ぼっち・ざ・へゔぃめたる   作:怜哉

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音の呼吸だ

 

 

 

 

 

 

 後藤『父が会いたがっているので、もしお時間があれば明日うちに来ていただくことは可能でしょうか? すみません』

 

 

 そんなロインを受け取り、理由は分からなかったが午後は暇だったので『いいよ〜』と軽く返事をしたのが昨日の夜。

 バイト終わりにバイクを走らせ、神奈川まで来ていた。

 

 後藤家の最寄りだという駅の近くのパーキングにバイクを停め、駅に行く。

 今日は伊地知ちゃんも後藤家に招待されているらしく、せっかくなら駅からでも一緒に行きませんかと昨日ロインが来た。

 別に断る理由もなかったのでOKし、伊地知ちゃんと合流するために駅に向かっている。

 

「あ、海さーん! こんにちは〜!」

 

 駅に着くと、すでに到着していた伊地知ちゃんが俺を見つけて声をかけてきた。まるで飼い主を見つけたかのような笑顔付きだ。

 

「ごめん、ちょっと待たせたかな?」

 

「いえ、あたしもさっき着いたところです!」

 

 出来た彼氏みたいなこと言うなぁ。

 実際どれくらい待っていたのかは分からないが、とにかく待たせたことだけは事実だ。

 こういうのは古い考え方なのかもしれないが、男の方が先に着いておいた方が良かっただろう。思ったより道が混んでて少し遅くなっちゃったからな。悪い事をした。

 

「飲み物奢るよ。何が良い?」

 

 近くにあった自販機を指差す。

 

「い、いえ、大丈夫です」

 

「遠慮しないでいいよ。年上が奢るって言ったら素直に奢られるのも良い後輩の嗜みだしね」

 

 まぁ奢られるのが当然みたいに思うのはダメだけど。

 伊地知ちゃんも「じゃ、じゃあ...りんごジュ...あ い、いえ! コーヒーで!」とまだ遠慮がちだったが奢られてくれた。

 にしてもりんごジュースじゃなくていいのか?

 

 伊地知ちゃんにコーヒーを、俺の分はりんごジュースを買う。「り、りんごジュースでもいいんだ...」って伊地知ちゃんどうしたの?

 

「...やっぱりりんごジュースの方が良かった?」

 

 歩きながら聞く。

 

「い、いえ! 大丈夫です!」

 

「でもそのコーヒー、ブラックだし。苦いでしょ」

 

「大丈夫です! 大人なので!」

 

 そう言った伊地知ちゃんは、コーヒーに口をつけた瞬間顔をしかめてしまった。

 

 ははーん。さては『ブラックコーヒーが飲める=大人』って思っちゃう年頃だな? でもホントはブラックコーヒーなんて飲みなれてないし苦みに耐えきれず顔に出てしまった、と。

 気持ちは分かる。俺も中学の時そんなことを考えてて、無理してブラックコーヒーばっかり飲んでいた。今では普通に好きになったんだけどな、ブラックコーヒー。

 

「無理しなくていいよ。俺のりんごジュース、ちょっとあげよっか? あ、いやでも口付けちゃったな。自販機まで戻って買ってこよっか」

 

「ほ、ほんとに大丈夫です! ぁ で、でもりんごジュースはちょっと飲みたいカナー...? ひ、一口くらい...」

 

 口直し、みたいなことか?

 コーヒーの苦味が口の中に残ってて嫌なんだろう。分かる分かる、俺もそうだった。コーヒー飲んだあと隠れて牛乳飲んでたわ。

 

「けどこれ俺が口を付け───」

 

「大丈夫です!!」

 

「お、おう」

 

 今日イチ声デカかったな。そんなにコーヒーが苦かったのか。

 念の為もう一本りんごジュース買っときゃ良かったなと思いつつ、伊地知ちゃんにジュースを渡す。

 

「......よし、飲むぞ、飲むぞぉ...!」

 

 なんかすんげぇ覚悟決めてんな。

 やっぱり俺が口をつけたペットボトルは嫌だったか? けど苦いのが口に残るのはもっと嫌で、かといってまた買ってきてもらうのも悪いし...と妥協した結果なんだろうか。

 俺は大学生になってから別に異性との関節キスなんざ気にしなくなったが、伊地知ちゃんはまだ高校生。そうでなくても人によっちゃ間接キスは非常に気にするだろう。

 

 やっぱり今からでも自販機まで走って......あ、飲んだ。

 

「......えへへ、きゃーっ!

