イ号潜水艦の日常   作:もっちー太郎

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任務:12日目

 

 ドアノブを捻り、一歩足を外に出したところでふと、402は部屋のなかを見た。

 放置された廃墟群の中から少女を助けたお礼としてこの部屋を格安で提供してもらって以来、ずっとこの部屋で暮らしてきた402。

 最初はただ畳の上に机が置いてあるだけの粗樸な部屋だったが、今では部屋の端から端に渡された棒に様々な服が吊るされていたり、通信機器や食料・医療品などまで床に溢れている。

 台所の棚には調理器具や食器・調味料が並んでいるし、壁際には畳まれた布団もあり、これは先日ズイカクと共に購入したものである。

 

「……もう、だいぶだな」

 

 総旗艦ヤマトからの命を受け402がこの横須賀にやってきて、すでに3ヵ月が過ぎようとしている。

 

 途中までタイゲイに付き添われるようにしてこの横須賀まで来た402だが、はじめのころは見当違いの服装をして人々の視線を集めたり、402を心配する人間の心情が理解できず適当な応答ができないこともあった。

 

 情報収集と称していろいろな場所を巡っていく中で、人や物から多様な何かを観測し、それについて思考する中で、理解できるようになった事柄もあれば、未だエラーをして吐き出してしまうこともある。

 

 数ヵ月前とは確実に変わってきているものの、それが霧にとって間違った、いわゆる「バグ」だとは402は思わない。むしろこの変化こそが霧にとっての「進化」なのだと、そう402は思えるようになってきたのだ。

 

 変化を否定するのではなく、変化を受け入れる。

 

 以前の402であれば、変化をイコールで不具合であると判断し、修正していただろう。それこそ必要以上に401に固執するコンゴウを旗艦から解任し、拘束したうえで、剰え監視ユニットの存在を告げたように。

 

 結果としてコンゴウの思考にはバグが蓄積されていき、霧にとって最悪な形で解放されてしまった。

 

 もしもあの時、402や400がコンゴウの心情を察し、違った対応をしていれば、恐らくああした結果にはならなかったであろうと、今の402には思えてしまう。

 

 そして、あの場面でコンゴウを旗艦から解き、拘束し、さらに監視ユニットの存在を告げることをヤマトは望んでいなかったであろうとも、今なら理解できるのだ。

 

 あの時の402には理解できずとも、今の、様々な感情を直接感じ取った402なら理解できる。

 

 そのための身体なのだと。

 そのために作ったメンタルモデルなのだと。

 

「あなたは……、いったいどこまで見えているのだ」

 

 部屋の入り口からカーテンの向こうを見据える402。

 

 その瞳は、太平洋のどこかを航行する一隻の戦艦を探しているようであった。

 

 

 

     ▽     ▽     ▽

 

 

 

「くしゅん」

 

 白いハンカチを口に当て、随分と控えめなくしゃみをするのは、霧の艦隊総旗艦である超戦艦ヤマト。

 

 甲板に立つ彼女に吹く海風は刺すように冷たく、人間であればかなりの厚着をしていないと耐えられないほどである。しかしメンタルモデルであれば任意で感覚のシミュレートをカットできるので、まったく寒さを感じることなく、それこそ余裕の笑顔を浮かべたまま全裸で甲板に仁王立ちすることもできる。

 

 それなのにどうしてくしゃみをしたのかといえば、ただ単に人間ならそうするという理由だけで、別段深い理由があるというわけではない。

 

「いやー、それはどうかなヤマト。ただ単に太ってるから寒くないだけじゃないの」

 

 ヤマトの後方からにやにやと笑いつつ歩み寄ってくるのは、服装以外全く同じな外見をしたもう一人のメンタルモデルであるコトノ。

 

 コトノはそう言ってヤマトをからかうが、ヤマトの身体を見ても太っているという印象はなく、この身体を構成するにあたってモデルにした人物は十代後半という年齢であるから、この体型は年相応といえるだろう。

 

