桜の木や散った後の地面からピンクの花びらが風に乗って舞っている。まだ肌寒さはある。舞っている桜吹雪の中から輝いている朝日がまぶしい。忌々しさすら感じる朝だ。特段朝は苦手ではないが、眠気のある状態というのは気分的によろしくはない。いつも通りのことだが若干不機嫌になりつつ、通学路を歩く。
「くぁ……」
人目も憚らず大きく欠伸をする。学生に
そんなことを考えながら自販機を見かけたらコーヒーでも買おうかと考えていると、見覚えのある水色の頭と赤紫色の頭、そして緑色の頭が若干ふらふらとしながら前を歩いていた。この世界に生まれて長い時間を共にしている親友の背中を見つけた俺は少し足取りを早くして前を歩いている3人に近づく。
「よっす。正樹、ウェンディ、テューディ」
緑色の髪の少年にダル絡みするように肩を組む。肩を組まれた少年は急に体重を乗せられたからか軽くたたらを踏み、少女2人は俺を認識するとそれぞれ違う反応を見せる。
「あら、おはようシュウイチ」
水色の髪の少女、ウェンディがふんわりとした笑みを浮かべて顔をこちらに向ける。
「シュウイチか」
一方の赤紫色の髪を持つウェンディの双子の姉のテューディは視線だけをこっちに遣るが、そっけなく言うだけですぐ視線を前に戻す。こいつが冷たいのはいつものことだし特に思うことはない。
「……うぜぇ……」
そして緑色の髪の少年、正樹は眠そうな表情を隠そうともせず不機嫌な声を出す。それでも肩から振り払おうとしないところを見るに今日はまだマシなほうだろう。ひどいときは殴られたりするぐらいには正樹は朝に弱い。
「いつものことだけど、本当に朝弱いなお前」
「うるせぇ……」
俺の言葉に否定することもなく、正樹は大きく欠伸をした。その大口になにか放り込んでやろうかと一瞬思ったが、それをしたら殴られるし、そもそも口の中に放り込めるものを持ってない。残念だが正樹の口の中に放り込むのは次の機会にしよう。
正樹の肩に回していた腕を外し、このままだと暇になるからウェンディとたわいのない話をする。テューディは会話をするタイプではないし、普段話す正樹は御覧の通りなので会話ができるのがウェンディしかいないのだが、テューディは話を振れば短くではあるが返事をくれることもあって盛り上がりはしないものの退屈のしない平凡な会話をする。
そんなことをしながら通学路を進んでいると、曲がり角を曲がると遠くに自販機が見えた。たまに使う自販機なのでラインナップはわかっているからかウェンディはカバンから端末を取り出して正樹に視線を送った。
「マサキ、まだ眠いならコーヒーでも買ってこようか?」
「ほうっておけ、ウェンディ。マサキのこれは今日に限ったことじゃないだろう」
心配そうな表情をするウェンディとは反対に、無表情の中に若干呆れを滲み出しているテューディが吐き捨てるかのように言う。実際テューディの言う通りなのだが、言い方が本当に冷たい。
「VP余裕あるし、なんか奢ろうか?」
「いいの?いつもおごってもらってるけど、お金は大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。テューディも飲むか?正樹はコーヒーブラックでいいだろ」
ポケットから端末を取り出して3人の前を出る。VPとは高校生からでも扱える仮想通貨であり、様々な用途に使えることから学生に人気のあるポイントだ。その取得方法が特殊なこともあり通常は増やすのが難しいのだが、その課題は俺にとってはあってないようなものだ。
「お前、またバトル・フィールドに行ってきたのか?」
「おう。昨日新しいデッキの調整も兼ねて行って稼いできた」
「……先週も同じことを言っていなかったか?」
俺の返答にテューディは頭が痛いと言わんばかりに深くため息を吐いて頭を振った。そんなテューディの視線を受けながら自販機を操作してウェンディにココア、テューディに紅茶のストレートティー、自分と正樹にブラックコーヒーを買って渡す。
