深度300mの海底に、一隻の潜水艦が沈んでいる。
機関は完全に停止しており、船体のバイナルパターンも発光していない。深い海の底には光も音もなく、その潜水艦は完全に姿を解けこませていた。
「静かな海だ」
照明が落とされたブリッジには、モニターの灯りとセンサー機器のビープ音だけが満ちている。そんな中に立つのは1人の少女で、この潜水艦そのものであるイ402だ。
「しかしまた見つからなかったな」
402は今日もヤマトに許可を貰い400捜索のため外洋に出ていた。
先日ズイカクと捜索したのとは別の海域を徹底的にスキャンしたが、やはり400のコアは見つからず、どうしたものかと1人海底で考え込んでいるところだった。
しかし。
突如正面モニターが切り替わり、攻撃を知らせる警告が映し出される。
「……! 魚雷航走音感2、雷速150ノット」
402は重力子機関を緊急始動させると即座に戦闘態勢に移行。艦底部のブースターを噴射させると同時に両舷全速で航行を開始する。
「航走音変わらず。方位2-5-5、距離12256」
レーダー上には後方から高速で接近する2つの影が表示されており、どちらも敵が撃った魚雷と思われる。402の最大速力である80ノットに対して敵の魚雷は倍の速さで接近してくるため、なんらかの対応をしなければ数分後には追い付かれてしまう。
「1番から2番魚雷管開放、音響魚雷装填。後部発射管からパッシヴ・デコイ射出準備」
航行しつつ発射管に魚雷を装填。艦首左右に計8つあるうちの2つに音響魚雷、艦尾左右4つのうち2つにパッシヴ・デコイを装填する。この際敵の魚雷がある程度の距離にまで近づいてこなければデコイは役割を果たさないため、射出タイミングが重要となってくる。
「敵魚雷距離8770……7245」
レーダー上の距離はどんどん縮まり、ついに5000を切る。
「……4690……3968……、デコイ射出。音響魚雷は50m航走後モーター停止」
402の艦首から2発の音響魚雷、艦尾から2つのデコイが海中へと転がり出る。くるくるとまわりながら、敵の魚雷は吸い寄せられるようにデコイへと近づき、ついに402の遥か後方で巨大な爆発が起こった。直後に音響魚雷が炸裂し、それに紛れて402は姿をくらます。
「機関停止。無音潜航」
重力子機関を停止、402は潮流に乗りつつ海底谷の中潜航を開始する。いまだ発射地点は特定できておらず、しかし今の攻撃で恐らくは敵も402をロストしたはずである。
互いが同じ条件。ただし機関を停止した状態の402に魚雷を撃ってきた相手である。特別な索敵方法を持っているのかもしれない。
それに相手の魚雷は402を追尾してきた。これは敵の撃った魚雷がパッシヴ方式で向かってきたことになる。しかしこの魚雷は402が発するなんらかの音に終端誘導をセットする必要があり、機関を停止していた402は一切の音を出していないはずなのだ。
「この海域に入る前に機関音を解析されていたのか? しかし……」
ヤマト直轄の潜水艦であるイ400型潜水艦は例外を除いて諜報に特化している。通常航行中でも常時周辺の海中をスキャンして索敵しているため機関音を聞かれる距離にまで敵が近づいてきたとは考えにくい。
ただ温度境界層や音響収束帯を使えばソナーが意味をなさないこともある。その場合接近されても気が付かないのだ。
「海底地形図及び潮流図を表示」
モニターに映されるのは402を中心に周囲20㎞範囲の地形。見てみると、先ほど402がいたのはすり鉢状になっている窪地の底の部分である。
「この地形だと相手のソナーは私を捉えられないはずだが……ん?」
地形図に重ねられる潮流図。この窪地ではすり鉢の中をぐるぐるとまわるような海流が形成されているのだ。地形特有の特殊な流れである。
「これか」
402は推理が正しいか確かめるため艦尾格納庫を開放、曳航ソナーを展開させる。
ソナーは海底谷を抜け、3分前まで402が停泊していた海域の手前まで到達。索敵を開始すると量子通信により402にデータが送られてきた。
ブリッジ内のモニターにはおおまかではあるが海底地形図の上に表示される複数の漂流物が映っており、海流に乗ってぐるぐるとまわっているようだ。
「やはりそうか」
