ぼっち・ざ・へゔぃめたる   作:怜哉

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結束バンドを無礼るなよ

 

 

 

 

 台風が来た。

 そこまで大きなものではないらしいが、しっかり直撃する台風だ。

 

 そしてそんな今日が、結束バンドのライブ当日なのである。

 あの子ら不運すぎるだろ。

 いや、台風で中止にならなかっただけ幸運なのか...?

 

「......蒸し暑...」

 

 昼過ぎから再開した電車を降り、下北沢の改札を抜けて傘を差す。

 風こそ弱まったが、雨はまだまだ降っている。道にはいくつもの水溜まりが出来ていて歩きづらい。むわっとした空気も相俟(あいま)って、決して良い日とは言えなかった。

 

「下北とか久々に来たな〜」

 

 ほっ、はっ、と濡れないように水溜まりを飛び跳ねて避けながら移動するのは、高校からの友人であり同じバンドメンバーの須田誠。

 ノルマ分のチケットが捌けないと虹夏ちゃんに泣きつかれ、一人くらい召喚してやるかと連れてきた。

 

「来たことはあるの?」

 

「昔なー。大学一年の時だから...二年前? サポートでちょっと」

 

 Capliberteのベーシストである須田は現在、主に他バンドのサポートやスタジオミュージシャンとして活動している。

 と言ってもその頻度は低く、スタジオミュージシャンとしては年に二、三回、サポートは年に一回程度といったところ。今年は一回も活動していないらしい。一、二年の時にだいぶ授業をサボったらしく、夏休みにまで授業を受けなければ卒業が怪しいのだそうだ。

 

「高校ん時はいろんなとこでライブしたけど、下北って無かったよな」

 

 ぴょんぴょん跳ねる須田とは違い、水溜まりの浅いところを狙って蛇行しながら、須田の言葉で昔を思い出す。

 確かに、東京どころか世界に羽ばたいたこともあるが、下北沢でライブをしたことは無かった。というか俺はCapliberte以外でも下北沢でライブをした事がない。

 

「今度の冬のライブ、下北でもやってみるか?」

 

「ははっ。ま、それもいいかもな〜。すげー今更感あっけど」

 

 確かに。

 下北沢に縁もゆかりも無い俺らが呼ばれてもないのに突然下北沢でライブをする理由がない。

 本当に「機会があれば」程度だろう。もしかしたら《STARRY》に呼ばれるかもだけど。

 

 近況やほかのバンドメンバーの話、新曲の話なんかをしていると、気が付けば《STARRY》に着いていた。

 雨で濡れた階段を滑らないよう慎重に降り、ライブハウスの重い扉を開く。

 

「打ち上げ〜! するんでしょ? 場所決めてるぅ〜? 私美味しい店知ってますよぉ〜! ねーねー」

 

 来る場所間違ったか?

 

「ん? どしたの関口。入んねーの?」

 

「妖怪へべれけがいる」

 

「え、きくりさんいんの?」

 

 自分で言っといてなんだが、お前よく分かったな。

 ライブハウスに入ることを躊躇している俺の脇をするりと抜け、須田が入っていった。

 

「こんちゃーっす! あ、ほんとにきくりさんいるじゃん。お久しぶりです〜!」

 

「んぉ〜? まこっちゃんじゃーん! おっひさ〜!」

 

 フラフラの千鳥足でこちらに寄ってくる廣井の姐御(妖怪へべれけ)。なんでこんな時間から泥酔してんだよこの人。

 

「お〜? 関口もいんじゃーん! お疲れぇ〜!」

 

「お疲れ様っす。どうでもいいけど今日は吐くなよ。あんたのライブじゃないんだからな」

 

「吐かねーよ! 関口は私のことなんだと思ってんの!?」

 

「酔いどれ吐き魔」

 

「うわーん!! 関口がいぢめるぅ〜! まこっちゃ〜ん!!」

 

「ははは」

 

「笑ってんなよぅ! 関口になんか言い返せ!」

 

「いや、きくりさんが酔いどれ吐き魔なのは事実なんで」

 

「おねーさん泣いちゃうぞぉ!?」

 

「「どーぞどーぞ」」

 

「うわぁあああん!! 二人がいぢめるぅ〜! ぼっちちゃ〜ん!!」

 

「えっ あ、いやっ、えっ」

 

「おいやめろ! ぼっちちゃんに迷惑かけんな!」

 

「ゲブッ!」

 

