狂おしいほど愛して…… ― 都みゆり in 艦これ ―   作:いちばんだめなあるじ

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強襲せし愛の獣 Ⅱ

 跳ね上げられた海水が重力に敗けて雨のように降り注ぐ中、深海の獣はその巨体からは考えられない身軽さで事も無げに着水し、艦娘達に息吐く暇を与えることなく行動を開始した。

 

「―――!―――!」

 

 海面から背の部分だけを露出させた鯱の背鰭付近から小さな影が次々と飛び出し、艦娘達へと襲いかかる。

 

 蝦蛄海老のような形状をした水上機と思しき小さな影達は、水面すれすれを縦横無尽に飛び交いながら突撃を敢行する。

 

「――!?」

 

 深海からの強襲により隊列を喰い破られ、爆音に聴覚を潰され、そこへ畳み掛けるような水上機の自爆突撃となれば更なる混乱は免れない。

 

 一度崩れた戦線を立て直すのは歴戦の艦隊であっても至難の業――急拵えの任務艦隊である愛宕達に対処できる道理はない。

 

 水面下からの急襲突撃を間近に受け海防艦二隻は既に中破規模の損傷、彼女達を助けに向かった五月雨も直撃は避けたものの蝦蛄の自爆突撃による追撃で艤装が破損。

 

 邂逅よりわずか数分にして艦隊の半数が既に戦力外となりつつある現状は、急造の指揮官の心を圧し折るのに十分過ぎる破壊力を有していた。

 

「――!?―――!――!?」

 

 錯乱する愛宕の叫びは艦娘達の耳に届くことはなく、その答えが己の耳に届くこともなかった。

 

 一度突き立てられた獣の牙は、早くも彼女達の喉元深くまで抉り取らんとしていた。

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……!」

 

 愛宕達が深海棲艦と衝突した海域から少し離れた場所で、提督より先行して任務を与えられた七人目の艦娘――青葉は自らの運命を呪っていた。

 

 ――先行任務艦隊と深海棲艦の交戦を記録せよ。

 

 記者を名乗る自分にうってつけの任務だと、よく考えもせず飛び付いた数時間前の自分の甘さを許せなかった。

 

 手元の写真機を覗き込むが、その視界に映るのは一面の闇。星空の瞬きなど充分な光源足り得ないのである。

 

 当初愛宕達に与えられた任務において、夜間戦闘は想定されていなかった。

 

 夜のうちに艦隊が敵対勢力が居ると思われる海域へと先行し、夜明けとともに交戦――新型深海棲艦との戦闘記録を持ち帰る。

 

 思い返すほどにこちらの都合しか考えていない作戦だ。敵対勢力圏へと足を踏み入れるのだから、夜間の遭遇戦や敵からの急襲があり得るのは当然のこと。

 

 そして最も恐ろしいのは、敢えてそう仕向けられていたのではないかということなのだ。

 

 あの新任の提督にしても、そして青葉にだけこっそりと七人目としての任務があると伝えてきた秘書艦の陸奥にしても、それらを一切考えなかった訳がない。

 

 厳戒体制――その言葉の本当の意味を理解できていなかった。こうして実際に彼女達が強襲を受けてようやく理解できたのだと言える。

 

「覚悟を決めて、取材……これまでに培った経験を活かすのよ、青葉!」

 

 人知れず魂を燃やし、青葉は戦場へとその身を投げ出すのだった。

 

 

 

 

 

「アラアラ、ソンナブスイナモノハ……『ナイナイ』シチャイマショウネ」

 

 戦場では深海の獣による蹂躙が始まっていた。

 

 蝦蛄型の水上機による自爆突撃が収まるかどうかという頃合いで、再度深海の獣は動き出した。

 

 海面すれすれに潜航する鯱は荒れ狂う波を物ともせず、目にも止まらぬ速さで戦場を駆け巡る。

 

「アハハッ!アハハハハハッ!コレモッ!コレモッ!『ナイナイ』シマショウネェ!!」

 

 真に怖ろしきは海上を跳び回る獣だった。鯱の背から弾丸のように跳び出し、一当てしてはまた鯱の背に着地を繰り返す様は八艘跳びを彷彿とさせる。

 

 一心同体であろう鯱との絶妙な連携が生み出す超高速の立体機動は、初見で対応することなど不可能に思えた。

 

「うわあぁん、痛ぁい!」

 

「ウフフッ、コレデ『ナイナイ』デキマシタネ!」

 

 真っ先に狙われたのは、最も近くにいた五月雨だった。執拗なまでに艤装ばかりを狙われ、遂にその全てが破壊され、切り離さざるを得なくなってしまった。

 

「スンスン……スンスン……アラアラ、コチラカライイカオリガシマスネェ……!」

 

 次に狙われたのは日振と大東、既に中破規模の損傷により逃げ出すことも身を守ることもままならなくなっていた。

 