 

 ......うーん。

 ...まぁ、いいか。

 

 気を取り直して歩き出す。

 帰ってきたりんごジュースを再び口に含む俺をマジマジと見てくる伊地知ちゃんを見返し、「そういえば」と口を開く。

 

「伊地知ちゃんってオシャレだよね。さすが現役JKって感じ。その服かっこいい。似合ってるよ」

 

「ふぇ!?」

 

 驚いたのか声を上げる伊地知ちゃん。だが、オシャレだなって思ったのは事実だ。

 白のタートルネックに黒レザージャケット。主張のあまり強くないヒョウ柄のミニスカートと、パッと見ギャルみたいな格好だ。星歌さんの影響かな? とてもかっこいいし似合っている。大人っぽい。

 

「か、海さんってこういう服装が好きなんですか?」

 

「まぁ、好きっちゃ好きかな。可愛い系も良いけど、俺はかっこいい系が好き」

 

「そ、そうなんだ......」

 

 ? 考え込んでどうしたんだろ。

 

「あ、か 海さんもオシャレですよねっ!」

 

「俺? いやぁ、そんなことはないけど」

 

 実際そんなことはない。

 いつも妥協で黒系の服を買い、基本は黒一色か白黒モノトーン。シンプルコーデと言えば聞こえは良いが、その実配色が分かっていないだけだ。たまに着る柄シャツも、ギャルベーシストやピンク幼馴染み、ランダムスター猫娘なんかに選んでもらったもの。自分じゃ買わない。

 今日の格好も、黒スキニーに黒シャツ。上着にこれまた黒のライダースジャケットを羽織っての見事なまっくろくろすけ。

 これをオシャレだなんて、伊地知ちゃんは優しいな。

 

「いや、本当にオシャレだと思います! 普段どこで服とか買ってるんですか?」

 

「ユニクロGUしまむら、あとは専らネット」

 

「お、おぅ......」

 

 さすがの伊地知ちゃんもこの反応。

 俺も華の大学生としてもうちょいちゃんとファッションについて学ばないとなのかなぁ。今度幼馴染みにでも付き合ってもらうか。

 

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

 伊地知ちゃんの案内の元しばらく歩き、後藤ちゃんの家の前に着いた。立派な家だ。

 

 インターホンを押すと、「あ ど、どうぞ...鍵は空いてます」と返事が来た。

 他人の家ってなんかちょっとワクワクするんだよな。問題はJKの実家だってとこだけど、まぁ親御さんもいるみたいだし大丈夫だろう。

 

「おじゃましまー......!?」

 

 玄関の扉を開け、中に入ったその瞬間。

 パァン! と破裂音がした。

 もしや強襲か油断したと反射的に伊地知ちゃんの前に立ち背中に隠していた《メタル・オブ・ナナナ(バールのようなもの)》に手をかけるが、よく見ればどうやらそういうわけでもないらしい。

 

「......え、何?」

 

 玄関を抜けた先では、パーティグッズを身にまとった後藤ちゃんが立っていた。散らかっている紙吹雪を見るに、先程の破裂音はクラッカーの音だったのだろう。...いや何で? 俺誕生日だっけ? いや違うな。伊地知ちゃんは五月だって聞いたし...本当になんだ?

 

「─────......う」

 

 う?

 

「うぇーーーい...! ウェイウェイウェーイ!! ウェールクァーム、イン、後藤ハウス〜〜〜!!」

 

 ............。

 

「は?」

 

「ひっ」

 

 あ、やべ。素の声でた。低めのやつ。

 いやでも訳わかんないし。何、どうしたの後藤ちゃん。

 

「ぼっちちゃん、今回も楽しそうだねぇ」

 

 なんで伊地知ちゃんは慣れてんの。俺は後藤ちゃんの新たな闇っぽいのを見て宇宙猫なんだけど。

 

「...あ、どうぞ......」

 

 無理やりの笑顔も崩れ、どよんとした空気を纏った後藤ちゃんが家に招き入れてくれる。

 なんだろ、後藤ちゃんなりに訪問を歓迎してくれていたんだろうか? だとしたら悪い事をしたな。

 

 このまま部屋に案内されるのかと思ったが、後藤ちゃんが案内してくれたのは後藤家のリビング。

 しかも中では父親らしき人がソファに仁王立ち、ならぬ仁王座りをして待ち構えていた。

 え、何。俺これから怒られんの?

