「チリさんチリさん」「何や言うてみぃ」 作:フローライト
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グレープ・アカデミー校内。
学生寮廊下。
今は早朝故に、人の出入りも極端に少ない。今や在りし日の、古城としての姿だ。
穏やかな静謐。爽やかな時間。そんな厳かな雰囲気を、明朗な笑い声が吹っ飛ばした。
「〜〜〜〜〜ッ!!」
「なはははっ! 今自分すごい顔しとるで!」
笑い声と同時に、笑い声の元であるチリの緑髪も揺れた。そんな彼女の側には、リンゴが満載のカゴを背負うドンファンがいる。
ドンファンの目は呆れたようなものであり、それはチリに向けられていた。
「なん、なんっ、ですか、ぁ! これぇ!!」
ぎゅう、と目を瞑って少年ことハルトは言う。いかにチャンピオンといえども、子どもらしい反応はしっかり存在するらしい。
彼の手には一口齧られたリンゴがあった。どうやら酸味がかなり強かったのか、ハルトは若干むせてすらいた。
そんな彼においしいみずを渡しつつ、チリは笑いを噛み殺しながら説明する。
「ハッサクさんが実家からもろたらしくてな、そのお裾分けにもろたんや。どうにも、酸っぱいのと甘いのが混ざっとるみたいでなぁ」
「…っ、…っ…で、僕は大当たりを引いた?」
「堪忍な。綺麗な流れやったからつい笑てもうた」
「…もう!」
少年はボトルを片手に、拗ね顔を披露する。
流石にまずいと思ったのか、苦笑しつつチリは両手を合わせて片目を瞑る。
割とあっさり拗ね顔は治った。
「…でも、これだけ酸っぱいりんご、どうするんですか? 全部カジッチュに食べてもらうのは無理でしょうし」
「せやなぁ、見分け方くらい聞いとくべき───っと、渡りに船やな。ハッサクさんから見分け方来よったわ」
鳴ったスマホロトムを見るチリ。
気になるのかハルトもその画面を覗き込み、それを察してかチリは若干膝を折った。
二人の頭は同じ高さで、同じ画面を見る。
ハッサクから来たメッセージは、やたらと感嘆符が多く、ハルトの頭の中では「アヴァンギャルド!!!!!」なジムリーダーがよぎる。
朝に思い出すには濃いので、すぐド忘れした。
「すっぱいりんごは、あまいりんごと比べて青い…、確かに自分が持っとるの青いやんな」
「なるほど…あの、結構多くないです?」
「半分近うあんねんでこれ、どうしたらええかなぁ」
先の反応からして、そのまま食べるのは難しい。
すっぱいものが好きなポケモンにあげるのもいいが、量がどうにも多い。酸味に飽きられてしまいそうだ。
貰った手前、腐らせてしまうのも申し訳ない。
どうしたものか、と悩むチリとハルト。
しばし悩む時間があったが、先に案を思いついたのはハルトの方だったらしい。
少年は自室の扉を開く。
そして自分の寮部屋を指差して、妙案とばかりに明るい声で言った。
「料理教室の時間です!」
「はい?」
ハルトの部屋、台所。
「つじぎり!」
「───ッ!」
持ち主の要望通り、スパパパパァ!! と三つほどあったリンゴが一瞬で小分けにされた。
その早業は、一対の腕によるもの。
刃の様な緑色のそれは、エルレイドというポケモンの代表的な特徴だろう。
無邪気に「イェーイ!」とハイタッチをするエルレイドとハルト。その光景を尻目に、チリは切り分けられたリンゴを見て、目を見開いた。
りんごは皮剥きまでしっかり行われていた。あのエルレイドはどんな素早さをしているのか、感心すら覚える。
「ありがと、早くに起こしちゃってごめんね」
少年は、エルレイドの腕を拭いてからボールに戻す。そして棚から道具や材料を取り出した。
りんご。砂糖。水。鍋。レモン。思いの外、簡単な準備にチリはやや面食らう。
「何作るん?」
「コンポート! です!」
こんぽぉと、と反芻での返答。
エプロンを身につけ、これから作るものの軽い説明をする。
「ようは砂糖水煮です。瓶詰めにすれば一週間は保ちますし、アイスクリームとか、生クリームとかと合わせると美味しいんですよ?」
「はぁー…今そんなおしゃれなもん習うん? チリちゃんの時とは大違いやなぁ」
「チリさんの時だと何習ったんです?」
「シンオウのイモモチ」
「あ、教科書に載ってました」
切れたリンゴが水に浸るよう鍋へ。