「ロォーリィー!アァー、カワイイネェ!カワイイネェ!アナタタチモ『ナイナイ』シチャイマショウネェ!」

 

「やだあぁーっ!こ、こんなの!」

「いでっ!ちくしょー!」

 

 既に半壊していた艤装は瞬く間に破壊され、五月雨に続き武装解除を余儀なくされてしまう。

 

「ンフゥー!ナンテオイシソウナロリナノカシラァ!ヂュルッ……アァ、アァ!イマスグタベチャイタイ!!」

 

 突如、急制動をかけて停止した深海の獣が、日振の方へと視線を向け、獲物を捉えんとばかりに凝視する。

 

 未だ音のない世界にいた日振であったが、その血走った眼と口角から溢れ出した涎に気付き、背筋が凍り付いた。

 

「コワガラナクテイイノヨォ!ヂュルッ……ママト『イイコト』チマチョウネェ!」

 

 深海の獣は、日振の絶望した表情に更に歪んだ笑みを深め、再び鯱の背から跳躍した。

 

「ハァ……ハァ……ッ!モウムリィ!ペロペロスルゥ!ペロペロスルノォォォォォ――ブベッ!?」

 

 日振に向けて一直線に跳び出したはずの獣だったが、その横槍を突く形で撃ち込まれた砲弾が直撃――速すぎる自速と空中機動の中では堪えきれず、大きく真横に吹き飛んだ。

 

「村雨の……ちょっといいとこ、見せたげる!」

 

 

 

 

 

 仲間達が攻撃に晒される中、村雨は波間に紛れながらただひたすらに聴覚の回復に努めていた。

 

 艤装の補助があるとはいえ、戦闘状態の海域においてバランス感覚を失うのは致命的だということは日頃から訓練で叩き込まれている。

 

 そして夜間戦闘となれば聴覚の重要性は昼間の比ではない。

 

 村雨は極めて冷静に、ありとあらゆる可能性を取捨選択した上で、三半規管の機能を取り戻すことを優先したのだった。

 

 

 

 

 

「探照灯、照射!……みんな!聞こえたら返事をして!」

 

 三日月の淡い光だけが頼りだった暗闇の世界に、一筋の光が差し込まれた。

 

「村雨さん!?……夜間航空機隊!援護を!」

 

 村雨の声に真っ先に応じたのは大鷹だった。

 

 探照灯が照らし出した敵影に向けて艦載機隊を発艦させると、未だに反応を見せない愛宕の方へと援護に向かう。

 

「愛宕さん!聞こえますか!?……愛宕さん!」

 

 大鷹の視界に入った愛宕であったが、彼女は荒れる波間をただ艤装の力で浮かんでいるかのように、微動だにしていなかった。

 

「……愛宕さん?」

 

 その異様な光景に大鷹は急いで彼女に近付いて行き――近付くにつれて心が痛みを覚えた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 愛宕の目は焦点を失い、膝は震え、虚ろな言葉を吐き出し続けていた。

 

 

 

 

 

「今しか……ないっ!」

 

 村雨が灯した探照灯の光を見て、青葉は何度目かの覚悟を決め、戦闘海域へと飛び込んだ。

 

 陸奥から手渡された活動写真機を回しながら、もう一方の手で自前の写真機も最大限に使い、戦場の様子を撮影していく。

 

 探照灯の強力な光源のお陰で、自分の動きを暗闇に紛れさせることは難しくなかったが、相手は新型の深海棲艦、何に反応するかわかったものではない。

 

「あれは……っ!」

 

 青葉はその時見た光景に違和感を感じた。

 

 村雨の砲撃で吹き飛び海に落ちた獣を、水中から掬い上げる鯱。

 

 何がおかしいのかまでは解らなかったが、その様子が何故か気になった青葉は、手元の写真機を動かし続けた。

 

 

 

 

 

「ヨコカラジャマヲスルナンテ……イケナイコ……」

 

 海中から鯱によって掬い上げられた深海の獣――全身ずぶ濡れの姿ではあったが、探照灯の光を浴びて遂にその全容を衆目へと晒す。

 

 白銀の長髪を左右に纏め、その上に獣の如き耳が二つ。腰下から生えた真っ白な尾は水気を払うためかぶるんぶるんと暴れ回る。

 

「……み……ゆ……り?」

 

 潜水隊の身に付けるような真っ白な水着の胸元に飾られた名札には、大きく書かれた『りゆみ』の文字。

 

「ハァイ、ミユリデスヨー!ウフフッ、フフッ、ウフフフフ……」

 

 村雨の小さな小さな呟きに、その人狼は不気味な笑みで応え――

 

「ツインテールゥ!!ンフゥーッ……ウフフッ、ヂュルッ……タベチャイタイ……」

 

 その瞳に怪しげな光を灯し、新たな獲物へと狙いを定めるのだった。

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