例えこの身、穢されるとしても 作:ただの人
──少女は、気が付いたら街の中を立ち尽くした。
自分がよく知っている街、自分がよく通っている場所だ。
だが、何故か今、それは酷く寂しく感じる。
周囲に人はおろか、鳥のさえずりすら聞こえない。空も暗く濁っており、周囲は赤黒く、不気味すら感じる。
「誰か…誰かいないかぁ~?」
少女は大声で周囲に呼びかけようとしても、自分の声が木霊するだけで、返事するモノはなかった。
環境音も、風の流れる音すらもないこの空間に、物言えぬ恐怖を覚えた少女は、足を震えながらも無意識に動き、そのまま走り出した。
だけど、どれほど走っても、空は赤黒いままで、生き物は何一つなかった。走って、走って、どこまで走っても、帰ってくるのは自分の足音だけだった。
「はぁ…はぁ…なにここ…気持ち悪い…誰か…誰かッッ…!」
無音の空間というのは、そこにいるだけで精神がすり減らすようなものだ、それをこのような不気味な空間を足すと、想像以上の速さで心理的負担はかかる。
やがて体感何時間疲れていたのか、どこかの路地にもたれかかることにした。走りすぎて呼吸は乱れており、足が立っていられるほどの余力もなかった。
荒れている心臓の鼓動音と呼吸音だけ響く裏路地に響く中。少女は震えるままだった。なにがあったのかと、どうして自分がそういう状況になったのかと。
しかし安堵する間もなく、少女はすぐに違和感を感じた。
体が疲れているだけならまだいいけど、体を起こそうとしようとしても、全然動けなくなっている。
違和感を感じた少女は恐る恐る地面に目線を落としたら、そこには何本かの、まるで地面から生えてきた紫黒色の腕が彼女の足を掴み、しがみ付いてきた。
「ひっ...!な、なに?!」
少女は当然振り解こうとしていたが、動けば動くほど掴む力が増しており、どんどん食い込まれていく。
「解けない…なに…は、離してッ…!」
やがて腕がどんどん伸びて、増えていき、脚から両腕、後ろから腰に巻き付かれており、どんどん自分の体にも「浸蝕」し始めている。
「どうして…どうしてこんなことに…助けて…だれかぁ…」
抗えるほどの余力がなくなってきた少女は目から涙を溢して、
「おやおや、随分と情けないですねぇ〜?」
声を聞いて、ハッとして路地裏に目線を配る少女。そこには一人の白衣の男性がいつの間にか立っていた。
普通なら助けを呼ぶべきと思い、一瞬口を開き、言葉を口にしようとした、だが少女はすぐに感じ取った、目の前の男性から、名状しがたいとも言えるほどの「悪意」を。そして安堵する心が、徐々に恐怖へと変わっていく。
そして案の定、男性は口角をあげ、面白げに笑いながら少女を見下した。
「巻きつけられて逃げれなくなるそのざま、まるで君の人生そのものみたいだね」
「わ、たしの……人生…?」
「ええ、似ているとは思いませんか、誰かに頼らねは、誰かに縋りつかない限り、こんなふうに、何一つできないし、自分すらも救えない、そんな貴方に」
「そ、そんなことはッ―――」
そんなことない、そう叫ぼうとした口は、まるで何かに塞がれたかのように、口を開けたまま言葉は出ずにいた。当然、塞がれたのではなく、ただ、「言えなかった」。
「ないと、断言できますか…?心のどこかで、自分のせいで、あのような事が起きたと、思っているというのに」
「ッ…!!?」
少女は、何も言えなかった。見開いた目で、恐怖と不安を訴えながら彼を見ることしかできなかった。
男はまるで少女の心を見通してかのように、口を続けた。
「自分のせいで、周りに迷惑を掛けている、そして迷惑かけてしまった分、頑張って取り返しようとしても、最終的にはみんなの足手まといになるだけ」
「ち…違うッ…わ、たしは…」
「仲間だけでなく、家族でさえ迷惑を…いいやそれ以上か」
「もうやめて!お願いッ!!」
できる限りの叫び声を上げた少女は、気がついたら少女は全身がすでに取り憑かれており、少しずつ地の下へ引きずり込まれている。だがなり彼女は、この状況ではただひたすら涙を流すことしかできなかった。
「お願い、もう、ゆるして…」
「あ~あ、可哀想に…何故こうも惨めになれるのかな…?」
男は少女へ近づき、屈みながら嘲笑うように彼女を見つめる
「何一つ成しえず、何一つ貢献できず、その事実から逃れようとしている君は…」
「今 更 何 を も っ て 助 け て を 呼 ぶ の だ い ?」
それを聞いて、少女は無数の手に目も口も塞がれながら、暗闇へと堕ち──
──────────────
「~~~ッッッ!!!」
声にならない悲鳴を上げながら、紗由は目を覚ます。
全身冷や汗をかいたまま、半ば狂乱の状態で周囲を見渡す。
そこは見知った天井、慣れている匂い、睡眠を取るときいつも感じる布団の感触がそこにあった。
「ゆ、夢…か…また…これだ…」
彼女はそのまま胸元に手を当てる。痛むほどに跳ねる心臓とその鼓動音が彼女が生きている証拠を示せるのだろう。
