ぼっち・ざ・へゔぃめたる   作:怜哉

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検索してはいけない

 

 

 

 

 

 

 

 臨時のPAバイトが終わった翌日。

 

「......俺、どうやって帰ってきたっけ?」

 

 自室の床で目を覚ました俺は、ズキズキと痛む頭を抑えながら昨日のことを思い出す。

 

 

 ...だめだ、途中から全く記憶がない。

 下北の居酒屋で飲んで、乱入してきた廣井の姉御と夜の下北を徘徊して、終電なくなったわギャハハハ!とか笑いながらコンビニで焼酎一瓶を買ったところまではギリ記憶があるんだが...どうやって帰ってきたんだ?

 歩きなわけがないし、まさかタクシー使ったんか?

 

 そう思い財布を確認するも、中身は特に減っていない。クレカの履歴も確認するが、コンビニで酒買った以外は特になし、か。

 マジでどうやって帰ってきたんだ俺?

 

「...とりあえず風呂入るか」

 

 水を一気飲みしてから脱衣所に向かう。

 あー、頭痛ぇ。体も痛い。床なんかで寝るから...

 

 ダルい体にムチを打ち、シャワーを浴びて髪を乾かす。

 

「髪伸びたなー。今度姉ちゃんに前髪切ってもらうか」

 

 今の俺の髪は肩口に軽く触れる程度の長さだ。

 外に出る時はこれをハーフアップに纏めている。

 高校生の頃は頑なにツーブロマッシュにしていたが、大学生になってからは伸ばしている。就活が始まったらさすがに切るが、それまでは長くしておきたい。

 

 今日は特に出かける予定もないし、別に結ばなくていいか。

 そう思いながら自室に戻ると、スマホの画面が光っていた。LINEの通知だ。

 

 誰からだろうと画面を見ると、そこには『伊地知星歌』という名前が。

 STARRYの店長じゃん。なんで? 俺LINE交換したっけ?

 

 

 伊地知星歌『昨日はお疲れさん、無事に帰れたか?』

 伊地知星歌『あとバイクの鍵、昨日居酒屋に忘れてたから私が持って帰ってるぞ』

 伊地知星歌『時間ある時に取りに来い』

 

 

 マジか。

 玄関の鍵置き場や昨日着てたアウターやズボンのポケットを確認してみるが、確かに見当たらない。

 やらかしたな。つーか俺の《愛車(メタル・モンスター)》下北の駐車場に置きっぱじゃん。すまん《メタル・モンスター》。

 

「しゃーない。取りに行くか」

 

『今から行きます』とだけ返信し、出かける準備を始める。

 洗面所で簡単に髪を結び、ピアスを右と左に一つずつ、右にロングイヤーカフも付ける。

 

 ピアスは高校の卒業式の日と大学入学式の前日に一つずつ空けた。というか空けられた。

 左を幼馴染み(ピンク)に、右を知り合いのギャルベーシストに。曰く「絶対かっこいいから!」だそうだが、実際大学に入ってから女ウケがいいので感謝している。

 まあ、それを二人に言ったらすっげぇ微妙な顔されたけど。

 

 今日はだいぶ温かいが、帰りがバイクってことを考慮して革ジャンを羽織ってから家を出る。

 今からだと、STARRYに着くのはだいたい一時間後くらいか?

 

 スマホに繋がったイヤホンを耳に差し、俺は駅までの道を歩き始めた。

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 人生初ライブを成功(?)させた翌日。

 私、後藤ひとりは再び下北の箱、STARRYに来ていた。

 なんでも、バンドの今後の話をしよう、ってことらしい。

 

 そして今、とりあえず雑談でもしてみようということで、リョウさんがどこかで見た覚えのあるような大きなサイコロを床に投げている。

 

「何が出るかな♪ 何が出るかな♪ 」

 

 虹夏ちゃんが、昔やっていたお昼の番組の歌を軽快に口ずさむ。

 コロコロと転がるサイコロには、『すべらない話』『ライブの話』『ノルマの話』そして『バンジージャンプ』などの言葉が書かれている。

 ぬいぐるみみたいに中に綿でも詰まっているのか、転がるたびにポムポムという可愛らしい音が聞こえてきた。ライブハウスの床にはあまりに不釣り合いだ。

 

「デデン! 学校の話〜! 略してガコバナ〜! はいぼっちちゃん!」

 

「え、えぇ...」

 

 一番したくない話題...!

