「ひとり。ちょっと話があるから、顔を洗ったらリビングに来なさい」
文化祭ライブ翌日。
朝起きて、「昨日の関口さん、すごかったな...」と酔っ払って須田さんにバールのようなもので叩かれた関口さんのことをぼんやり思い出しつつ顔を洗っていた時、お父さんに声をかけられた。
話ってなんだろう。やっぱりギターのことかな...借りてるもの壊しちゃったんだもん、そりゃ怒られるよね...
と、とりあえず土下座して誠意を示そう。お父さんもちゃんと謝ればそんなに怒らないはず。...多分。きっと。...うぅ......
ビビり散らしながらリビングに入る。
お父さんはソファに座っていた。ふたりが「遊んでよー」とよじ登り、ジミヘンがズボンの裾を咥えて引っ張っているが、お父さんはどっしり座ったまま。
え、これそうとう怒ってる...? ど、土下座しなきゃ...!
「お、お父さんごめんなさい」
「え?」
「お父さんから借りたギター、ライブで壊してしまいました...」
誠心誠意、深々と土下座する。
が、お父さんから帰ってきたのは叱るような声ではなかった。
「顔を上げてひとり! ギターが壊れたって言っても、ペグがちょっと壊れただけだろ? こんなの修理費もそんなにかからないし心配しなくていいよ」
「でも......」
「それよりだ!」
ひうっ
「ひとりが一緒に写真を撮ったり、バイクに乗せてもらったりしたっていう男の話をしただろう? それって、昨日ひとり達のあとに飛び入りで演奏をしてた子達のどっちかなのかい?」
「え? あ うん...ギター弾いてた人...」
「やっぱり!!」
ひゃうっっ
「どうしてもっと早く言ってくれなかったんだひとり!!」
「え あ う、ご、ごめん...なさい...?」
なんで怒られてるんだろう...
「もうお父さん、そんなに大きな声出したらひとりが怖がっちゃうでしょ?」
「これが大きな声を出さずにいられるか! だってあのKaiだよ!? CapliberteのリードギターKai!! 世界でも知名度のあるメタルバンドじゃないか!!」
「そうなの? 凄いわね〜、世界かぁ」
「え、お父さん、関口さんのこと知ってるの?」
「知ってるも何も! 黄金世代って言われたあの世代の代表格、Capliberteを知らない音楽好きはいないよ!」
そ、そうなんだ...
インディーズバンドだし、知る人ぞ知るって感じだと思ってた...
「Capliberteはすごいんだよ。時代に沿ってないHR/HM系の音楽をやってたんだけど、それでもすごく人気になって世界のライブにどんどん出て! いやぁ、HR/HMとかお父さん世代の音楽を大人になってから聴けるとは思ってなかったからなぁ。CD全部買っちゃったよ」
「お父さん遊んでー」
全部!?
知らなかった...うちにCD全部あったんだ...
「ところでひとり、Kaiとはどういう関係なんだい? 彼氏? いつうちに連れてくる?」
「え゙」
「ねぇお父さーん」
いや別に連れてこないけど...
「もう、気が早いわよお父さん。ひとり、自分のペースでいいのよ〜。有名な人なんでしょ? だったらまずはしっかり既成事実を作って証拠を残しておいてそれを盾に───」
「「お母さん!?」」
「きせーじじつ?」
「ワンワン!(特別意訳:ふたり嬢ちゃんにはまだ早いぜ!)」
と、とんでもないことを言われたような...というか言われた...
「ま、まぁそういうのはまだ早いとしても、ひとりを送ってくれたり、面倒を見てくれたりのお礼は言いたいから、今度うちに連れてきなさい。いいね? 決してお父さんが生Kaiに会いたいから、とかじゃないからね。お礼を言いたいだけなんだからね」
お父さんがツンデレみたいなこと言い出した...
