とある土曜の朝。
1人の少女がリビングのテレビ画面に釘付けになっていた。
「うわ~! すごい!」
少女の名前は朝霧アオイ。私立マテリアル学園小学部に通う普通の女の子である。
見つめるテレビの中には3人の女の子。イオナ・タカオ・ハルナからなるアイドルグループ『Trident』で、今世の中の小中学生から絶大な人気を誇るアイドルたちだ。
アオイももちろんTridentのファンで、今日も音楽番組で特集されていた彼女らを見て一緒にテレビの前で歌っていたのだ。
「アオイ? 早くいかないと遅刻するわよ」
椅子に座り若干呆れた視線を向けるのは母親。
その隣に座るのがアオイの姉である朝霧アカリ。同じくマテリアル学園の中学部に通っている。
2人は2歳離れているが一目見ただけでは見分けがつかないほど似ており、綺麗な銀色の髪がとても似合っている。快活なアオイに対してアカリは大人し目で、しかし妹のことはいつも気にかけているのだ。
「えー、今何時?」
アオイは踊りながら後ろのアカリに尋ねる。
「もう8時だよ」
「なーんだ、まだ……って、8時?!」
テレビ画面右上の時刻は7時56分を示しており、アイドルに夢中だったために気が付かなかったようだ。本当なら8時には家を出ないと間に合わない。けれどアオイの朝食はまだ手つかずでテーブルに残されていたのだ。
「もー、なんでもっと早く言ってくれなかったの!!」
自分の席に座り朝食をかき込むアオイ。そうしているうちにもアカリは食べ終わり、家を出るため玄関へと移動してしまう。
「じゃ、せいぜい遅刻しないようにね」
涼しい顔をして家を後にするアオイ。
なんとか朝食を食べ終わったアオイは、母親から弁当の入った包みを受け取り外へと飛び出していった。
◇ ◇ ◇
土曜の通学路。
途中まで全力疾走したアオイは、なんとか遅刻を免れそうなところまで辿り着いていた。周囲にも同じ小学部の子たちがいるので、大丈夫だろう。
走ったせいで乱れた呼吸を整えながら、ブラウスをつまんでパタパタし、服の中に風を送り込む。
「あっつー……。朝からダッシュはきついわ」
こめかみに流れる汗を拭いつつ1人呟くアオイ。そんな時後ろの方から走ってくる足音とアオイの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「アオイちゃーん!!」
振り返ってみるとアオイが今まで走ってきた道を同じように走ってくる女の子が1人。綺麗な青色のミディアムの髪で、左右に赤の可愛らしいリボンをつけている。表情は走ってきたせいか苦しそうで、アオイの名前を呼ぶのも一苦労に見える。
「あ、アタゴちゃん。おはよう」
「お、おはよー」
アオイに並んだところでようやく走るのをやめるアタゴ。肩を上下に動かし、首元にはじんわりと汗が滲んでいる。
「アタゴちゃんもこの時間なんて珍しいね」
「うん。ちょっとテレビ見すぎちゃって」
そこでアオイはピンとくる。
「あれでしょ、Trident!」
アオイの言葉にアタゴは目を輝かせ、うんうんと頷く。
「そうなの。朝テレビつけたら出てたから時間忘れちゃって」
「私なんか朝ごはん食べるの忘れてみてたよ。お姉ちゃん先行っちゃうしひどいよね」
共通の話題に盛り上がる2人。校門をくぐったのはそれから5分後のことだった。
◇ ◇ ◇
土曜日の授業は3校時で終わる。放課後は部活のある生徒は持ち寄ったお弁当を食べ部活に励み、それ以外の生徒は家に帰るか途中で寄り道をする。
アオイは部活に入っているわけではないが、毎週土曜日もお弁当を持ってきており、それは友達と喋りながら昼食をとるためだ。
マテリアル学園の屋上は休憩時間や放課後になると開放され、好きに出入りができるようになる。アオイはその屋上で友達みんなとお昼をするのが楽しみだったのだ。
「あ、飲み物ないや。ごめん、ちょっと買ってくるね」
ランドセルからお弁当の包みを取り出すアオイだが、いつも持ってきている水筒がない。そういえば今朝持ってくるのを忘れたということに気づいたアオイは、立ち上がると購買へとダッシュで向かった。
