いつだか、伊地知ちゃんの“夢”を聞いたことがある。
お姉ちゃん────星歌さんの分まで人気のあるバンドになって、
とても大きく、そして困難な夢だ。
その“夢”を叶えるために、俺にできることはないか。ライターの言葉を受け、悔しい思いをした彼女らの助けになることはないか。
そう考え、俺は一つの結論に至る。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
「み、皆さん! 大変ですよっ!!」
先日のライターさんの言葉を受け、なんやかんやで《未確認ライオット》っていうロックフェスに《結束バンド》として参加することが決まった翌日。
バンド練をするために集まったスタジオに、喜多ちゃんが声を張り上げながら入ってきた。
皆さんとは言うけど、今はまだあたしだけ。リョウはレコード屋に寄ってから来るとか言って遅れてるし、ぼっちちゃんも喜多ちゃんと一緒に来ると思ってたけどいない。何か用事かな。日直とか?
「喜多ちゃんおはよー。どうしたの?」
もう夕方だけど、バイトのクセで「おはよう」なんて言ってしまう。まぁ問題もないかなと訂正はしないけど。
「あれ? リョウ先輩は? あ、違う、これ! これ見てください!」
やけに焦っている...っていうか興奮してる? 様子の喜多ちゃんは、挨拶より先にスマホの画面を見せてきた。
覗き込んだスマホに映っていたのはオーチューブの画面。昨日の夜も見た、Kaiのアカウントページだ。
「海さんの動画がどうかしたの?」
「これ! さっきアップされた動画なんですけど!」
そう言い、最新の動画をタップして流す喜多ちゃん。更新日時を見ると、たった三十分前に上がった動画らしい。それなのにもう三千再生を越えてるなんて、やっぱり凄いなぁ。
何の動画なんだろ? タイトルは.........え?
「『ギター弾いてみた 星座になれたら/結束バンド』!?!!?」
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
イソスタを立ち上げ、ライブ配信をつける。
「うっし。おいっすー。これ聞こえてる?」
平日の夕方。
今日はバイトも昼で終わり、他に用事もなかったので暇つぶしのイソスタライブ。
テキトーにギターでも弾くかとライブをつければ、予告もしていないのにすぐ数十人が集まってくれた。有難いことだ。
『聞こえてるよー』という内容のコメントがいくつか流れ、一安心して喋りだす。
「今日も今日とて軽く雑談とギターでも弾いていこうと思いまーす」
アコギを構えながら、画面の向こう側に向けて話しかける。最初は虚無に喋りかけてるみたいで恥ずかしかったが、最近は慣れてきて羞恥はない。
いつもならここで「何か曲のリクエストとかありますか」って質問を投げかけるところだが、今日はやる曲を決めてきた。
「とりあえずギター。今日はやる曲決めてるんすよ。見てくれた人いるかな? ほんとさっきオーチューブに上げたばっかのやつで、最近俺が推してる《結束バンド》ってバンドがあるんですけど、その人達の曲っす」
コメントが流れる。
チューニングしながら見ると、「動画見たよ!」「Kaiの餌食になってるガールズバンドの子らでしょ」「出た、この女誑し」「結束バンドの子達逃げて! ちょー逃げて!」「Kaiに捕まったら逃げられないんだよなぁ」「忘れてはいけない。Kaiは捕まる側になりがちだということを」などなど好き勝手なコメントがたーくさん。あんたら俺をなんだと思ってんだよ。
「ちなみに《結束バンド》知ってる人いたりします? まだあんま有名じゃなくてCDとかも出てないんですけど」
チューニングを終え、カポ*1を二フレットに挟んで軽くコードを鳴らしながら聞く。