 

「......キミが海くんだね?」

 

「え、あ、はい。どうもはじめまして」

 

 異様な空気に気圧されて挨拶が遅れてしまった。いやだって何この雰囲気。俺これから「娘さんを下さい!」くらいのこと言うの? 言わんけど。

 などと考えていると、後藤ちゃんのお父さんがスッと立ち上がる。

 言い様のないプレッシャーを感じる。やはり怒られるのだろうか。いやなんで? 俺何も悪いことしてない......

 

「よく来てくれた! いや来てくださいました!」

 

 ビクッ!!?

 

「どーもひとりの父です! いやぁ、娘がお世話になっているみたいで! あ、お世話ついでにサイン頂いても良いですか?」

 

 な、何だァ? テメェ...(困惑)

 

 

 

 その後出てきた後藤ちゃんのお母さんや妹ちゃんとも挨拶をし、話を聞けばなんと後藤父はCapliberteのファンらしい。

 なんだ、ちょっと警戒してたけどそういうワケだったのか。安心したし嬉しいな。

 

 お願いされたサインを書き、後藤ちゃんと本当に血が繋がっているのか怪しいレベルのコミュ力を発揮する妹ちゃんを肩車し、犬(ジミヘン)と戯れ、後藤母が用意してくれたらしいお菓子類を頬張る。

 

「いやぁ、それにしてもまさかひとりがあのKaiと知り合いだったとは。驚きました。あ、この前の文化祭でのライブ、良かったです! サイン大切にします!」

 

 ギャルゲの主人公並の前髪で目元が見えない後藤父だが、嬉しそうな感情はその声音で分かる。

 嬉しいんだが、親世代の人にこんな感情を向けられるのはちょっとむず痒いな。落ち着かない。

 気分を紛らわすためにお茶を啜る。

 

「ところでひとりとはどこまで? 嫁に出すんでしょうか? それとも婿入り?」

 

「ブッ!!」

 

「あらあら」

 

 何ぶっ込んできてんだ後藤父ィ!

 そんで「あらあら」じゃねーよ後藤母ァ!

 

「おにーちゃんきたなーい!」

 

「ワンワン!」

 

 思わず吹き出したお茶を、後藤母が拭く。

 謝る余裕もなく、気管に入ってしまったお茶を吐き出すための咳が止まらない。

 

「よよよよよ嫁!? 婿!!?」

 

「ちょ、お父さん...!?」

 

 伊地知ちゃんが持っていたクッキーを握りつぶし、後藤ちゃんは机の上の飲み物を倒し、とにかく取り乱していた。

 

「ゲホゲホ......えっと、え? いや、別に俺と娘さんはそんな関係じゃないっすけど...」

 

「そうなのかい? それじゃあこれからだ!」

 

 これからも何もねぇよ。何なんだアンタ。

 

「いや、これからも何も、後藤ちゃ...えっと、ひとりちゃん? はまだ高校生じゃないっすか。俺、成人してるんですが」

 

「十六歳からなら結婚できるだろ? あと半年くらいかぁ」

 

「お父さん、最近法律が変わったのよ? 女の子も十八歳からしか結婚できなくなったの」

 

「そうなのかい? それじゃああと二年半だ!」

 

 ダメだこいつら、早くなんとかしないと...!

 

「おにーちゃん、おねーちゃんとケッコンするのー?」

 

「いやしないから」

 

 こんな否定は後藤ちゃんにも失礼かもしれないが、しないもんはしない。

 

「...もしかして、ひとりじゃなくてふたりが良いのかい? それはさすがにちょっと...」

 

「ちげーよ」

 

 敬語すら忘れて否定する。

 なんなんだよ後藤家。やっぱり後藤ちゃんの家族だな。

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

「す、すすすすみません! うちの父が......!」

 

「いや、後藤ちゃんは悪くないから」

 

 場所は変わって後藤家二階。後藤ちゃんの部屋に来ていた。

 伊地知ちゃんが「今度うちのお父さんにも紹介しなきゃ...」とか言ってたけど別に紹介しなきゃいけないことはないからな?

