イ号潜水艦の日常   作:もっちー太郎

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ズイカクが横須賀に来る前、オホーツク海にいた頃の話です。
原作でも名前しか出てこないショウカクが出てきますが、口調など作者の独自設定ですのでご了承ください。



任務:3.5日目

 国後島から北に150㎞。

 

 流氷漂う極寒の洋上に、二隻の巨大軍艦が浮かんでいた。

 

 一隻は「ショウカク」。もう一隻は「ズイカク」。

 

 ともに旧帝国海軍の翔鶴型航空母艦を模した霧の艦艇で、霧の東洋方面第二巡航艦隊旗艦「ナガト」麾下の海域強襲制圧艦である。

 

 二隻は旗艦「ナガト」の命でこのオホーツク海に展開しているのだが、展開が完了してから既に数ヵ月が経過。新たな命令は一切来ず、二隻の他には誰もいない。

 

『姉様……。今日も1日なにもせずゴロゴロするのか』

 

 ズイカクは自身の甲板に設置したちゃぶ台の前に座り、離れた位置に展開している姉のショウカクに話しかける。これだけ離れていても会話ができるのは概念伝達のおかげである。

 

『し、しょーがないでしょ! 命令こないんだから。私だって命令さえあればバリバリ働くんだからね』

 

 返事はすぐに来て、ズイカクはため息を吐く。メンタルモデルを形成して時間という概念を得て以来、長時間何もしないということにどうしようもない不満感を抱くのだ。以前であれば何ヵ月、何年であろうと余裕で待つことができたのに。

 

「メンタルモデルの形成もいいことばかりではないなあ」

 

 湯呑をすすりつつ再び吐くため息。ちゃぶ台の上には湯呑の他におかきの入った皿が乗せられており、ズイカクは1枚手に取ると口に放り込んだ。

 

『ちょっと……。なに1人で食べてんの? 私には?!』

 

「……うるさいなあ」

 

 概念伝達を使わず直接口に出して毒づくズイカク。ここ最近姉の相手も面倒だと感じるようになっている。

 

『構成データ送るから自分で作ってくれ』

 

 ズイカクはおかきのデータをネットワークにアップロードする。直後データはダウンロードされ、今頃離れた海域ではショウカクがナノマテリアル製のおかきを食べているのだろう。

 

 ズイカクはアップロード時に発行されるキーを使い、おかきのデータを削除。これはナガト達にサボっていると思われたくないからである。しかしこの場合二隻に命令を与えず放置しているナガトの方が、サボっていると言えるかもしれない。

 

「まあ何かしらの作戦行動中なんだろうけどな」

 

 座布団を何枚か並べて、その上に寝転ぶズイカク。見上げる空は厚い雲が覆い、まるで今のズイカクの心情を反映しているようである。

 

「……今夜は降るかな」

 

 ズイカクはちゃぶ台や座布団の構成を解除。湯呑と皿を両手に持って、1人ブリッジへと戻っていった。

 

 

 

     ▽     ▽     ▽     ▽

 

 

 

「ピーカンだー」

 

 翌日。

 

 釣竿とバケツをもって、ズイカクは甲板の縁に立っていた。

 

 昨夜は予想通り雨が降っていたのだが、今日は珍しく晴れた。ズイカクの趣味の1つに釣りがあり、今日はその釣りをしようということだった。

 

 折り畳み椅子を広げるとそのうえへ腰かけ、釣りの準備をする。魚を獲ろうと思えばもっと効率的な方法があるのだが、ズイカクは運の要素が高いこの方法が好きなのだ。

 

「今日は何が釣れるか。アイナメかマアジか。ブリも狙えるか」

 

 昨日の鬱屈とした表情とは違い、今日のズイカクは楽しそうである。きっと足元に置いた籠いっぱいに釣れるのを楽しみにしているのだろう。

 

『朝っぱらからなにしてんの』

 

 ショウカクが話しかけてくる。ズイカクは竿を握ったまま返答をした。

 

『釣りだよ。今日は晴れたからね』

 

『あんたは多趣味で羨ましいな』

 

『だったら姉様も何か好きなことでも見つければいいのに』

 

『ま、検討しとく』

 

