イ号潜水艦の日常   作:もっちー太郎

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大海戦が7年前となっているのは、アニメ版の世界を基準にしているからです。


任務:3日目

―イ号402ブリッジ内―

 

 

 正面のモニターには現在地の海図と索敵状況・時刻が表示されている。機関は完全には停止せず、いつでも動かせるようステルスモードで停泊していた。

 

「……朝か」

 

 ブリッジ中央、複数のリングが連なる空間の中に402は浮かんでいた。

 

 霧のメンタルモデルに「眠る」必要はなく、今まで402が行っていたのは自身のコアのスキャンである。目的としては感情シミュレートに不具合が生じていないかなどを一晩かけて徹底的に調べ上げるのだ。

 

 人間でいう「目覚め」に該当するのはコアの「覚醒」であり、覚醒するとスキャン中の情報はシークレットになる。もっとも、これは完全に消去されるわけではなく、あくまで隠されているだけなので、必要なアクセス権限を取得すれば情報へのアクセスも可能になる。

 

「今は……、午前4時半。まだ早いかな」

 

 ブリッジ内は暗く、モニターから発せられる緑色の光がうっすらと402を浮かび上がらせる。周囲はほとんど無音と言っていい状態で、微かにセンサー類のビープ音が響くだけだ。

 

「少し早いが、朝の街を見てみるのも悪くないか」

 

 重力を操作し床へと降り立つ402。昨日着ていた服をベースに若干のアレンジを加えると、静かにブリッジを後にした。

 

 

     ▽     ▽     ▽     ▽

 

 

 夏とはいえ、早朝は冷える。

 

 1人市街地へと繰り出した402であるが、これといった目的もないままのんびりと歩き、気が付けば港へと辿り着いていた。

 

 FRC製の防波堤の内側には数十隻の漁船が停泊し、しかしその光景には違和感を覚える。本来であればこの時間帯は漁に出ているはずなのだ。にもかかわらず漁船は縄でしばりつけられ、船底にも海藻や貝類が繁殖している。恐らく長い間動かされていないのだろう。

 

「……霧か」

 

 大海戦から7年。霧は海洋を完全に占有し、以降海洋進出を試みる人類を陸地に縛り続けてきた。

 

 陸地から近い海域での操業であれば霧は襲ってはこないが、ひとたび外洋に出れば日本沿いの太平洋を監視している霧の第二巡航艦隊に捕捉され、撃沈される。

 

 人類も死ぬと分かっていてわざわざ漁などできないのであろう。

 

「…………」

 

 塗装が剥がれ錆が剥き出しになったボラードに腰かけ、遠くの海を見つめる402。もう日は登り始めており、水面が反射する日の光を受けて、402の瞳が静かに輝いた。

 

「ニャーン」

 

 その時、何やら鳴き声が402の耳に届く。振り返ってみると、402の小さな両手にもすっぽり入ってしまいそうなほど小さな猫が一匹、ちょこんと座り込んでいたのだ。

 

 黒と白の体毛をした猫は、海にでも入ったのか全身の毛が尖って固まってしまっている。両目も目ヤニがひどく、あまりいい健康状態ではなさそうだ。

 

『ネコ。小型の哺乳類。人間に愛玩動物として飼われる場合が多いが、大海戦以降野生化した個体も多い』

 

 瞬時に検索をかける402。その間も猫は座り続け、じっと見上げている。

 

「大きさから見るに生後1ヶ月といったところか。ネコの繁殖期は春にもあるというしな」

 

 特に考えるでもなく、淡々と観察をする。402の活動対象は人間であって猫ではないのだ。

 

「痩せているようだな」

 

 しかしどうしてか猫が気になってしまう402。

 

 さらによく観察すると、子猫が呼吸をするたびに左右の肋骨がごろごろと動くのがわかる。手足も細いようだし、ここ数日何も食べていないのかもしれない。猫が絶食できるのはせいぜい48時間程度で、それ以上になると肝臓が急激に弱る場合があるのだ。

 

「……仕方ない。そこで待っていろ」

 

 ボラードから腰を上げると、402は猫に背を向け歩き出す。

 

 猫は402を追いかけるでもなく、ただその場で鳴いているだけであった。

 

 

 

     ▽     ▽     ▽     ▽

 

 

「さて困ったぞ」

 

 腕を組みつつ考える402。

 

 あの猫は恐らく飢餓状態なのだろうが、分け与える食べ物がないのだ。人間の闇市で購入してもいいが、店が開くのはあと数時間先だろうし、そもそも売られているのは人間用であって、猫用の食料があるとは考えにくい。

 

 最悪ナノマテリアルで食料を作るという手段もあるが、ナノマテリアル製の合成食料が猫にどんな影響を与えるかわからない。悪影響がないとしてもなるべく避けるべきだろう。

 

「ここは海に潜って魚でも捕まえるか。では取りあえず艦に戻って」

 

 と歩き出す402。

 

 だが歩みはすぐに止まり、

 

「いや、もう日が昇り人間が活動を開始しているか」

 

 今402の船体は湾内の海底に停泊してあるのだ。人類の索敵を欺く手段があるとはいえ、あまり動くのは気が進まない。できるなら船体は動かしたくないのだ。

 

「メンタルモデル単体でも潜航は可能だがな」

 

 402は周囲を見渡し、近くに人間がいないのを確認すると、データ環を展開、着ていた服を再構成し始めた。一瞬光に包まれた後、402はなぜかスクール水着を着用。しかも上下で分離している旧タイプの水着だ。

 

「人類の服飾史ではこれがベストらしいが……。動きやすいし問題ないか」

 

