露店に並ぶ缶詰などは軍の横流し品です。
神奈川県横須賀市汐見台。
廃線にそって並ぶ露店の通りを、402は1人歩いていた。手に持つのは数日前に貰った周辺の地図。いつもであれば目的はないが、今日は違う。
「お前の食料を確保しなくてはな」
小さな歩幅で歩く402。その右側後方からは1匹の子猫が急ぎ足で付いてきている。整った毛並みにある程度肥えた身体。数日前まで死にかけていた猫とは思えない。
けれど402が与えている食料はほとんどが魚で、これだけでは栄養が偏ってしまう。特に子猫となれば成長途中であるので、栄養はきちんと摂った方がいい。
「しかし人が多いな。はぐれるなよ」
後ろについて歩く子猫に語り掛ける402。子猫は返事でもするように「ニャ」と鳴くが、人ごみのせいではぐれてしまいかねない。政府による整備も完全には行き届いていないので、余計迷いやすくなっているのだ。
「……仕方ない」
歩みを止めその場にしゃがむ402。行き交う人々は邪魔そうに避けて歩き、遅れてやってきた子猫を抱き上げると再び歩き出す。
時刻は午前9時前で、まだそれほど気温は上がっていない。402はともかく子猫の体調的にはなるべく涼しい時間帯で活動した方がいいだろう。
廃線の上にはいまだ車両が取り残されており、その車両は店へと改造されている。およそ1車両に5店舗ほどの店が入り、その店はほとんどが政府非公認のまま営業している。402が探しているのは動物用の飼料を売っている店で、人類の食料の確保すら難しい現代において、見つけるのは並大抵のことではない。
「内地へ行けば家畜を育てているだろうから、お前の食料も手に入るかもしれんが、私の任務は横須賀での諜報だからな。迂闊に遠出するわけにはいかない」
腕の中の子猫に向かって喋る402。こうしてみればただペットを連れて散歩している少女である。
402は歩きつつ左右の露店を見て回る。クギ・ネジを売る店や、古びれた本を売る店。多いのは電気を売る店で、これはほとんどが太陽光発電によって得られた電気を売っている。販売方法としては客が持ち寄ったバッテリーに充電して売る蓄電池方式が一般的だ。
しかしこの日本において電気は政府による配給制なので、ここで売られている電気はすべて闇電気ということになる。しかし政府もこれを黙認しているというのが現状で、理由としては圧倒的に電気が足らないのだ。
政府の発電分だけでは市民に回す分が足らず、だから自分たちで賄うしかない。食料以外にもいろいろ工夫しなければ人類は生き延びられないのだ。
「……お?」
402は立ち止まり、とある露店の中を見る。並べられているのはチョコレートバーや果物・肉などが入った缶詰。真空パック式の白米や簡単なおかずなどもある。
「おばさん。この缶詰いくらだ」
手に取ったのは牛肉の缶詰。値段は貼られておらず直接聞くしかないのだ。
「……ああ、それね。2000円」
店主の言葉に402は固まる。ついでに子猫も黙り込む。
「2000円……。なかなか値が張るな。さぞ高級品なのだろう」
「昔なら200円で売ってたよ。でも今じゃどれも貴重なんだ。高いのも無理ないさ」
店主の初老の女性は、402と目を合わせずに喋る。手にした雑誌に視線を落としたままだ。
「なら、動物用の飼料はないか? ペットの餌とも言うが」
子猫の両脇を持つと、店主に見えるように持ち上げる。店主は一瞬だけ子猫を見て、大きなため息を吐くと立ち上がり店の奥へと消える。立ち尽くす402だが、奥から声がし、そこで少し待っていろということだった。
「よかったな。もしかすると手に入るかもしれないぞ」
「ニャー」
子猫と会話をしつつ店主を待つ402。5分ほど経過した頃に店主は戻ってきて、その手には箱が。大きさは小ぶりのメロンが1玉すっぽり入る程度の箱である。
「子猫用のはないけどね。成猫用のならあったよ。期限は今年中だけど、どうする? この1箱で36缶、18日分」
「いいだろう。値段は?」
「今時取っておいても売れないからね。全部まとめて5000円でいいよ」
「よし、決まりだ」
財布から折りたたまれた5000円札を取り出し、店主に渡す。402は箱を受け取ると、店から出ようとし、そこで店主に止められた。
「あんた、荷物あるならこれ持っていきな。お金はいらないから」
店主が渡してきたのは「eco」という文字と葉っぱのイラストが描かれトートバッグ。よく見るとカタカナでエコバッグとも書かれていた。
「ありがとう。感謝する」
「いいよ。それじゃね」
店を出て早速箱をバッグに入れる402。それだけでバッグはいっぱいになってしまったが、子猫と箱を両方抱えて歩くよりはマシかもしれない。
