狂おしいほど愛して…… ― 都みゆり in 艦これ ―   作:いちばんだめなあるじ

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強襲せし愛の獣 Ⅲ

「本っ当に、困るんですけどぉ……」

 

 みゆりと対峙した村雨は戦慄していた。

 

 駆逐艦の小口径主砲とはいえ、埒外からの砲撃をまともに被弾すれば並みの深海棲艦は手傷を負うはずだった。

 

「これだから姫はいやなのよぉ……」

 

 装甲と呼べるような艤装すら持たないというのに、眼前に立つみゆりには傷一つ見当たらない。深海棲艦の中でもずば抜けた戦闘能力を持つ姫であることは明白だった。

 

「ヒメ?ミユリハヒメジャナイデスヨ?フフッ、ヒメハコウ――だからよぉ〜!なんでよぉ〜!――コレガヒメ。」

 

「な、何を言ってるのかなぁ〜?」

 

 村雨の呟きに反応したみゆりの意味の解らない発言に、村雨は更に困惑せざるを得なかった。

 

 深海棲艦、特に鬼や姫の中には言葉を操る者がいることは知られているが、常に嫌し憎しと罵声を浴びせられるのが常であった。

 

「おはひめぇ〜!こんひめぇ〜!――コレガヒメデス。ウフフッ。」

 

 それがこんな小芝居じみた脳天気なことを――しかも、戦闘の最中に言い出すなどとは思ってもみないことだった。

 

「えっ、えぇ……?」

 

 探照灯が照らし出す海上の小さな舞台、ころころと表情豊かに笑うその姿はあどけない少女のよう――みゆりの思いもよらぬ行動に、村雨は緊張の糸を解いてしまった。

 

「デモォ……イマハミユリノコトダケカンガエテ……ミユリノコトダケヲ……ミテッ!」

 

 深く深い闇を湛えた瞳の奥底。

 

 其処に宿る狂気の灯火が消えることは無い。

 

 例えそれが異質な、異形の獣であったとしても――深海の闇に陽の光は届かない。

 

 

 

 

 

「偵察機隊の皆さん……どうか、お願いします。」

 

 深海の獣と対峙する村雨を遠く視界に捉えながら、大鷹も次なる行動に出ていた。

 

 合流を果たしたものの旗艦である愛宕は心神喪失、残念だが戦力に数えることはできない状態であり、五月雨、日振、大東は艤装大破により武装解除。

 

 先に獣が見せた超高速の立体機動攻撃だけを取っても、対策を見出だせないまま交戦を続けたところで戦況を覆せるような相手ではない。

 

 つまりは、撤退――今もなお矢面に立ち続ける村雨には謝っても謝りきれないが、今回の任務はあくまでも戦力偵察、生きて情報を持ち帰ることこそが最優先なのだ。

 

「愛宕さん……ここで待っていて下さい……っ。」

 

 絶望の淵に沈む愛宕の痛ましい姿から意識を振り切り、大鷹は五月雨達の元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 ――ブオォォ〜!ブオォォ〜!ブオォォ~!

 

 大鷹から放たれた後、上空から機を伺っていた夜間航空機隊であったが、みゆりの背後から攻勢をかけようとしたところで手痛い反撃を受けた。

 

 みゆりは見計らったかのように腰元に備えていた法螺貝を手に取ると、それを意気揚々と吹き鳴らし、ただそれだけで上空からの脅威を防いでみせた。

 

「ウフフッ、ミユリノジャマヲシヨウダナンテ……イケナイコ。」

 

「音響型の対空防壁……?あんな兵装まで備えているなんてぇ……」

 

 対する村雨はみゆりの兵装に驚きながらも、心の中で航空機隊に感謝していた。

 

 みゆりの深海棲艦らしからぬ行動に気を抜いてしまっていた――もし、あの瞬間自身に攻撃の手が向けられていたらと思うと背筋がぞっとする。

 

「ふぅー……っ!」

 

 村雨は大きく息を吐き出し、緩みかけた気を今一度引き締め直す――二度と心惑うことはしないと。

 

 しかし、そんな刹那でさえも狂気の獣は容易く喰い破る。

 

「あ……れぇ?」

 

 探照灯の照らし出す先にみゆりの姿は無く、村雨の瞳にはその場に残された漆黒に輝く鯱の背が歪んで見えた。

 

 ふわり――生温い風が頬を撫で、探照灯の灯りがまるで蝋燭の火のように、ふっと掻き消される。

 

 視界を覆う暗闇と、全身を包むひんやりとしたみゆりの体温が、村雨を恐怖のどん底へと引き摺り込む。

 

「フゥーッ………ツゥカマァエタッ、ウフフッ。」

 

 耳に障る吐息、背に触れる柔らかな感触、脳髄の奥まで痺れるような甘い囁き声、その全てが恐ろしかった。

 

「あ……あぁ……あぁ……」

 

「アラアラ、コワガルコトナンテナイノヨ?ホォーラ、ヨシィヨシ……イイコォイイコォ……」

 