学園の中は人の気配がなく静かだ。もともと小学部の生徒は部活をしている人自体が少数派だし、放課後も小学部棟に残っている生徒はごくわずかだ。
アオイは階段を降り1階までくると渡り廊下を進んで購買室に入る。中にはパンやおにぎりを売るカウンターがあるが既に販売員はおらずカーテンが閉まっている。反対側にはパックのジュースをカップのジュースを売る自販機の2台があり、アオイはパックのジュースをかうべく自販機に小銭を投入する。
「今日は……これかな」
アオイが選んだのはミルクティーだ。450ml入って100円なので自販機にしてはお得感がある。
「早くもどろ」
アオイは水滴のついたパックをハンカチで包むと来た道を戻る。1階から2階へ。2階から3階へ。そして屋上へ続く階段を登ろうとしたところで、3階の通路からなにやら物音がするのに気が付く。
階段を登ろうと上げていた足をおろし、廊下の方へ振り向くアオイ。
ガタガタという音はまだ続いており、どうやら5年生の教室から鳴っているらしい。
アオイはゆっくりと教室へ近づくと、後ろの扉のガラスから中を覗く。しかしカーテンが閉められ電気もついていない教室は暗く、黒板の方まではよく見えない。
「……失礼しますよ」
鍵はかかっていないのですんなりと開く扉。アオイはそろそろと中へ入ると、息をひそめて辺りを見回す。
その時、またしても大きな音が。思わずアオイは尻餅をついてしまい。そこで床に何かがいるのが見えた。
机と椅子の足の隙間から覗くのはどうやら人形の様で、はいはいしながら近寄って見ると熊のぬいぐるみらしかった。
「? なんで教室にこんな、」
「こんなものとは何だ!!」
熊のぬいぐるみが突然立ち上がり、アオイの方に腕を上げる。アオイは悲鳴を上げつつ声の主を探そうとくるくると見回すが、教室内にはアオイ以外誰もいない。そもそも声はすごく近くから聞こえたようなのだ。
「だ、誰? どこにいるの」
「どこってここだ! 下だ下!!」
声のする方に顔を向けるアオイ。そこには熊のぬいぐるみがあり、さっきとは違うポーズをとっている。
「……もしかして、あなたが……?」
「そうだ!私だ!!」
「ひいい!」
床に座り込んだまま後ずさるアオイ。それを追いかけるようにぬいぐるみが動き、さらにアオイは悲鳴を上げる。ついには教壇の上まで追い詰められ、アオイは壁にへばりつくようにして低い悲鳴を漏らす。
「な、なんなのっ! なんで熊が動いて喋ってるの!!」
アオイの目の前に立つ熊は少し悲しげな表情を浮かべると、後ろに手を回して何かを取り出す。取り出したのはなにやらカードのようなもので、真ん中あたりで千切れるように点線のようなものがついている。
「お前にこれをやろう」
熊はカードをアオイに差し出してくる。
「……なに、これ。くれるの?」
「そうだ。これはユニオンチケット。きっとこれがお前の夢を叶えてくれるだろう。ただし1人では使えない。このカードの半分を大切な友達に渡して、一緒に夢を叶えるんだ」
恐る恐る受け取るアオイ。チケットは細長い形で、縁には綺麗な模様が描かれ、持った感じもしっかりしている。
「なんで私に? っていうか夢を叶えるって」
「理由は聞くな。お前にも夢はあるだろう?」
下を向くアオイ。
確かに夢はある。なりたいものはある。でもそれは普通に考えれば絶対になれないものだし、自分にその資格がないとも思っている。歌いたいだけでは、踊りたいだけでは……。
「なればいいさ」
熊は言う。
「自分から進まなくては絶対になれない。手を伸ばさなくては掴めない。言ってみろ。お前の夢を」
「――私は」
いつもテレビの中でだけ見ていた。
一生懸命真似して覚えて、一曲だけなら踊りながら歌いきる自信もある。
でも本当になることはできないと思っていた。自分には素質がないと。でも、
「私はなりたい、アイドルに。歌って踊って、みんなの前で元気を振りまくアイドルに!」
アオイの言葉に熊は頷く。
「なればいいさ。もう1人のユニオンとともに。アイドルに」
読み切りです
プリパラ面白かった。
みれぃ可愛いぷり