つまり相手は機関を停止した状態で潮流に乗って402を捕捉していたのだ。しかも通常サイズの潜水艦であれば機関を止めていても402に見つかるため、ミゼットを使用したと思われる。
ミゼットとは小型の特殊潜航艇のことで、全長10mにもならず水中排水量は10トン以下。乗り込めるのは1~2人で、兵装も魚雷が2発程度というものが多い。
使用される場面は港湾の襲撃・工作活動で、特攻兵器として使われた歴史もある。そんなミゼットは小さいがために機関を停止しても海流に乗れば数百㎞の移動が可能で、今回のように索敵を逃れつつ敵を探すといったことも可能となるのだ。
「……ふん。試してやろうか」
402は曳航ソナーを回収すると5番6番に音響魚雷、後部発射管にアクティヴ・デコイを装填。機関は止めたままで2発の音響魚雷を発射する。
魚雷は先ほど攻撃を受けた地点まで無誘導で向かい、20秒後に自爆。音波が乱反射する海中を3隻の402がアクティブ・ソナーを打ちつつ両舷全速で航行する。
これは敵ミゼットの分解能を分析する意味があり、402が射出した3隻のうち2隻のアクティヴ・デコイはソナーを自ら発しつつ進んでいるため嫌でも敵は捕捉するだろう。その場合全てのデコイを攻撃するか、それともソナーを打たないデコイを攻撃するか、はたまた、
「どれも攻撃しないか、だ」
どれも攻撃しないということは敵が本物の402を正確に捕捉しているということになる。
402は機関を始動すると両舷全速で海域を離脱。敵の出方を見る。
直後に後方で複数の爆発音。レーダー上のデコイ3隻すべてがロストした。
「すべて沈めたか」
実はデコイが打っていたアクティヴ・ソナーの情報は量子通信で402に伝わっており、敵の位置は既に捕捉している。ついでに海中に散らばる4隻のミゼットの詳細位置も捕捉していた。
「敵艦位置捕捉方位2-7-8、距離11609。右舷全力回頭。1番から3番浸食魚雷、4番5番に低周波弾頭弾装填、発射」
402は右に艦首を向けると、敵の正面から計5発の魚雷を発射する。
低周波弾頭弾は31秒航走後に自爆。海中を搔き回す。これにより後に発射された浸食魚雷のタナトニウム反応の探知を遅らせることができれば、相手は浸食反作用計算が間に合わずその船体に浸食魚雷を受けることとなるのだ。
「ん、航走音感4。敵艦位置修正、速報値」
敵艦から4発の迎撃魚雷が発射される。402の撃った3発の浸食魚雷はすべて落とされ、1発の魚雷が402に向かってきた。
「タナトニウム反応。クラインフィールド展開」
迎撃が間に合わず、402は船体にクラインフィールドを張り巡らす。それから3秒後に敵の浸食魚雷が炸裂し、艦内は衝撃で揺れた。
「機関・気密ともに異常なし。兵装・センサーシステムの損傷軽微、戦闘に支障なし」
モニター下部に船体の損害状況が表示されるが、現状ではすべて無視できるレベルである。
402は艦内のエネルギー流路をバイタルパートに集中的に割り振りつつ、モニター上の敵艦をあらわす「unknown」を睨みつける。
今の攻撃で仕留めたと思ったのだ。
敵は402があの場面で3発の魚雷を撃ってくると予測し、それよりも1発多い計4発の魚雷を発射した。今までの戦況データから402の魚雷進路のパターンを割り出し、迎撃用のプログラムを構築したのだろう。
ミゼットを4隻も遠隔操舵し、かつ自身の戦闘継続に余裕のある演算能力を持つ潜水艦。
霧の総旗艦ヤマト直轄の巡航潜水艦であるイ402と互角に戦う潜水艦。
「……まさかな」
敵は魚雷を撃ってくる気配はなく、速力60ノットでこちらへ向かってくるようである。402も敵を正面に捉えており、残り40秒で接触する。
潜水艦の基本戦術は、待ち伏せからの一撃離脱である。いかに相手に見つからず、しかし自分は相手を見つけている状態で攻撃できるか。人類・霧に限らずこの戦術は当てはまる。
しかし敵は、402に真っ向から向かってきている。潜水艦としての基本戦術を放棄し、独自のスタイルでの戦闘を行おうとしている。それはもしかすると新しい戦術の獲得にとって有益なのかもしれない。
「……いいだろう。クラインフィールド展開。1番から2番浸食魚雷装填、発射準備」
402は格闘戦に備えてクラインフィールドを張ると、魚雷を装填。発射管内に海水を注水し、あとは発射を待つのみである。