コメントには「知らない」というものが目立つ。確かに、普段から下北沢のライブハウスに通ってなきゃ知り得ないバンドだろう。俺だってたまたま代役PAとしてSTARRYに行ってなかったら知らなかった。
だがコメントの中には「知ってるよ! 一号!」などというものもあり...って一号さんじゃねーか。何やってんの。確かにこの前俺のイソスタ教えたけどさ。「フォロワー数五十万越え!? 何これキミ誰!?」とか言われたな。誰とは酷い。Kaiさんだよ。
「下北出身のインディーズなんですけど、曲良いので興味があれば聴いてみてください。んで今日弾く曲なんですけど、《結束バンド》の『ギターと孤独と蒼い惑星』って曲の弾き語りアレンジっす。んじゃ早速」
言って、コードを鳴らす。
最初はEm。続いてD、G、またD。これを三周。
テンポは原曲より少し遅め。原曲はBPM190前後くらいだと思うが、今回は110程度まで落とす。原曲通りでも良いんだが、こっちの方が“ぽく”なると思ったからだ。
イントロを終え歌に入り、一度コードを鳴らした後にアルペジオ*2を組み込む。
原曲ではタム、そしてブリッジミュートが激シブなAメロだ。
Bメロもノリノリエモティックアルペジオで世界を作り、Bメロ終わりでハーモニクス。サビ入り直前で高らかにBをダウン、アップで二度鳴らし、サビで一気に解放。今までの静けさを振り払うように荒々しく、力強くコードを掻き鳴らす。
歌も忘れない。
Bメロまでは静かに。吐息のように薄く吐き出した声で奏で、サビではハッキリした輪郭を持たせて紡ぐ。
大事なのは抑揚。カラオケでいう“表現力”だ。
日本特有、というよりも日本の音楽が最も抑揚がはっきりとした音楽だと俺は思っている。
Aメロ、Bメロ、サビ、Aメロ、Bメロ、サビ、Cメロ、ラスサビ。
日本の音楽の構成は大抵がこうだ。
海外にも似たような構成の曲は多くあるが、日本ほど曲中の起伏が激しいものは珍しい。
生まれながらにして日本の音楽に慣れ親しんだ日本人は、曲の抑揚をすんなり受け入れて高評価の対象にする。
音楽の授業なんかでもそうだろう。「ここは強く歌いましょう」「ここは弱く歌いましょう」と指導される。クレシェンドにデクレシェンド。あれらなんかも抑揚だ。まぁその辺はクラシックから続く表現方法なんだが、日本は特に顕著だよと認識してくれれば構わない。これを意識したあとに洋楽を聞けば、少しフラットに聞こえるだろう。
けど、それは別に邦楽が優れているとかいう意味では無い。ただの文化の違いだ。邦楽も洋楽もその他の曲も、全ての音楽は素晴らしい。
ラスサビを駆け抜け、アウトロもコードで掻き鳴らす。
「ふぅ」と一息ついてから画面を見る。
「《結束バンド》で『ギターと孤独と蒼い惑星』でした〜。今日は弾き語りアレンジってことでだいぶBPM落としてますけど、本来190くらいある疾走感アリアリな曲なんで原曲の方もぜひ〜。かっこいいロックやってるんですよ」
コメントには演奏を労う声や「良かった」などプラスの感想、そして《結束バンド》に興味を示すものもあった。
さて、それじゃあ今日はここまでだ。
これ以上は蛇足。あからさまな贔屓になってはいけない。世間が色眼鏡で《結束バンド》を見てしまう。
俺はただ最近気になったバンドの一つをピックアップして弾いただけ。
「じゃあ次〜。俺らカプリと同期のバンドから『夢を〇ち抜く瞬間に!』の弾き語りアレンジ、久々にやっていきまーす。あ、これの次はあんま考えてないから曲リクとかあればコメントに書いてください。気になったの拾います」
ふ、このさりげないステマ。我ながら完璧すぎる。いやダイマか? どっちでもいいか。
まぁ俺のファンが下北ロックを聴くかどうかは分からないが、今この配信を見てくれてる一割でも《結束バンド》に興味を持ってくれれば幸いだ。
今の視聴者数が三万強。まだ配信を始めて十分くらいしか経ってないのに有難いことだ。みんな暇か?