 

 後藤ちゃんの部屋にきて何をするかと言うと、なんとこれから《ギターヒーロー》の収録を始めるのだという。

 なぜ人が遊びに来てるのに収録を始めてしまうのか。普通に遊べばいいのに。とも思うが、まぁ後藤ちゃんだしな。

 伊地知ちゃんも「ギターヒーローの生収録見れるの感激〜!」とか言ってるし。

 

「今日は何弾くの? IN FL〇MES*1?」

 

「あ いや、メタルはまた今度...」

 

 そっか。残念。

 

「あ 今日は最近流行りの曲を弾こうかと」

 

「ふーん」

 

 最近の曲ねぇ。

 そういやスカーシンメトリー*2の九年ぶりの新譜が出たな。まだちゃんと聴いてないや。帰ったら聴いとこ。

 

「そういや後藤ちゃんがギターヒーローだって、喜多ちゃんや山田ちゃんは知らないの?」

 

 伊地知ちゃんは俺と同じで、後藤ちゃんがギターヒーローだってことに勝手に気付いたらしい。ということは後藤ちゃんは未だに誰にも自分からは正体を明かしていないということになる。

 まぁネットでの姿なんてリア友に見られたくないよな。気持ちはちょっと分かる。

 

「あ はい、まだ言ってなくて...タイミング逃しちゃってるというか...」

 

「ふーん」

 

 漫画とかだとこういう小さな秘密から亀裂が生まれていって最終的にバンド解散の危機に、みたいな展開もあるよなぁ。

 そんなことをぼんやり考えていると、伊地知ちゃんと共に撮影の準備を整え、少し緊張が残ったままギターを弾き出した。

 

「さすがに上手いなぁ」

 

「ですね......」

 

 俺の言葉にそう返す伊地知ちゃんの顔には、僅かながらに影が見える。後藤ちゃん...いやギターヒーローの演奏を見て、何か思うところでもあるんだろうか?

 かと思えば熱い視線を送ったりと、 どうにも落ち着かない。

 

 まぁ、口に出さないのなら下手に突っつかないのが安牌か。明らかに伊地知ちゃんのメンタルに問題が生じているようにも見えないし、相談されたら乗る、で良いはずだ。

 

 そうこうしている間に一曲目が終わる。

 今日はどうやら何曲か録り溜めするようで、続けて二曲目に入る。

 お、これは聴いたことがあるぞ。というか弾いたことがある。何ヶ月か前に弾いてみた動画を上げた、《シン〇ーズハイ》のノー〇スって曲だ。イントロのユニゾンチョーキングがかっこいいんだよな。

 

「...あ、この曲。ちょっと前に海さんも弾いてましたよね? 動画で」

 

 後藤ちゃんはPCから音を流し、ヘッドフォンで聴いている。故にドラムやベースなど、ギター以外の音は俺たちには聞こえない。

 ほぼギターイントロドンになっている状況で、伊地知ちゃんは今の曲に行き着いたようだ。

 

「そうだよ。よく分かったね」

 

「海さんの動画は何度も見返してるので!」

 

 へ、へぇ...

 まぁ嬉しいっちゃ嬉しいな。俗な話、再生されるたびに収入入ってくるし。それ抜きでもたくさん見てくれるのは嬉しい。けどキミドラマーだよね? ギターの弾いてみた動画見て楽しい?

