イ号潜水艦の日常   作:もっちー太郎

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任務:2日目

―神奈川県三浦市沖・洋上20㎞-

 

 

 

「402。船体のナノマテリアルの補給終了しました。イニシャライズは完了してますので、あとはお好きにどうぞ」

 

 照り付ける日差しの下、吹き付ける潮風に髪をなびかせながら、黒髪の少女がほほ笑んだ。

 

 彼女は潜水母艦タイゲイのメンタルモデルであり、コトノからの命を受け402をここまで運ぶとともに失われた分のナノマテリアルの補給を行ったのだ。

 

 全長200mを越える船体を有し、中央には巨大な煙突。さらに大小さまざまな作業用のクレーンが取り付けられ、船体のほとんどは格納スペースとなっている。

 

 本来の潜水母艦の主な任務は、世界中の海域で諜報活動をする潜水艦の燃料や各種弾薬、食料・日用必需品の補給と、簡単な補修・整備。だが霧の艦艇に食料などは必要ないため、タイゲイの任務は損失したナノマテリアル及び浸食弾頭兵器の補充である。

 

「ありがとう。助かったよタイゲイ。私はこれから船体を復元して横須賀に向かう。お前は任務に戻れ」

 

「はーい。それじゃね、402。楽しんできてね」

 

「……これは任務であって、」

 

「まあまあ、それじゃね。機関最大!」

 

 402の言葉を最後まで聞かずに、タイゲイは来た方角へと引き返していく。洋上に取り残された402はしばらく彼女を見送った後、若干ため息交じりに船体の復元を開始した。

 

 まずはブリッジや機関室といったバイタルパートから再構成し、そのあとに船体全体を再構成する。最後に強制波動装甲を船体全体に展開し完了となる。この装甲は、霧が持つ技術の中でも特に重要なもので、これがなければ霧は人類の攻撃すら防ぐことはできない。

 

 霧が霧として圧倒的な戦力で人類を海洋から駆逐できたのは、この強制波動装甲のおかげと言っても過言ではないのだ。

 

『402から総旗艦。船体の再構成、完了しました』

 

『そう。なら陸へ上がるといいわ。楽しんでらっしゃい』

 

『総旗艦、あなたまで、』

 

『それじゃあ。私はこれからコトノとお茶するから』

 

 そうして概念伝達は一方的に切断される。1人潜水艦イ号402の甲板に立つ402は、要塞港・横須賀へと視線を向けるのであった。

 

 

 

 

 

―横須賀港・外縁部―

 

 

 

 見上げる空はその半分が壁に隠れ、圧倒的な違和感を漂わせている。この壁は人類が建造したもので、霧の攻撃を防ぐとともに来るべき大反抗のための象徴的な意味合いもあるものだ。

 

「まあ、本当に意味があるとは言いがたいがな」

 

 少し視線をずらすと、その防護壁には巨大な穴が開き、今も塞がっていない。この穴は大戦艦ハルナ・キリシマによって開けられたもので、特別な攻撃ではなく、あくまで霧の通常攻撃によって開けられたものである。

 

「莫大な資金と時間を費やし作られたものがこの有様ではな。私が人類だったとしたら悲観に暮れていたのだろうか」

 

 さして表情を変えるでもなく、ただ見つめる402。その壁の穴になにか思うのかもしれない。

 

「さて。任務としては人類側の情報収集だったか。まずは何からするべきかな」

 

 402は首を振って周囲を見回す。視界に入るのは大小様々な露店と地面を這うように伸びる配電線。行き交う人々は忙しそうに急いでいるようだが、どこか楽しそうでもある。

 

 しばらく道なりに歩く402。だがそこで、すれ違う人間の違和感に気が付いた。

 

「……見られている?」

 

 道を歩く402。そんな彼女を、すれ違う人々は視線で追っているのだ。意識してか、それとも無意識か。どちらにせよ諜報活動をするにあたって人類に注目を浴びることはあまりよくない。

 

『なぜだ? 私のメンタルモデルは一般的な人類と変わらないはず。奇異の目で見られるような外見的特徴はないはずなのに』

 

