イ号潜水艦の日常   作:もっちー太郎

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任務:11日目

 お盆を過ぎ、横須賀の街には秋が近づきつつある。

 日中の気温もそれほどあがることはなくなり過ごしやすくなったが、それでも少し動けば汗が滲むほどには暑い。そんな中2人の少女がとある店の前でなにやら話している。

 

「そうだ、布団。あるのなら譲ってくれると助かる。お金ならあるぞ」

 

 右肩にエコバックを提げ、両手には魚介類の詰まったバケツを握る402。その隣では黒髪をツインテールにまとめた少女が立っており、なぜか背中に魚を背負っている。なにやら話しており、どうやらカウンターを挟んで反対側の店員に向かって交渉をしているようだ。

 

「布団ねえ。綺麗に揃ってるのはないよ。いろいろばらばらのしかない。あー、そういえば夏用の掛布団あったかな。冬用のしかなかったかも。いや、あったかなー」

 

「ぐうぅ……」

 

 どこか投げやりな店員に、少女は複雑な表情を浮かべると低い音でうなりを上げる。隣に立つ402は、空を流れる雲に視線を向けていた。

 

「おい、402。お前も加勢してくれ」

 

 402の手首をつかむと、ぐいと引っ張り意識の向く先を強制的に変えさせる。掴まれた拍子にバケツからタコが落下した。

 

「なんだ急に。布団が欲しいというから置いていそうな店を紹介してやったというのに。それだけでも感謝してほしいくらいなのだが」

 

 屈んでタコをサルベージしつつ、上を見上げた402が毒づく。

 

「陸での経験はお前の方が豊富だろうに。人間との交渉もお前の方が有利だろう」

 

 なんとかしてくれといった感じで402に懇願する少女は、霧の海域強襲制圧艦である「ズイカク」。本来であれば姉のショウカクと共にオホーツク海に展開しているはずなのだが、いつまでたっても命令が来ないため遂に「退屈」を実装してしまい、暇を埋めるためこっそりと402のいる横須賀まで出張してきたのである。

 そこでズイカクは、以前から欲しいと思っていた「布団」を手に入れるため、402と共に横須賀の街を巡っていたのだった。

 

「確かにそうだな」

 

 402は少し考えるように視線を泳がすと、持っていたバケツを地面に下ろし、エコバックの中をごそごそと搔き回し始める。そうして目的のものを見つけたのか、なにかを手に取るとそれを店のカウンターに静かに置く。

 

「提示する金額と共にこれもどうだ。こいつはこんなふざけた格好だが、気持ちは本物なんだ」

 

 402が横を見るとそこには、晴れているというのに赤いレインコートを羽織り、巨大な魚を背負ったツインテールの少女。傍から見ればふざけていると思われても仕方ないかもしれない。しかしズイカクは基本的には真面目なので、今回も本気で布団が欲しいのだ。

 

「これは……!」

 

 402がカウンターに置いたのは日本海側のとある地酒である「久松」。海底からのサルベージ品を元手になんとか手に入れたものである。

 ズイカクと合流する前にも代金代わりに酒を置いていったことがあるのだが、その際の人間の反応を見るに、酒類を始めとする嗜好品は現代ではかなり手に入りづらいものらしく、うまく使えば交渉を有利に進めることができるのだ。

 

「わ、わかった。新品のフルセットをなんとか用意するよ。1人分で1万。どうだ?」

 

 店員は動揺を表情に出さないよう取り繕うが、言葉の調子でまるわかりである。

 

「2人分で1万だ」

 

 402は指をピースの形にして、ぐっと前に出す。店員は若干後ずさるものの、首を横に振る。

 

「いくらなんでも。2人分なら2万はもらわないと」

 

「1万9千」

 

「1万8千だ」

 

「ほんとにそれ以上安くはならないのか?」

 

「……1万7千」

 

「1万6千は無理か」

 