 星歌さんのゲンコツが姐御にクリーンヒット。にっぶい音したなぁ。あれは痛い。

 

「海さーん! お疲れ様です!」

 

 頭を押さえながらのたうち回る姐御を見下ろしていると、奥の方から声が掛けられた。

 

「お疲れ様、伊地知ちゃん。山田ちゃんと喜多ちゃん、あとぼっちちゃんも」

 

「お疲れ様ですっ!」

 

 元気に返事をしてくる喜多ちゃんと、無言で頷く山田ちゃんと、どういう感情か分からない崩壊具合の後藤ちゃん。

 喜多ちゃんはさすがにフロントマンだな。愛想と元気が良い。さすが陽キャだ。

 

「来てくれたんですね! ありがとうございます、嬉しいです!」

 

 伊地知ちゃんの笑顔が眩しい。この子も中々陽寄りだよな。

 

「そりゃあ結束バンド四人体制の初ライブだしね。どう? 緊張してる?」

 

「はいっ! すっごくしてます! ね、後藤さん」

 

「ン! ン!」(高速頷き)

 

 ヘドバンみたいな頷きやめろ。普通に怖い。緊張しすぎ。落ち着いて。

 というか喜多ちゃんは緊張してるやつの態度じゃないでしょ。メンタル強強か。

 

「とりあえず後藤さんがハラキリショーをするらしいので、私はそれの介錯をしようかと! ロックバンドとして!」

 

「ほんとやめて! ロックって何でも許される免罪符じゃないから!」

 

 訂正。この子もこの子でめたくそに緊張してるわ。なんか錯乱してるけど大丈夫か?

 

「ところで、あの」

 

 手に人の文字を書いて飲み込むのってわりと効果あるよ、と喜多ちゃんにアドバイスをしていると、山田ちゃんが控えめに声をかけてきた。

 

「そっちの人って、もしかしてMAKOTO...さんですか?」

 

 視線を須田に移し、確認してくる。

 そうだな、まずは紹介か。

 

「須田ー、ちょっとこっちゃ来い」

 

「ん? ういー」

 

 姐御を見てゲラゲラと笑っていた須田を呼ぶ。

 

「こいつがCapliberteのベーシスト、MAKOTOです。須田、こっちの子らが結束バンド。右から伊地知ちゃん、喜多ちゃん、山田ちゃん。あとそっちでなんか溶けてるのが後藤ちゃん」

 

「関口の目当てのバンドの子らか! はじめまして、Capliberteでベーシストやってる須田...じゃねーや。MAKOTOです! 関口から聞いてるよ〜。将来が楽しみなバンドだって」

 

 そういうのは言わなくていいんだよ、恥ずかしい。

 つーかお前はまず後藤ちゃんにツッコめ。初対面だろ、溶けてることに驚けや。

 

「はじめまして! 結束バンドのドラムやってます、伊地知虹夏です! Capliberteのファンです!」

 

「喜多です! 喜びが多いって書いてキタって読みます! よろしくお願いします!」

 

「あっ あの、溶解人間後藤です......」

 

 後藤ちゃん、アイデンティティって言葉知ってる? プライドとかないのかな。

 

「...山田リョウです」

 

 お? 山田ちゃんの自己紹介短いな。

 同じベーシストとして須田にはいろいろと興味があるのかと思ってたが、そうでもないのか?

 

「───この前のサポートで入ってたバンドのライブ、見ました。リズム感すごいし裏拍の感覚は尋常じゃないし、左手のミュートが完璧で無駄が一切ないなって思ったし爪砕けてるんじゃないかってくらいのフラメンコ*1してカッティング*2とかほんとにカッコよかったですあとあの地面を這うようなねっとりした粘り気のあるスラップ*3はクセになるしそもそもあの高速スラップでゴーストノート*4正確すぎて幻聴かと思ってそもそもスリーフィンガーなのがクールすぎるしそれに─────」

 

「はいリョウすとっぷ! 須田さん引いてるから!」

 

「──はっ!」

 

 

「関口ー。この子怖いんだが。HR/HMの話振ったときのお前と同じ匂いがする」

 

 前言撤回。

 さすがだぜ山田ちゃん。良いオタクだ。

 

「それだけ情熱があるってこったろ。そこまで見てくれるファンがいて良かったじゃんか」

 

「うーん...まぁそういう捉え方もできるか。山田ちゃん、よろしくね」

 

「! は、はい!!」

 