 そこで概念伝達は途切れた。一方的な姉に若干イラつきつつも、気を取り直して海面に意識を向ける。そうしてどれほど経っただろうか、恐らくは3時間ほどなのだろうが、ズイカクは釣竿を甲板に放り出してうつ伏せになっていた。

 

「……釣れない」

 

 天気も良く海も穏やか。ついでに人類が海に出ないため魚も豊富。それなのに数時間経ってもまったく引きが来ず、釣れる気配がない。ついには竿を投げ出して伸びてしまったのだ。

 

「ナガトも魚も私を見捨ておってからに……。私が何をしたというのだ」

 

 涙目になりつつごろんと転がるズイカク。空には太陽と雲しかなく、陸から離れた沖合のため海鳥もいない。聞こえるのも船体に打ち付ける海水の音だけで、寂しいほど静かだ。

 

『ああ、姉様。私が何をしたというのだ』

 

 わざわざ概念伝達を使用しぼやくズイカク。誰でもいいから聞いてほしかったのだろう。

 

『え? 釣りしてたんでしょ?』

 

『……もういい』

 

『……なんだよ』

 

 姉との会話を打ち切り、じっと空を見つめるズイカク。いっそ衛星軌道上に残っている人類の衛星でも落としてやろうかと考えたが、特に意味もないのでやめておくことにした。

 

 ――――――――――

 ――――――――

 ――――――

 ――――

 ――

 

「……ん。寝ていた。いつのまに睡眠を実装したんだっけか」

 

 両目を擦りつつ上半身を起こすズイカク。太陽は真上に昇っており、もうお昼らしい。

 

「昼か。魚は釣れなかったし、干物でも焼くか」

 

 ズイカクは七輪を構成すると、ブリッジからアジの干物を持ってきて焼きだす。焼いている間に重力子機関を使って白米を急速炊きし、同時にわかめと豆腐の味噌汁を作った。

 

 数十分後にはちゃぶ台に和食の昼食が並び、いただきますと手を合わせると食事を開始する。いつもなら口を挟んでくるショウカクは、今日は静かだ。

 

「……ちょっと塩気が強いな。まあ米が進むしいいか」

 

 そうしてズイカクはゆったりと昼食を終え、その時海上レーダーに何かが捕捉された。

 

「敵か」

 

 ズイカクは調理器具や皿などの構成を解除し、警戒態勢に入る。

 

「パッシヴ・アクティヴともに海中の艦影なし。あの海上にいる一隻だけか」

 

 ズイカクから海上の艦影までは600㎞近く離れている。さらに付近にピケット艦はいないし、ショウカクからも離れているためため気づいているのはズイカクのみだろう。

 

「……霧ではないな。となると人間? あそこまでよく捕捉されなかったものだ」

 

 レーダーの艦影から推測される船体の大きさは全長12m程度。人類が使用する一般的な漁船よりも小型なもので、その大きさ故に警戒網を抜けられたのだろう。

 

「ヒュウガやタカオが人類側に与し、コンゴウも危険因子となっている今、網に穴が開くのも仕方のないことか。ここは私が直接行ってみるとしよう。機関始動」

 

 ズイカクは姉に気取られぬようゆっくりと航行を開始する。その間も艦影は捕捉し続けていたが、ほとんど場所が変化しない。もしかするとエンジントラブルでも起こしているのかもしれない。

 

 航行している間にも日は傾き、およそ2時間後の午後3時半前。ズイカクはようやく目的海域に到着した。付近に島嶼はなく、一番近い島までは60㎞。それも人間の住んでいない無人島だ。そんななにもない場所でいったい何をしていたのか。

 

 ズイカクは甲板から飛び降りると、重力を操作し海上に立つ。直線で200mの距離に漁船と思しき船体が浮かんでおり、あれがレーダーに捕捉された人類の船であろう。

 

 メンタルモデル単体で向かったのは要らぬ威圧をしないためであった。

 

「うー、これは」

 

 操舵室のガラスは割れており、船底部にもいくつか損傷が確認できる。エンジンは動いておらず、人影は認められない。夏場とは言えこの海域は荒れる日が多いのだ。こんな小さな漁船などひとたまりもないだろう。