✿ ❀ 動画収入(30万円)入手 ❀ ✿
秀華高校文化祭、結束バンドの文化祭ライブから二日が経った。
祭りの後で少しばかりの寂しさもあるが、そんなことは関係ないとばかりに学校もバイトも普通にある。
今日も今日とて早朝バイトをこなし、ゼミに出席し、メジャーデビューしたガールズバンドのギャルベーシストやねこねこフォーリンラブ歌姫と軽く遅めの昼食を採って、今は御茶ノ水に向かう電車に乗っていた。
目的は一つ。九弦ギターを買うためだ。
ネットでもいいんだが、やっぱり本物を見て、触って決めたい。あとシンプルに楽器屋に行くのが楽しいし。
御茶ノ水に付き、改札を出て、楽器屋街に向かおうとしたその時。
「...海さん? 海さんだ!」
街中でいきなり名前を呼ばれ、驚きつつ声のした方へ目を向ける。
「あれ、喜多ちゃん? ほかの皆も」
手を振ってこちらに駆けてくる喜多ちゃんと、その後ろから着いてきている伊地知ちゃん、のそのそ歩いて来る山田ちゃんと後藤ちゃんの姿が目に入った。
「「こんにちは!」」
「ども」
「あ こ、こんにちは...」
「はいこんにちは」
保護者みたいな返事になったな。まぁ保護者ってのも間違いじゃないかもしれないが。
「こんなところで奇遇ですね!」
今日も元気いっぱい喜多ちゃんがキターンと目を輝かせて言ってくる。
相変わらず眩しい子だな。お兄さん目が焼けちゃうよ。
「ちょっと楽器屋にね。キミらも?」
「はい! ひとりちゃんのギターを買いに! ね、ひとりちゃん」
「あ は、はぃ...」
後藤ちゃんはいつにも増して弱々しいな。何かあったか? 人の多さに酔った、気圧された...的な? まぁ下北よりは多少は人も多いし、電車もキツかったろうしなぁ。
「御茶ノ水って楽器屋さんがたくさんあるんですね、知らなかったです」
ナチュラルに一緒に歩き始めたことはさておき、楽器屋街を見て喜多ちゃんが漏らす。
「そうだね、御茶ノ水は───」
「明治時代に日本で最も古い歴史を誇るプロオーケストラが結成されてから都内で音楽活動が盛んになってその頃御茶ノ水で今では老舗と呼ばれる下倉楽器やイシバシ楽器、谷口楽器なんかができてから御茶ノ水=楽器の街っていうイメージが定着してうんぬんかんぬん」
オタクこっっっっわ。シュバッって擬音聞こえたわ今。いや俺も同類かもだけど。早口オタクはちょっと控えよ(多分無理)
「オタクは置いといて...海さんのオススメの楽器屋さんとかあったりするんですか?」
置いといていいのかアレ。喜多ちゃんまだ捕まってんぞ。まぁいいか。
「そうだね〜。BIGBOSSとかもいいけど、俺がよく行くのはイシバシ楽器かな。品揃え良いし、確か前に星歌さんが働いてたんだっけ?」
『御茶ノ水の
「そうです! お姉ちゃんが好き勝手やってたって聞きました」
魔王とかあだ名が付くくらいだし、めちゃくちゃ好き勝手やってそうだなぁ。
「そ、それじゃあそこに行きましょう!」
どうでもいいけどそっち逆方向だよ。
とうとう“推し”って理由だけじゃ山田ちゃんのアレに着いて行けなくなってきたのかな。可哀想に。
少し歩き、イシバシ楽器の前までくる。
あとは何も考えず入店するだけなのだが、どうにも後藤ちゃんの様子がおかしい。
「あ え よ、洋楽は...ひっ聴きますすごく聴きますうちの犬の名前ジミヘンですぅ...あゴアグラインドとか聴きます聴いてました許して...許して...はわわわ」
普通に怖いしキミ「はわわ」とか言うキャラじゃないだろ。何、楽器屋入ったら死ぬ病でも発病したの? バンドマンとしてわりと致命的だろそれ。