まぁとにかく、視聴者の一割でも三千人近くにはなる。十分な数だろう。その中で《結束バンド》を気に入る人が出てきて、そこから拡散してくれればもっと嬉しい。
そう思いながら、二曲目の演奏を始めた。
...お、コメントにちびっこ革命児おるやんけ。えーっと? 「また頑固な価値観を振りかざして記者の女の子を泣かしたらしいわね」ってうるせーよ。このコメントは無視だ無視。絶対取り上げてやらないかんな。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
軽く雑談してギターを弾くと言ったな。アレは嘘だ。
興が乗り、結局四時間近く、配信時間限界ギリギリまでギターを弾き、メタルの魅力を語ってしまった。途中からほとんど着いてこれていない...なんてことがないのが俺のファンたちだ。というか、俺のファンにはメタラーが多い。まぁ俺のバンドがメタルバンドで通ってるから当たり前なんだけどな。めちゃくちゃ楽しかった。
満足してライブを切り、乾いた喉に水をぶち込んでいたところ、スマホが鳴る。ロインの通話通知音だ。
相手は...喜多ちゃん?
「やっはろー。どしたの」
通話を取る。
今日は特に喜多ちゃんとスタジオに入る日じゃないはずなんだけど、何の用事だろ。
『あ、海さん! イソスタライブお疲れ様でした! 見てました!』
電話口越しに喜多ちゃんの元気な声が聞こえてくる。
「見てくれてたんだ? ありがとー」
『もちろんです! スタジオ入ってたんですけど、練習もせずに観てました!』
「いや練習しな?」
なにやってんだよ。
『《結束バンド》を話題にしてくれるどころか『ギターと孤独と青い惑星』の弾き語りバージョンまでやってくれるなんて! びっくりしましたけど感激しました!』
「あれ、聞いてない? 今日俺《結束バンド》のアレンジやるって許可取ったんだけど」
『え!? ホントですか? 伊地知先輩、知ってました?』
『え、知らない。あたしは聞いてないけど...』
嘘だろおい。
「コラ山田ァ!」
『ふふふ。ちなみにオーチューブも許可してる。広告収入、六対四を勝ち取ってやったぜ。私が六』
『山田ァ!!』『リョウ先輩さすが!!』
私が、じゃねぇんだよ《結束バンド》全員でちゃんと分けろよ?
「えー...じゃ、じゃあごめん、事後承諾になっちゃうんだけど、《結束バンド》の曲やっちゃって良かった? さっきの配信じゃだいぶアレンジ入れちゃったけど」
『全然大丈夫です! 伊地知先輩もひとりちゃんも大丈夫ですよね?』
『大丈夫! というか嬉しいです! ありがとうございます!!』
『ひとりちゃんも嬉しそうに赤べこってます!』
そうかそうか、赤べこってるか(ニコニコ)
喜多ちゃんの語彙が最近俺に寄ってきてる気がするな(真顔)
「あと二曲くらい弾いてみたあげようと思ってるんだけど、近々ライブの予定とかある? あるならその情報、概要欄に載せとくよ」
『ホントですか!? ぜひお願いします! キタキタキタキタ!』
喜多ちゃんはもう手遅れかもしれんね。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
そんなこんなで翌日。
今日も今日とてバイトに従事し、その後夕方からは喜多ちゃんとスタジオに入ってギターの練習をすることになっていた。
今日は一段と力が入っている様子の喜多ちゃん。なんでも《未確認ライオット》というロックフェスに出るのだとか。
ちょっと事情があって銀さん(新宿FOLT)から内容を簡単に聞いたんだけど、《結束バンド》にとってちょうど良い力試しの場になるかもしれないな。
何より十代限定ってのが良い。全国から我こそは!って同期のバンド達が集まる祭典。《結末バンド》も高校生としては十分上手い部類だが、全国にはそれ以上のバンドも多く存在する。さすがに俺が高校生だった頃ほどの群雄割拠具合じゃないだろうけどな。俺らの世代はちょっとおかしい。
まぁ最終的な結果がどうあれ、同世代のバンドと競い合えるのは良い刺激なるだろう。『同期との絡みが少ない』という俺の心配もここで解消される可能性が高い。
