狂おしいほど愛して…… ― 都みゆり in 艦これ ― 作:いちばんだめなあるじ
「艦載機隊、全機!発艦して下さい!」
大鷹の飛行甲板から次々と艦載機が飛び立っていく。
本来の機体運用を度外視し、夜間戦闘に不慣れな機体までも全て解き放った大鷹は、指先に痺れの残る両手を握り締め、視線の先に映る人影に願った。
「青葉さん……、どうかっ……お願いします!」
「うん……次は青葉の出番ねっ!よぉ〜し!」
青葉は大鷹から艦載機隊が発艦するのを確認し、自らの手に握り締めたそれに目を向ける。
それは希望の一手――村雨救出において最も重要な鍵となる。握る掌にも自然と汗が滲み出す。
「三、二、一……今っ!」
青葉は自らの頭上を艦載機隊が通り過ぎるのを確認すると、夜間偵察機を発艦させ自身もその後ろに付き添うように発進した。
「愛宕さんっ、大丈夫ですか!?」
大鷹達と別れた五月雨、日振、大東の三隻は、急ぎ戦闘海域から離脱するべく、洋上を漂う愛宕の元へと辿り着いていた。
「……………」
「愛宕さん………っ!いえ、今はこの場から離れることだけを考えましょう!」
「は、はいっ!」
「おっ、おうっ!」
光を失い虚空を見つめ続ける愛宕の様子に戸惑いつつも、日振と大東は彼女を左右から支えると、後ろを振り返ることなく前方へと進み始める。
「大鷹さん、青葉さん……どうかご無事で……!」
五月雨は独り後方を振り返り、闇に紛れて見えなくなってしまった仲間達に最後の声援を送ると、自らも泊地の方角へと航行を開始した。
戦況は圧倒的不利、しかし各々が一つの意思の下、強い意志を持って行動を開始する。
南シナ海洋上、静かな夜の沖合で端を発した先行任務部隊と新型の深海棲艦との交戦は、彼女達にとって――そしてブルネイ泊地に留まる者達にとっての今後を左右する重要な局面を迎えようとしていた。
大鷹から発艦した艦載機群は夜間航空機隊の先導により目標に向けて進行。
その後ろから夜間偵察機と共に追い掛ける青葉は勝負の時を今か今かと待ち構えていた。
後方から着いてきているはずの大鷹を振り返る余裕は無い。この作戦を成功させるための最も重要な役割を担うのは青葉自身、自分の失敗は即ち作戦の失敗を意味する。仲間を信じ、己の成功に全力を注ぐのみ。
「………見えたっ。」
いつの間にか探照灯の灯りも失われた暗闇の中、絡み合う二つの影が視界に入る。
「スウッ……フゥーッ……よぉ〜しっ、行きます!」
大きく深呼吸した青葉は最大船速へと移行、加速する。誘導していた夜間偵察機を抜き去り、先行する艦載機群との距離を詰めていく。
「ごぉ……よん……さんっ……にぃ……いち……」
逸る気持ちを抑え、まだだまだだと昂る自分に言い聞かせるように数を数えながら――遂に目標とする距離へと至る。
「―――っ!」
青葉はその手に握り締めていた物のスイッチを作動させ、自らの頭上へと高く放り投げた。
「村雨さんっ!―――伏せてっ!」
彼女の叫びに合わせたかのように、その背後頭上高く――激しい破裂音とともに閃光が迸った。
「アアァァァッ!メガァッ!メガァァァッ!」
村雨を呼ぶ声に反応し、青葉の方へと顔を向けた深海の獣は、思わず白い閃光を直視することとなり、その視界を奪われた。
照明弾などの武装を持たないはずの青葉が放り投げた物、それは写真機用の発光装置だった。
ほんの数瞬とはいえ夜の闇を切り裂いた眩い光は、次なる一手の道標となる――艦載機群はその僅かな光明に全てを賭けた。
その光景は正に彗星の如く、高高度から降り注ぐ艦載機の群れが深海の獣に襲いかかる。
「イィ、イタイッ!?ナンテコトスルノォッ!アァッ!?ヤメナサイッ!!」
村雨への被害を最小限にするため、艦載機群は至近距離からの爆撃を敢行――深海の獣は視界を奪われたことに気を取られ、まともな反撃をすることもできず無防備に被弾を強いられる。
一つの爆撃が新たな光明となり、二つ、三つと次なる爆撃への連鎖を呼び込んでいく。
「ウッ!ウゥッ!ウァァ……グルルゥァァ!」
それでも獣は決して離しはしないと言わんばかりに、必死に村雨の身体にしがみつこうとするが、次々と襲いくる衝撃に耐えられず、徐々に拘束を緩めていった。
「ぐぅっ………!ん………っ!」
拘束を強めようとするみゆりが腕に、脚にと力を込めてくる中、村雨は背中越しに響いてくる爆発の衝撃に耐えるべく、ただひたすらに身体を丸め堪えていた。
先ほどまでの心臓を鷲掴みにされているような恐怖に比べれば、この程度の衝撃などどうにでもなる――この機会を逃せば次はない。ただ逃げ出すだけでは済まさない。この千載一遇の好機を必ず――降り注ぐ爆撃の中で、村雨は心静かに闘志を燃やしていた。
(連装砲は二基とも外されてる……でも、これならっ……!)