 むしろこれより痩せていたら少し食べたほうがいいんじゃないかと心配したくなるほどであるし、女性を模している以上痩せすぎよりも少し肉がついている方が健康的に見える。

 

「そもそもコトノ。あなたと私は同じデータに基づいてメンタルモデルを構成しているんですから、私が太っているというならあなたもということになりますよ」

 

 笑顔のまま言葉を返すヤマトであるが、その語調には若干熱がこもっているように聞こえる。

 

「だいたい、太っているからと言って寒さを感じないわけではないですし、あなたの理論でいうなら、今、服の露出が多いのはあなたの方であって、それでも平気そうにしているあなたのほうが寒さに強い=デブという事になると思いますが」

 

 そういうヤマトの服装は、厚手のロングドレスにボレロを羽織るというもので、肌が露出している部分は首から上と手元しかない。対するコトノは、上半身こそブレザーの上からカーディガンを羽織っているものの、下半身は膝上十五センチというかなり短いスカートを穿いており、見ているだけでも寒い。

 

「……。ちょっと、デブは言いすぎじゃないの?」

 

「最初に振ってきたのはあなたでしょうに」

 

「…………」

 

「…………」

 

 互いに無言で見つめ合う二人。

 

 それぞれの背後にそびえる45口径46cm3連装砲が回塔し始めたかと思うと、第三砲塔がヤマトを、第一砲塔がコトノをその弾道上に捉える。ふたりとも砲身の先に艦橋があることもまったく気にしていないようで、いつ発射されてもおかしくない謎の緊張感の中、急速に近づきつつある雨雲の中で一瞬、光が一太刀瞬き、数秒後に空気を揺らすような雷鳴が轟いた。

 

『総旗艦、侵入者です』

 

 その時、薄氷を踏むような危うげな状況の最中、ヤマトの元に概念伝達による通信が入る。

 

 実体弾を発射する通常形態から、レーザーを撃つために変形していた砲塔は一時的に構成をもとへと戻し、ヤマトに習うようにして、コトノも自身がコントロールしていた第三砲塔を通常形態へと戻す。

 

 コトノはヤマトに対してどうぞというように手のひらを上にして差し出し、それを見たヤマトは小さく頷くとチャンネルを開いた。

 

『詳細を』

 

『哨戒海域に未確認の重力子反応を探知。反応のパターンから見て潜航艦だと思われます』

 

 通信の相手は、イ400型に変わってヤマト周辺海域の哨戒活動を行っているイ13型潜水艦の2番艦、イ14だ。

 

 ここでいう潜航艦とは、いわゆる潜水艦のことで、ひとえに重力子機関と言っても船体によって搭載している機関に違いがあるので、その機関の微細な反応の差を解析することである程度艦種を特定することができるのだ。

 

『未確認、ということは登録されているこちらの霧ではないわね。恐らくあちら側の霧でしょう。アイオワ辺りが差し向けたんだと思うわ』

 

『沈めますか?』

 

『その必要はないわ。あなたはそのまま観測監視。動きがあれば随時報告を』

 

『承知いたしました。それでは失礼します』

 

 14側から通信が切られ、ヤマトは意識を現実へと戻す。

 

 0.1秒にも満たない通信の間にコトノは既にヤマトの隣まで距離を詰めており、相変わらずの楽しげな表情を浮かべたまま覗き込むようにヤマトの顔を見ていた。

 

「いいの、ほっといて?」

 

 ヤマトとコトノは思考やメンタルモデルこそ独立しているものの、もととなっているデルタコアはひとつのコアなので、あらゆる情報を共有している。ヤマトが見聞きした情報をそのままコトノが自分の情報として認識することもできるのだ。

 

「いいのよ。彼女の部下である潜水艦隊は優秀よ。その気になれば見つからずにいられたはず。これは誘っているのよ。でもわざわざ誘いに乗るほど今の私は暇じゃないわ」

 

 海風に煽られ、栗色の髪がヤマトの眼前で揺れる。その表情はほとんど無表情になっており、そこから発せられる言葉にも感情を探し出すことはできない。

 

