断片集   作:松谷若草色

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廃墟のおとこ

 それから雨降りになり、わたしはすごすごと自分のねじろに帰った。

 町の一角にある、小ぢんまりとした家。

 一人住まいには手ごろな大きさで、生活用品が一式揃っている。

 

 転がり込むように中に入って戸を閉めて、無言で濡れたコートを壁にかけ、ブーツを脱いで、よく乾いたサンダルに履き替える。

 暖炉に薪をくべ、灰を引っかきまわして燃えさしに火をつけ、重たい履き物をその場に据えて、椅子に尻を落ちつけた。

 火に向けて足を投げ出して、パイプに火をつけて、ようやくひとここち。

 冷たい雨だ。まったくいまいましい。

 このちっぽけな町にたどり着いてから数か月経った。

 歩き回って過ごすうちに、いくつかのことが分かった。

 まず、町の中央をつらぬく水路の水は美しく、沸かせば十分飲める。

 次にすぐそばの森には獲物が豊富で、ちょいと知恵があれば食うには困らない。

 そしてなにより、この町には人がいない。これからも誰にも会いそうもない。まあ、廃墟だ。

 いったい何があったのか見当もつかない。とにかくもぬけの空。古のうたにあるように、見たこともないような巨人や化け物がみんな食べてしまったのか、定期的に賊に襲われでもしたのか、とにかく住人はひとっこのこらず蜘蛛の子を散らしたようにどこかへ消えてしまっていた。

 町は整然としているように見えたが、しかしよく見ると無人の片鱗がそこかしこに見てとれる。

 美しく敷き詰められた石畳の隙間から、たくましい草が顔をのぞかせている。家をおおう草木は適度というにはやや過剰。冷涼な気候なので、植物にのまれることはなさそうであるが、建物は風雨にさらされてそのうち崩れて砂にでもなりそうな雰囲気をたたえている。

 

 ほかに人がいなくても、わたしとしては一向にかまわない。

 この町にたどり着いてすぐ異変に気がついたあと、建物という建物をたずね回り(この町には戸締りという概念が欠落している)好奇心のおもむくまま中を適当に調べて、どうやら自分が廃墟の王様になったらしいと悟った。

 長いこと手つかずになっている埃まるけの道具に手をつけながら、以前の主人に想いを馳せるのは楽しい作業だった。

 以来わたしは適当な家に棲みつき、寝具を日にあてたり、古びた道具を磨いて使えるようにしたり、きこりのまねごとをしたりして過ごしている。

 それ以外、とくに生産的なことはしていない。ただ、暮らすだけだ。

 町のほうぼうから布を集めて使っているが、なくなればおしまいだ。

 煙草もいつなくなるかしれない。

 煮炊きの道具は、替えがたくさんあるからまあ大丈夫そうだ。

 何が最初になくなるか分からないが、なにか不足して困ったことになれば、また名もなきこの廃墟から発つだけのこと。

 

 

 

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