狂おしいほど愛して…… ― 都みゆり in 艦これ ― 作:いちばんだめなあるじ
「急な配置転換ではあるが、本日より私がこのブルネイ泊地を任されることになった。皆も困惑しているだろうがよろしく頼む。」
――南西諸島海域ニテ新タナ深海棲艦ノ活動ヲ確認セリ。
――現時刻ヲ以テ、貴官ヲブルネイ泊地臨時司令ニ任ズ。
――可及的速ヤカニ新タナ深海棲艦ヲ調査、撃滅セヨ。
「先任提督の秘書艦を務めていた者には、引き続き秘書艦を担当してもらいたいのだが――」
「提督、私が先任秘書艦の陸奥よ。現状を考えれば仕事の引き継ぎをしている余裕もないし……そうね、引き続き秘書艦として頑張らせてもらうわ。」
十二隻――急な着任とはいえ泊地の司令官室に集まった艦娘の数はあまりにも少ない。その中で先頭に立つ艦娘が答えた。
本国から離れた地であることを踏まえても、この地は重要拠点の一つ。新たな深海棲艦が見つかったことも考えれば、もっと戦力を集中させてもおかしくはないはずだった。
「陸奥、ありがとう。よろしく頼む。早速ですまないが、残存戦力の把握と新たな深海棲艦の情報が欲しい。ここに居ない艦娘達との顔合わせも兼ねて、今夜にでも集まれる機会を設けてくれ。」
「わかったわ。夜間巡察の子達には、出る前に司令官室に顔を出すように通達するわね。」
「あぁ、それで構わない。」
臨時司令を任されたこの男――元は本国で教官補佐という絶妙に目立たない立場に席を置いていたのだが、どうゆうわけか今回の大抜擢に当たりどこからも不満が出ることはなかった。
実のところ、横滑りに秘書艦となった陸奥も彼の教え子と言える経歴を持つ。今回の司令官交代に際し、陰ながら尽力していたのも彼女であった。
彼女も先任提督に対してさほど不満があったというわけではない。むしろ、秘書艦としてのいろはを学ばせてもらった恩すら感じている陸奥であったが、新型と思しき深海棲艦の出現がそれらを全て覆した。
「一先ず、集まってくれた者達には伝えておくが――今回の着任は件の深海棲艦をいち早く補足、撃滅するための特例措置だ。」
提督の言葉に艦娘達の雰囲気が引き締まる。
「そして、諸君らの任務もそれに準じることとなる。昼夜の巡察は必要だが、それ以外の行動についてはこれまで通りとはいかなくなることを覚悟してほしい。」
控えめな表現ではあるが、提督が発したのは事実上の緊急事態宣言。覚悟の上であった陸奥でさえも、表情が強張るのを隠すことができなかった。
「一両日中に今回の作戦に合わせた指揮系統を構築、早急に敵対勢力の調査を開始する予定だ。詳細は今夜改めて通達する、私からは以上だ。陸奥を残して解散して構わない。」
司令官室を出ていく艦娘達の表情は様々だ。新たに着任した提督への興味を隠さない者、急な司令官交代に困惑する者、深海棲艦との交戦に意気を上げる者。
それぞれの想いを胸に秘め、ブルネイ泊地の新しい日々が幕を開ける。
その日の夜、陸奥の呼び掛けにより夜間任務中の者達を除く全員が、作戦司令室へと集まった。
「間宮さん、急な招集にも関わらず軽食の手配までご協力いただき、ありがとうございます。」
「いえいえ、伊良湖ちゃんも手伝ってくれましたから。お店の残りも処分しなくて済みましたので、お気になさらずに。」
作戦司令室の中央、海戦図を広げるための長机には、小さなおむすびや団子などが並べられ、ささやかな食事会のような様相である。
さりとて此処は作戦指揮を担う場所。こうしてほぼ全ての人員を招集し、食事会を開くのであれば広さの上でも食堂の方が適している。
任務を終えた者、訓練を終えた者達のための配慮として軽食を用意した――そう考える者が大半であろう。しかし、陸奥を含む既に提督との顔合わせを済ませた者の内数名は、その真意に気付いていた。
「――諸君。」
決して大きな声ではなかった。低く、太い、男性特有の声で発せられたその一言――たった一言で、周囲の空気が重みを増したかのようだった。
ざわついていた室内がしんと静まり返る。その場に居る数十の視線が一箇所に、部屋の最奥に位置する提督へと注がれる。
「現時刻を以て、当泊地は厳戒体制に入る。」
「―――!?」
息を飲む声なき声、驚愕、困惑、怒気、覇気、決して広くはない室内に様々な感情が入り乱れる。
「目標は新型の深海棲艦、その撃滅を以て本作戦は完了と成る。その為、第一に目標及び敵対勢力の調査。第二に本作戦を阻害しうる敵勢海域の制圧。そして第三に目標深海棲艦の撃滅。この三段階で作戦を進行する。」
畳み掛けるように告げられていく提督の言葉が,まるで意思を持っているかのように場の空気を支配していく。
「この場に居ない者には先行して任務を伝えてある。これまでの情報と、彼女達が持ち帰る情報を元に作戦の骨子を立案。直ちに遂行していくものとする。」
本国では教官補佐という表舞台とは疎遠な立場に居たというのに、その男が醸し出す立ち振舞いはさながら歴戦の提督かのように堂々としたものだった。