 

「……一応中も見ておかないとな」

 

 漁船へと登ると、まずは操舵室に。しかしやはり人間はおらず、レーダーやソナーといった計器類も死んでいるようだ。ズイカクは操舵室を出て船尾へ。床にある水密扉を開くと、下へ続く階段を降る。

 

 内部は暗いがズイカクにははっきりと見え、やはり誰もいない。奥へ進むともう1枚の扉があり、これは機関室に繋がっているのだろう。同じようにして扉を開けると、中は燃料の臭気が満ち、壁にもたれるようにして誰かが座り込んでいた。

 

「……だ、だれ、……?」

 

 漁船の主が微かに声を漏らす。ズイカクは近くによりひざを折ると、顔を覗き込む。14歳ほどの男の子だ。言葉や外見から推測するに、アメリカ人らしい。

 

「大丈夫か? こんなところでなにをやっている」

 

「……日本へ……。父さんに会いに」

 

 ズイカクはネットワークに接続すると、少年の情報へとアクセスする。

 

『エリス・オルコット。アメリカ国籍。年齢14歳。男性。母親は小学校教師。父親は軍に所属。日本の在日米軍基地に勤務』

 

 一瞬で情報を収集するズイカク。その間少年は口を開け、なにやら言いたげである。

 

「どうした。どこが痛む」

 

 ズイカクは少年の身体をスキャンする。結果、重度の脱水症状と飢餓状態。ここ数日まともに飲み食いしていないのだろう。早急に手当てをしないと命の危機がある状態だ。

 

「待っていろ。水と食料をやる」

 

 ズイカクは立ち上がると、機関室を出て海上にでる。治療をするにも食料を分け与えるにも、ナノマテリアルが足らないのだ。一度艦に戻る必要がある。

 

 その後往復400mの距離をメンタルモデルで移動し、戻って来た時には既に少年は亡くなっていた。

 

「……死か。すまない、間に合わなかった」

 

 ズイカクは手を合わせると両目を閉じ、その時何を想ったのかは誰も知らない。

 

 

 

     ▽     ▽     ▽     ▽

 

 

 

『それで? そのあとどうしたのよ』

 

 夕刻。

 

 もといた海域に帰還したズイカクは、夕食の準備をしていた。今夜のメインは先ほど釣れたブリの煮つけである。

 

『別にどうも。人間の死亡を確認して戻ってきた。それより姉様。あなたのぶんも作ってやるからこちらへ来い』

 

 昼間とは違い今回は重力子機関を使わず人類と同じようにして作っている。手間はかかるが、その分おいしく感じるのかもしれない。

 

 しばらくしてやってきたショウカクと向かい合わせに取る食事。

 

 その光景は人間とまったく同じであった。

 

 

 

     ▽     ▽     ▽     ▽

 

 

 

『レナード・オルコット。アメリカ国籍。年齢36歳。男性。海域封鎖後は日本国統制軍北管区の海兵隊に所属。2042年戦死』

 

 漁船の機関室に佇むズイカク。

 

 この少年は恐らく海域封鎖後日本に残された父親に会いに向かう途中だったのだろう。

 

 どういう経緯でこの漁船に乗ったのかはわからないが、太平洋を渡るのは無理と判断しロシア経由で向かおうとしたのかもしれない。結果的には北海道までおよそ400㎞というところまで近づけた。これは普通なら成しえないことだ。

 

 しかし運はあと少し足らなかったようだ。北海道に辿り着けなかっただけでなく、実のところ彼の父親は4年前には死んでいたのだ。少年が無事北海道に到達できても、そこに父親はいない。

 

「でもこれは、気まぐれってやつかな」

 

 艦に戻ったズイカク。彼女が見つめるのは航跡を残しつつ進んでいく真新しい船。

 

 行先は北海道北管区。

 

 中には、父親との再会を待つ1人の少年が乗っている。




誤字脱字の指摘・感想等なんでもどうぞ。

作中で海域強襲制圧艦の詳しい索敵範囲は出てこなかったと思うので、作者の独自設定としています。
速力に関しては大戦艦と同等としています。


7月18日:ズイカクの索敵範囲を300㎞から600㎞に修正しました。
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