 い、いや、どれがきても話せる気はしないけど...

 

「あっそういえば二人とも同じ学校...」

 

 今着てる制服同じだし...

 

「そう! 下高!」

 

「二人とも下北に住んでるから、近いところ選んだ」

 

 ああ、二人とも下北沢にお住いで...生まれながらの格差を感じずにはいられない...

 

「ぼっちちゃんは秀華高だよね? 家この辺なの?」

 

「あっいや県外で片道二時間です」

 

「二時間!? なんで!?」

 

「えと...高校は誰も過去の自分を知らない所にしたくて......」

 

「学校の話しゅーりょー!!」

 

 虹夏ちゃんが気を遣ってくれたことにも死にたくなる...

 

「じゃあ次は〜......」

 

 

「こんちゃ〜っす、バイクの鍵取りに来ました〜」

 

 と、不意にライブハウス内に声が響く。

 声のする方、ライブハウスの入口に目を向けると、そこには男の人が立っていた。

 真っ黒なスキニー、真っ黒なシャツ、真っ黒な革ジャン、真っ黒な靴に、真っ黒な髪の毛。

 私の目が悪くて顔まではよく見えない。けど、手とか顔なんかの露出している肌は白く、暗い場所で見たら顔だけ浮き出て見えそう。

 

「店長さ〜ん。...っかしぃな、いねーのか?」

 

 バーカウンターの奥や隣にある控え室を覗き、何かボヤいている。

 

「あ、あの人、昨日のPAの人だ」

 

「えっそうなんですか?」

 

「うん。ぼっちちゃんが帰っちゃったあと、ちょっと話す機会あって。ね、リョウ」

 

「...? 覚えてない。昨日は眠かったから」

 

「またリョウはそこはかとなく失礼なことを...っていうかあの人、お姉ちゃん探してるよね? ちょっと声かけてくる!」

 

 男の人の見た目がちょっと怖そうだったから私が固まっていると、虹夏ちゃんが勇敢にも話しかけに行った。すごいなぁ、アレが陽側の人間か。住む世界が違う。

 

「あの〜、お姉ちゃんに何か用事ですか?」

 

「あー、ちょっとバイクの鍵を...あれ、キミら結束バンドの子じゃん。昨日ぶり〜」

 

 ヒラヒラと手を振る男の人。

 あの声、どこかで聞いた事のあるような...無いような...?

 

「今日もライブ? 頑張るね〜」

 

「あ、いえ。今日はバンド会議を...それより、バイクの鍵がどうかしたんですか?」

 

 なんだっけ...どこだっけ...絶対聞いたことあるんだけど......

 

「あー、いや。昨日バイクの鍵忘れてったみたいでさ。店長が持っててくれてるらしいから、それを受け取りにね」

 

「そうなんですか。お姉ちゃん今用事で外出てて...もうすぐ帰ってくると思うんですけど」

 

「まじか。うーん...どっかで時間潰してくるか...」

 

「よければここで待ってますか? ほんと、帰ってくるのそんなに時間かからないと思うので」

 

「まじ? んー...じゃあちょっと待たせてもらってもいいかな?」

 

「全然大丈夫ですよ! あ、座ります? 今椅子アレしかなくて、あたしたちと相席になっちゃうんですけど」

 

 ひえっ...あの人こっち来るの...?

