多くの艦隊が存在している。

 アイオワを旗艦認定している西洋艦隊のユニオンコアであればアイオワの権限でコアの再起動が可能なはずなのだ。

 しかしこのコアは再起動はおろかアクセスを拒否している。沈没地点から推測するに、恐らく東洋艦隊所属のユニオンコアなのだろう。だとすればアイオワではなくヤマトの権限でなければコアの再起動はできないということになる。

 それに普通の駆逐艦や軽・重巡洋艦クラスのユニオンコアであれば旗艦認定を受けなくとも力づくでのアクセスも可能である。しかしこのコアはそれができない。ということはかなり強力なプロテクトが施されているということであり、総旗艦であるヤマトの近くで活動していたコアの可能性がある。

 もしもこのコアにアクセスし、再起動することができればアイオワの知りえない情報さえも取得可能になるかもしれないのだ。

 

『メロ』

 

 アイオワは概念伝達によりメロを呼び出す。

 

『なんでしょう』

 

『プエブロを呼べ。ユニオンコアのキーコードの解析を頼みたい』

 

『……強制解錠ですか? 旗艦以外の者がコアに侵入すればどんなエラーが発生するか、』

 

『メロ』

 

『…………承知しました。すぐにプエブロを手配します』

 

『よし。それとコアの再起動は量子暗室で行え。再起動した際に起動コードがヤマトに送信される可能性がある』

 

『承知しました』

 

 概念伝達が終了し、アイオワは瞼を開く。

 横に停泊するノースカロライナも、少し離れた位置にいるホークビル、スプリンガーも誰も喋らず、それはアイオワも同じだ。

 無言で海を見据え、掌に隠したユニオンコアを握りしめる。

 その後この海域では突発的な激しい雷雨になり、数十分後雨が上がった時には、誰もいなくなっていた。

 

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

『402から総旗艦。戦術ネットワークに4時間分の獲得経験をアップロードしました』

 

『了解、確認したわ。今日は墓地へ行ったのね』

 

『はい』

 

『400、見つかるといいわね』

 

『はい。早く見つかってほしいです』

 

『…………』

 

『……どうかされましたか?』

 

『いいえ。きっと見つかるわよ。あなたのお姉さんは』

 




アイオワ級戦艦にもヤマト型のミラーリングみたいな隠し武装が欲しい。

資料としてアニメ版のオフィシャルアーカイブが欲しいんだけど、円盤買ったりして財布に余裕がない……。

仕事がくそ忙しいので次の更新もだいぶ間が空きそうです。
誤字脱字の指摘・感想等なんでもどうぞ。
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