そういやヨヨコちゃんとこのバンドも出るとか言ってたな、そのフェス。どっちのバンドにも頑張って欲しい。
「うん、ギターはだいぶ良くなってきたね」
「ありがとうございます!」
一曲弾き終えた喜多ちゃんにそう評価を伝える。
だが、褒めて終わりでは意味が無い。喜多ちゃんに頼まれているのは『ギターボーカルとしての指導』。まだまだな点はしっかり指摘しなければ。
「けどまぁ終盤が少し雑になってたかな。ラスサビ、ちょっとサボったね? 要らない弦がいつもより多く鳴ってたよ」
「う...」
自覚はあったのか、苦い顔を見せる喜多ちゃん。
「けどまぁ、中級者って視点なら十分及第点だ。そろそろ次のステップに進もうか」
「! はい!!」
嬉しそうに笑顔を咲かせる喜多ちゃんに笑顔で返し、俺もギターを構える。
「次は歌に焦点を当てていこう。喜多ちゃん、歌には自信があるんだよね?」
「はい! あります!」
「うんうん。喜多ちゃんは音程がしっかり取れてるし、カラオケとかなら結構高得点出るでしょ。九十点くらい」
「そうですね〜。だいたいの曲は九十点超えます」
喜多ちゃんの歌に対する自信はそこからきているんだろう。実際、音程はあまり外していない。
が、厳しい言い方をすれば“それだけ”だ。
「でも今日はちょっと崩れてたかな? 声を張りすぎて音を外してるところが目立ってたよ」
「う......」
本日二度目の苦い顔を披露される。
「何かあった? 喉の調子悪いとか」
「い、いえ、そういうのじゃ......ただ、店長さんが撮ってくれてた《結束バンド》のライブ映像を昨日見返して、私の声ってあんなに音に掻き消されてるんだなって思って」
「あー」
なるほどね、理解した。
「やっぱり私の声、埋もれてますよね? 力強さが足りないのかなって思って、もっと大きな声を出さなきゃって」
「はは、あるある」
思わず笑ってしまったが、本人にとっては笑い事じゃないだろう。
今日話したかったことからは少し脱線してしまうが、その辺も軽く解説した方が良いか。
一度咳払いし、喜多ちゃんに向き合う。
「別に声量が足りないってわけじゃないよ。というか、声の大小の問題だったらPAさんが対応してくれる。原因はもっと別にあるんだ」
「別の原因ですか?」
単純に声が小さいとか、あとは楽器隊の音が大きいとか。そういう問題はPAの方で対処すべき問題だ。それに喜多ちゃんの声は元々十分大きい。これ以上大きくしたら楽器隊と馴染まず、バンド全体の調和が乱れる。
声の大きさは問題ない。では声が埋もれてしまう原因は何か。
「単純に、音域の問題だよ」
「音域?」
首を傾げる喜多ちゃん。その反応は予想内だったし、特に気にかけることもなくアンプのツマミ*3を弄り、軽くギターを鳴らす。
「聴いてみた方が早いかな。今から二通り弾き語るから、ちょっと聴き比べてみて」
そう言って、《結束バンド》の『ギターと孤独と蒼い惑星』のサビを弾き語る。
「次、二回目ね」
サビを歌いきったところで、ツマミを再度弄ってもう一度同じフレーズを。
二回目もサビ終わりまで弾ききったところで演奏を止める。
「さて。一回目と二回目、どっちの方が声がよく聴こえた?」
「え? えっと、二回目です」
「そうだね。何が違ったかは分かる?」
「ギターの音が小さかった?」
「残念。正解は『ギターの音域を低くした』だ」
高音が強調されてる時と比べてギターの音が少しこもる感じになるから、ギターの音が小さく聴こえたのかもしれない。
まぁそれはともかく。
「これが音域だ。今は大雑把に
そう言い、スタジオ備え付けのホワイトボードにサラサラと図を描いていく。
縦長の長方形の中に二本線を入れて三層にし、上から順に高、中、低の文字を入れる。
「これはバンドサウンド全体の話になるんだけど、音にはそれぞれ住み分けがあるんだ」
言って、低と書いた層の隣にベースの文字を追加する。
「まずはベース。これは低音だね。バンド全体を支える、まさしく
「私、知らず知らずにリョウ先輩に支えられてた...!? キャー!!」
何が?