 そうしてしばらく周囲の人間を観察し視線の原因を検索する402。10秒ほどが経過したところで、

 

「……そうか」

 

 ぽつりと呟き、402は自身の腕を伸ばしてみる。着ているのはブラウンのピーコートで、人類はこの服装を冬季にするらしい。けれど現在の季節は夏。夏場なのにその場に合わない服装をしていたせいで、402は要らぬ注目を集めていたのだ。

 

「勉強不足だな……。どこか人のいない場所へ行って着替えるとしよう」

 

 402はその場でくるりと回ると、小走りで駆けだした。しかしこの付近は人が多く、なかなか人目のない場所に出られない。いっそ海中に待機させている船体に戻ろうかとも考えたが、今は昼間であるので誰かに見られないとも限らない。

 

「お? お嬢ちゃん」

 

 その時、脇の露店から402を呼ぶ声が。立ち止まって声の方向くと、1人の男が402を見て手招きしている。

 

「なんだ?」

 

「お嬢ちゃん、そんな恰好で暑くないのか? せっかく若いのに汗かいてちゃもったいないよ。うちでシャワー貸すから寄っていきな、500円にまけとくから」

 

「お金を取るのか」

 

「? そりゃあ今じゃ水も貴重だ。湯にするのにだって電気が必要だしな」

 

「いや、私は、」

 

 断ろうとする402。第一汗など一切かいていないのだ。人体の代謝をシミュレートすることで意図的に汗をかくことは可能だが、そうする理由がないし、無駄に演算リソースを割こうとも思えない。

 

 が、そこである考えが浮かんだ。人類の生活習慣を検索した結果、シャワーというのは水を浴びて身体を洗浄する行為らしい。一般的にそれは区切られた個室で行われるので、服装を変えるのに丁度いいと考えたのだ。

 

「……では少しだけ借りるとしよう」

 

 402は上着のポケットからポーチを取り出すと、中に入っていた財布を引っ張り出す。

 

「500円は……これでいいのか?」

 

 くすんだ硬貨を1枚つまみ上げると、露店の店主に渡す。これは事前にヤマトから渡されていたもので、402はナノマテリアルで作れるのでいいと言ったのだが、それではダメだと無理やり持たされたのだ。どうやら人類が製造した本物の貨幣らしい。

 

「はい。確かに。シャワーは店の奥だから」

 

「うん。それとな店主」

 

 指をさして402を奥へと案内する店主に、低いトーンで語り掛ける。

 

「覗いたら、吹き飛ばすから」

 

 402の外見に似ても似つかない威圧的な態度に、店主はごくりと喉を鳴らした。

 

 

     ▽     ▽     ▽     ▽

 

 

「じ、じゃあタオルはここに置いとくから」

 

「ありがとう」

 

 402は仕切りの向こう側へと入ると、身に着けていた上着や下着を脱ぎだす。ナノマテリアル製であればわざわざ脱がなくとも、構成を解除するだけでいいのだが、この服もヤマトの意向で人類製のものを着用しているためすべて自分の手で脱がなくてはならない。

 

 服を畳むとかごに入れ、曇りガラスの戸を開ける。中は1畳の半分ほどの広さで、あるものはシャワーと各種洗剤、あと壁に鏡がかけられているだけだ。

 

「浴びなくても着替えられればそれでいいのだが……。お金も払ったことだし任務の一環として浴びていくか」

 

 ヒタヒタとタイルの上を402の足裏が舐める。まず赤い方の蛇口を捻り、次に青い蛇口を捻る。しばらくすると適温になり、シャワーヘッドからお湯が出始めた。

 

「……。そういえば水で溢れる海洋にいたのに、こうして水をわざわざ浴びるのは初めてだ。しかも真水で暖かい」

 

 402は長い銀髪を濡らすと、棚に置かれた容器に目を移す。

 

「シャン……プー? これでいいのか」

 

 ポンプを押し適量を掌にとって髪になじます。泡を立てて髪全体を包み、湯で流す。

 