 402はボラードに立って軽くストレッチをすると、足元を蹴って水中へと飛び込む。ゴーグル等を着けていなくとも彼女の視界はクリアに確保され、ついでに視界内の生体反応も感知できる。

 

 泳ぎながらナノマテリアルを使用し銛と網を作り出すと、まずは最初の標的に狙いを定める

 

「……クロダイか。獲物として不足はない」

 

 なるべく水を動かさないようにして無音潜航。銛を持った右手を静かに引き、そして一気に標的めがけて突き出した。銛は狙い通りクロダイの胴を貫き、銛の先では逃れようとクロダイがもがいている。

 

 402は網の中に獲物を収納すると、静かに次の標的の索敵を開始した。

 

 

 

     ▽     ▽     ▽     ▽

 

 

 30分後。

 

 港には巨大な網を背負ってスク水を着た402の姿があった。

 

 疲れた表情を一切見せず、右手に網、左手に銛。彼女が歩いた後には海水で黒いしみができ、背中に朝日を受けて異様な雰囲気を漂わせていた。

 

「お、おいおい君! どうしたんだ」

 

 そこに偶然通りかかった街の住民が駆け寄ってくる。中学生くらいの少女が早朝に巨大な網を背負って港を歩いていては無理もないだろう。

 

「いや、少し早起きをしてしまって」

 

 言い訳が思いつかず適当にはぐらかす402。だが男は心配そうな表情を浮かべ、肩にかけていたタオルを渡してくる。

 

「危ないよ。港の中とは言え、いつ霧が来ないとも限らない。君ぐらいの年の子は知らないだろうけど、数年前には何十万人もの人間が霧に殺されたんだ」

 

 男は少し怒っているようであった。402は不思議に思い、男に問いかける。

 

「なにをそんなに怒っている? お前には関係のないことだろう」

 

「怒ってるんじゃない、心配してるんだよ。それに他人事じゃないよ。同じ街に住む者同士なんだから」

 

「……心配か。人間の感情にもいろいろなパターンがある」

 

「? なに?」

 

「いいや、なんでも。それより心配感謝する。確かに海は危険だ。お前は絶対に海に出るなよ。あとこれは諸々の礼だ。少し獲りすぎてしまってな」

 

 402は担いでいた網を地面に下ろすと、口を開いて中身を男に見せる。

 

「こんな、どうやって……。沖に行かないと獲れないようなのまでいるし」

 

 男は驚いた表情で網の中身を見る。

 

 本当のところ402は湾内だけでは飽き足らず、霧の警戒海域にまで出向いて魚を獲っていたのだ。当然今となっては人間が獲れないような種類の魚までいる。

 

 猫の分だけでいいのに、つい熱が入りすぎてしまった結果である。

 

「たまたま獲れたんだ。私は1、2匹残ればいいからあとはお前にやろう」

 

「でもそんな。今じゃ魚もそれなりに貴重なんだ。タダってわけには……」

 

「気が進まないというのであれば、この2匹の魚を捌いてくれればいい。それで代金としよう」

 

 402は網の中から適当に2匹選ぶと尻尾を持って男に渡す。男もそれを了承したのか、「ちょっとまってて」と言い残しその場から走り去った。

 

 残されたのは数百匹の魚が入った網と、水着姿の402。

 

 10分ほど経ったころに半透明のタッパーを持った先ほどの男がやってきた。

 

 402が中を覗くと、綺麗に二枚に下ろされた魚が。背骨や小骨も取り除かれている。

 

「ありがとう。お代はこれでいい。ほら、持っていけ」

 

 口を縛りなおした網を男に渡すと、交換するようにタッパーを受け取る。その後二言三言言葉を交わした後、男は網を担いで何度も礼を言いながら港を去った。

 

「……人間の相手をするのも疲れるな」

 

 いつの間にか水着は乾き、街にも人の声が響きだす。

 

 402はタッパーを手に、猫が待つ場所へと歩き出した。

 

 

 

     ▽     ▽     ▽     ▽

 

 

 

「あれ、昨日のお嬢ちゃん」

 

 数時間後。

 

 すっかり日は登りすでにお昼を迎えようとしている時刻。402は再びシャワーを浴びに来ていた。

 

 人間であれば海に入った後は真水で洗い流さなければベタベタと気持ち悪いが、402の場合は一度体表を再構成すればそれでいい。しかしそれならなぜまた来たのかといえば。

 

「ニャー」

 

 402の足元。そこには黒白の子猫が座っていて、402の足首に顔を撫でつけていた。

 

 猫はまだ痩せているが、何か食べたのかお腹は膨れている。口の周りには血のようなものが付いていて、恐らく魚でも食べたのであろう。

 

「これを洗ってやりたい。お金なら払うぞ」

 

 402は財布から錆びた500円硬貨を取り出し、店主もそれを受け取る。

 

「いいぜ。入っといで。出るとき毛なんかは流しといてな」

 

「わかった」

 

 足元の子猫が小さく鳴く。402はしゃがむと、男に貰ったタオルに子猫を包んで抱き上げ店の奥へと消えていった。

 

 

 

     ▽     ▽     ▽     ▽

 

 

 

『402から総旗艦。戦術ネットワークに9時間分の獲得経験をアップロードしました』

 

『了解。確認したわ。もう陸には慣れたかしら』

 

『ある程度は』

 

『そう。ならよかった』

 

『それでは』

 

『…………』

 

『……どうかされましたか?』

 

『いえ、なんでも?』




誤字脱字の指摘・感想等なんでもどうぞ。

次回はズイカクの話になるかもです。
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