「1万6千……」

 

「もう1本つけるぞ」

 

「……ぐっ……1万2千」

 

「そこまで言ったらなあ……?」

 

「……1万……」

 

「よし、布団2組1万で買った」

 

「…………お買い上げありがとうございます」

 

 淡々と値切り続ける402の横で、ズイカクは呆然と立ち尽くしているだけであった。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 現金1万円と酒の入った瓶2本を渡した後、402とズイカクは少し離れた場所にある倉庫まで案内されていた。

 2人がこんなところまで足を延ばしているのは買った布団を受け取るためで、布団のセットは大きく小さな店内には収まりきらないため、離れた倉庫に保管しているということだった。

 2人の前には先ほどの店員が先導するようにして歩いており、ハンドリフトを引いている。

 倉庫内は合成樹脂製のパレットが大量に並べられており、その上には様々な物が乗せられている。3人が辿り着いた先は倉庫の一番奥で、鋼鉄製の扉を開けると左右の棚には衣服類から寝具まで色々なものが詰められていた。

 

「日光に当たるとすぐ劣化するからね。低温暗所で保管しないと商品価値はなくなるから」

 

 入口付近に積まれていたパレットの下にハンドリフトのツメを差し込むと、ハンドルを上下させてパレットを持ち上げる。そして布団が保管されている棚まで行くと、2組の布団をパレットに乗せた。

 

「どうする? 住所教えてくれたらあとで持っていくけど」

 

 店員の言葉に402とズイカクは顔を見合わせる。

 

「んー、その機械ごと貸してくれたら勝手に持って帰るが。もちろん機械はあとで返却しに来る」

 

 402はそう言って布団の乗ったハンドリフトを指さすが、店員は気が進まさなそうだ。

 

「いいけど、これ操作するの結構難しいよ?重いからすぐに止まれないし、自分の足轢いちゃうかも」

 

「大丈夫だ」

 

「……そう。なら、動かすときは引っ張るようにするといいよ。押してもうまく動かないから」

 

「わかった。ありがとう」

 

 終始話を進めるのは402で、ズイカクは隣で人形と化している。402に比べズイカクが陸に上がったのは最近のことなので、まだ人間とのコミュニケーションがうまく取れないのである。

 それにしても402の言動が日に日に人間味を増しているのは、401の残した行動ロジックプログラムのおかげである。401が人間と接触した中での試行錯誤が、姉妹艦である402にも受け継がれているのだった。

 

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

「今日はアジの野菜あんかけだ」

 

 緑色のエプロンを着た402の目の前のまな板には、既に三枚おろしにされ皮を剥がれたアジが4匹分。隣のズイカクは赤色のエプロンを着て綺麗に下ろされたアジを興味深げに見下ろしている。

 

「そのロジックプログラムは、401の流用なのか?」

 

 ズイカクの問いに402は首を振る。

 

「まさか。401のプログラムの中に調理関係のものはなかった。これは私が独自に作成したものだ」

 

 401が既に作成していたプログラムであればそのまま402にも使える。しかしどうやら401は料理というものをしたことがなかったようで、この調理プラグインは402が独自に開発・実装したものである。

 

「ズイカク、お前好き嫌いは?」

 

「無論、あるわけない」

 

「ならいいな」

 

 402は冷蔵庫からブロッコリーとしめじを取り出す。それから流しの下の収納から各種調味料を引っ張り出した。

 

「赤唐辛子を入れるが、まあ、大丈夫か」

 

 アジに片栗粉を付けて油で揚げている間、ブロッコリーは塩ゆでにする。しめじは石づきを取ったうえで小房に千切った。

 てきぱきと調理を進める402とは対照的に、ズイカクは手持無沙汰に台所や他の部屋を見て回っている。みかねた402は料理を入れる皿を洗っていろと指示し、やっとやることができたズイカクは楽しそうである。

 

「1品じゃ寂しいな」

 