エコバッグを肩に下げ、腕には子猫を抱く402。思っていたよりも早い段階で目的を達成してしまったので、どこへいこうかと402はぐるりと辺りを見る。
「ニャー」
402の腕の中で子猫が鳴く。
「なんだ? 降ろしてほしいのか?」
402はかがむと、地面に降ろしてやる。子猫はとことこと歩き出し、時折振り返って402の目を見る。
「……ついて来いと言うことか」
横須賀のことならこの子猫の方がよく知っているのかもしれない。
402は子猫の後について、人ごみに消えていった。
▽ ▽ ▽ ▽
「ニャー」
子猫は立ち止まり、辿り着いたのは市街地の外縁部。
人の通りはほとんどなく、廃墟と化した建築物が数多く立ち並んでいる。崩れかけたコンクリート製の建物を突き破って樹木が生えていたり、アスファルトの裂け目から背の高い雑草が生えたりしている。上空には垂れ下がった電線が張られ、カラスが何羽か飛んでいる。
地面には素早く動く黒い物体がおり、よく見れば大きなネズミやアライグマだ。崩壊寸前の建物の中には放置された鞄や衣服類があり、何年か前まで人間がいたことをあらわしていた。
「……猫よ。どうしてこんなところまで?」
語り掛けるも猫が返事をするわけもなく、再び歩き出した子猫について歩く402。誰もいない廃墟群の中をどんどん進んでいき、ついに開けた場所に出た。
「? 広いな。公園というやつか?」
広場を囲むように立つ街灯はすべて割れており、芝生であっただろう場所には腰の高さまで雑草が生い茂っている。雑草に埋もれるようにして脚の折れたベンチが倒れており、隅の方には錆びた遊具のようなものがあった。
その時、広場の向こう側の廃墟から突如爆音が鳴り響く。同時に濃い土煙も上がり、カラスが大きな声で鳴きながら飛び立っていく。爆音は轟音へと変わり、足元の地面と空気を伝い、402にまで届いた。
「うわー!!」
建物が崩壊したと思われる方向から人間の声が。
訝しむように眉をひそめる402だが、足元ではこっちへ来いと言わんばかりに子猫が鳴いている。
「……なんだというんだ」
子猫と一緒に崩落現場へと向かう402。到着してみると、建物は派手に崩れており、向かいの無事な建物の方にまで巨大なコンクリート片が散っている。まるで発破でもしたようである。
「人間の声がしていたな。誰か巻き込まれたのか? ……お前はここで待っていろ」
子猫をその場に置いていくと、402は周辺の構造をスキャンする。当時の地図と比較すると、ここはどうやら住宅街であったらしい。崩壊したのは政府所有のアパートらしく、地上5階・地下1階の建物が崩落したのであれば、あれほどの衝撃だったのも納得できる。
崩壊したアパートをスキャンした結果、3階部分に生体反応が確認できる。運よく壁と、落ちてきた天井で僅かな隙間が出来ており、その小さなスペースに人間がいるのだ。
本来であれば人間を助ける義理などない。このまま放っておいてもすぐには死なないだろう。だが逆に、助けが来なければ確実に死ぬ。
「……臨機応変か」
402はデータ環を展開、自身の両腕と両脚にクラインフィールドを張る。そのまま地上から9mの高さにまで飛び上がる。生体反応があった場所にはすぐに辿り着き、遮っている壁に両手を突き立てると一気に力をこめ壁を取り払った。
「な、なに……」
壁がなくなったことで光の下に人間の姿がさらされる。生き埋めになっていたのは女の子で、402と同じ15歳くらいの外見だ。
「通りかかったついでだ。掴まれ」
手を伸ばし、少女はその手を取る。
402は少女を抱きかかえると、来た時と同じように足元を蹴って崩壊したアパートから離れた。
▽ ▽ ▽ ▽
運のいいことに少女に目だった外傷はなく、試しに全身をスキャンしてもどこにも異常は見られなかった。
現在402は少女と子猫を連れ、廃墟群から離れた海を見下ろすことのできる高台へと来ている。少し離れた場所には共同墓地があり、先ほどとは違った静けさを漂わせている。
「あんなところで何をしていた」
「…………」
「危険だとは思わなかったのか」
「…………」
「具合が悪いのか?」
「…………」
「……理解不能だ」
「…………」
「…………」
「…………あ、あの」
「…………何だ?」
「……ありがとう」
「……構わない」
ようやく意思の疎通が取れた2人。少女はもともとそういう性格なのか中々喋らず、402も苦労しているように見える。相変わらず子猫は402の傍でのんびりとしているだけであった。
「……昔あそこに住んでて。でも危ないからって遠くに引っ越したの。たしか8歳の時だったと思う」