「……あんまりいじめちゃだめよ、ヤマト。メンタルモデルを持った霧は、まだ強くないんだから」

 

 コトノの脳裏に浮かぶのは、今もどこかの海を彷徨っているであろう黒の霧であった。

 

 

 

     ▽     ▽     ▽

 

 

 

 402には、最近できたお気に入りの場所がある。

 

 それは小さな喫茶店で、カウンターが4席にボックス席が3席と、本当に小さい。

 

 今では廃線となっている旧京急本線が近くに通っており、窓際の席からは海面上昇によって迫ってきた海を見渡すことができる。さらにその向こうには巨大な壁までもを見ることができ、402はなんとなくあの壁が好きなのだ。

 

「お待たせしました」

 

 402が座るのは入口から見て一番奥にある二人用のボックス席で、いつもは一人だがいつかは別な誰かとも来たいと考えている。そんな402が今日注文したのはミルクセーキとフレンチトーストで、402がここを気に入った理由はこのメニューにあった。

 

 現代の日本は深刻な食糧難というのが現状で、多くの一般市民は政府により配給される食料に頼っている。その食料もほとんどが小麦粉などが原材料となる合成食品で、一見肉に見える料理があっても、それは化学薬品により色や味・栄養が調整された小麦粉の練り物でしかなく、本物の食材による料理にありつける機会はそうそうない。

 

 本物の材料が使われた料理を食べることができるのは一部の政治家や軍関係者のみで、多くの市民はなにかもわからないまがい物で舌を誤魔化しているというのが、今の日本なのだ。

 

 しかしこの喫茶店は、どういうルートで手に入れているのか本物の材料を使用しているらしく、メインとなる肉や魚、付け合わせの野菜などどれをスキャンしても、天然の食材らしいのだ。

 

 しかも値段に関しても一品500円程度とかなり低価格であり、この店を見つけて以降食材や味覚のデータを取るという建前の元ちょくちょく通っているのである。

 

 402は、テーブルに置かれた皿とコップをスキャニングすると使用素材のデータを取得。両手を合わせ小さな声でいただきますというと、ナイフとフォークを手に取り、トーストの解体作業に掛かった。 

 

 まずは一口大に切り分け、フォークを使いメープルシロップを絡める。次にティースプーンを使いミルクセーキの上に浮かべられたバニラアイスを少しだけすくうと、熱々のトーストの上に乗せた。

 

 これは前回来た時に覚えた食べ方で、402にとってもお気に入りの食べ方である。

 

 フレンチトーストの熱さと、バニラアイスの冷たさ、両方の甘みが口の中で交わり、何とも言えない不思議な感覚となるのである。

 

「……おいしい」

 

 呟きつつ手を動かす速度が速まる。

 

 そうして10分ほどの時間をかけて料理を完食した402は、テーブルの端に置かれたナプキンで口元を拭うと、人類の習慣に習ってごちそうさまと口にした。

 

「…………」

 

 伝票立てから紙を抜き取ると、支払金額の確認をする402。ミルクセーキ470円に、アイスのトッピングでプラス50円。フレンチトーストは630円で、合計金額は1150円だった。

 

 愛用しているがま口の財布を開くと、中には千円札が2枚と計700円分の小銭。ここの支払いにはまったく困らない金額が入っている。

 

「うむ……」

 

 逡巡するように小さな唸りを上げる402。しばらくして手を伸ばしたかと思うと、メニューを手に取り睨みつけるような勢いでとあるページを凝視し始めた。

 

「お金は……あるが……」

 

 402が見ているのはテイクアウト用のページで、とある人物もといメンタルモデルに、お土産としてなにか買っていこうと考えているのだ。

 

 しかしと、402は考える。

 

 今現在その相手が太平洋のどこかにいることはわかっているものの、詳細位置まではわからない。生ものでは持っていくまでにダメになってしまうであろうし、最低でも冷蔵庫管理で3日は持つものが望ましいのだ。

 