終いにはイヤホンを付けて高速大振りヘドバンを始める後藤ちゃん。普通に威嚇だなアレ。もしくは攻撃だ。長い髪が乱れる乱れる。歌舞伎役者か。頬に当たって少し痛い。「あ、いい匂い...」とかが無いのが後藤ちゃんクオリティだな。
「私、楽器屋さん来るの久しぶりです〜!」
「あはは、喜多ちゃん、今度は多弦ベースとギターを間違えないようにね〜?」
「もう! さすがにもう間違えませんよ!」
「二週間ぶりの楽器屋! 楽しみ!」
歌舞伎後藤をまるで無いものかのように扱い、三人は平然と入店していく。もう怖いよキミらホント。
これは俺も無視して良いもんなのか? うーん...店員さんになんか言われたら知らない人のフリしよ。
そう決意し店に入った俺に続き、歌舞伎後藤も入店してくる。
おい一緒に入ってくるなよ、知り合いだと思われるだろ(見捨て済)
「て、店長! ものすごいヘドバン少女が来店しました...!」
「コアなメタルファンに違いない!」
そうはならんやろ。
「お客様! メタル志向の楽器をお探しなら二階の......ってあれ? 海くん?」
「うっす、こんちゃっす」
歌舞伎後藤にメタル楽器を勧めようと勇敢にもセールスに来た店長が、俺を見て営業を止める。止めるなよもっとガンガン行けよ!(微ダブスタ)
まぁいいや。
「前に来た時置いてあった九弦、まだあります?」
「あー、あれね。あるよ〜。九弦とか誰も買わないとは思ったけど、一応契約済のポップ貼っておいたから」
ありがてぇ。九弦置いてる店とか少ないからな。また探すのは面倒だなって思ってたんだ。
「海さん、店員さんとお知り合いなんですか?」
ピックやストラップを見ていた伊地知ちゃんがこちらに気付いて聞いてくる。
「まぁ、ここの楽器屋にはちょいちょいお世話になってて」
「CapliberteのKaiだもん、お近付きになっておけば高いギターとかたくさん買ってくれそうだなって思って」
おい店長。
「ってゆーかあなた、もしかして星歌さんの妹さん? 昔何回か来てくれてたよね?」
「あ、そうです! おねーちゃんがお世話になりました!」
「あら、とっても礼儀がなってる...ほんとに星歌さんの妹さん?」
疑われてて草。
どんだけだったんだよ星歌さん。
「...海くん、もしかしてJKに手を出したりなんてことは...」
「いや、みんなそう言いますけど俺だって節操ってもんはありますからね? さすがに出さないですよ」
なんでみんなまずそれを疑うんだよ。俺そんなに節操なしに見える? 俺ほど清廉潔白純粋無垢な大学生もそうそういないっての。なぁ?
「光源氏...」
「別に俺好みに育てたりもしてないです」
「ほんと? メタル布教とかしてない?」
「それはしました」
「やっぱり!」
やっぱりってなんだよ。するだろ、メタル布教くらい。男の子にもジジババにもするわ(害悪)
「メタルに染まれば海さん好みに...!? 私、メロディックデスメタル?が好きです!」
「喜多ちゃん嘘つかない」
疑問符ついちゃってんじゃねーか。
「あ、あたしは! えーっと...えっと......あ! ブルータルデスメタルが好きです!」
「そんな馬鹿な」
あんな過激さを煮詰めたようなメタルが好きだって? 狂ってんな最高だ! 好きだよそういうの。ブルデス自体は俺も好き。
しかも伊地知ちゃんはガチっぽいな。俺、まだブルデスとか教えてないし。自分で調べたんだろうか? どういう掘り方*2をしたら早い段階でブルデスに行き着くのかはマジで分からないけど、自分で調べるのは良い事だ。
「あちゃー」
あちゃーじゃないが。何を呆れることがある。
「ま、法律は守りなよ?」
「言われなくても俺は法律を遵守する優良国民ですが」
「メタラーはみんなそう言うよ」
「言わねーよ」
メタラーをなんだと思ってんだ。
...言わないよな?