この少女が15歳だとして、8歳の時といえば大海戦のあった年だ。太平洋沿いの都市には万一に備えて避難勧告が出されており、この少女もその時引っ越していったのだろう。
「ではなぜまた戻ってきたのだ? この街は数ヵ月前にも霧の襲撃を受けて被害を被っている。危険なのに変わりはないぞ」
「来年から学院に通うことになってるの。それの下見と、あとは」
少女はスカートのポケットに手を入れると何やら取り出す。それは1枚の写真で、写っているのはこの少女と、両親だろう。
「お母さん自衛隊で船に乗ってて。でも死んじゃった。急いで家を出ないといけなかったからいろいろ残してきたままで、写真も思い出も全部あの家に残ったままだったの」
つまりは家に残されていた母親の写真を取りに廃墟に侵入し、崩壊に巻き込まれてしまったらしい。運がないと言えばそうだが、402が近くにいたことだけが幸運だったと言える。
しかし少女の母親を殺したのは霧で、402も霧なのだ。
「既にお前の母親は死んでいるのだろう。そんなものに何の意味があるのだ」
「……意味なんてない、よ。でもなんとなく安心するから」
「…………」
402の感情プログラムにはいまだ実装されていないいくつかのプラグインがある。
重巡洋艦タカオは霧を出奔したあと函館に潜伏し人類と接触・経験値を貯めていった。その過程で多数のプラグインを獲得したようで、タカオの感情プログラムは非常に多彩な表現が可能となっているのだ。それは戦闘にも反映されているようで、霧が新たな戦術を獲得するのにも貢献している。
「人間の感情、か。総旗艦はいったい何をさせようというのか」
「……?」
「いや」
402は視界に垂れた髪を耳に乗せると、遠く、海上の方を見つめる。さらに先には防護壁があり、あれは人類が建造したものだ。
「安心……」
あの壁に意味はなかったのかもしれない。だが少なくとも霧が襲ってくるまではあの壁のおかげでこの街に暮らす住民は安心して生活できていたのだろう。それだけでもあの壁は役割を果たしていたのかもしれない。
「大変だが、実装できれば世界が変わって見えるのだろうか……」
ぽつりと呟く402。どこかで海猫が鳴いていた。
▽ ▽ ▽ ▽
その後少女は父親と無事再開出来た。
どうやらこの父親は中央管区の職員で、この横須賀でもそれなりに融通が効くらしく、娘を助けてくれた礼に何かしてほしいことはないかと402に提案してきたのだ。
「そうだな。……活動するにあたって拠点が欲しい」
「拠点、というと住むところということかな? だったら私が管理している公営住宅の1部屋を貸そう。さすがに毎月タダでというわけにはいかないが、かなり安くできると思うよ」
402にとって、停泊している艦に毎晩戻るのはそれほど面倒なことではない。ただ出入りするところを現地の住民に見られないとも限らないし、活動をするにあたっては陸に生活の環境を整えるのも悪くないと考えたのだ。
「それでいい。お金はきちんと払う。安くしてくれるだけで十分だ」
それからは色々と書類での手続きがあったが、人類側のデータを改竄することでなんとか誤魔化せた。402の良心はまったく痛まなかったが、代わりに「面倒くさい」というプラグインを実装できたようであった。
▽ ▽ ▽ ▽
その日の夜。
402は何もない殺風景な部屋の中、電気だけを灯して座っていた。
部屋の隅には丸いクッションがあり、中では子猫が寝息を立てている。
「そういえば、あの少女を見つけたのはお前だったな」
市街地から廃墟群へと402を導いたのは子猫だ。もしも402があの場にいなければ誰も助けに来ず少女は死んでいただろう。
「今日の戦果を表してお前には名前をやる。……お前は今日から『403』だ」
子猫は起きない。しかし402は小さくほほ笑むと、
「妹が欲しかったんだ」
▽ ▽ ▽ ▽
『402から総旗艦。戦術ネットワークに6時間分の獲得経験をアップロードしました』
『ありがとう。確認したわ。陸に拠点を得たようね』
『はい。これで活動の幅が広がります』
『そうね。これからも期待しているわ。それとね、402』
『なんでしょう』
『発見されたわ。400が』
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原作は単行本で追いかけているんですけど、402って陸に家をもってるんですよね。どんな家なのか気になります
400出したいけどイオナも出したい
でもイオナたちは今頃アメリカにいるので出したくても出せない……
2501と400型姉妹の絡みもみたいけどゾルダンが許してくれなさそう