 

「でも今ぼっちちゃんが弾いてるのとはちょっと違う気も...?」

 

「ああ、それは俺が大分アレンジ加えてるからだね。後藤ちゃんのは原曲に忠実でえらいと思うよ」

 

 俺の場合、バンドとしては倦厭されるであろう「ボーカルを邪魔するギターアレンジ」を加える場合が多々ある。原曲リスペクトで忠実に弾くのが正しいのは分かってるんだが、ただ原曲通りに弾くのは今の大SNS時代、大勢がやっていることだ。目新しさは何も無い。

 一応バンドの方に確認を取って、アレンジOKの返事が返ってきたものだけアレンジ弾いてみた動画を出している。広告収入も五対五で俺の手元に入るなど、各バンドには頭が上がらないな。

 

 その後も伊地知ちゃんと他愛ない雑談をしつつ、後藤ちゃんの弾く姿を眺める。

 一時間もしないうちに六曲分の録り溜めが終わったらしく、「ふぅ」と息を吐いた後藤ちゃんがヘッドフォンを外し、ギターを置いた。

 

「お疲れ様。すごいね、ほとんど撮り直し無しの一発成功」

 

「あ いえ...えへへ」

 

 照れる後藤ちゃん。

 実際すごいことだ。弾いてみた動画を作る際、大抵は何回か失敗して撮り直し、みたいなことが起こるもの。それを、一度だけ撮り直していたが、それ以外は全て一発録りで仕上げていた。妥協ということもなく、完成度はどれもとても高い。

 

「これが《結束バンド》のライブでも発揮できたら完璧だね」

 

「うっ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情をさせてしまう。今のは失言だったか。

 だが実際、後藤ちゃんがギターヒーローとしての実力をライブで遺憾無く発揮できたのなら、それは《結束バンド》にとって強力な武器になる。

 山田ちゃんは高校生としては頭一つ抜けてベースが上手だし、伊地知ちゃんも十分上手い。喜多ちゃんも目を見張るほどの成長を見せている。これで高校在学中にギターヒーローとしてと実力が発揮できれば、実力派現役女子高校生バンドとして世間の注目を集めるだろう。

 こう言ってしまうのは非常に失礼だが、『ガールズバンド』というのはその存在だけでファンを得ることが可能だ。《結束バンド》ほど容姿が整っているバンドなら尚更に。

 上辺だけを見て集まるファンも多いが、それだけSNSなどで世に発信する母数は多くなる。実力がしっかり伴っていれば、認知されるのも時間の問題。ギターヒーローのファンからの導線も用意すれば、上々の滑り出しができるだろう。

 まぁ、だからといって安易にビジュアル売りをしろと言っているわけでもないが。

 

「そういや、この前買ったギターは使わないの?」

 

 今日使っていたのは後藤ちゃんが前から使っているギター。先日御茶ノ水で買ったギターは、部屋の隅にひっそりと置かれている。

 

「あ あの子も使おうと思ってるんですが、今日は弾き慣れたこの子でやろうと思って」

 

 あの子、この子。

 うーん、やっぱり後藤ちゃんは俺らと同じ匂いがするんだよなぁ。聞きはしないけどギターに名前とか付けてそう。俺は付けてる。

 

「良ければあのパシフィカ、ちょっと弾いてみても良い? ギターヒーローの生演奏聴いてたら弾きたくなってきちゃってさ」

 

「あ ど、どうぞ...!」

 

「え!? ギターヒーローだけじゃなくてKaiの演奏も聴けるの!? 今日来て良かった〜!」

 

 興奮気味な伊地知ちゃんが前のめりにパチパチと拍手をしてくる。

 軽く触るくらいのつもりだったけど、そんな目で見られたらちょっとしっかり弾こうかって気になってくるな。

 

「せっかくだし、後藤ちゃんも一緒になんか弾く?」

 

ゑ゙!?

 

「うわびっくりした! ぼっちちゃんそんな大きな声出るんだ...」

 

 ビクッと肩が跳ねた伊地知ちゃん同様、俺も声こそ出さなかったが少し驚いた。

 予想では「あ はい...」と小声で言うか「あ いや、それは...」と小声で遠慮されるかのどちらかだと踏んでたんだが...そもそも小声じゃなかったな。

 

「それじゃあやろっか。アンプ繋いで大丈夫?」

 

「あ はい、大丈夫です」

 

 シールドを借り、押し入れから後藤ちゃんが引っ張り出してきたミニアンプに通す。エフェクターも借りた。後藤ちゃんはPC側で弄るとのことで、有難く借りる。

 少し音を調整し、せっかくなら録音するかとアンプの前にマイクを置いて準備完了。

 

「んじゃ、何弾く?」

 

「あ えっと...」

 