「そんでドラム。こっちも基本は低音だけど、中音域も高音域も出すオールラウンダーだ」
ドラム、と書いて長方形を全てカバーするように「( 」を書く。
「そんでギター。こっちも低音から高音まで出せるけど、基本は中〜高音域。ここが住み分けだね。最初は難しいことは考えず、低音はベースとドラムが、中〜高音をギターが、って思ってくれていい」
高と中の文字の間辺りにギターと書き足す。
「じゃあなんで住み分ける必要があるのか。それは周波数の問題だ。そもそも音域ってのは周波数なんだけど、喜多ちゃん、同じ周波数の音がぶつかるとどうなるか知ってる?」
「...相殺する?」
「正解。じゃあ住み分け、つまりそれぞれの楽器で周波数を分ける理由は?」
「お互いの音を消さないため!」
「うん、正解」
パチパチと拍手してみせる。
それが嬉しいのか、ちょっとしたドヤ顔を見せてくる喜多ちゃん。素直で可愛い子だ。
「それじゃあここで『ボーカル』だ。ボーカルの音域はどこか、分かる?」
「え? えっと......高音が足りないから、高音、ですか?」
「正解。正確には『ギターより高めの中〜高音』って感じかな。もちろんそのバンドや曲の特徴によって様々だけど、この形がバンドのテンプレートと言っていい」
ギターより少し高い位置にボーカルと付け足し、図を完成させる。
さて、ここからがこの脱線話の本題だ。
「喜多ちゃんの場合...ってより、これはバンド全体、特に喜多ちゃんと後藤ちゃんの話。喜多ちゃんの声が掻き消されてるのは、ギターの音域と声の音域が被ってるからだ」
先程書いた図から少し離れたところに、同じくらいの大きさの波形を二つ書く。それらがぶつかる所に大きく✕を書いた。
「あ、じゃあ私がもっと高い声を出せばいいってことですか?」
「それも一つの正解だね。けど、ボーカルが無理して高音を出すことだけが正解じゃない。さっきも言ったけど、これはバンド全体の話。
波形を消しながら説明を続ける。
「この辺が『バンド内での演者の上手さは、バンドをしないと上達しない』って言われる理由の一つになる。例えば後藤ちゃん」
「ひとりちゃんですか?」
「そう。喜多ちゃんは《ギターヒーロー》の動画は観たのかな」
「はい! 概要欄の虚言の数々に圧倒されました!」
「できればそこはスルーしてあげようね」
さすがに可哀想になってくる。
ネットイキリは計画的に。いや計画もクソもないけども。
「《ギターヒーロー》の演奏、すごく上手だったでしょ?」
「はい」
普段の後藤ちゃんからは考えられないほどの腕前。後藤ちゃんの場合は人見知りなんかで余計に実力差が顕著だが、実はギター技術と同じくらい、《ギターヒーロー》と後藤ひとりの間に実力差があるように見える理由がある。
「後藤ちゃんが《結束バンド》で演奏する時に下手に聴こえる理由。もちろん技術的に本領発揮できてないことや周りと合わせることに慣れてないが故の崩壊したリズム感ってのはあるけど、音作りにも問題がある」
例えば、とまたアンプのツマミを弄ってギターを弾いた。
最初はミドルのツマミを0にして、
「この音と」
続いて、ミドルを上げ、代わりに
「この音。どっちがカッコよく聴こえた?」
「一つ目です! あ、バンドでもそんな感じの音を出せばいいってことですか?」
「残念、不正解」
「えー!? でも一つ目の方がカッコよかったですよ? こう、重い感じがして!」
ついに音に“重さ”を求め始めたか...