 それに、そもそも誰かになにかをプレゼントするということ自体402にとっては未知の領域であり(コンゴウに偽物の“トモダチ”をプレゼントし絶望の底に叩き落としたことはあるが)、どういうものを、どういう顔で持っていけばいいのか、まったくわからないのである。

 

「……まあ」

 

 悶々と5分にわたって思考を巡らせた挙句、402は思い至る。

 

「あの方なら……何をあげても喜んでくれるか」

 

 402は店員に声をかけると、合計で1850円の支払いを済ませたのであった。

 

 

 

     ▽     ▽     ▽

 

 

 

 北太平洋洋上。

 

 ミッドウェー諸島から北西に200キロメートルの海上を、一隻の戦艦が航行している。

 

 青い空と相いれない黒の船体に、輝く紫色の模様。白波を引き裂きつつ速力40ノットで進むその戦艦は、大戦艦コンゴウ。

 

 かつて東洋方面第一巡航艦隊旗艦として、自身の存在意義をアドミラリティ・コードに縛りつけられてきた彼女は、今では艦隊旗艦から解任され、各種権限を剥奪され、あてもなく広い海原を彷徨っている。

 

 寒空の下、甲板で風を受ける彼女は、しかしどうしてかどこか楽しげな表情を浮かべており、おもむろに胸の前まで腕を上げると、自身の手のひらをじっと見つめる。

 

 その瞳には以前のような険しさを連想させる光は灯っておらず、どこかいい意味で落ち着いたような印象を受ける。しばらくそうして見つめていたコンゴウは、さっと手を下ろすと、その場でくるりとまわり背後に置かれたトイピアノに視線を移す。

 そのピアノの前に記憶の中の思い出を重ねて、思わずこぼれたような小さな笑みを見せた。

 

 その時。

 

 突如警告を知らせるビープ音が鳴り響き、同時にコンゴウの周囲を回るようにしてデータ環が展開、正面に周辺海域の俯瞰地図が映し出される。

 

「……来たか」

 

 映されたのは大小様々な重力子反応で、綺麗な輪形陣を組んでコンゴウのいる方向へと向かってきている。確認できる総艦艇数は計5隻だが、海中にはコンゴウでも探知しきれない複数の潜水艦が潜んでいるであろう。

 

 コンゴウは即座に戦闘態勢に移行。

 

 来るべき戦闘に備え重力子機関の出力調整を開始した。

 

 

 

     ▽     ▽     ▽

 

 

 

 西洋方面第一巡航艦隊第一戦闘部隊。

 

 艦隊内部に複数ある任務部隊のうち、もっとも好戦的で戦闘能力の高い部隊であり、部隊の司令役はレキシントンが行っていたが、現在彼女は船体の再構成中であるためかわりにホーネットが部隊の統率を執り行っている。

 

 陣形中央には海域強襲制圧艦『ホーネット』。ホーネットの前に陣取るのは重巡洋艦『ボルチアナ』。ホーネットを護衛するように左右についているのは駆逐艦『ルース』と『ロウ』。海中には潜水艦『アトゥル』と『スポット』が静かに潜航しており、後方には1隻の戦艦が控え、名前を『アイオワ』。

 

 本来この位置には補給艦がいるはずであったが、アイオワが必要ないと判断したのだ。

 

 なぜなら補給が必要になるほど戦闘が長引く可能性はゼロだからである。

 

 戦闘部隊の全戦力をもってコンゴウを沈め、先の戦闘で沈んだ仲間たちの元へと大戦艦『コンゴウ』のユニオンコアの残骸を持ち帰る。

 

「全艦戦闘配備……。火器に火を入れろ」

 

 アイオワは短く、そう言った。

 

 




だいぶ間が空いてしまいました。
ほんとうならここまで長引く予定ではなかったのですが、人生何が起こるかわからないものです。

402は相変わらず陸を楽しんでますが、コンゴウさんは大ピンチですね。まあ自業自得ですが。
400は次回あたり出てくると思います。というかもうそろそろ最終回になるかも。
更新は気長にお待ちください。
それでは。

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