「あの、すみません」
ちょっと自信を無くしかけていた時、山田ちゃんが店長に声をかける。
「はい、なんですか?」
「このベース、試奏したいんですけど。あ、スラップしてもいいですか?」
「大丈夫ですよ〜」
そう言い、店長が展示してあったベースを取り、山田ちゃんに渡す。
スティングレイ*3か。最近使ってる人をよく見るな。時代はプレベかジャズベかって感じじゃなくなってきてるのかもしれない。
「先輩またベース買うんですか!?」
「別に。ちょっと気になったから軽く弾きたいだけ」
とか言ってスラップする気満々なあたり、本気で弾いてドヤりたいんだろうな。山田ちゃんベース上手いし、そうしたい気持ちも分かるっちゃ分かる。俺にもそんな時代があった(黒歴史)
「こ、こいつまさか...」
伊地知ちゃんが呟く。彼女も山田ちゃんがしようとしていることに気付いたのだろう。
しっかりベースを構えた山田ちゃんの腕がしなる。
右手が高速で動き、弦を
「はぁ...はぁ...か、軽く弾いただけ、だけど...ゼェ...なかなか...はぁ...いい、ベース...はぁ...ゼェ...」
息切れしてんじゃねーか。どんだけ本気だったんだよ。軽くはどうした、軽くは。
性格も含め、ある意味理想のバンドマンなのかもしれないなこの子は。
「上手だね、あの子。どこで誑かしてきたの?」
「下北っす。...いや誑かしてはないけど」
どっちかってーと須田なんだよな、誑かしてるの。いや別にあいつも誑かしてはないけど。
「海くんも弾いてく? ギターでもベースでも」
「え、なんでっすか?」
俺が弾く意味が分からん。
「いや、動画撮ってお店のイソスタに上げようかなって。売上伸びそう」
「いや、さすがにないっしょ」
「あるんだなーこれが。それじゃあね...はいこれ、最近入荷したパシフィカ612!」
そう言い、店長がギターを渡してきた。
YAMAHAのパシフィカ612、最近人気のやつだ。色はインディゴブルーでソークール。イカしてんな。
「撮る準備出来たから。ほら、遠慮せず」
そっちが少しは遠慮しろ。
「海さんの試奏!? 聴きたいです!」
「リョウの試奏より価値ありますよこれ!」
「「おい」」
今のはダメだろ伊地知ちゃん。いや幼馴染同士、仲良し同士のネタ的なものかもしれないけど。
「...でもKaiの試奏は聴きたい」
それでいいのか山田ちゃん。
まぁキミがいいならいいけどさ。
にしても後藤ちゃんも高速赤べこ並の頷きしてるし、そんなに聴きたいの? 俺の試奏。
そこまで言われると悪い気はしないな。
「そんじゃ軽く弾くっすわ」
「ガチ弾きでも良いよ! あ、もうカメラ回ってるから」
「マジでか」
んー、何を弾くか。
とりあえずいつも通り、準備運動にペンタ弾いて...
「「おぉ...!」」
喜多ちゃんと伊地知ちゃんが声を漏らす。
ただのペンタだけど、そこまで感動してくれるとこっちも気分が良いな。
せっかくだ。
「─────」
Capliberteがまだ三人だった頃。初期に作った曲のギターソロを弾く。
「『革命前夜にランナウェイ ~お国に逆らうもんじゃない~』だ! 『革命前夜にランナウェイ ~お国に逆らうもんじゃない~』のギターソロですよ!」
喜多ちゃんが興奮気味に言った。
すごいな、ギターソロだけで分かるくらい俺らの曲を聴いてくれてるのか。
一分ほどあるソロを弾き、続いて別の曲に移る。これもオリジナル曲のギターソロだ。
「───────」
「『既存国家の転覆からの迅速な建国』のギターソロ! これCapliberteのいっちばん最初の曲ですよ! しかも三人ver.! 五人になってからはちょっとソロが変わってるんですけど、変わる前のやつ! すごい、これが聴けるなんて! 感動〜!」
喜多ちゃんがすごい。すんごい。
なんで分かるんだよ。余程古参じゃないと気付かないぞこれ。ガチですごいな、ホントにCapliberteのファンなんだ。
感心し、感動し、ありがたいことだと思いつつ次の曲に移る。
次は俺らの曲じゃなく、とある有名バンドのギターソロ。こっちはCapliberte軽音部*4でもやったことないし、さすがに喜多ちゃんは分からないだろ。
「─────」
「...あ、これもしかしてミ〇シェルの? なんだっけ、シャン〇リアだったかな?」
お、伊地知ちゃんは分かったか。さすがパンク好き、聞き覚えがあったかな?
