そして、
黎明卿は今朝がたボクに見せた四角い容器を、
改めてボクに差し出しました。
よく見ると、容器の入り口が二つに分かれています。
今朝がた遺物置き場を借りたのは、
三日分の流動食を入れるためか、
三つ分の容器の加工を施すためだったようです。
中をのぞいて確認すると長方形の容器を開口部から底部まで、
縦方向に金属板で二つの空間に分けたようです。
「では早速作業に移りましょう。
マルルク、発光石を砕き更にすり鉢で粉末状にして下さい」
発光石を採掘して来るように言われた時は少し面食らいましたが、
今のボクはもっと驚いています。
いよいよ黎明卿が発光石を料理の何に使おうとしているのか、
ボクにはわかりません。
が、白笛に見えている世界とは常人には測りがたきものです。
ボクは黙ってハンマーで発光石を砕き更にすり鉢で粉末状にしてゆきます。
「次に、箱の上部に流動食を注いで下さい」
横倒しにテーブルに置かれた箱をよくよく見ると、
開口部にあるキャップも上下二つに蓋が分かれるよう加工が施されていました。
ボクは上部のキャップの蓋を開け仕切りで区切られた上部にカレーペーストを注ぎます。
「次に、粉末状の発光石を下部に敷き詰めて下さい」
何度も衝撃を加え粉末状になった発光石はその名の示す通り、
粉末状になっても輝き僅かに熱を放っています。
この輝く粉末を下部のキャップの蓋を開け仕切りの下部の空洞へと注ぎます。
「では、最後の仕上げです。
粉末を入れた下部へ水を注ぎ上下の蓋も閉じて下さい」
ボクは黎明卿の言う通りそこに水を入れ、
容器を閉じ密閉した状態にすると————
「こ……これは箱が熱い⁉」
しばらくすると金属製の容器は手で持っていられなくなるほどに、
水に反応した化合物が高熱を引き起こす化学反応を起こしたのでした。
「ええ、発光石は石灰と同様に水分に触れることで、
高熱を発する鉱物なのです」
発光石は衝撃を加えることで光を放ち続ける性質を持ちますが、
その粉末に水分を含ませることで放熱する性質を持っているようです。
「凄いです。発光石にそんな性質があるなんて、
ボク知りませんでした」
まさに多くの発明を手掛けてきた黎明卿ならではの着眼点です。
「仕切りの一方に水を流し込むことで再加熱が可能になります。
容器を横向きにして蓋を閉じれば表面積が広い分、
ウェルシュ菌の増殖を抑えることができます。
かつ、この方法により迅速に加熱が行き届きます。
これで増殖したウェルシュ菌の毒素を除去できるはずです」
「そんな方法を考えていたなんて!」
「これで、焚火で火を起こす手間を省き、
水さえ注げば探屈中いつでもおいしいカレーが食べられるのです。
しかも消化が早い流動食で胃腸に優しい。なんと……素晴らしい」
そう言って、両手を大仰に広げて見せる黎明卿は、
ヴァイザー越しに紫色の光をひと際明るく放ち、
どこか嬉しそうな鼓動に満ち溢れているようでした。
「歯ごたえのない流動食が探屈家の食文化として根付くでしょうか?」
「遠い異国においては、カレーは飲み物という格言さえありますからね。
これは探屈史においてのみならずカレー史に残る偉大な変革になるかもしれません」
「一体、黎明卿は何を目指しているのですか?」
「カレーの夜明け新しきボンカレー」
「おや、あんたも下らない冗談を言うだけの、
人間臭い度し難さが残っていたんだねぇ」
おし様が初めて皮肉屋らしい声色ながら、
黎明卿に笑顔を向けられたのでした。
「ええ、あなた方のおかげです。
師弟の絆とは良いものですね。
人間としての情を失った私もこれから向かう、
旅先で運命的な出会いを遂げそうですよ」
「ええ、ボクもしっかり学ばせて頂きました。
黎明卿の旅先でのご無事を祈っています」
おし様以外の白笛と接するという貴重な機会から、
ボクも色々と気付きを得ることができました。
ボクはペコリと黎明卿にお辞儀をしてみせると、
黎明卿の仮面のヴァイザーがひと際輝いているのが分かりました。
「ありがとうございます。
もしかしたら私も不動卿にとってのあなたのような、
素晴らしい弟子となる子供たちに出会えるかもしれません。
マルルク、愛ですよ愛————」
「何を気色悪いことを言っているんだい……」
おし様が本気で気色悪いと言わんばかりに絶句した表情で固まっています。
こうして黎明卿こと新しきボンドルドさんは
イェルメさんも探屈から戻る途中の蒼笛の探屈隊によって護送され、
数日後、無事オースの病院まで搬送されたとの連絡がありました。
◆ ◆ ◆
そして黎明卿の行動食5号の成果はと言うと、
流動食を作るという目的からすれば不発に終わってしまいました。
一つには、
探屈中の貴重な資源である発光石の粉末状に砕き貴重な水を消費してまで、
できたてのカレーを飲むのは、
労力的にも経済的にもわりに合わないという、
実用的な意見が今度は優ってしまったからだとかなんとか……
皮肉にもそれまで行動食4号を過小評価していた探屈家の方々が、
やはりいままでの行動食が合理性で優れていると再評価して、
行動食4号は未だに最も優れた行動食としての地位を保っているのでした。
では、行動食5号の開発は全くの無駄であったかというと、
そうでもなく行動食5号は、
光を放ち料理を温めるための発光石ではなく、
破壊力の強い炸裂石、爆裂石を併用して使う、
攻撃的な催涙兵器へと変貌してしまいました。
これまで電撃や毒で原生生物をマヒさせる道具は有りましたが、
視覚や嗅覚を刺激する新兵器としては革新的なもので、
視覚や嗅覚に優れた原生生物から逃れ、
あるいは狩るために探屈において有用と判断されたのでした。
以上の経緯から行動食5号は、
以後探屈家の間で催涙爆弾として活用されることになります。
「人間とは不思議なものですね。
携帯食であるはずの行動食5号を催涙兵器として転用するとは。
発明品とは往々にして発明者の意図しない使われ方をされるものです。
つまりこれもまた探屈家の性なのでしょう。
それはそれで素晴らしい」
結局、
黎明卿はどこか満足げに、
こんな言葉で探屈家のたくましさを讃えたとか、
後々、
ボクの耳に入るのでした。