 あんな大声出す山田ちゃん初めて見た。

 余程興奮してたんだろうなぁ。

 

「あの〜」

 

 と、声を掛けられる。

 そちらを見てみれば、そこには見知らぬ美女が。

 黒を基調とした肩出しの服に、薄暗いライブハウスで僅かな光を反射させる口ピアス(ラブレット)。耳にも多くのピアスがついている。暗闇に溶けてしまいそうな艶のある長い黒髪を姫カットで綺麗に切り揃え、タレ目のおっとりした雰囲気の中に危うさを感じさせる黒目。

 

 サブカルというか、バンギャの極致みたいな美女がそこにいた。

 

「はじめまして〜。先日はどうも〜」

 

 はて、こんな美女と面識があっただろうか?

 いや、はじめましてとか言ってるし、正真正銘初対面だろう。だったら「先日」とは?

 

「五月くらいですかね〜? 私が体調崩した時、代わりにPAをしてくれたそうで〜」

 

「...ああ! なるほど」

 

 納得がいった。

 この人が《STARRY》の正規PAさんか。

 にしてもほんと美人だな。店長の星歌さんも美人だし、ライブハウスのくせに女性割合高いどころか顔面偏差値も高いのかよ。どうなってんだここは。

 

「その節はどうも。俺も良い経験させてもらったんで」

 

 思わぬ美女の登場にドギマギしちゃうな。こりゃバンド目当てじゃなくても通うやつらいるだろ。

 

「...なんか海さん、デレデレしてない?」

 

「してますね。まぁPAさんは美人ですけど...」

 

 伊地知ちゃんと喜多ちゃんの視線が刺さる。

 男が美女に鼻の下を伸ばす、なんて光景はやっぱり女性からしたら醜く映ってしまうものなんだろうか。

 よし、ここは一旦逃げよう(素早すぎる判断)

 

「須田、本番までまだちょっとあるし、時間潰しに外行こうぜ」

 

「は? 外雨だが。俺濡れたくねーよ」

 

「喫煙所外にしかないんだよ」

 

「なら行くか」

 

 ヤニカスめ。まぁ俺も他人の事は言えないが。

 

「海さんってタバコ吸うんですか?」

 

「吸うよ。あれ、言ってなかったっけ?」

 

 伊地知ちゃんが意外そうに聞いてくる。

 バンドマンなんてタバコ吸ってナンボだろ(偏見)

 

「タバコかぁ。なんか大人って感じですね、かっこいいです!」

 

 喜多ちゃんはタバコに憧れでもあるのか?

 バンドマンでも高校生のうちは吸っちゃダメだよ。普通に法律に触れるから。吸うんなら二十歳になってから。

 でもタバコ吸ってる喜多ちゃんとかちょっと想像が......いや、それはそれでギャップがあって良いかもしれない。

 もし吸うようになって、その時もまだ交流があったら一緒に吸いに行こうね。

 

「関口。外行くならこいつも連れてってくれ。存在がウザい」

 

「えぇー!? 先輩ひどーい!」

 

「うっす。ほら姐御、行くよ」

 

「私タバコ吸わないもんっ!」

 

「コンビニにも行くから」

 

「まじ! じゃあお酒買って〜!」

 

「自分で買え。...いややっぱり買うな。今日のライブが終わるまで禁酒しろ。オレンジジュースとか飲んどけ」

 

 この人は絶対にまた他人に迷惑をかける。新生結束バンドの初ライブを台無しにされちゃあ、伊地知ちゃんたちが可哀想だ。

 

 ヤダヤダと騒ぐ姐御を引きずり、俺たちは一旦ライブハウスを後にした。

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

「一組目の『結束バンド』って知ってる?」

 

「知らなーい。キョーミなーい」

 

 少し離れたところで話す、女性二人組の声が聞こえる。

 心無い声ではあるが、仕方のないことでもある。彼女らは別のバンドが目当てで来たのだろうし、俺の知ってる限りでは結束バンドも広告出してないしな。むしろ知ってる方が驚きだ。

 だがせめて興味は持て。今から()るバンドだぞ。

 

「なつかしーな。俺らも初めてライブハウスのライブ出た時はあんなこと言われたっけ」

 

 須田にも彼女らの会話が聞こえたのか、数年前の出来事を感慨深く語る。

 あの時は有名なバンドも出てたライブだったし、俺ら目当ての客はゼロだった。

 まぁガールズバンドの聖地とまで言われたライブハウスの閉店ライブに出演する唯一の男バンドだったから、注目はされていたのだろうが。

 