 

「座れるなら俺は有難いけど...あの子めちゃくちゃ嫌そうな顔してるけど大丈夫?」

 

「え? あ、ぼっちちゃん! そんな露骨に嫌そうな顔しない! だ、大丈夫ですっ! あの子ちょっと...いやかなり人見知りなだけなので!」

 

「そ、そう?」

 

 すいませんすいませんクソザコナメクジですいませんお目汚ししてすいません...!

 近付いてくるお兄さん。うわ、顔良...ほんと自分こんなナリで現世にこびり付いててごめんなさい......うぅ.........

 

「そんじゃ失礼して...なんかごめんね。店長が帰ってきてバイクの鍵受け取ったらすぐ帰るから」

 

「あっいえ......」

 

 もしかして優しい人...? うぅ...見た目で怖い人だと判断してしまった...いやでも顔が良い人って怖いし...私みたいな可愛くもない奴が視界に入ってごめんなさいの気持ち。

 

「あれ? ぼ、ぼっちちゃん? なんでそんな蹲って? っていうか溶けてない!?」

 

「ぼっちが床のシミになった」

 

「ぼっちちゃーん!?」

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

 下北沢の《STARRY》までバイクの鍵を取りに来たが、どうやら店長がいないらしい。

 連絡入れといたのにな、と思いLINEを確認するも、既読がついていなかった。俺の連絡を見る前に外出してたってことか。

 

 幸い、店長の妹らしい《結束バンド》のドラムの子に、ライブハウス内で待っていてもいいと言われたので有難く待たせてもらうことにしたんだが...なんかジャージの子が溶けちゃったな。ナメクジみたい。

 

「その子大丈夫?」

 

「だっ大丈夫です! 今治すので!」

 

 そう言い、ドラムの子がジャージの子をこねくり回す。それで治るんだ...

 異様な光景を見ていると、その隣に見覚えのあるサイコロが転がっているのが目に入った。

 

「ライ○ンのごきげんよう?」

 

 昔の昼番組の一つに出てくるようなサイコロには『ライブの話』『音楽の話』『バンジージャンプ』などが書かれている。バンジージャンプだけ毛色違いすぎるけど大丈夫か?

 

「あ、今ちょっとそれ使って交流を深めてて」

 

 目の位置がちょっと違うかも、などと言いながらジャージの子を練り上げていたドラムの子が、俺の呟きを拾って返答してくれる。

 

「よし! 治った!」

 

 ほんとに治っちゃったよ...

 

「やっぱ邪魔しちゃったかな」

 

「いえいえ! あ、そういえば、PAさんもバンドとかやってるんですか?」

 

「一応やってたけど...なんで?」

 

 俺、それっぽいこと言ったっけ?

 

「PAやる人ってバンドやってる人多いイメージですし、あと見た目ですかね」

 

 なるほどな?

 いや完璧偏見だけど、俺に関しては間違ってないからなんとも言えないな。

 

「どんなバンドやってたんですか? PAさんのパートは? あっ、ていうかPAさん名前なんていうんですか?」

 

 おぅ、ぐいぐいくるなこの子。さすがJK。いやJK関係ないか。

 

「えっと...とりあえず名前かな? 関口海です。パートはギターで、バンドは...うーん、なんでもやってたからなぁ。強いて言うならHR/HM?」

 

 バンド組み始めたばっかの頃のオリジナル曲は全部メタルだったけど、途中からミクスチャーとかジャズとかいろいろやったからなぁ。

 一番多いのはやっぱメタル系だし、俺が好きなのもそっちだし、HR/HMバンドってことでいっか。

 一番最初に雑誌に取り上げられた時も『日本発 HR/HMの最終兵器』とかいう見出しだったしな。うん、俺らはHR/HMバンドだ。

 

「ヘヴィメタルってアレですよね? 顔とか白塗りしてトゲトゲした肩パットをつけた、世紀末チックなファッションの」

 

「うーん偏見が激しい」

 

 キ○スとか聖○魔IIだねそれは。

 メタル全てがそうなわけじゃないよ。

 

「あっそれはちょっと違くて...いやっもちろんそういうファッションの人達もいるんですけど...一部だけっていうか...キ○スとか聖○魔IIとか...」

 

 ...おや?

