マルルクちゃんの料理道   作:紫仙

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行動食5号を作れ
黎明卿新しきボンドルドさん


その日はいつもより2層の終点である天上瀑布の気流が、

やけに穏やかな日でした。

いつも通りボクはおし様と地臥せり(ハイドギヴァー)のみなさん。

そして監視基地(シーカーキャンプ)に宿泊中の探屈家の方々に朝食を作り、

3層の未踏地の探屈に向かうシムレドさんとイェルメさんの隊を見送り、

しばらくして望遠鏡で三層の入り口付近を覗くと、

相変わらず天上瀑布付近は静まり返っていました。

普段は上昇気流と水しぶきが吹き上げるこの3層の入り口の激流が、

収まることは何度かありましたが、

まるで嵐の前の静けさのように今日に限って、

大断層からの気流は凪いでいたのでした。

今にして思えば、

ボクの不吉な予感はあらぬ方向で当たってしまったのでした。

 

◆        ◆        ◆

 

「素晴らしい、キミが作ったのですか?」

 

漆黒の仮面越しに無機質にくぐもった声が響きます。

黎明卿新しきボンドルドさん。

まさかおし様と同じ白笛のお客様が来られるなんて、

それも突然の予期せぬ来訪とあってか、

どこかおし様も殺気立ちながらも黎明卿を受け入れ、

ボクが接待役を仰せつかり、

こうしてボクが淹れた紅茶とカレーをお出ししています。

乱切りにしたネリタンタンのお肉に、

マゴイモ、ズツウギの根とギントコを、

塩と香辛料、諸々の香草で調合したスパイス。

幸いにもお米も残りがあったので、

カレーライスが作れました。

結果は予想以上の好評で、

黎明卿は惜しみなく賛辞を尽くしてくれました。

無機質な漆黒の仮面から覗くのは、

縦一直線のヴァイザーから発せられる紫色の光のみ。

当然、ボクには表情などうかがい知れませんが、

たぶん社交辞令ではない気がします。

 

「お、お気に召していただけたんですよね……

ありがとうございます」

 

実はおし様以外の白笛と出会うのは初めてで、

ボクとしては緊張しっぱなしでしたが、

接待役としての役目を無事果たせたようで、

ようやく肩の荷が降りた気分です。

 

「そう言えば、まだキミの名をうかがっていませんでしたね」

 

「マルルクです。おし様の弟子の蒼笛として、

監視基地(シーカーキャンプ)での雑用をやらせて頂いております」

 

「マルルク。良い名前ですね」

 

黎明卿は少し考えたように俯きながら言葉を継ぎました。

 

「実は現在、次世代の行動食となる5号を思案中でして、

開発に当たってキミの意見を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「僕でよろしければ」

 

「ありがとう。

過酷な探屈中でも必要な栄養素を素早く吸収できる。

そんなニーズに応じて行動食4号は誕生しました。

しかし、味がしないという改善点がございましてね」

 

黎明卿は協力を申し出たボクに、

首から下げた祈る手を模した白笛をボクに掲げて見せます。

 

「人間であったころの私はこの白笛です。

今の私は、精神は人間ではないとみなされてしまいましてね。

それゆえ、人間であったころの味覚もかなり失われてしまいました。

今の私には人間らしい料理を作ることも、

味わうことも縁遠い概念となり果ててしまいました。

新たな行動食の味付けとなると、

今の私の感性では難しいものなのです」

 

そう言うと黎明卿のヴァイザーの光が心なしか、

憂いを帯びたような青色に変化した様に見えました。

行動食4号の探屈での有用性はボクも常々聞き及んでいます。

その高い栄養価と探屈の合理性から言えば、

革新的な発明としてオースの探屈家に受け入れられつつも、

開発者である黎明卿は、

白笛となる過程で様々ものを失い、

今になって過去を思い出してしまったのかもしれません。

 

「用が済んだなら、とっとと出て生きな。

筋金入りのロクデナシが」

 

おし様はどうにも合わないのか、

黎明卿を邪険にするばかりでした。

 

「おやおや……つれないですね、不動卿」

 

前線基地(イドフロント)に閉じこもったままのアンタがオースに出向こうとするとは、

珍しいこともあったもんだねぇ。

あんたなら正規のルートを使わずともオースに行けただろうに、

わざわざここへ寄ったのはなにか私に含むところでもあるのかい?」

 

「これはご存知でしたか。

訳あって前線基地(イドフロント)からのゴンドラは現在使えません。

ですので自らアビスを上ってきた次第なのです」

 

特に悪びれる様子もない黎明卿に、

おし様の目つきが何故か鋭くなります。

 

「今度はどこへ行くつもりだい?」

 

「今回は極北の地セレニへ、

他にもベオルスカ南部の島々も回る予定ですよ。

今取り組んでいる研究もいよいよ大詰めです。

そのためには奈落の危険をも厭わない協力者が必要なのです」

 

そう言うと、何故か黎明卿はボクの手を握り、

じっとヴァイザー越しに熱い視線を向けてくるのでした。

これはその、何なんでしょうか、

黎明卿は僕を引き抜こうとしている?

 

「こっちはあんたの思想に染まるつもりも、

馴れ合うつもりもないからね。

最低限お互いの邪魔はしないということで、

さっさとお別れしようじゃないか……さもないと」

 

今まで抑え込んでいた怒気を口元に浮かべたおし様が、

立ち上がり腕に植え付けた千人楔をチラつかせ、

黎明卿へ殺気を放ち始めています。

 

「なんだと言うのです?」

 

「おし様、やめて……」

 

無力ながらボクはおし様のマントの裾にしがみ付き、

自体が穏便に済むよう哀願してみせます。

するとおし様よりも黎明卿にそんなボクの姿に哀れみでも抱いてしまったのか、

黎明卿はヴァイザーの光が曇ったように委縮していました。

 

「これは失礼しました。

あなたにとって大事な愛弟子を奪うつもりはありません。

ですが、これほどまでの才覚を持った人材ならば、

やはりぜひ欲しい」

 

一瞬消えかかった黎明卿のヴァイザーの光が、

また性懲りもなく極大の輝きを放っています。

 

「どうやら、本気で殺されたいようだね……」

 

おし様の殺気立った視線が、

黎明卿に突き刺さってます。

 

「マルルク大変じゃ!至急ゴンドラを降ろしてくれい」

 

ボクの代わりに監視基地(シーカーキャンプ)の周辺を望遠鏡で覗いていたザポさんが、

慌てた声色でボクに指示を下します。

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