「……花火大会?」
街を歩く402の視界に、とある張り紙が映り込む。
書かれている内容は、本日日曜日にある花火大会のことで、時間は午後8時から9時まで。合計で5000発の花火が打ち上げられるらしい。それに伴い大きな道路は車両通行止めの歩行者天国となり、多数の出店まであるらしかった。
花火についての知識は、人類側のネットワークを検索することで得ることができる。しかし実際にメンタルモデルを通して見たことはなく、それ以前に街全体で行うようなイベントに参加したことはないのだ。
それにしても、改めて見てみると店のカウンターや道路の脇など至る所に同じような張り紙が張ってある。どうして今まで気が付かなかったのかと、402は不思議に首を捻った。
「どうせ今日はやることはないし、見てみるかな」
そうして時刻を確認する402だが、現在はまだ昼の1時すぎで、花火が打ちあがるまでまだかなり時間がある。出店自体は午後6時頃から開店しているとしてもあと5時間はなんとかして暇をつぶさなくてはならない。
一度部屋へ戻るという選択肢もあったが、なぜか街に留まりたくなってしまう402。いつもと違う妙な活気に、興味を抱いているらしかった。
「お、お嬢ちゃん」
その時、背後から402を呼ぶものと思われる声が。振り返ってみると前に402にシャワーを貸してくれた初老の男だ。
「ああ、いつかの。久しぶり」
軽く頭を下げて挨拶をする402。今日の402は白のTシャツに短パン、スニーカーというやけに簡素なもので、髪に至っては結わえたりすることなくそのまま腰に流している。今までは監視対策で日によってコロコロと服装を変えたりしていたのだが、今日は逆に初期の格好をしてどの程度監視が付くのかという実験も兼ねているのだ。
……というのは建前で、実際は服を用意するのに問題が出てきたからである。
ナノマテリアルで構成すればいいのだが、ヤマトの意向で身に着ける衣服は基本的に人類のものとなっている。景気よく物々交換で手に入ることもあれば、なかなか交渉がうまくいかず新しい衣服が手に入らないこともある。最近はあまりいいものが手に入らず、着ていない服は今日のこれしかなかったのである。
そして髪については、結んでもよかったのだがたまには何もせずにすごしたいという、ただの402の気まぐれだったりする。
「今日は花火大会だ。お嬢ちゃんもいくだろう?」
「あー、そうだな。初めて見るし、行こうと思っている」
「初めて!?」
男の驚き具合に、思わず面食らってしまう402。失言をしてしまったのかと思考を巡らせていると。
「お嬢ちゃんここへは最近来たばっかなんだよな」
「あ、ああ。この夏に田舎から……」
実際は海から来たのだが、そういう設定にしておく402。
「そうか。田舎じゃあな。花火大会なんてやる余裕ないのかもな。お嬢ちゃん、年いくつ?」
「15だが」
「だったら8歳のときにはあの海戦だもんな。それ以前からちょくちょく霧との戦闘はあったし、花火なんて見てる暇なかったな」
何故か泣きそうな顔になっている男。402はどうしたらいいのかと周囲に視線を泳がす。
「よし! ついてきな」
男はいつの間にか笑顔になったかと思うと、402の手を引いて道を歩き出す。
抵抗もできないままに連れて行かれる402は、これからどうなるのだと、そんなことを考えていた。
◇ ◇ ◇
「……ほんとうにいいのか?」
鏡の前に立つ402は、その場でくるりと回ると、後ろの男に尋ねる。
「いいんだよ。あげられないのが残念だけど」
「いや、十分だ。あとで返しに行く」
402が着ているのは、それまでのTシャツや短パンではなく、浴衣である。
涼しげな緑を基調としたもので、細かな模様が目に鮮やかである。長い銀色の髪はサイドアップでまとめられており、足元軽やかな音を鳴らす下駄だ。
この浴衣を貸してくれたのは先ほど会った男であり、知り合いのつてで手配してくれたらしい。難しい着付けも、男の知り合いである女性が手伝ってくれた。
「今日じゃなくてもいいよ。それじゃあ、楽しんどいで」
男の声を背中に受けつつ外へと足を踏み出す402。
日はもう傾きだしており時刻は6時半。横須賀の街全体がうっすらと緋に染まり始めており、遠くの木立からは蝉の鳴き声が響いてくる。
街にはなにやら楽しげな音楽が流れており、普段車が通っている道路には人が溢れている。道の両脇には様々な屋台が軒を連ねており、食欲を誘う香りが風に乗って流れてきた。
「うわー!すっごい、なにこれ、ゴムみたい」
どこからか一際大きな声が聞こえてくる。それに402には聞き覚えのある声だ。
「人おおいー。歩けない!これがカーニバルなの!!?」
「いや、ただの花火大会よ」
直観的な危機を察して道路脇の影に隠れる402。