 ジャージちゃんが語り出したな。考えてることが俺と一緒だ。例として想像したバンドも一緒か。いやまぁ、超メジャーどころだし被ることもあるか。

 

「ジャージちゃん、メタル好きなの?」

 

「! はいっ! ジャージちゃんです!」

 

 うわなに、急にどうしたの。

 

「あ、すすすすみません...えと、メタルは中学の時にハマって......」

 

「ふーん? 好きなバンドは?」

 

「あ 中学の頃聴いてたのはLast Days ○f Humanity、とか...」

 

「変態じゃねーか!!」

 

「ひぅっ...ごごごめんなさいごめんなさいイキってごめんなさい!」

 

 あ、やべ。思わずけっこーデカい声出た。

 いやでもこれはジャージちゃんが悪いでしょ。Last Days ○f Humanityとかゴアグラインド*1のバンド出してきやがって。女子高生が聴く音楽じゃないだろ。しゅき♡

 

「...あっ! あの、CARCA○Sも聴きます...」

 

 結局ゴアグラインドじゃねーか!

 最近はメロデス路線だからいいよね♪ じゃねーんだわ。ゴアグラインドの王なんよ。

 

 ...ちょっと試してみるか。

 

「いいよね、ゴアグラインド。俺もバンドやってた時演奏したことあるよ。うちのバンドはアニソンからメタルまでなんでもアリのバンドだったからね」

 

 メタラー界隈には『アニソンはメタル』っていうイカれた認識がある。

 それを踏まえた上で、俺の発言を訝しんだら“本物”だ。

 

「へー。いろんなジャンルをやってたんですね!」

 

 ドラムの子はノーマルか。

 

「イタリアのメタルバンドがアニソンのカヴァー(流暢っぽい発音)をしてるのを聴いたことあります」

 

 うーん...ベースの子はギリセーフ(こっち側じゃない)かな。

 

「...え それって結局全部メタル......」

 

 !!!!

 ジャージちゃん!!

 

「ジャージちゃん!」

 

「はいっ ジャージちゃんですっ」

 

「今日から俺たち、親友だ!」

 

「えっ」

 

 メタラーだからね。仕方ないね。

 同世代でも珍しいのに十代のメタラーとか逃がしてたまるかよ(同属アリジゴク)

 

「ど、どうしたんですか急に」

 

「なんでもないよ。ね、親友」

 

「えっ えっ」

 

 ドラムの子がちょっと引いた感じの口調で聞いてきた。

 おいやめろよ、さすがに未成年に引かれるのは嬉しくないぞ。そっちの道は閉じたんだ(過去に開拓済)

 

「それはそうと、ドラムの子とベースの子はどんなジャンルが好きなの?」

 

「あ、名前まだ言ってませんでしたね。あたしは伊地知虹夏です。こっちが山田リョウで、そっちの子が後藤ひとりちゃんです」

 

 伊地知ちゃんに山田ちゃんに後藤ちゃんね。覚えた。

 

「あたしはメロコアとかジャパニーズパンクが好きです」

 

「私はテクノ歌謡とかサウジアラビアのヒットチャートを「絶対嘘!!」......ほんとだもん」

 

 仲が良いなぁ。

 あれ。そういや気にしてなかったけど、これってバンド会議つってたっけ?

 

「今って結束バンドのバンド会議やってたんだっけ」

 

「はい! 昨日結成したばかりですけど」

 

「ってことは、後藤ちゃんって昨日のマンゴー仮面?」

 

「! まっ マンゴー仮面ですっ!」

 

 うわなに、急にどうしたの。

 

「そういえば関口さん、昨日ぼっちちゃんのこと探してましたよね?」

 

 さっきからスルーしてたけどその『ぼっちちゃん』って何? 後藤ちゃん虐められてんの?