「ガルルルァッ!ガアァゥッ!グルァァッ!!」
爆撃に晒され怒り狂う姿は正に獣のそれであった。
咆哮と共に両腕を振り回すと、集る羽虫を振り払うかの様に、艦載機群を力任せに叩き落とし始めた。
みゆりが上半身を起こし村雨への拘束が甘くなる――その瞬間を狙っていた者達がいた。青葉と大鷹の作戦における最後の一手、夜間航空機隊である。
「今ですっ!皆さん!」
大鷹の号令を聞くまでも無いと言わんばかりに、夜間航空機隊は次々と降下を開始――暴れ回る獣の腕を掻い潜り、肩に、胸に、腹に狙いを定めた爆撃を敢行――遂に村雨の身体から獣の身体を引き剥がすことに成功したのだった。
両腕の拘束が失われた瞬間、村雨は既に行動を開始していた。
自由になった両手を動かして裾を引き上げ、露わになった太腿に備えているのは魚雷発射管。
(……うん……大丈夫っ!)
酸素魚雷が装填されていることを目視で確認し、発射角を調整しながらその時を待つ。
「今ですっ!皆さん!」
大鷹の号令が耳に届き、再び背後から衝撃が襲う――そして村雨の脚に絡みついていた拘束が弛んだ瞬間、最後の力を振り絞り百八十度の急速旋回を敢行した。
「グァ!?ガアッ―――!」
爆発の衝撃と遠心力により弾き飛ばされたみゆりは背中から海への落下を余儀無くされる。
「主砲が、なくったって!魚雷があるんだよっ!!」
旋回によりみゆりを正面に捉えた村雨は両脚に備えた八門の発射管から一斉に魚雷を射出する。
海面を突き抜けた魚雷は更に加速、幾重にも真白な雷跡を刻み、海中に落ちたみゆりへと殺到した――
「村雨さんっ!村さ―――!」
迸る雷撃の轟音、噴き上がる水柱――大鷹の叫びは掻き消され、届くべき場所へ辿り着くことは叶わない。
至近距離での雷撃など自爆攻撃に等しい。直撃すれば大型艦すら大破せしめる破壊力、周囲へ拡散する衝撃だけでも今の村雨にとっては致命的であることは言うまでも無い。
「村―――ん!村雨さんっ!」
それでも大鷹は叫び続けた。何度も、何度も――水柱が収まり、噴き上がった水飛沫が雨のように降り注ぐ中、声の限りに村雨の名を呼び続けた。
度重なる雷撃により局所的に不安定になっていた海面も次第に凪ぎ、蒸発により生じた靄も風に揺られて晴れていく。
「村雨さんっ!むらさ……め……?」
大鷹自身の声もはっきりと、果てしなく広がる海にこだまする――開けた視界に現れたのは海面に立つ重なり合った一つの影。
「ああ……あぁっ……ああっ……」
大鷹は込み上げる涙を堪えることも忘れ、霞んでいく視界に映るその人影を見つめていた。
「――っつぅーっ!」
そして、その人影はゆっくりと振り返る、その腕に小さな英雄を抱きながら――
「あはっ!お役に立てて嬉しいです!」