 コンディショナーも試す402だが、なかなか洗い流せず苦労した。最後にボディーソープで全身を洗い、シャワーから出た頃には全身が温まり、白い髪や水を弾く肌からはいい匂いが漂っていた。

 

「さて。初体験も済ませたことだし、この季節でも違和感のない服装を考えなければ」

 

 入口に置かれていたタオルで身体を拭きつつ、402は人類の服飾データを検索し始める。

 

『私のメンタルモデルの外見は15歳で性別は女。季節も考慮して違和感のない服装となると……これか?』

 

 402の周りを回るようにしてデータ環が展開される。ヤマトであればお金を払って本物を買えと言うであろうが、この際仕方ない。きちんとした服は後々購入するとして、今は諜報活動に支障のない服装にしなくてはならないのだ。

 

 データ環の回転が早まり徐々に閃光が溢れはじめる。だがそれはすぐに収まり、つい一瞬前まで全裸であった402は、年相応の夏らしい服装に包まれていた。

 

 二の腕まで隠れた膝丈のチュニック。夏ということで下半身は足がむき出しで、チュニックで隠れた中には黒のショートパンツを穿いている。足元は水色のミュールを履いており、いかにも夏らしい服装となっている。

 

「違和感は……ないな。動きの邪魔もしないし、あとは」

 

 そこで402はここへ来るまでに通ってきた道を思い出す。

 

 先ほどは気にしていなかったが、街の上空にはプローブが飛んでいたのだ。恐らくは統制軍が飛ばしている監視用の無人プローブなのだろうが、402の外見は服装以外にも髪色など目立つ箇所がいくつかある。それを隠す意味で、なにか首などに巻くものが欲しかったのだ。

 

「……これでいいか」

 

 402がナノマテリアルで再現したのは、淡いオレンジ色のストールで、これによってある程度髪と表情を隠すことができるかもしれない。ただ気休め程度のものなので、過度の期待は禁物である。

 

「まあいざとなれば人類のネットワークに侵入して情報を消して回ることくらいはできるか」

 

 と言っても本当に重要なデータはスタンドアローン化されたサーバーに保存されているため、霧の技術をもってしても閲覧・削除できないデータは存在する。

 

「しかし、服はこれでいいだろう。シャワーも浴びたし料金分以上の収穫はあった」

 

 402は濡れたタオルと着ていた冬服を腕に抱えながら仕切りをはぐる。椅子に座りながら何やら書籍を読んでいた店主は、402の姿を見て不思議そうな表情を浮かべた。

 

「お嬢ちゃん、そんな服だったか?」

 

「着替えたんだ。暑いからな」

 

「でも着替えの服を持ってるようには見えなか、」

 

「シャワーありがとう。これ、タオルとこの服はもういらないんだがどうしようかな」

 

「ん? それもう着ないのか? だったら俺に譲ってくれ。着れなくても売ることはできる」

 

 店主はそう言いつつ、腕を伸ばしてくる。特に断る理由もない402は借りていたタオルと、先ほどまで着ていた服を手渡した。

 

「ありがとよ。お礼と言っちゃなんだが、これやるよ」

 

 店主が差し出してきたのはくたびれた感じの小冊子。ところどころ破れており、かなり古い物らしい。

 

「お嬢ちゃんここらじゃ見ないから、田舎から出てきたばっかなんだろ? これはこの辺の地図だ。ちょっと古いが少しは役に立つだろうよ」

 

 402は礼を言いつつ受け取ると、店の出口の方まで歩く。

 

「じゃあなお嬢ちゃん。夏場は熱中症に気をつけな。またいつでも来てくれていいから」

 

「ああ。また」

 

 店主の声を背中に受けつつ402は歩き出す。

 

 どこかで鳴く蝉の声が、彼女の思考を満たしていった。

 

 

     ▽     ▽     ▽     ▽

 

 

『402から総旗艦。戦術ネットワークに3時間分の獲得経験をアップロードしました』

 

『了解。確認したわ。どうだった?』

 

『……暑いし疲れた、のだと思います。でも、』

 

『でも?』

 

『悪くは、なかったです。陸も』




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