順調に育ってきてるな。僥倖僥倖。じゃなくて。
「一つ目の音は高音と低音を強調してミドルを下げる『ドンシャリ』って呼ばれてる音作りだ。これ自体は決して悪いものじゃない」
まぁドンシャリつってもミドルを0にするとかいうスーパー極端なものだけどな。
「二つ目は高音と低音を十二時、ミドルを三時に合わせた音」
「十二時?」
「あ、ツマミの度合いね。ここのメモリを時計に見立ててるの。十二時はこのテッペンに合わせた、丁度真ん中くらいのこと」
この辺は山田ちゃんや後藤ちゃん辺りに教えられてるかと思ったが、その辺の話はあんまりしてないのかな。後藤ちゃんはともかく、山田ちゃんは音作りにめちゃくちゃ口出してきそうだけど。
まいっか。
「そんで二つ目の音はミドルが強調されてるわけだけど、ミドルってのは中音域、音の“芯”になる部分だ」
再度ホワイトボードを使っていく。
先程描いた図から離れた位置に、横三本の線を引いた。
「上が高音、下が低音ね。一つ目の音は真ん中の音が細い状態」
そう言って、上下の線を太く塗りつぶし、真ん中の線を消す。
「二つ目の方は、一つ目より高低音が削られて、真ん中の音が太い状態」
すぐ下にもう三本線を引いて、次は上下の線を程々に、真ん中の線を太く塗りつぶす。
「この二つを見比べてどう思う?」
「上の方、すっごく傷んでるなって思いました」
何の話だ??
言っていることが分からず首を傾げていると、喜多ちゃんの補足説明が入った。
「髪の毛の話です。雑に扱ったりケアを怠ったりすると、髪の毛って空洞化するんですよ。パサつきやすいしツヤもないし切れやすいしで良いこと無しです」
「ほえぇー」
髪の毛って空洞化するんだ。知らんかった。知見を得たな。
ちょうどいい、それを比喩に使ってみるか。
「じゃあこの空洞化してる方。切れやすいってことは、弱いってことでしょ? 音でも似たような感じになって、薄い音になるんだ。これの落とし穴は、『一人で弾いた時、ミドルを切った方が気持ち良い音が出る*4』ってこと。バンドと違って他に合わせる必要もないからね。この辺はバンドを経験しなきゃ上達できない部分だ」
ただ、と付け加える。
「今の話は後藤ちゃんの話。喜多ちゃんの音は、どちらかというとこの『ドンシャリ』寄りの音が良いかもね。さっきは『中音は削らない方が良い!』みたいに言ったけど、中音を削ると良いこともある。ボーカルの声と音被りしなくなる、とかね。喜多ちゃんのギターはハム*5だし、低中音が強調されやすいんだ。よく動画とかで紹介されてる音作りはストラトやテレキャス*6前提のやつが多いんだけど、それと同じようにレスポールのセッティングをするとちょっと低音が出すぎて、ボーカルどころかベースとも音被りしちゃうんだよ」
「?????」
はは、頭がパンクしてらぁ。
一気に言い過ぎたかな。
「まぁ、音作りに関してはバンド内でしっかり話し合った方が良い。後藤ちゃんも
まぁ山田ちゃんはその辺“ガチ”だからな。俺は必要ないかもしれない。
逆に今まで指摘していなかったのが驚きだ。そんな細かいことを教える前にまずはギターやバンドに慣れ親しんで欲しい、って方を優先したのかな。
だとしたら良い判断だと思う。最初は下手で良い。何事も、まずは楽しむことが最優先。好きなようにやって、思う存分楽しんで、盛大に躓いて。本格的に技術や知識を身に付けるのはそこからで良い。
山田ちゃんはああ見えて、案外しっかり周りが見えている子だ。見た上で無視する悪癖もあるけどな。
「んじゃ、今の話は一旦忘れていいよ」
「え?」
頭を抱えてウンウン唸っていた喜多ちゃんが顔を上げる。
「ギターの音作りはまた別の機会。一人でどうこうできる範囲にも限界があるしね。それより本題、歌の方に行こう」
「...あ、そうだった! 今日は歌についてご指導いただくんでした!」
ご指導て。まぁ合ってるけど。
「声が抜けない理由はさっきの音域の話。そっちは別途解決するとして、今日は『歌い方』について話そうかな」
「歌い方、ですか?」
「そう。最初の方の話だけど、喜多ちゃんはカラオケじゃ高得点出るんだよね? だから歌には自信がある、と」
「はい」
すごいな、返事が澱みない。
音域の話を少し知って、音抜けさえ良くなれば大丈夫と思ったんだろうか?