 俺は特にこれといって弾きたい曲は無かったが、それは後藤ちゃんも同じらしい。少しの間悩むが、答えは出てこないようだ。

 だったら俺がテキトーに決めちゃった方が早いか。

 

「じゃあねぇ...《エ〇ガイ》は? 春頃に後藤ちゃん弾いてたよね。まだ弾ける?」

 

「あ はい。Wrestle t〇e Devilなら...」

 

「じゃ、それやろ。後藤ちゃんが弾けるのどっち?」

 

「あ ル〇ヴィグ(リードギター)の方です」

 

「おっけー。ちょっと待ってね、覚える」

 

 スマホを操作し、サブスクから音源を流す。

 この曲はハードロックっぽい、俺も好きな曲だ。

 一曲通しで聴いて......

 

「うし、いける。やろっか」

 

「え!? い 今ので覚えたんですか!?」

 

 伊地知ちゃんが驚いたように聞いてくる。

 

「まぁね。コピーの早さには自信あるよ」

 

「すごー...え、ぼっちちゃんもこんなに早く耳コピできるの?」

 

「あ いや、私は無理...です」

 

「慣れだよ。俺は普段からこういうメタルとかハードロック系の曲たくさんコピーしてるし、似たような進行の曲もある。コツもあるし、リズムならそこまで難しくはないよ」

 

「え いや 難しくないことはないような...」

 

「ね。天才の所業だよ」

 

 慣れだよ慣れ。

 あと三年くらい色んな曲のコピーを続けて経験積んどきゃそのうちできるようになる。

 

「俺は天才の部類じゃないかな。天才ってのは須田みたいなやつのことだよ。あいつ、ベース始めて一年足らずで一回聴いた曲をほぼ完璧に耳コピしてきたんだよ? もう天才こえて馬鹿かよって話」

 

 俺に才能が無いとは言わないが、天賦のものはほかのCapliberteメンバーと比べて低いものだ。

 純粋に時間と努力。天才が一日でこなすなら、その五倍も十倍も練習すれば追いつける。単純な話だ。天才に努力されたら手が付けられないけどな。

 

 ギターを構えれば、後藤ちゃんも合わせて用意する。

 

「じゃ、スリーカウントで」

 

「あ はい」

 

 ギターのボディを軽く叩き、スリーカウント。

 同時に入り、演奏を始める。

 先程までとは違い、俺のスマホから音源を流している。恐らくこの曲を知らないであろう伊地知ちゃんも曲の全容を聴ける状態だ。

 

 イントロを終え、Aメロ、Bメロ、サビと進む。二番に入る頃になれば大体の構成を把握したのか、伊地知ちゃんも手で太腿を軽く叩きリズムを取っていた。

 

 やっぱり、誰かと一緒に弾くのは楽しい。

 家で一人で弾くのも悪くないし、それはそれで楽しいが、それとは違った楽しさがあるのがセッションだ。

 ずっと一人で弾いてきたらしい後藤ちゃんもそんな感覚があるのか、『楽しい』といった感情が音に乗っている。

 良くも悪くも、奏でる生の音には自分の心がありのまま表現される。それは大衆には届かないこともあるが、同じ《音を愛する者》としては、酒の場以上に伝わってくるものだ。

 

 

 それにしても、後藤ちゃんは変わったな。

 STARRYで初めて見た時は、独りよがりで周りと合わせることを知らないような演奏だった。

 それが今、人と一緒に演奏することに楽しさを見出している。ギタリストとして大きな成長を遂げている。

 

 後藤ちゃん、そしてこの場にはいない喜多ちゃん。

 異なった欠点とポテンシャルを持つ二人のギタリストの成長を間近で見れる。これほど嬉しく、楽しいこともない。

 

 

 来週、《結束バンド》のライブがあるらしい。もちろん行く予定だ。

 きっと、文化祭ライブの時よりも上手く、そして魅力的になっているだろう。今から楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

*1
スウェーデンのメロディックデスメタルバンド

*2
やっぱりスウェーデンのメロディックデスメタルバンド




このあとマイニューギアにハマったぼっちちゃんを諌めることなくゲラゲラ笑いながら見守った(笑)海くんの姿があったり、バズりを目指したぼっちちゃんが後先考えずギターヒーロー名義で海くんとのセッション動画を出したりがあったが、都合により割愛。
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