しばらくして歩いてきたのは、焼きそばの入ったトレーを右手に、たこ焼きの入った船皿を左手に持った少女で、長い茶髪を腰に流して綺麗な赤い髪飾りを着けている。着ている衣装も大きな花柄の赤い浴衣で、あれは、
「……重巡マヤ」
異常にテンションの高いマヤの隣で疲れた表情を浮かべているのは、ミディアムの青い髪を赤いリボンで左右にまとめている少女で、白の地に金魚が泳ぐ浴衣を身に着けている。左手にはリンゴ飴を握っており、時折小さな舌でぺろぺろと舐めている。
「…………重巡アタゴ。なぜあの2人が」
2人とも霧の艦艇で、現在はそれぞれ哨戒活動にあたっているはずである。陸にいるはずがないのだが。
402は改めて周囲の重力子反応を検索すると、やはりあの2人から重巡洋艦マヤとアタゴの固有信号が発せられている。どうやら本物で間違いないようであった。
『総旗艦。こちら402、緊急事態です』
『あら、どうかしたの?』
概念伝達によりヤマトと連絡を取る402。すぐに応答があり、不思議そうなヤマトの声が聞こえる。
『横須賀市街地にて重巡洋艦マヤとアタゴのメンタルモデルを発見しました』
『そう。合流できたのね。よかった』
『…………』
『あなたたちがマヤの偽物でずっとコンゴウの監視をしている間、オリジナルのマヤはナガトのところでいろいろ雑用をしてもらってたのよ。アタゴと一緒に』
『…………』
『言ってしまえばずっと隠れてもらってたのよね。でもついにもう我慢できないって。有給もらいますって。それでアタゴと2人で陸に上がってたの』
『……そういうことは事前に、』
『まあいいじゃない。2人によろしくね』
ヤマト側から概念伝達は一方的に切断される。
1人残された402は、暗澹たる気持ちで、人ごみに紛れていく2人の背中を追っていた。
◇ ◇ ◇
「あ、402-! 久しぶり~。私の外観データ取った時以来だっけ」
「そ、そうだな」
あの後。
しばらく2人を追跡し続けた402は、10分ほどが過ぎたところでようやく声をかけた。マヤは相変わらず高いテンションのままだったが、隣のアタゴは疲れたを通り越して怒っているような表情だ。
「あんたたちが変なプログラム作ったせいで、私はマヤとずっとそこらへんの海をぐるぐる回る羽目になったのよ。来る日も来る日も本当なら駆逐艦や潜水艦がするべき任務を。冗談じゃないわ。それにマヤはマヤで毎日歌を聞かせてくるし、あ~、今でも聞こえてくるわ」
握っていたりんご飴の棒が、アタゴの握力によって粉砕される。まだ半分残っているりんご飴が地面に落ちて砂まみれになるが、本人は気が付いていないようである。
「あれは一応総旗艦にも話を通していた。今さらどうこう言われても、」
「関っ係ないわよ。だいたい巡航潜水艦風情が、」
「まあまあアタゴ。そんなに怒らな、」
「うっさい! マヤ、あんたは黙ってなさいよ」
「……姉にそっくりだな」
402はぽつりと呟くと、暗くなり始めた空を見上げてため息を吐いた。
◇ ◇ ◇
それからは雨が降ったりという天候の崩れもなく、予定通り8時から花火の打ち上げが始まった。
最初こそ喚き散らしていたアタゴだったが、次第に落ち着きを取り戻し今では静かに打ちあがる花火を見ている。マヤは言葉も出ないといった様子で、見上げる瞳の中に光が散っているのが見えた。
3人は現在、花火がよく見える橋の縁石に並んで座っており、川の水面には上空の花火が映し出される。402は空の花火よりも水面に映った方の花火に視線を向けており、なんだかこちらのほうが落ち着くのだ。
「ま、今日は楽しくなかったわけじゃないわね」
打ち上げも終盤に差し迫ったころ、見上げたままのアタゴが呟く。マヤはその隣でうんうんと頷き、402も無言で頷いて見せる。
そうして5000発の花火はあっという間に終了し、静かになった空に心を残しつつ、3人は橋から立ち去った。
マヤとアタゴの休暇は今日1日限りであるらしく、もう沖へと向かわなければならないらしい。
402は2人を見送るため港まで向かうと、二言三言言葉を交わして、今日はそこでお別れとなった。
◇ ◇ ◇
『402から総旗艦。戦術ネットワークに9時間分の獲得経験をアップロードしました』
『了解、確認したわ。今日はどうだった?』
『それなりに充実はしていたと思います』
『そう。ならよかった』
『……総旗艦も』
『?』
『総旗艦もいつか見られるといいですね、花火』
『……そうね。いつか』
そういえば先日地元の花火大会だったことを思い出してさっき書きました。
なんだか最近の話は妙にシリアスめいていてタイトルの「日常」から離れて行ってしまっているような気がします。
更新はまたいつか。
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