「ミ〇シェル? ってアレですか? あのCapliberteと同期のコミカルバンドの熊さんDJの」
コミカルバンドの熊さんDJ。
いやまぁ間違ってはないけど。
「あいや、そっちじゃやくて、《THEE MICHEL〇E GUN ELEPHANT》ってゆーバンドがいるんだよ。それの略称的な?」
「ミッ〇ェルガン...知らないです......。海外のバンドですか?」
「ううん、日本のバンドだよ。だいぶ前に解散しちゃったんだけどね」
最近の子はミッ〇ェルもエ〇レも知らないらしいじゃん。怖いよな、時代の流れ。
逆に今の子たちにとって「憧れのバンド」は何なんだろう? 髭男とかミ〇スとかになるのかな?
弾き終わり、ずっとこちらを向いていたカメラに軽くピースを送ってからギターを置く。
「おっけー、撮影完了! さっそくアップしとこ〜!」
無駄に仕事が早い。
喜多ちゃんや伊地知ちゃんが大きな拍手を、後藤ちゃんが控えめに拍手を送ってくれたので「ありがと」と返しておく。
山田ちゃんはなんか目を閉じてうんうん頷いてるんだけど、それ後方何面?
「いや、にしても普通に弾きやすかったな、このギター」
パシフィカはそこそこ低価格帯だし、音も良い。歴史がまだ浅くブランドとしてレスポールやテレキャスターには勝てないが、楽器として負けているなんてことはない。むしろコスパ面で言えば勝っているかもしれない。
生産国が確かインドネシアなんだっけ? それもパシフィカがマイナーって言われてる理由の一つだとは思う*5が、普通に良いギターだ。
これが十万以内で買えるのは安い。初心者にもオススメできるな。
「後藤ちゃんも弾いてみる? 新しいギター、買いに来たんでしょ?」
「あ う いや わ、私は、その、黒いギターの方が...」
「そうなんだ。黒、カッコイイもんね」
「あ はい...へへ......」
なんで笑ったのかは知らないが、後藤ちゃんは黒がお望みらしい。
俺のオススメを教えたり一緒に探してやったりも出来るは出来るが、後藤ちゃんはそこまで無知じゃないはずだ。逆に、俺が横から口を出すのは鬱陶しく感じてしまうかもしれない。
後藤ちゃんには自分でゆっくり見てもらって、何か聞かれたら答える、くらいで良いだろう。
「じゃあ俺、ちょっと九弦買ってくるから」
そう言い、店長と共に九弦ギターを取りに行き、そのままレジに直行する。
途中「普通に弾く用でだよ!」「私のベース売っちゃったんですか!?」「今度はドラム専門店に行こうね!」など賑やかな声も聞こえてきた。楽しそうで何よりだ。
「それじゃあお会計、税込で十六万八千円です」
「うす」
財布から諭吉を十七人排出する。
カードやローンでも良いんだが、こうやって現金一括で買うのが最高に気持ち良いンだ。脳汁がドバドバ出る。またバイトや音楽活動頑張ろ。
お釣りの野口二枚を受け取り財布に格納し、ウキウキでギターを背負う。しっかり重い。けどレスポールの方が重いんだよな。やっぱアレ狂ってるわ。
まぁギターは重ければ重いほど重い音が出るし、やっぱレスポールは正義なんだよなぁ。
あ、嘘だよ。
この子の名前どうしよっかな。
うーん......よし、決めた。キミの名前はゴンザレスだ! よろしくね、ゴンザレス。ゴンザッ(鳴き声)
さて、後藤ちゃんは良いギターを見つけられたかな? ハイエンドコーナーにいるっぽいけど...