砂糖とレモン汁も加えて、何度か混ぜる。
そこに弱火をかけて、透き通るまで待つ。
「これで、20分も経てば完成です」
「意外と簡単なもんやな。これなら忙しい時でも作れそうやわ。覚えやすいのも助かるでほんま」
「アレンジも豊富ですしね!」
ふふん、得意げに笑うあどけない顔。
お菓子作りは、彼の数少ない趣味の一つか。
それとも料理自体が好きなのか。
ともかく、楽しげに鼻歌を歌う少年の横顔に、チリは微笑ましさを覚える。
くつくつと温かな音がする。
透き通り始める黄色い果肉。朝日を浴びる砂糖の溶けた水は湖面のように。
ひどく優しい時間。テラスタルのように光を通したリンゴ。微かに揺れゆく鍋を、木のヘラで二度三度回す少年。
その光景を目にしながら、良い朝だなとぼんやりし出した頭でチリは思考する。
「……チリさん?」
しかし、ハルトの声で我に帰る。どうやら、思いの外呆然としていた時間は長かったらしい。
「っ、えっと、なんやったっけ?」
「もうすぐ出来ますよ。もう朝は食べました? まだなら、味見がてら朝ごはんにしようかと」
「ええの? まだ食べてへんし、折角やからお言葉に甘えて頂こかなぁ」
「じゃあ、少し待っていてください。先に食器だけ出してもらっていいですか?」
「あいさー」
言われた通りに皿を出していく。
その間もハルトは手際よく朝食の支度を進める。てきぱきとした動きからして、料理はよくするのだろう。
そしてさほど時間はかからず、あっという間にテーブルの上に朝食が並んだ。
パンケーキと焼きベーコン、サラダに加えて、先に作ったコンポートだ。
コンポートは円形に並んでいる。
皮と果実の色で、りんごが再現されていた。
トッピングのホイップクリームは目のように。添えられたミントからして、何のポケモンがモチーフになったのかわかりやすい。
「凝ってみました、カジッチュ風盛り付け」
「おおぉ……めっちゃおしゃれやんかこれ……わざわざ作ってもろて悪いなぁ」
「一人で食べるより、皆で食べた方が楽しいですし全然問題なしです! 一人で食べたいときもまぁまぁありますけど、テスト明けとか」
「目ぇ濁っとるで」
チリはりんごのコンポートを舌に乗せる。
瞬間、口の中に広がる甘味と酸味。みずみずしく、サクリとした柔らかな歯ごたえ。
しっとりとした果物の風味と香りと甘みがたまらない。
「んん~…! うまい……!」
「良かった、ちょっと不安だっので」
ハルトもまた、コンポートを口に運ぶ。
あのりんご特有の酸っぱさが、砂糖のおかげで緩和され、上品な味わいになっている。
この分なら、あの大量のリンゴを使い切ることも夢じゃないだろう。
そう思えば、少年は内心で安堵した。
「…そういや自分、ガラル地方の話しっとる?」
カジッチュを模したコンポートを食べ進める中で、ふと思い出したかのようにチリが言った。
唐突な話題に一瞬きょとんとするも、すぐに少年は反応する。
「…あまり」
「さよか、いやちょっとおもろい話があってな」
チリはそこで悪戯っ子のように笑う。少年はすぐに「ああ、揶揄う時の笑顔だこれ」と気づいた。
ただ───、
「向こうじゃ好きな人にカジッチュ送ると、その人と結ばれるらしいって噂があるらしいで」
「ッ、えほっ、ごほっ!?」
彼の予想外の方向から来たせいで、少年は盛大にむせたのだが。
口の中に何もないのが幸いだろう。
しかし、それを見越して、彼女はこんなことを言ってきたのかもしれないが。
「いきなり変なこと言わないでくださいよ!!」
「なははは! 何やかわいい反応するやん!」
「あー!もー! 何か今日チリさん意地悪!」
「すまんすまん! 朝からええ反応するからついなぁ」
カラカラと笑い声が響く。賑やかな朝だ。味わうのは、生クリームと合わさった上等な甘味。
カジッチュの目を模したミントの葉もあって、後味も爽やかだ。
その賑やかさが〝悪うないな〟という、小さ言葉が隠した。
それが、噂か
「…そういやチリちゃん、普通に自分の寮部屋に上がっとるけど大丈夫なん?」
「オモダカさん普通に入ってたので多分」
「何しとんねんトップ」
エルレイド…A252、S252・とくせい:きれあじ。テラスタイプはあくで持ち物はこだわりスカーフ。ドラパルトを逃さない。