おし様の記憶
その日ボクはいつも通り
同じく自分の仕事を終えて
帰って来るはずのお二人を待っていました。
「いやぁ~疲れたぁ……
オーゼンさん例の補修工事済みました」
「応急措置ですが当面、
海からの漏水を防げるはずです」
黒笛のシムレドさんが仕事を終えて
なんでも逆さ森の最深部、
海底近くのアビスの外壁から海水が漏水したらしく、
お二人は漏水箇所の修繕工事に
丸一日駆り出されていました。
おかげでお二人とも探屈服が
泥と海水でかなり汚れています。
「そうかい、ご苦労だったね。
お前たちも今日はあがりな」
諸々仕事も夕食も終えてすでに晩酌中のおし様が、
お二人に軽く一瞥をくれると労いの言葉を掛けます。
「最近は特に盗掘する輩が多くて困るのぉ。
連中が掘った穴のおかげでついに漏水とは……」
古株のザポさんがぼやいてみせます。
アビスにおける遺物目当ての盗掘は、
たびたび問題になっていましたが、
最近はこの手の仕事が増えてみんな大忙しです。
「まったくこれじゃ俺たち、
探屈家だか大工だかわかんないよ」
「後日改めて蒼笛たちを動員して、
本格的な補修工事を行う予定です。
それでいいですね、オーゼンさん?」
「ああ、勝手にしな」
お酒が回ってずいぶん経つのか、
おし様の応答はぞんざいなものでした。
「お二人ともお疲れ様です。お風呂沸かしてありますよ」
まずは疲れを取ってもらおうと、
ボクはお二人に入浴を勧めます。
「マルルクちゃん、いつもサンキューね~」
早速イェルメさんが、
足取りも軽くお風呂場へ向かい。
シムレドさんはと言うと、
「俺は風呂より酒が飲みてぇな。
オーゼンさん俺にも一献分けて下さいよ」
一仕事終えた後の一杯欲しさに、
おし様の焼酎の酒瓶に熱い視線を向けているのでした。
「なんだい、私の酒ならやらないよ」
「シムレドさん。
晩ごはんテーブルの上に取ってあります。
今日の献立は、
オットバスのコブ肉で作ったフリカッセです。
冷めない内にどうぞ」
焼酎のおあずけにしょげているシムレドさんには、
ボクの得意料理を勧めてみます。
「そうだな、まずはマルルクが作ったメシにするか」
そう言ってシムレドさんはテーブルに着くと、
無心でボクの作ったフリカッセを平らげています。
「たくさん作りましたから、
遠慮なくおかわりして下さい」
「ああ、いつもありがとな。
こりゃ美味い、また腕を上げたなマルルク」
で料理を作り皆さんに美味しく食べてもらう。
ささやかながらここでのボクの生き甲斐になっています。
「マルルク、仕事が片付いたならこっちで酌でもしな」
既に夕食を終えられて、
おし様が空になったお猪口を掲げて、
ボクをじっとりと見つめています。
「分かりました。おし様」
ボクが酒瓶から焼酎をお猪口になみなみと注ぎ終わると、
おし様は憂いを帯びた横顔でため息を吐くのでした。
「今年も……そろそろかねぇ」
そう言って焼酎をあおるおし様の横顔は切なげでした。
先ほどのシムレドさんたちの報告を聞いた時も、
今日のおし様はどこか上の空で、
その理由はボクにもおおよその察しは付きます。
今年もあの日が近づいてきたのだと……
そんな憂鬱を忘れ去ろうとするかのように、
おし様はボクが注いだ二杯目を一気に飲み下すのでした。
「おし様、大丈夫ですか?
あの、例年のことですから……
分かりますけど、やっぱり酒量が」
「マルルク……分かっているなら、
私に野暮を言うんじゃないよ」
案の定、ボクの言葉に耳を傾けることなく、
ふてくされたまま今度は酒瓶ごとラッパ飲みしてます。
「まったく、不肖の弟子の顔がチラついてしょうがない」
そう言って空になった酒瓶を机に置くと、
おし様は机に前のめりになって、
そのまま酔いつぶれてしまいました。
「おし様ってば……」
例の日とは、
地上で不動卿オーゼンと呼ばれるおし様の弟子、
殲滅卿ライザがラストダイブした日の事です。
ラストダイブをした以上生死は不明ですが、
オースの街では事実上その日が、
殲滅卿ライザの命日とみなされています。
毎年その命日におし様は深酒をしては、
今生の別れとなったライザさんをしのんでいます。
「そうだ、そんなに私の酒量が心配なら
アレを作っておくれよ」
机に突っ伏していたおし様が、
何かを思い出したようにいきなり起き上がりました。
不穏な空気がします。
「うわっ⁉起きてたんですか」
「今、良いことを思いついてねぇ」
鋭い目つきのまま口元だけ歪ませるおし様の笑顔、
壮絶に嫌な予感がします。
「おし様、アレって……なんでしょうか?」
「昔、ライザがよく私に作ってくれた料理があってね。
二日酔いに効く酔い覚ましのスープだったかな。
いやぁ~懐かしいなぁ……」
「酔い覚ましのスープ……」
「私も詳しい作り方は分からないけど、
味と見た目については確かこんな感じだったかね」
そう言うとおし様は、
手早く紙切れに殴り書きをして、
ぞんざいにボクへ手渡すのでした。
紙にはこう書かれていました。
≪味噌汁っぽいドロッとした見た目、
卵の濃厚な味と舌触りもした。
出汁として魚介類のような肉が入っていて、
ツンとした独特な芳香がする。≫
「ヒントはこの紙に書いておいたから。
ライザの命日までに再現して私に振舞っておくれよ。
もちろんできなきゃ裸吊りだよぉ」
例によっておし様は憂さ晴らしのために、
ボクに悪戯っぽい笑みを浮かべるのでした。
「ええっ!そ……そんなぁ~」
「今年はあの子が来てくれないからさぁ、
なにか別の楽しみがないと私が寂しいじゃないか?」
例年ならライザさんの弟子で月笛のジルオさんが、
おし様のご相伴に預かり、
二人で朝まで昔話を肴に酒盛りするのが
通例になっていました。
ところが、
どうしても外せない組合の探屈依頼があり、
今年はジルオさんが監視基地には来れず、
おし様としては余計にやるせなさがあるのでしょう。
そんなおし様が不吉な薄笑いを浮かべつつ、
眼だけは一切冗談が通じないまま、
ボクを見据えています。
きっと頭の中ではボクをどう吊るすか、
既に考えています。