 怖いから今後もスルーしとこ。

 

「ああ、昨日の演奏についてちょっと言いたいことがあって」

 

「ひっ...」

 

 見るからに怖がる後藤ちゃん。文句を言われると思ってるんだろうな。ちょっと可愛い。俺がロリコンのSなら確実に堕ちてたね。事案。

 良かったね、俺が年上好きのMで。...いや別にMじゃないけど。ほんとだよ。

 

「後藤ちゃん、昨日はちょっとボロボロだったけど...」

 

「ひひっ...」

 

 引き笑い?

 面白いなこの子。

 でもあんまりイジめるのも良くないな。

 

「ダンボールのインパクト強くて、昨日のお客さんには結束バンド=コミックバンドっていう誤認識を与えた戦犯だけど...」

 

「ひひひっ...」

 

 クセになりそう。

 さすがにもう止めとくか。ロリコンSの道を開拓しちゃうわ。相手は未成年(JK)。犯罪、ダメ、絶対。

 

「ギター、上手いよね?」

 

「ひっ...?」

 

 おもしれーわこの子www

 

「昨日の演奏を見て、なんでそんな感想を?」

 

「ちょ、リョウ!」

 

 山田ちゃんが不思議そうに聞いてくる。

 慌てたように止める伊地知ちゃんも、多分後藤ちゃんが上手いとは思っていないだろう。顔にそう書いてある。

 けどまぁそうだわな。昨日のは普通に下手だったし、リズム隊(ドラムとベース)からしたら、リズム感が全くないめちゃくちゃな演奏に聞こえたはずだ。

 

「節々が上手かったからかな。確かに『他人(メンバー)と合わせる』って意味なら初心者以下だったけど、コードはちゃんと押さえられてて音が綺麗に鳴ってたし、要所要所は合わせてた。だからバンドとして聴いた時に『下手なバンドだな』とは思わなかったっていうか...まぁ、外から俯瞰して聴けてたから気付けたって感じかな」

 

 俺がギターをメインに楽器をやってるからってことも理由の一つだとは思う。ギター単体で聴いた時、リズム感以外では下手だとは思わなかった。

 

「実際、後藤ちゃんも一人でのギター歴はそこそこあるんじゃない? 三、四年ってとこ?」

 

「あっ はい、ギター始めてから三年くらいです...」

 

「やっぱりね。それに相当練習したんじゃない? 練習してる奴としてない奴の音はやっぱり違うけど、後藤ちゃんのはちゃんと練習してる奴の音だったよ」

 

 ギター歴三年にもいろんな人間がいる。

 ただ持ってるだけの奴、一週間に一回弾くかどうかの奴、毎日一時間以上触ってる奴、暇な時間はギターとお喋りを始め出す変態。本当にいろいろだ。

 

「あっ 一応毎日八時間くらいは弾いてます...」

 

「えっ、そうなの!?」

 

 伊地知ちゃんの声がライブハウスによく響く。

 山田ちゃんも驚いたような顔をしていた。

 二人揃って「そんなに練習してあのレベルなの?」といった顔だ。

 バンドで育ってきた人間と、一人で成長してしまった人間。その感覚の違いだろう。

 

 それにしても“八時間”か...

 

「slipkn○t、ミ○ク。部屋で?」

 

「八時間練習しろ」

 

「友達を無くすまで?」

 

「出かけるな!」

 

「え? え?」

 

 slipkn○tのギタリスト、ミ○ク・トムソンの名言「部屋で八時間は練習しろ。友達を無くすまで出かけるな」。

 それをちょっとカマかけただけなのにノータイムで答えられる後藤ちゃんスゴすぎでしょ。

 伊地知ちゃんを見ろ。意味が分からない応酬に「この人たちマジで怖い」とか言ってビビってるぞ。ごめんね。

 

「......あの」

 

 後藤ちゃんはやっぱり“本物”だなと感心していると、山田ちゃんが物怖じせずに声をかけてきた。

 凄いなこの子。俺なら俺みたいな妙なやつに声掛けたくないわ。

 