 みゆりの手が村雨の髪を、頬を撫でる。慈しむように、愛しむように――その柔らかい手つきには一切の力を感じない――だというのに、村雨は微動だにすることができなかった。

 

 

 

 

 

 村雨の介入により九死に一生を得た日振は、大東、そして合流した五月雨と共に戦況を見守っていた。

 

「村雨さんっ……!」

 

「だ、ダメだよぉ!今の私たちが出て行っても邪魔になるだけだよ!」

 

 みゆりと名乗った深海の獣が村雨を捕捉したのを見るや、日振は思わず飛び出しそうになるが、五月雨の制止によってどうにか思い留まった。

 

「くっそーっ、どうすることもできないなんて……」

 

 武装を全て破棄せざるを得ないほど徹頭徹尾艤装を破壊されたというのに、幸か不幸か彼女達自身は大した傷を負うこともなく五体満足に動けていることが、不甲斐なさを感じる気持ちに拍車をかけていた。

 

「皆さん!大丈夫ですか!?」

 

 後方から聞こえてきた声に顔を向けると、こちらへ向かってくる大鷹の姿が見え、五月雨達の表情にも心なしか安堵の色が広がる。

 

「大鷹さん!来てくれたんですね……愛宕さんは……?」

 

「………。」

 

 五月雨の問いかけに大鷹はただ首を横に振って応えたが、しかしその瞳には強い意思を宿していた。

 

「そう……ですか。………大鷹さん?」

 

 旗艦の不在に一抹の不安を覚えたものの、大鷹のただならぬ様子に五月雨達も何かを感じ取り、再び表情を引き締める。

 

「撤退しましょう。皆さんは愛宕さんと合流して、すぐにこの海域を離脱して下さい。」

 

「―――!?」

 

 大鷹から告げられる即時撤退の意思――それは交戦中の村雨を見捨てるということに他ならない。

 

 戦場に身を置く者として常に覚悟しておかなければならない選択肢であったが、窮地を救われたばかりである日振達にその判断を下すのは容易ではなかった。

 

「大丈夫です。私が村雨さんを助けます。」

 

 日振達の反応に大鷹は言葉を重ねると、揺るがぬ意思を示す強い眼差しで微笑んでみせた。

 

「………っ!」

 

 五月雨達にはその言葉の意味するところが如何に困難を窮めることなのか理解していた。そして、今の自分達にはそれを止める術も、代わる選択肢も持たないということも。

 

「………」

 

 だからこそ無言を貫いた。大鷹の目を、瞳をしっかりと見据え、自分達の意思を、想いを乗せて。

 

 そして、そんな彼女達の元へ忍び寄る影がもう一つ。

 

「ふっふ〜ん……青葉、見ちゃいました。」

 

 

 

 

 

「スンスン……スンスン……スゥーッ………ハァ、セーラーフクッテアマァイカオリナンデスネェ……ウフフッ……」

 

 みゆりに取り着かれた村雨は身動きもできず、全身を撫で回され、匂いを嗅がれ、なすがままの状態が続いていた。

 

「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ………ペロッ、ペロペロッ……ンフッ、トォッテモアマァイ!カルピスノアジィ!」

 

 首筋にぞわりとした怖気が走ったかと思うと、みゆりは村雨の服をぺろぺろと舐め始め、びくんびくんと痙攣しては訳の分からないことを叫び出す。

 

「うぅ〜……」

 

 ここまでどうにかみゆりの狂気に耐えていた村雨も精神が限界を迎えつつあった。

 

 そもそもこうして耐えていられることの方がおかしいとも言える極限な状況だが、それはひとえに村雨が此処に居る理由にあった。

 

 今から約一週間前、みゆり――すなわち新型の深海棲艦の存在が確認された時、その場に居合わせた艦娘の中に姉である白露がいた。

 

 日中の巡察任務中とはいえ敵対勢力に遭遇することは極々稀であり、白露を含め部隊の面々もどこか気を抜いていたことは否めない。

 

 突如姿を現した謎の深海棲艦の襲撃を受け、為す術もなく部隊は壊滅。

 

 遭遇時に打たれた救援要請信号により、緊急出動した部隊が彼女達を見つけた時には深海棲艦の姿は既に無く、艤装の全てを破壊され心神喪失状態となった白露達だけが残されていた。

 

 村雨の脳裏には、今も痛ましい姿で帰還した白露の姿が焼き付いている。いつも騒がしい姉だとばかり思っていた白露の憔悴した姿に、村雨は心を震わせ猛る想いを胸に志願したのだった。

 

「ンフッ、ンフフフッ!ホォ〜ラ、ヌギヌギシマショウネェ……ジュルリ……」

 

 絶え間なく全身を這い回るみゆりの手によって、ぱちりぱちりと艤装が解除されていく。

 

 ひとつ、ふたつと武装を外されていくごとに、村雨の心の防壁も瓦解していくようだった。

 

「お姉……ちゃん……」

 

 白露が繋ぎ止めていた村雨の精神が深海の闇に呑み込まれるのも時間の問題かに見えたその時――

 

「村雨さんっ――!」

 

 深い闇を切り開く眩い閃光が視界を埋め尽くした。

 

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