思い付きで始めたものなので、私の中にある熱量が冷めればある日突然終わる可能性も十分にあります。素人の趣味程度の完成度でしかありませんが、終わる頃には少しマシになってると願って。
結論、期待せず楽しんで頂けると幸いです。
ねこは猫である。
なんて、彼女のような事を言う。いや、彼だったか? まぁ、そんな事は些事だ。何にせよ、僕が猫として生を受けた事を説明するには浅瀬神社の主たる彼女の言葉を参照する方が早かった、というだけの話なのだから。
無論、彼女のような長寿でもなければ人語を介せるという訳でもない僕は、自由気ままな野良猫として稲妻各地を練り歩いた。漁師の船に忍び込み稲妻の島々を渡ったりもした。
例えば、霧で覆い尽くされた海の上を小舟一つで渡る冒険者は一人じゃ心細かったと
近付くと落雷を打つ枯れ木には特に参った。人間ですら危うい落雷を
朽ちかけのボロ屋の立ち並ぶ周辺には毛が逆立つような重々しい雰囲気が漂っていた。自己を失った武者は近付く人間に戦いを挑む辻斬りのような男だったが、流石に猫に戦いを吹っ掛けるような事はなかった。雨風に晒された僕に影を作り、傘となってくれた彼は喪った自身を取り戻す事が出来たんだろうか?
雨宿りに忍び込んだボロ屋には物語をつま弾く詩人のように、今や廃村となってしまった経緯を僕に語ってくれた老人がいた。食べられるもの以外に執着する人間の考えは猫である僕には理解できなかったが、この老人が善い所に行ければいいと願った。
昼夜と亡霊の国では悲しい歴史があった。生き物は他の生物を食べる事で明日を繋いでいけるが、
人間は犠牲なくしては幸せになれないんだろうか。
その答えはすぐに見つかった。結論だけ言えば彼らは僕ら獣とそう変わらない。象った色が歪なだけで、生物の根幹としては同じ。己の欲を満たしたい。欲とは生きる喜びである、と今や息を引き取った重傷者が言っていた。僕はそこに答を見出した。
きっと、歩んできた道の中にどれだけ苦難と幸せがあったかの違いでしかないのだ。見ず知らずの誰かに優しくされたり、親しい者に傷付けられたり。そうした経験が自身を象っていき、善と悪に逸れていくのだ。ただそれだけの話だった。
僕が生まれ育った場所には当たり前の優しさがあり、気まぐれに寄り添った旅路にも雨の中の暖かさを教えてくれた人間が居た。己の勝ち取った幸せを分けてくれたからこそ、僕は今穏やかな気持ちで、まるで昼寝するように往けるのだろう。僕はそう在れた事に誇らしいと思った。
この旅路には多くの出会いがあり、別れがあった。僕は猫だから、人間のように出会いや別れに嘆く事はないけれど、一人は寂しいという事くらいはわかる。
そんな彼らは等しく隣人だった。次の目的が定まるまで気まぐれに寄り添い、共に旅をした事もあれば同じ場所に留まる事もある。しかし必ず時が経てば添う道も自然と逸れていった。
これといって目的も宛てのない旅を続けて、子猫だった僕も成猫になり。多くの月日が経ったと気付いた時には、もはや己の寿命は尽きかけていた。彼らと比べ僕の時間はあまりにも短いのだと理解してからは、もう彼らと寄り添うことはなかった。
僕には看取られたい人も居ない。猫の意地なのか、元々そういった性分でもない。
当初は、世話を焼いてくれた寝子が待てども来ない響という人間に腹を立てて始めた旅だった。絶対に連れ戻してやると息巻いたものだが、響は既に帰らない人となっていた事を知ってから、やるせない想いだけが残留した。寝子はあれから変わらず響を待ち続けるのだろうか。もう帰ることはないのだと、事実を伝えるには余りにも痛くて。帰るに帰れない。
寿命が尽きかけた今もなお、この前足が
「行くのですか?
とん、っと膝から地面へ降りると、彼女は相変わらず能面のような顔でこちらを見下ろしていた。ぼんやりと瞬きをした後、見上げた彼女は諦めたようにスっと目を細め溜息を付いた。
―――にゃぁ
と、一鳴きして別れ告げると、彼女は伸ばしかけた手を膝上に戻した。これが最後の別れだと気付いたのだろう。同時にその最期を誰にも見られたくないのだとも。
名もない猫だった僕に
そうでなければ、喪う事に傷付いてまで彼らを守ろうとする理由がない。
僕もまた、その数多ある等しいものの一つだと思うと悪くないとさえ思える。願わくば、銘と名付けた由来を彼女に問うてみたかったけれど、もう叶わない。
僕はただの猫だ。人に寄り添うことは出来ても、人のように話すことはできない。
どれくらい歩いただろうか。
歩き疲れて立ち止まった豊かな草原で、眠るように倒れた。
側には草木の揺れる音と流れる川の匂い。
周囲には誰も居ない。
遠くから聞こえる稲光を子守歌に随分と重くなった瞼をゆっくりと閉じていく。
お疲れ様、銘。君はたくさん生きたよ。
後は往くだけ。
そうして、僕の旅はそこで途切れた。
――――はず、だったのだ。
僕は……、どうして。
水面に映った己の姿を見て、猫は困惑した。
自慢の白い毛並みに左右で違う眼の面影を残しながら、姿形はまるっきり変貌していた。
それはまるで、人間……のようだった。
賢いだけのただの猫ではない。