「海...さんって、あの海さんですか?」

 

「あの?」

 

 どのだろう。

 いろいろ言われてきたからなぁ。

 

「あの伝説のインディーズバンド、Capliberteのギタリスト、Kaiさんですか?」

 

 山田ちゃんに言い直され、少し考える。

 

 ...伝説? 何それ知らない。確かにCapliberteは俺が組んでたバンドだけど、Capliberte(俺ら)ってゆーて二年前まで普通に活動してたバンドよ? 伝説になるには早すぎるだろ。

 

 多分人違いだな。

 そう結論付け、山田ちゃんの問いにノーと答えようとした時。

 

「...え? あっ。え? ...はわ、はわわわわわわわわわ、、、、!、、?」

 

 後藤ちゃんが壊れた。

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

「あの伝説のインディーズバンド、Capliberteのギタリスト、Kaiさんですか?」

 

 リョウさんの関口さんへ向けた問いを聞き、ようやく思い出した。

 

 どうして忘れていたんだろう。どうして思い出せなかったんだろう。

 名前を聞いたのに気付かなかった自分が信じられない。

 初対面の人に緊張してたから? 人生二つ目、三つ目のあだ名を連続して付けてもらって舞い上がってたから? 親友認定されて思考が宇宙をさまよっていたから? それとも二年前にあったCapliberte最後のライブとは髪型が全然違うから?

 何を言い訳にしても、本当に信じられない。

 

「はわ、はわわわわわわわわわ、、、、!、、?」

 

 この声にデジャブを覚えるはずだ。

 何せこの人は、私が焦がれ、憧れもした、今もYouTubeの投稿を楽しみにしている、あの関口海...生ける伝説・CapliberteのKaiさんだったのだ。

 

 

「...後藤ちゃん壊れちゃったけど、大丈夫?」

 

「ああ! さっきせっかく練ったのにまたナメクジになっちゃった!?」

 

 虹夏ちゃんが近寄ってきて、崩れた私の体を手でコネコネし始めるが、そんなことはどうでもいい。

 あのKaiさんが! 伝説のギタリストが! 今私の目の前に!

 

「それにしても伝説って何? Capliberteは確かに俺のバンドだけど...多分人違いじゃない? そこそこ売れはしたけど、伝説とかそんな大層なもんじゃないよ」

 

 首を傾げて不思議そうに聞いてくるKaiさん。

 あれ...? 人違い...?いやそんなはずは......

 リョウさんも不思議に思ったらしく、コテンと首を傾げて問い返す。

 

「CapliberteのKaiさんですよね? インディーズバンドで武道館ライブを三回も成功させて、海外でもワンマンをやったことのある、あのCapliberteの」

 

「えっ!? それあたしでも知ってるよ!? 昔お姉ちゃんが『今の日本の高校生ならこいつらが一番上手い』って言ってた! ちょっと前に解散したって聞いたけど...」

 

 私を再構築し終えた虹夏ちゃんが興奮した様子で言う。私も、ブンブンと首が取れそうなくらい縦に振った。

 

 それを聞いたKaiさんは、「あー...」と少し納得がいったという風に1度頷く。

 

「それは確かに俺だわ。武道館も海外ワンマンも、知り合いの金持ちお嬢様の力でやれただけだけどね」

 

「で、でも武道館ライブは三回とも満席で、海外ライブは外国の大統領もお忍びで見に来たくらい大成功したって、記事で見たことありますけど」

 

「そうだね。有難いことにお客さんもたくさん入ったよ。...にしても伝説かぁ。今の子らの間ではそんな存在になってたんだ、俺ら。なんかむず痒いね」

 

 あははと控えめに笑うKaiさん。

 バンドとして大成功を収めた人とは思えない謙虚さだ。私だったらもっと傲慢になってるだろうな。

 

「ずっと気になってたんですけど、なんで解散しちゃったんですか?」

 

 リョウさんが聞く。

 それは私も気になってた。二年前、Kaiさんが高校を卒業すると同時に、Capliberteは突如活動を中止してしまったのだ。

 頑なにメジャーデビューしないなとは思ってたけど、まさか解散するなんて思ってなかった。

 音楽性の違いとか、バンドあるあるなメンバー間の問題とかがあったのかな?

