「詳しくは申せませんが、
やがて探屈史に夜明けをもたらす発明品の一部をなすものです。
本来これは調理に使うものではなかったのですが、
あなたの仲間を想う熱意と創意工夫を見て、
行動食5号を作るにあたって私もつい閃いてしまいました」
行動食5号を思案中の黎明卿もなにか、
発明家としてのスイッチが入ってしまったのか、
昨日よりも少しばかり饒舌な様子でした。
高温に保つことも冷やして保存することも、
今の選択肢として無理ならば、
あとは空気の接地面を増やして保存する事。
これはそのための容器という事なのでしょうか?
「もしかして、この中にカレーを入れるんですか?」
「ええ、ウェルシュ菌は酸素に触れることを嫌いますから、
流動食が酸素に触れる表面積を増やす事を提案します」
ご名答とばかりに黎明卿が、
屈んでボクの視線に仮面の顔を近づけてきました。
おし様、なんか怖いです!!
「しかし、行動食5号を完成させるためには、
まだ必要な材料があります。
この器もそれに相応しい形に加工しなければなりません。
マルルク。これから、言うものを準備頂けますか?」
「はっ、はい……」
ボクが躊躇いがちに頷くと、
黎明卿がこっそりボクに耳打ちをします。
意外な言葉にボクが目を丸くしていると、
おし様が殺気を放った表情で割って入ります。
昨日の一触即発がボクの脳裏を過ります。
「何勝手に私の弟子に指示してるんだい……」
「おし様、でもイェルメさんの命が掛かっていますから」
「フン、仕方ないね」
意外にもあっさり引き下がったおし様は、
ボクと黎明卿に背を向け調理場を後にしようと踵を返すのでした。
「不動卿、ご理解頂きありがとうございます。
つきましては、監視基地の遺物置き場を少し貸してもらえますか?
お手間は取らせませんので……」
行動食5号発明のため黎明卿は、
金属製の筒に必要な工作を施すつもりらしいです。
「チッ、好きにしな。
マルルクも、ちゃっちゃとやって戻って来るんだよ」
背を向けたままの不貞腐れたおし様の声を受けて、
ボクは元気よく頷いてみせました。
「分かりました。おし様」
ボクは探屈服を着こみ準備を整えると、
急いで探屈のために外へと駆け出したのでした。
◆ ◆ ◆
上昇気流荒野————
2層と3層の中間地点に存在する大断層の外縁部。
普段は3層からの上昇気流で荒れ狂っているこの荒野ですが、
気流が静まっている今ならば目当てのものを持って帰れる気がします。
まずは岩盤にハーケンを打ち込み、
細長い岩の裂け目の中を慎重にロープを伝い降りてゆきます。
アビスの区分としてここは2層に属していて、
蒼笛のボクがギリギリ深く潜れる地点です。
が、黒く切り立った岩肌といい、
断崖絶壁から吹き上げる風と言い、
その峻険な光景はすでに3層のそれに近いのでした。
月笛以上のイェルメさん、シムレドさんの苦労の一端でも感じることが出来て、
少し嬉しいような苦しいような気分です。
早くボクも月笛に昇格して3層以降を探屈してみたいです。
そんなもの思いに耽りつつ、
ボクはロープを降りながら慎重にピッケルで壁面を突いて、
岩壁への感触を確かめます。
「あった!」
手ごたえありの固い感触。
更に壁面をピッケルで抉ると、
黄色く光る結晶が岩肌の中から露出し、
淡い光で煌いているのでした。
発光石。
これは衝撃を加えることで光を放つ鉱物です。
本来は発光弾のような形で探屈家が、
探屈道具の素材として利用することはありますが、
これから黎明卿が作る行動食5号とどんな関係があるのか、
今のボクには皆目想像が付かないのでした。
黎明卿から依頼されていた目当ての発光石をリュックに回収し、
ロープを手繰って戻ろうとしたその時————
「うわ!」
今日は上昇気流が凪いでいるから大丈夫だろう。
そんなあまりにも甘いボクの油断が、
愚かにも突然吹き荒れた上昇気流により砕かれる。
ここはアビス何が起こっても不思議ではないはずなのに、
簡単なお使い位に考えてしまった自分の浅はかさを悔いる間もなく、
大断層の大口がボクの全てを吸い込む。
終わった————
なんて、あっけない。
「ファーカレス」
そのとき黒い触手のようなものがボクの胴体をからめとり、
瞬時に断崖の上までボクの体を引き上げたのでした。
「ゲホゲホ……れ、黎明卿」
何があったかも分からないまま、
断崖の上へ放り出されたボクが見上げるその先には、
黎明卿が心配そうに地面に突っ伏したボクを見ていました。
「あなたにもしものことがあっては、
不動卿に申し開きが出来ません。
間に合って良かった。
発光石は手に入れたようですね。
こちらの準備は既に整っております。
さあ、戻るとしましょう」