「あ! 見てひとりちゃん! このベースの模様、ひとりちゃんが驚いた時の顔に似てるわ〜! ......いたたたたたた!? り、リョウ先輩!? なんで怒ってるんですか!?」
「ふん...」
なんだなんだ、何があった。
喜多ちゃんが某嵐を呼ぶ五歳児ばりに頭グリグリされてんだけど何。
困惑しつつも喜多ちゃんが「ひとりちゃんの驚いた顔みたい」と言っていたベースを見る。
木目が綺麗な五弦ベースだ。
「へー、綺麗だなこのベース。瘤の跡が立派。やっぱ天然木いいよなー。 こういう“唯一無二”って感じがさ」
「! さすが海さん、分かってる!」
急に笑顔が咲いたな山田ちゃん。なんだ、喜多ちゃんがこのベースをネタに使ったのが気に食わなかったのか? 楽器愛というか、妙なプライドみたいなのあるんだな、この子。
山田ちゃんがほかのベースの魅力も話し始めたところで、ふと後藤ちゃんが目に入った。
一本の黒いギターをじっと見つめている。アレが気に入ったんだろうか?
「Warwickのベースはベーシックなのもあるんですけどこれは新マテリアルを採用してて青を基調にたくさんの素材の質感やカラーが混じっているのがまるで架空の生物の皮膚みたいになっててそれだけじゃなくてサウンドへの影響も絶大だしフラットなトーンを──────」
止まんねぇからよ...!
目ぇキタッキタさせてんな山田ちゃん。ホントに楽器が好きなんだなぁ。
ところで後藤ちゃんはあのギター買うのか?
ちょっと遠目でハッキリとは見えないけど、あれパシフィカじゃね? さっき俺が弾いてたやつの色違いだ。
あ、店長に声かけられた。試奏すんのか。......うわー、ぜんっぜん音出てねぇ。緊張しぃにも程があるだろ。なんかミニアンプとシールドも買わされそうになってんな。初心者だと思われてんのウケる。
「こっちのベースは黒のボディに入ったラインがとてもオシャ。日本メーカー製なだけあってディテールが凝ってるし艶消しのサテンフィニッシュで派手なテカリがない素材感は高級さと妖艶さを醸し出すメッサージュ」
急にフランス語出してくんな。
だがまぁ確かに、このテカリが少ない感じは好きだな。黒ってのもポイント高い。
あ、喜多ちゃんと伊地知ちゃんが後藤ちゃんの助けに入った。アンプやらシールドやら無駄なもの買わされる前に助けて貰って良かったね。でもアレ後藤ちゃん、完全に喜多ちゃんのパペット人形になってんじゃん。腹話術かよ。心做しか後藤ちゃんの顔も人形みたいに見えてきた。やっぱ顔整ってんだよな〜。
「こっちは真っ黒なボディに金パーツがすごく映えてる。ペグの方まで金なのがポイントでボディパーツは金でもヘッドは銀っていうのが意外と多いしヘッドが黒になってるのも良いしヘッド全体が黒なのも最高」
分かりみが深い。ヘッドの裏まで黒だとマジでテンション上がるよね分かる。
お、後藤ちゃんあのギターに決めたんだ。黒が好きなんだね、かっこいいよね黒。ハムピックアップだしそれも良い。結束バンドの曲はハムの音がよく似合う。
お会計もし始めたしそろそろ俺らも退店を...あ、なんか後藤ちゃんが買ったギター置いて逃げ出した。なんでだよ。
「これは木目にすごく味があるし────」
「山田ちゃん、そろそろ出よっか。後藤ちゃんギター買ったっぽいし、なんか逃げ出したし」
「え? ...あ、はい」
名残惜しそうだな。楽器屋自体は自分でもたくさん行ってるっぽいけど、こうして趣味全開で話す機会はあんまり無かった感じなのかな? 今度楽器屋巡りに付き合ってやるか。須田も呼ぼ。そっちの方が山田ちゃんも喜ぶだろ。