結束バンド(あの子ら)に聞こえてなきゃいいけどな。控え室の扉がちょっと開いてたら客席の声も聞こえるぞ」

 

 多分大丈夫だろうが、もし聞こえていたら士気に関わる。自分達の立場を頭では分かっていても、いざ言葉を聞くと耐えられないものだ。

 特に高校生なんてのは繊細な生き物。

 俺らはそこそこメンタルが強かったし、そもそも世間に逆らうようなジャンルの音楽(メタル)をやっていたからそこまで気に病むこともなかったが、結束バンドのみんなは違うだろう。

 

「それにしても、自分が出ないライブを見に来るのって初めてだ、俺。ちょっとワクワクしてる」

 

「そうなの? 意外...でもないか。お前、ベース弾く以外で音楽に興味ないもんな」

 

「別に興味がないこたぁねーよ」

 

 ホントか?

 こいつマジでベースホリックだからな。二日ベースに触らなかったら死ぬんじゃないか? ってくらいベースを愛している。

 いつからこうなったんだっけ。高校時代に徹夜練習とか七日連続スタジオ浸りとかに付き合わせすぎたからかな(戦犯)

 

「なになに〜? ベースの話ぃ〜? だったらきくりおねーさんもまぜろよぉ〜!」

 

「してないから」

 

「嘘つくなよ関口! ベースの話してたろ! おいまこっちゃん、こいつ最近私に嘘をつくんだ!」

 

「はははは」

 

「笑ってんなよぉ〜!!」

 

 三人でわちゃわちゃしていると、照明が落ちる。

 ステージを見れば、結束バンドがセッティングを行っていた。

 

「ほら、始まるっぽいぞ。静かにな姐御」

 

「そうだぜきくりさん」

 

「なんだお前ら!!」

 

「「し〜」」

 

「...! ...!」

 

 ゲラゲラ。

 

 

『あー、あー』

 

 喜多ちゃんがマイクの具合を確かめる。

 本当にもう始まるようだ。さすがにふざけるのは止めて、ステージ上に視線を向ける。

 

『えっと...はじめまして! 結束バンドです。今日はお足元の悪い中お越しいただき誠にありがとうございます〜!』

 

『あはは喜多ちゃんロックバンドなのに礼儀正しすぎ〜ぃ......』

 

 台本棒読みしすぎ〜ぃ。

 妙なリバーブ*5かかってたぞ今。

 ライブハウス全体が静まり返る中、須田だけが必死に笑うのを我慢していた。抑えきれていない微かな声が漏れてる。そこまでいくならもう声出して笑ってやれよ。

 

『あ、えと...あ、じゃ、じゃあ早速一曲目いきまーす!』

 

 あの喜多ちゃんが動揺するほどの大スベり。

 うーん、これはトラウマになるか? 俺ならなってる。

 せめて演奏だけでも...と思ったが、最初からズレまくり。

 ズレは喜多ちゃん(バッキング)から始まり、伊地知ちゃん(ドラム)もリズムが遅くなったり元に戻ったりで安定しない。

 歌パートが始まるが、声が震えていて伸びがない。今にも泣き出してしまいそうな声だ。

 後藤ちゃん(リード)山田ちゃん(ベース)には目立ったミスはないものの、乱れたリズムを修正しようとする動きが見えない。

 

 誰もお互いを見ない。

 それどころか全員下を向いている。

 心の通っていない、無機質で不細工な音の集合体。酷い言い方にはなるが、今の音を一言で言い表すならそれだった。

 

 

 

 まぁ、だからどうした、というところではあるのだが。

 

 

 

「ボーカルとドラム。ありゃあ相当緊張してんな」

 

 須田が呟く。

 そこに憐れみは無い。同情も、ましてや軽蔑なんてものもありはしない。

 ただ事実を述べただけ。

 当たり前に起こったことへ、当たり前だと返しただけだ。

 

「喜多ちゃんは初めてのライブだし、仕方ないだろ。初めてじゃなくても、こんなアウェーな空間で演奏するのは酷だ」

 

「ま、そりゃそうだ。むしろよくやってる方かな? 演奏は止まってねぇし」

 

「だな」

 

 

 下手だからといって、それに価値が無いわけではない。

 目に見えて緊張しているが、言い換えればそれは『精一杯やろう』『少しでも良く見てもらおう』と努力している証拠だとも言える。

 それを無価値だと言えようか。いや、言えない。

 