しかし安堵するのも束の間、腹部から違和感を感じた矢先に、そこから何かが急速にこみ上げて、解放しようとしている感覚に襲われた。
「う”っ”…っ”ぷ”…!」
この後どういうことになるか一瞬で察した紗由、まだ緊張状態の四肢をむりやり動かし、口とお腹を抑えながら部屋から走り出した。
そのまま洗面台へ駆け込み、そのまま壁を抑えるようにしながら、腹から生暖かく酸っぱい液体を吐き出した
「お"っ"……う"ぇ"っ"……ぁ"…」
喉と口に酸っぱいなにかで溢れて、落ち着くことなく、体はただただ痺れさせて、口内から、胃から食べこんだすべてを、血液も、内蔵でさえも溢れそうなくらいへボトボト落ちていき、カエルの鳴き声と思わせる声は洗面所に木霊した。
どれほどの時間が経ったのか、やがて逆流が止まり、目の焦点がまだ合わないままゆっくり頭をあげる。
そこにあるのは、目元に薄暗いくまがでており、表情も疲れどころかもはや憔悴しきっているとも言えるほど惨めな表情をしている自身の姿が写っていた。
(うわ…ひっどい顔…今の私って…こんな姿してるんだ…)
自分の変貌に軽く引いてるのか、蛇口から水を出し、喉を潤し、何度も自分の顔を洗った。まるで今の自分から逃げ出したかったかのように…
数日前、「あの日」から、彼女はずっと悪夢に苛まれていた。
独り深海に沈められて溺死したり、仲間が見つからない孤島で飢えた獣の群れに喰い殺されたり、密室で孤独のまま餓死したりと、散々な夢ばかり見ることになった。
いくら夢と言えども、死の体験を何度も体験すると、心は持たないものだ。今の紗由は、正しく発狂直前の状態と言ってもいい。
(もう何度目だっけ…なんか、仮眠取るだけでも見るようになったな…やはり、誰かに相談すべきなのかな…)
(…いや、だめだ、これ以上迷惑は…もう迷惑はかけられないよ…)
首を横に激しく振り、紗由は考えていたことを、助けを求めることを強く否定した。
仲間や、精神の消耗、そして悪夢による睡眠不足での思考能力低下。それだけで思い込みに至ることには充分だった。
(だめだ、なにもわっかんないや…)
自分のせいで、自分の不甲斐なさで、兄が傷ついてしまい、一時意識不明ほどの重症であった。
今はもう意識が戻っており、回復もかなり進んでいるけど…
──自分が焦ったから、自分が無力だから、ああいう状況を起こしてしまった。
そういった思いが、何度も何度も彼女の心を苛まれ、蝕んだ。
(時間は…まだ朝か……みんな、おきてなさそうだし…そうだ…そとにでて、きぶんてんかんしよ…)
そして彼女は、思考がまとまらないまま重い体を起こし、ふらふらしながら着替え、家から出た。
────────────────
紗由は、街を彷徨っていた。
現在は朝5時、店は開いていないどころか、人気すら薄い。そんな中、彼女は独り歩いていた。
(わたし…なにやってるんだろう)
思いつきで外に出たのはいいものの、理由も無ければ、行き先もない、外見も整っていない。誰かに見られたら、それこそ怪談話に出てくるものと見間違えそう。
そして空を見上げても、そこには雲によって隠れた、曇った灰色しかない。
(なにもない…そとにでれば、すこしは、らくになれたとおもっていたけど…なにも、かわらない)
夢の「あれ」と比べると、自然の音楽が奏でられている分、不気味さはないけど、寂しさと心の不安は消えることはない。
(わたしって、やはりからっぽなのかな…)
夢に言われたことを思い出して、憔悴としている表情が更にひどくなった。
(だれかにたよって、すがりつけないと、いきていけない…のかな)
(…なんか、よくわからなくなってきた)
もはや正常に思考することすらできなくなっているほど深刻な状態をじかくできないまま、ゾンビを彷彿する様に街をブラブラとしながら、亡霊のように彷徨い続ける。
(あれ…なにが、したかったんだっけ…なにを、しようとしたんだっけ…)
そしてその状態ならば、当然普段気づけるはずのものも、認識も、反応も取れなくなる
ふと隣に目を配ったら、そこには自分に向けて全力でブレーキをかけても、止まらず突進してくる大型トラックが目の真ん前にまで迫ってきた
(あ…くる、ま…よけなきゃ…)
(あ、れ…なんで…よけようとするんだっけ)
(いきるかち…あったっけ…)
(もう、どうでもいいや…)
心に諦観を覚え、目を閉じて、死を受け入れようとした───
「危ないッ!」
声と共に、後ろから磁石の吸引のように何かに引っ張られた感触を覚えた。紗由はそれに対応せず、そのまま後ろに引きずられたままでいた。高速移動な物質にぶつかる感触は感じず、かわりに後頭部に柔らかい物体とふんわりした匂いが鼻を充満した。
「……え、っと…」
急な行動により、ほんの少しだけ理性が戻った紗由、ゆっくりと呼びかけてきたほうに向ける。
「よかった、大事ありません?」
そこには、紗由を抱いている、白銀の髪をしている女性の姿が居た。
おやおや、大変な事になりましたね