さて、バトル・フィールドと聞いて何ぞやと思う諸兄の皆様。バトル・フィールドとは、簡単に言えばとあるカードゲームを映像を立体化させるハイホロヴィジョン機械だ。質量を持たせているのではないかと思わせるほどの迫力をもたらすバトル・フィールドは、公共機関にすら置いてあるほどだ。
そして、バトル・フィールドを利用するカードゲームは老若男女問わず世界的に人気を博し、社会にも大きな影響を与えている。その影響力は、極端なことを言えばこのカードゲームの勝敗が社会の未来をお菊左右することになるほどだ。
VPはこのカードゲームを主導、開発している世界的な大企業が流通させたものだ。その大企業がこのカードゲームを通してVPを流通させた結果、VPが通常貨幣と何ら変わらないほどの価値を持つようになったのだ。それこそ、世界の通貨に関する法律を変更させたほどの影響だ。昔はカードゲームに関係するものにしかVPは使えなかったのだが、いつしか日常のものにも使えるほどになったのだから企業努力というのはすごい。
そしてこのVPの獲得方法なのだが、最も簡単に手に入る方法はお互いにVPを賭けてカードゲームを行うことだ。優勝賞金としてVPをもらえることもあるのだが、基本的には上限はあるもののVPを賭けた戦いは高校生から合法的に行えるので、これを利用して俺はVPを稼いでいるのだ。
「いつものことだけど、そんなカードいったいどこから持ってきてるの?私が知っているだけで10個以上はデッキ持ってるんじゃない?デッキ解体してるの?」
ウェンディがココアを飲みながら疑問気な表情を浮かべてデッキの入っている俺のカバンを見る。
まぁ、ウェンディに限らず、2桁もの種類のデッキを持っていることに疑問を持つのはごく当たり前のことだ。何せこの世界のカードの価値はものによっては宝石をも勝るほどだ。俺の知っている話では最高レアリティのカード1枚で何千万単位の取引が行われていたことがあるほどだ。もちろんそればかりではないのだが、レアリティが高くなるにつれて流通量も大きく減っていくので、デッキ1つを作るのに何百万円もかかったという話も珍しくはないのだ。なので基本的には1人1つしかデッキを持っていないことが一般的だし、2つも持っていれば異常扱いされてもおかしくはないほどだ。
そんな量のカードどこから出てるんだと言われたら、俺は胸を張ってこう答える。知らん、と。
いや、本当に知らないんだよ。なんでこのカードが俺の手元にあるのか。とは言っても、俺の手元にあるカードのほとんどが実際に持っていたものだから知らないわけではないのだけど、どうしてこの世界にあるのかさっぱりなのだ。
というのも、このカードは俺が1回死ぬ前に持っていたカードなので、転生した今何の因果で俺の手元に戻ってきたのか本当にさっぱりなのだ。まぁ今手元にあってくれていろいろと助かっているので詳しく追及する気はないし誰にも言う気はないの。これについては今後も謎のままだろう。
「修一がどこからカードを仕入れてくるのか知らねぇけど、犯罪に手を染めてるわけじゃねぇし別にいいんじゃねぇの」
いつの間にかブラックコーヒーを飲み終えていた正樹が缶を握りつぶして自販機横のごみ箱に投げ入れた。さっきまでの不機嫌そうな表情はやわらぎ、まだ眠そうに欠伸をしているもののある程度はスッキリした様子になっている。
正樹の言葉にひとまず納得したのか、ウェンディとテューディもそれ以上何かを言うことはなく黙々とココアと紅茶を飲んでいた。別に何か思うところがあったわけじゃないが、めんどくさい追及が無くなったことに軽く安心して俺も自分の分のコーヒーを飲む。うん。苦い。
「奢ってもらっておいてなんだが、先週もVP稼ぎに行ってたよな。そのVPはどうしたんだ?」
「パックに全部溶けてった」
「お前、その浪費癖どうにかしたほうがいいぞ」
テューディの言葉はごもっともなのだが、こればかりは前世から変えられないことなのだ。現実通貨に手を出していないだけましだと言ってほしところだ。
そう言っても、ウェンディから大して差はないわよ、と言われて2人が頷いた。解せぬ。
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