可哀想だが、まずはその幻想をぶち壊す。
「実はね、『カラオケで高得点が取れる』ことと『歌が上手い』ことはイコールじゃないんだ」
「えぇ!?」
マ〇オさん風驚愕ウケる。
この子はリアクションが良いな。さすが陽キャ。
「カラオケの評価基準は音程やリズム感。正しい音程で歌えば自然と高得点は出る」
ビブラートやこぶしとかいう加点対象もあるが、基本的には音程が大事になってくるだろう。
「ただ、『音程を合わせるだけ』だとちょっと機械的な歌になりがちなんだ。それにボーカリストにとって『音程が合っている』なんてのは出来て当然の基礎。そこからより良い歌にするためにはどう表現するのが良いか、ってことを考えてる」
「表現...音の強弱をつける、とかですか?」
「それも一つだね。でも本当に歌が上手い人は、その数段上を考えてるものだ。自分の声の特徴を掴んだ歌い方、そもそもの発声方法の工夫、聴き心地が良い声を追い求める。アプローチは色々だけど、その中でも喜多ちゃんがすぐに意識できることを今回はやっていこう」
「はい!」
うんうん、良い返事だ。
教えてる側も気持ち良くなってくるし、もっと教えようと思えてくる。やっぱり返事は大事だな。
「喜多ちゃんに覚えてほしいのは『表現力』。その中でも歌詞の意味を理解する、ってところだ」
「歌詞に共感する、って感じでしょうか?」
「共感できれば話は早いんだけどね。ぶっちゃけ喜多ちゃん、後藤ちゃんの書いた歌詞に共感なんてできないでしょ」
「うっ...」
はい本日三度目の
「別にそれ自体は悪いことじゃないよ。むしろ当然だ。どんな人も、全部の歌詞に共感なんてできないからね」
もし出来る奴がいるんだとしたら、そいつは感受性の化け物だ。豊かとかいうレベルじゃない。関わらない方がいい。
「ただ、『共感』はできなくても『理解』はできる」
もちろん、完璧な理解は難しい。
その歌詞に込めた想いは作詞家だけのもの。視聴者からすれば他人の激情だ。そう簡単に理解できるわけがない。
だが、歌詞を自分の中に落とし込み、自分なりに解釈し、自分の気持ちを乗せることはできる。
「例えば...そうだね。『あのバンド』のサビなんかが分かりやすいかな」
ホワイトボードに書いていたものを一度全部消す...前に喜多ちゃんに「写真を撮っておきたい」とストップをかけられ、撮影を待ってから消す。
そして『あのバンド』のサビの歌詞を書き出した。
「まずここ。『目を閉じる 暗闇に差す後光』。ここから考えてみようか」
「はい! えっと...単純に、目を瞑って真っ暗になったけど、瞼を光が貫通してきてほの明るい感じ、ですかね?」
「歌詞だけをなぞるとそうだね。けど、その背景にも目を向けてみよう。行間を読む、ってやつだね。
次に、と歌詞を進める。
「『耳塞ぐ 確かに刻む鼓動』。これもさっきと同じように、耳を塞いで嫌な音を消した結果、残ったのは自分の音って意味かな。『胸の奥 身を揺らす心臓』。これは『耳塞ぐ 確かに刻む鼓動』とほぼ同義だと思う。自分の胸の奥、根底にある
さっきも言ったが、これは俺個人の感想。あの歌詞を聴いて感じた主観でしかない。
だが、それが大事だ。