「山田ちゃんと楽器とか音楽の話するの楽しいし、また今度楽器屋巡りしよっか。須田も呼んで」
「! します!」
うんうん、嬉しそうで何よりだ。というか寧ろ俺の存在が邪魔かもしれないな。けどJKと二人きりにするのは須田の彼女が良い顔しないかもだし、悪いけど俺も一緒ね。音楽の話して楽しいのはホントだし。
逃げて行った後藤ちゃんの代わりにギターを受け取り、後藤ちゃんを追って外に出る。
完全に見失ってしまったと思ったが、後藤ちゃんは店を出てすぐのところでオロオロと頭を抱えていた。
限界を迎えて店を飛び出したがギターを受け取っていないことを思い出し、だが逃げ出した店にまた入るのは嫌だとでも思っているんだろうか? 色々とオモシレー女だな。
「ほい後藤ちゃん、ギター」
「あ ありがとうございます......すみません...」
しっかりギターを受け取り、大事そうに背負う後藤ちゃん。そんなに気に入ったなら置いて逃げるなよとも思ったが、人混みが苦手な後藤ちゃんが御茶ノ水でここまで頑張ったんだから褒めても良いのかもしれないな。
この後電車で帰ると思うんだけどそれは大丈夫か?
「この後どうしますか? あっちに良い感じのカフェがあるらしいんですけど!」
手早く調べたのか、スマホの画面を見ながら喜多ちゃんが言う。
あっち、って神保町の方か。確かに古き良き喫茶店はたくさんありそうだが...
「ごめん、俺はパス。悪いんだけど早く帰ってギター弾きたい。後藤ちゃんもじゃない?」
「あ はい...」
「じゃあスタジオ入りますか? そこにあるらしいですよ!」
喜多ちゃんはどうしても皆で一緒にいたいのか? 人と関わるの好きって言ってたしな。けど悪い、俺一人で弾きたいんだわ。手持ちのエフェクターとの相性も感じてみたいし、家で弾きたい。
「今日は解散。新しいギターは家で一人で弾きたいでしょ」
そう言った山田ちゃんが駅の方に歩き出す。
うーん、やっぱり分かってるなぁ山田ちゃん。
「わ、分かりあってる風...! 私も仲間に入れてくださいよ〜!!」
「喜多ちゃんもずっとギターやってたらそのうち分かるよ。また練習見てあげるから、頑張ろうね」
「ホントですか!? わーい! たくさん頑張ります!」
たくさん頑張るって可愛いな。
「ぶー、いいなぁ喜多ちゃん。海さんに練習見てもらえるとかズルいよ」
「じゃあ伊地知ちゃんのも見よっか? まぁ俺じゃアドバイス出来ることもそこまで多くないかもだけど」
「ホントですか!? やったぁ! よろしくお願いします!!」
マジか。軽口で言ってみただけなんだけど、これ本気で練習見なきゃダメなやつ?
どーしよ。正直ドラムとか何教えていいか分かんねーよ。伊地知ちゃん十分上手いしさ。うーん...仕方ない、ドラムの勉強しとくか。ついでに俺もドラム叩けるようになりたいな。知り合いのドラマーに「ドラム教えて」って頼んでみよ。
アイドルや元狂犬、永年厨二大魔姫は忙しそうだし...そうだなぁ、大魔姫の姉に頼もっかな。そこがダメならパン屋の娘やクラゲ先輩も全然アリだ。良いドラマーが周りにたくさんいてくれて助かる。
アニメで後藤父に謝った時のぼっちちゃんの「でも...」がすごく可愛かったです。
楽器屋店長がアップした動画に喜多ちゃんや虹夏ちゃんの声がガッツリ入っており、凄腕特定班が声やギターにちょっと反射して写っていた喜多ちゃんらの顔から喜多ちゃんのイソスタを発見し、海くんがJKに手を出している(出してない)ことが世に知られたりもするが、それはまた別のお話。
そういえば喜多虹夏の「大人の女になろうプロジェクト」はどうなったんだ...(明らかに年下ムーヴをカマす2人を見ながら)