 

「いや、別に解散はしてないよ。今はちょっと活動できてないだけで」

 

 え そうなの?

 

Capliberte(うち)のドラマーがね。高校卒業してすぐ、メジャーに行っちゃって」

 

「え? 一人だけメジャーデビューしたってことですか...?」

 

 虹夏ちゃんが聞くが、そういう話は聞かない。

 でも確かに、ほかのCapliberteの面々は個人でYouTubeとかの活動をしてるけど、ドラムの人だけ見たことないな。

 

「あー、いや。音楽じゃなくて、野球の方。あの筋肉バカ、今はアメリカで野球やってんの」

 

「えっ」

 

「えぇ!?」

 

 思わず漏れた声が、虹夏ちゃんの声にかき消される。

 野球? なんで? バンドマンってみんなスポーツを憎んでるんじゃないの?(ド偏見)

 

「訳わかんないよね? 俺もわかんない。けどまぁ、行っちゃったもんは仕方ないからさ。あいつが帰ってくるまで、Capliberteは活動休止してるの」

 

 そう笑うKaiさんはどこか寂しそうで、けど、悲観はしていないように見えた。

 

「...初めて聞いた」

 

「確かに公表はしてなかったかも。あ、けど今年の冬に帰国するって言ってたから、その時にライブやる予定だよ。良かったら来てね」

 

「!! い いい行きますっ!!」

 

「うわっ!? ぼっちちゃんそんな大きな声出せたの!?」

 

 Capliberteのライブだー! やったやった、行ってみたい!

 ライブ映像は見たことあるけど、当時は人気バンドのライブに行く勇気なんて......あっ 今もない。

 人気バンド 久々のライブ 押し寄せる大勢の人間.........うぷっ

 

「あっ すいませんやっぱり無理です...」

 

「え、なんでまた。別に俺らライブで変なことしないよ?」

 

「火を吹いたり筋トレ始めたりは十分変なことだと思う...」

 

「それは! 五十嵐(ドラム)須田(ベース)がっ!!」

 

 あー、そういえばしてたなぁ。

 Kaiさんもテンション上がってドラマーの人に肩車されながら演奏してたライブもあったっけ。

 

「ぼっちちゃん、人が多そうだから行きたくないんでしょ」

 

「うっ...は はい......」

 

 虹夏ちゃんに図星をつかれてしまった。

 ほんとに情けない。好きなバンドのライブにすら行けないとか。

 

「そっか。後藤ちゃんは来てくれないのか。お兄さん悲しいな」

 

「うっ」

 

 言い方がズルい。

 というか捨てられた子犬みたいな哀愁を纏った言い方が上手い。

 絶対にワザとやってるのに、分かってるのに、それでも「可哀想」っていう感情が湧いてくる。

 

 いや、私なんかがライブに行く行かない程度でどうこうなるような人達じゃないけど。可哀想とか失礼だし烏滸がましい。私程度がKaiさんに影響を与えられると思い上がるな。

 

「がっ......ガンバリマス...」

 

 それはそうとライブには行ってみたいので、努力はしたいと思う。うん、努力はしたい。

 

「あっはっは! うん、頑張って。それじゃあ後藤ちゃんが俺らのライブにより来たくなるよう、ちょっとだけギター弾いちゃおうかな」

 

「えぇ!?」

 

 えぇ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
音楽ジャンルの一種。検索してはいけない(※検索する場合は自己責任でお願いします。少なくとも健全なJKが聞くような音楽ジャンルではありません)




海くんはピンク幼馴染みが車で迎えに来てくれて帰れました。
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