「これは歌詞への『共感』じゃない。歌詞を読み取り、背景を予想し、自分の中に取り込んで解釈した結果だ。後藤ちゃんがどんな思いを込めたかは俺には分からないけど、歌詞の背景を自分なりに『理解』した。その『理解』で得られた自分の感情を声に乗せて歌う。これだけで表現力としては天と地の差がある」
「む、難しそうですね...うぅ......」
「そうだね、最初は難しいかも。慣れないうちの裏技としては、“顔で歌う”ことかな」
「顔で?」
「そう。これはギターもだけどね、何も音だけがバンドじゃない。CDじゃないんだ。ライブには観客がいる。観客は音だけを聴いてるんじゃない。目で演者を見てる。動きや表情で観客の心を掴むのもライブテクニックの一つだよ」
「なるほど! 海さんもライブでは動き回ってますもんね! ドラムの人に肩車されたり!」
「それは忘れてくれ」
普通に黒歴史だ。いや、楽しいんだけどね?
あそこまでする必要はない。
「この前の文化祭ライブ。あの時の喜多ちゃんは良かったよ。手拍子をして客をノせたり、ウインクもしてたよね。ああいうやつ」
あの時《結束バンド》の演奏がかなり良く見えたのは、喜多ちゃんのそういうパフォーマンスの功績も大きい。
もちろん、みんな練習を頑張って演奏レベルを上げてきたってのが大前提だけどな。
「真顔で歌うんじゃ味気ない。悲しい雰囲気の曲では悲しい顔を、楽しい雰囲気の曲では楽しい顔を。同じ声、同じ演奏でも、表情の変化があるだけで観客が感じる印象は大きく変わる」
「なるほど!」
表情表情、と口の端に指を当てて笑顔を作る練習をする喜多ちゃん。素直でよろしい。
「そういうパフォーマンスをした上で、歌詞を理解するための練習としては...そうだな、本を読むとか? 喜多ちゃん、普段本は読む?」
「あ、あんまり...」
最近の子は活字離れが激しいらしいからな。活字ってより本か。漫画は読んでも小説は読まない、みたいな子も多いだろう。知らんけど。
「絶対に本を読めとまでは言わないけど、読んでおくと糧になることも多いよ。表現者なら特にね。今度、俺の本貸そっか」
「いいんですか!? お願いします!」
喜多ちゃんはいつも前向きで明るいなぁ。
自分の知らない世界にも飛び込んでいける度胸と行動力は素直に才能だ。賞賛できる。
「おっけー。何か一冊選んどくよ」
どうしようか。主人公が陰キャの本とか、後藤ちゃんの心情を理解するのに役立つかな。だったら湊か〇えの『リ〇ース』とかが良いか?
いや、喜多ちゃんはそもそも本に慣れ親しんでないんだ。読みやすさを優先した方が良いかもしれない。だったら有〇浩の『阪急〇車』なんかは短編集だし、内容もライトな感じで読みやすいか。最近俺が読んだのだとミヒャエ〇・エンデの『モモ』が面白かったな。児童文学だし、読みやすさって点でも優秀だ。
オススメなら無限に出てくる。メタルに染めるのと同じ、ゆっくりゆっくり、少しずつ“こちら側”に引きずりこもう。
「カフェで
違うよ?
音作りの話はだいぶ削ったんですが、それでもこの文字数です。何人ついてこれてるんだろうか...
元のペースでいくと音作りの話だけで5万字超えそうな勢いでした。
次はエフェクターとか機材周りの話が書きたいなぁ。