マルルクちゃんの料理道   作:紫仙

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夜明けを迎えてしまったカレー

そして一夜明けて————

昨日の疲れもあってか、

ボクはスッキリ熟睡して目覚めることができました。

いつもなら皆さんの朝食を作ることがボクの日課になっていますが、

イェルメさんの件があります。

峠は越したとは言え、

イェルメさんの容体はまだ予断を許しません。

 

「おう、早いなマルルク」

 

「おはようございますシムレドさん」

 

ボクが厨房に入って朝食の支度をしていると、

廊下を歩いているシムレドさんと目が合いました。

シムレドさんも寝起きのためか、

あるいは昨日の疲れが抜けきらないためか、

目元のクマが一層大きく見えます。

 

「昨日は大変でしたね。

シムレドさんもお怪我はありませんか?」

 

「俺のはかすり傷みたいなもんよ。気にするな。

それより昨日は戻るなりメシも食わず寝ちまったから、

腹が減って目が覚めちまってな。

朝食はまだこれからだったか?」

 

「すみません。ボクも起きたばっかりで簡単な軽食ならすぐ作りますね」

 

「いや、俺のはいい。適当に食うから」

 

そう言うとシムレドさんは、

厨房のテーブルに置いてあったこぶし大の赤いヘグイの実を見つけ、

我慢しきれず豪快に丸かじりするのでした。

 

「それよりイェルメの食事はどうするんだ?

あの調子だとしばらく普通の料理を食うのは無理そうだな」

 

シムレドさんはヘグイの実をシャリシャリと齧りながらも、

仲間のイェルメさんを案じているようです。

確かに体力が衰弱し特に胃腸を弱めている人には、

それに適した消化に良い料理が必要ですね。

少しばかり考えてボクはあるアイデアを閃きました。

 

「それなら昨日振舞ったカレーがまだ残っています」

 

鍋の蓋を開けると、

思っていたよりもまだたくさん、

昨日のカレーが残っているのでした。

イェルメさんは術後という事もあり、

健康に配慮した消化の良いものを出さねばなりません。

鍋の中のカレーの具材を肉とギントコは包丁で細切れにし、

根菜類はすり鉢に移しペースト状にしてまた鍋で混ぜ合わせます。

後はじっくり鍋で再加熱すれば、

胃腸が弱った方でも食べられるカレー風の流動食になるはず。

 

「おお、マルルクやるじゃねぇか。

だがオースまでは今のイェルメを連れてだと、

まぁ......三日はかかるかな」

 

ヘグイの実を食べきったシムレドさんが、

芯をゴミ箱に投げ捨てながら難しそうな表情で呟きます。

イェルメさんを探屈家の方々に運んでもらうにせよ、

それくらいの日数は覚悟しておくべきなのでしょう。

 

「三日分の流動食が必要なら足りない分は新たに作り置きして、

保存用の容器に入れて持って行っていただければ————」

 

「その提案、どうかお待ちを————」

 

どこかで忘れていたひどく聞き覚えのある声が、

ボクの耳に響いたのでした。

気が付けばボクの背後には漆黒のパワードスーツと、

縦一直線の割れた仮面の人物が。

 

「えっ————」

 

忘れかけていた事実————

そもそもこのカレーは黎明卿に振舞うために、

ボクが昨日作ったものでした。

大事なお客様にも関わらず、

ボク自身でも信じがたいことに、

イェルメさんの件で頭が一杯になりすっかり失念していました。

 

「げぇええ、黎明卿!」

 

黎明卿が宿泊中ということなどつゆ知らずのシムレドさんが、

この世の終わりのような声を上げています。

 

「おやぁ、ま~だいたのかい」

 

続いて寝起きのおし様もやってきて、

シレッと待ったをかけた黎明卿におし様は心底不愉快そうでした。

 

「すみません。昨日は、接待中だったのに......

ボク、すっかり忘れていました~」

 

ボクは高速で何度も頭を振りかぶりながらも、

黎明卿は特に気分を害した様子もなく平常通りでした。

 

「いえいえ、突然押し掛けたのは私ですからどうぞお気遣いなく。

それよりも今作ろうとしている料理の件なのですが......」

 

ボクを含めた周囲の反応など意に解することもなく、

黎明卿はペースト状になったカレーを指さし説明を続けます。

 

「肉や根菜を煮た料理というものは基本日持ちしません。

カレーは一晩寝かした方が美味くなると言いますが、

衛生面での危険性が存在します。

カレー内の熱が一旦冷めることで、

活動を休止していたウェルシュ菌が増殖し、

食中毒のリスクを高めてしまいます」

 

確かに料理は出来立てを食べるのが一番おいしいです。

でも過酷な探屈に従事する探屈家の方々からすれば、

調理をしている余裕さえない状況も多々あり、

その結果アビスの探屈史において、

調理不要の行動食が生まれた背景があります。

行動食である以上は保存が利くことが第一の前提条件です。

乾燥した固形食である行動食4号ならまだしも、

黎明卿の言う通り、

流動食ともなると水分を多く含む理由で、

保存が利かず菌の増殖も速いことになります。

 

「食事はできる限り美味しく食べたい。

しかし消化の良い温かい食事となると、

探屈中はいつでもと言う訳にはゆかない。

何とかしたいですよね?」

 

黎明卿が同意を求めるように屈んできます。

なんか顔が近いです。

ヴァイザーの光が眩しいです。

 

「もちろんです。でも、どうすれば良いのでしょうか?」

 

「ウェルシュ菌の性質上は高温で熱し続けるか、

凍らせて保存するか、あるいは空気と接する面を増やすことで、

菌の増殖を抑えることができます」

 

「そんな、流動食を高温に保つのも冷凍するのもここじゃ無理ですよ」

 

出来立ての料理を監視基地で提供することはできますが、

今の衰弱したイェルメさんの足ではオースまで片道三日分。

その間イェルメさんの胃腸と健康状態を考慮して、

三日分の衛生的に問題のない流動食を用意するとなると、

なかなか難しい問題なのでした。

 

「そう言うと思っておりました。

ですので、是非これをお使いください」

 

そう言うと黎明卿は、

正方形の平べったい金属の箱をボクに差し出しました。

上辺にキャップ式の開口部が付いています。

水筒のようにも見えなくはありませんが、

それにしては大きすぎます。

液状の薬品か何かを保管する器具でしょうか?

何故かは分かりませんが、

これを見た瞬間なにか壮絶に嫌な予感がするのでした。

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