そしてその間にも402と敵艦の距離は縮まり、残り8055……7125……5990。
「…………」
3289……2577……1555。
「魚雷発射音確認。1番2番発射」
敵からの魚雷を探知した402は自身も魚雷を発射する。双方から発射された4発の魚雷は、相手の機関音に喰らいつき、沈めんと海中を猛スピードで突き進む。
だが、
「……っ」
発射された位置が敵に近すぎたため402の魚雷の信管は作動せず、起爆しない。だがそれは相手の魚雷も同じようだ。402の船体の左右を挟み込むように2発の魚雷が通り過ぎ、直後に敵艦が402の頭上を掠めた。
402は追撃せんと急旋回するが、敵艦は速度を上げて海域を離脱しようとする。
機関出力を最大にし追いかけるが、あまりの速さにソナー感度は低下、ついにレーダー上から敵艦の姿がロストした。
速力を落としアクティヴ・ソナーを打つ402。だが一向に再捕捉はできず、ついに完全に見失ってしまう。
「変温層に入り海域を離脱したか」
402は戦闘出力から通常航行に移行。索敵レベルは最大のまま、戦闘海域からの離脱を開始する。
戦闘海域内は音波の乱れや、浸食弾頭兵器により微細な時空の歪みが生じているため長時間居続けると重力子機関に異常があらわれる場合があるのだ。
モニターには各種兵装の残弾数や海図・敵潜水艦の解析音が表示されている。今までに交戦したことのあるどの艦艇の音紋にも当てはまらず、霧の戦術ネットワークにも同一の機関音は登録されていない。
ただ海外に展開する霧の情報や新造艦の情報は完全に網羅されているわけではないので、なんらかの任務として日本側の警戒海域に侵入していたのかもしれない。ただその場合でも402の機関音等は霧のネットワークに保存されているので、同じ霧が攻撃を仕掛けてくるとは思えない。
「いったい誰だ」
攻撃方法は人類よりも霧に近いものがあった。それも比較的経験値の浅い霧だ。
そもそも402と互角に渡り合う人類の潜水艦などないだろう。ということはあの敵艦は霧の艦艇ということでいいようであった。
「……横須賀へ帰還する」
静かな海の中。
402は闇に消えていった。
▽ ▽ ▽ ▽
「針路誤差修正。帰還予想時刻修正」
プリセットされた針路を自動で修正しつつ402は横須賀へと進んでいく。時刻は午後8時を回っており、不測の戦闘により数時間早く海域を離れたため帰還も早まったのだ。本当であれば横須賀に到着するのは零時前だった。
モニターの海図には複数の×印が付いており、これは今までに捜索が完了した海域を示している。なるべくこの×印が付かないうちに見つかってほしいと思うところである。
「……今日は料理というものでも作ってみるかな。人類のことを知るにはちょうどいいだろう」
人類のネットワークに接続すると簡単な料理のレシピを検索。必要な材料や調理法などを記録していく。
「肉は……手に入りづらいな。魚介類を使った料理を」
検索の結果、刺身というものがあるらしい。これは魚を切り開いて中身を食べるというもので煮たりする必要がない。包丁を使う必要があるが、ここで使えなければ料理など何も作れないだろう。
「よし。今晩は刺身に、」
その時、ブリッジ内に危険を知らせるビープ音が。
戦闘態勢に切り替わりレーダー上に索敵結果が表示される。
「方位1-1-2、距離29569。先の戦闘時と同一艦」
機関音の音紋は完全に一致している。どうやら先ほど戦った相手のようだ。
「機関最大。振り切る」
距離は十分離れているし、攻撃の兆候も見られない。恐らく相手はまだこちらを見つけていないはずだ。ならば無駄な戦闘は避け、早急にここから退散するのが賢明だろう。
402は速力80ノットで海中を駆け抜ける。
敵艦がレーダーから消えたのはそれから5分が経った頃であった。
▽ ▽ ▽ ▽
『402から総旗艦。戦術ネットワークに11時間分の獲得経験をアップロードしました』
『了解。確認したわ。あなたが戦った相手については私の方でも調べておくから』
『はい。……総旗艦』
『? なにかしら』
『……いえ。なんでもありません』
誤字脱字の指摘・感想等なんでもどうぞ。
対潜戦闘なんて書いたことないのでツッコミどころ満載なのは勘弁してください。
へごちんのデビュー曲とラジオが違いすぎる。