 もう少し改善すべき点があるのだとしたら、ただ一つ。

 

「......あんな苦しそうな顔で()ってちゃあ、自分らも見てる側(オーディエンス)も楽しめねぇぞ」

 

 下を向くな。前を見ろ。

 好きなことをしているんだから、有象無象(オーディエンス)の前にまずは自分らが楽しめ。

 観客が少ない。心無い声もある。演奏の途中で出ていく奴もいた。

 それらは気分を著しく落とすし、決して良い気はしない。

 

 それでも、『音楽を楽しむ』ってことを忘れてしまったら、もうそこに残るものは何も無い。

 どんなに上手い演奏を披露しようが、テメェの演奏すら楽しめないやつは三流だ。

 

 

「にゃっはっは。あいっかわらず、あんたらは《音楽》に対して真面目だねぇ」

 

 ニコニコと縦ノリしながら、姐御が言う。

 そうだろうか? 表現者としてそれなりの矜恃やこだわりはあるが、俺らは基本楽しんでるだけなんだが。

 

「大丈夫だよ、安心して観てな。あの子(・ ・ ・)はすごい子だ」

 

 あの子?

 誰のことを言っているのかと聞こうとしたところで、ちょうど一曲目が終わった。

 

『「ギターと孤独と蒼い惑星」、でした...!』

 

 未だ震える声で、折れそうになる心を支えるように声を絞り出している。

 喜多ちゃん、頑張ってるな。今日のライブ中では克服できないかもしれないが、それでも腐らず頑張ることに意味がある。精一杯やっている彼女は立派だ。

 なんとか今日を乗り切って、この経験を糧に────

 

「やっぱ全然パッとしないわ」

 

「早く来るんじゃなかったねー」

 

 ────おい。

 

「関口」

 

 睨みつけ、思わず声を出しそうになったところを須田に諌められる。

 その一言で、須田の目で、出かけた言葉を飲み込み、深く息を吸って心を落ち着かせた。

 

「めずらしーね? 関口がキレるとか」

 

 意外そうに姐御が言うが、そう珍しいことでもない。バ先の店長になら毎日キレ散らかしてる。

 それに、今のは本当に頭にきた。

 

 演奏が酷かったのは...まぁ認めよう。事実だ。

 だがそれでも、精一杯やってるやつらを侮辱するのは誰であっても許されることじゃない。

 

 客だから。金を払っている身だから何を言っていい? そんなわけがあるかよ、クソが。

 聴き手が何を思おうがそれは聴き手の勝手だ。ダメなものをダメだと思うこと自体は悪では無い。感性も人それぞれ。他人の感情にまで口出ししようだなんて、そんな傲慢なことは考えない。

 けど、それを演者に聞こえるように言うってのは違う。ありえない。人間性を疑う。

 ああいう奴らに限って、いざ自分らが否定されたら声を大にして騒ぐんだ。気持ち悪い。

 

 

 ───そんな悪感情が胸の内側に拡がっていく中、ステージからギターの音が届いてきた。

 

 

 思わず聴き惚れてしまうような、ハッキリとした輪郭を持つとても綺麗な音。

 魂が籠った旋律は力強く、この空間をたった数秒で塗り潰し、支配した。

 

 

「言ったろ? 安心しろって。あの子───ぼっちちゃんは、本当はすごい子なんだ」

 

 

 姐御が言うが、そんな言葉は耳に入ってこない。

 魅力される。惹き込まれる。

「私の音を聴け」という熱が(ほとばし)り、彼女の想いが伝播する。

 

 戸惑いがちに、(しか)して信頼を抱き。

 彼女の熱を受け、結束バンドは走り出す。

 

 そこから始まった音楽は、先程までとは180度違う、情熱溢れる咆哮だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
フラメンコ奏法。ラスゲアードとも。右手の指の爪側でデコピンのように弦を弾いて音を出す奏法のこと。

*2
ブラッシングや休符でアクセントをつけて歯切れよく音を短く切る演奏方法のこと。チャカチャカ鳴ってるアレ。

*3
親指で弦を叩き、中指や人差し指で弦を引っ張って音を鳴らす奏法のこと。スラッピング、あるいはチョッパーとも。

*4
プッ、みたいな実音を伴わない音。ミュートと似ている

*5
カラオケでいうエコー




ぼ虹完結編(店前百合領域展開事件)へのオリ主介入は絶対にさせない。絶対にだ。
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