 あんを作っている間、402はぽつりと呟き、今ある材料で作れる料理の検索を開始する。結果、402はイカとセロリを使ったサラダを作ることにした。

 

「ズイカク、お前和食好きだったな」

 

 ズイカクも料理をしないわけではない。というよりむしろ料理をよくするほうで、自分で釣った魚をおかずにご飯を作って食べているのだ。今日はたまたま知らない料理だったため手伝えなかったのだが、知っている料理の種類なら402よりも多い。

 

「確かに。今朝もいわしの南蛮漬けをおかずに白米を、」

 

「なら白米と味噌汁も作ってやろう」

 

「本当か!? ならその2つは私に任せてもらおう。米を炊くのにも味噌を溶くのにも経験からしか得られないタイミングというものがあるのだ」

 

「ふん。まあお前に任せるとしよう」

 

 そうして2人は各々調理をし、完成したのはそれから40分後のことであった。

 

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 今晩の夕食はアジの野菜あんかけ、イカとセロリのサラダ、冷奴、混ぜご飯、キャベツと玉子の味噌汁である。比率的には402の作った数の方が多いが、冷奴は切って皿に盛るだけなので実質それぞれ2品ずつ作ったことになる。

 402の作ったアジの野菜あんかけは適度な濃さでご飯が進むし、ズイカクの混ぜご飯は高菜と梅肉が入っているのでそれ単体でもおいしい。サラダはイカの歯ごたえとセロリの香りがいいし、味噌汁はキャベツの食感が新鮮である。

 そうして2人は30分ほどで完食してしまい、今はごろんと横になって網戸から入り込む夜風に当たっている最中であった。

 

「なあ、402」

 

 鈴虫の声を聴きながら、ズイカクが語り掛ける。

 

「陸での暮らしはどうだ。楽しいか」

 

 402は天井で揺れる電気の紐を見つめ、無言を返す。

 

「まあそうだな。あくまで総旗艦からの任務なんだしな。お前たち潜水艦にそういう感想は浮かばないか」

 

「いや」

 

「?」

 

「海から陸を見続けるよりは、いろいろ思うところがある。霧を抜けて人間の側についた401がどう思って行動したのか、分かる箇所もある」

 

 ヤマト、ムサシに次ぐ霧が作った3体目のメンタルモデル。その蓄積された経験値は他の霧を凌駕し、402が思うさらに先を見据えているのかもしれない。しかし陸に上がり人間に混じることで、401の残したロジックプログラムの意味が少しわかってきた気がするのだ。

 まだまだ理解できないことは多いが、多少なら理解できる。

 少なくとも陸で401が見ていた光景は、理解できる。

 

「ズイカク。今日は泊まっていけ」

 

「最初からそのつもりだ」

 

 2人は買ってきた布団を準備し、しかしその前に2人仲良く風呂へと入る。

 そうして就寝の準備が完了したところで、2つのコアは睡眠という自己診断を開始したのであった。

 

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 鈍を反射する海面は、穏やかな風を受けて僅かに波立つ。

 月下の海上を浮上航行するのは1隻の潜水艦で、全長は120mを越え、その船体は大日本帝国海軍の伊号四○○型潜水艦に酷似している。

 船体はうっすらと赤みを帯びており、驚くほど静かに海面を切り分け進んでいた。

 

「…………」

 

 甲板の手すりに両腕を乗せ風に髪を流すのは1人の少女。

 綺麗な銀髪を左右でシニョンにまとめている。

 表情を浮かべず、なだらかな胸を上下させ潮風を吸い込む少女が目指すのは遥か遠方の壁の向こう。

 

「……402」

 

 そう呟く少女の瞳には、何も映っていなかった。

 




オフシャルアーカイブがやっと買えて、各艦船の詳細スペックが見れて大満足です。
更新はまた来月中にでも。
誤字脱字の指摘・感想等なんでもどうぞ。
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