「……八時、十時、十二時方向に敵影無し、です。」
「わかったわ。このまま北西方面に進軍しましょう。夜間で上空からの見通しが良くないから、大鷹は索敵を密にお願いね。」
天気は快晴、雲一つない星空の下、洋上を進む艦娘達が居た。
旗艦を担うは愛宕、先程から前方へ偵察機を飛ばす大鷹と連携し、艦隊の進軍を指揮している。
「ふぁ……ふぁ〜ぁ……」
「もぉ、眠いのはわかりますが任務中ですよ?」
慎重に航行する先頭二隻とは裏腹に、欠伸をしながらのらりくらりとその後ろを着いていくのは大東、そしてこくりこくりと首を傾けている日振だ。
彼女達は先行任務にあたり急遽今回の夜間巡察部隊に編入されていた。そのため、十分な睡眠も取れないままに駆り出され、その眠気も限界に達しようとしていたのだった。
最後尾に位置する五月雨は、欠伸を隠しもしない大東に声を掛けながらも、隊列が崩れてしまわないよう周囲に気を配っており、同じく最後尾を航行する村雨は、泊地を出発してからというもの険しい表情のまま一言も発せず唯々探信儀を凝視し続けている。
南シナ海洋上、泊地の位置するボルネオ島から遥か沖合、見渡す限りの水平線の中を六隻の艦娘達は静かに目的の座標へと航行を続けていた。
天高く輝くは剣の月、何一つ遮るものの無い海原を遍く照らし出す。
陽の光を嫌い、暗く深い大海に沈む獣の元へ、刃の如き月の輝きが突き刺さる。
其の獣は月光を浴び、新たなる贄を求めて動き出す。
最初に異変に気付いたのは大鷹だった。深海から響く轟音を察知できたのは探信儀の性能の賜物であり、偵察機の運用に集中していた彼女は気付くことができただけで、反応することまではできなかった。
「………?……えっ、これは……?」
それに対し、常に探信儀の反応に備えていた村雨は気付きこそ大鷹に遅れたものの、そこからの反応が早かった。
「下から何か来る!散開して!」
「総員、散開!」
村雨による艦隊後方からの叫びを受け、愛宕も間髪入れずに号令をかける。
「散開っ!」
最初に反応した村雨は言うに及ばず、その隣で周囲に気を向けていた五月雨も素早い反応で散開を果たす。
「さっ、散開!」
低速であるためやや遅れたものの、大鷹も音源の進路から距離を取ることに成功していた。
「ふぁっ!な、なに!?」
問題だったのは海防艦二隻、眠さにかまけて探信儀の反応に気付くことができず、散開の号令にも反応できていなかった。
海中から湧き上がる轟音は徐々に激しさを増し、探信儀を有さない愛宕でさえも、その脅威を肌で感じ取っていた。
「………くぅ!」
愛宕は早くも決断を迫られ――旗艦としての立場が判断を鈍らせた。
今ならまだ手が届くところにいる。しかし敵の戦力は未知数、最も優先すべきは情報を持ち帰ること。彼女達とて同じく戦場に身を置く者、その身に損害を受けることも――
「愛宕さんっ!離れて下さい!」
愛宕の混迷する思考を断ち切ったのは五月雨だった。
足元から響く轟音は海面を揺らし、その接近を知らせているというのに、五月雨は迷う事無く飛び出していた。
旗艦として艦隊を率いる愛宕、上空から海中に至るまで索敵を担う大鷹、そして並々ならぬ意思を持ってこの任務に自ら志願してきた村雨。
今この場で最も身軽なのは自身であると、瞬時にそう判断した故の行動だった。当番制の夜間巡察任務から横滑りで配置されただけの遊撃要員、そんな自分だからこそできることもあるのだと。
「大東!日振!止まっては駄目!」
愛宕はせめてもの援護とばかりに機銃を上空に向けて撃ち鳴らし、足を竦ませる海防艦の子達に発破を掛ける。
「あわわわわわわ!」
取り戻しつつある冷静さの中で、大東と日振は急ぎ散開せんと動き出すが、荒れ狂う水面がうねりその航行を阻害する。
「くぅっ……!何とか……しないとっ……!」
急速発進によりとんぼ返りした五月雨は速度を上げた事が裏目に出てしまい、荒れ始めた海面に舵を取られ、彼方との距離を詰められずにいた。
混乱を窮める彼女達を嘲笑うかのように、遂に深海の獣が牙を剥く。
ワォォォォォォォォォン―――
確かに彼女達はその声を聴いた――否、彼女達の三半規管はその瞬間に機能を失っていた。
海水が、大気が――その存在が海水面を突き抜けた瞬間に周囲の空間一帯が――爆ぜた。
荒れ狂う水面を打ち破り星空の下へ晒されたその姿は、圧倒的な存在感を以て彼女達を恐怖の奈落へと突き落とした。
彼女達の頭上へと舞い上がるその姿形は深海棲艦特有の漆黒に包まれた鯱、若しくは鯨と見紛うほどの巨躯。
流麗なその形状は一振りの太刀の如く研ぎ澄まされ、見る者の意志を――心を両断する。
「―――!――――――!」
音が失われた世界の中で、彼女達は刮目する。
宙を舞う巨大な深海棲艦、その背に立つ小さな影。
人の姿でありながらも、側頭部から伸びた天を突く耳と、腰下から伸びた地を撫でる尾を持つ異形。
剣の月の輝きに照らされ、浮かび上がったその姿は正しく獣であった。