ほのお組の忠犬 作:後衛
ある日、転校生の「アオイ」からの宣戦布告が入った。
「アジトに行くから首を洗って待っていろ」と。これは、スター団の掟第7条の「リーダーは売られたケンカを必ず買う。敗ければスター団をやめる」を意識してのことなのだろう。
それぞれのチームに同時に放たれたらしく、幹部のグループチャットが久々に動いた。なにせスター団の掟なんて一般には知られていないので、関係者から情報が洩れての宣戦布告であろうことは明らかだからだ。
転校生がいきなりケンカを吹っ掛けてくるのは、何かおかしい。そう思いつつも、学校の情勢を知らないスター団にできることは、待ち構えることだけだ。
ただ、僕らは待つだけだ。マジボスも、侵入者も。
★
しばらくすると、ピーニャと悪組「セギン」が敗北した報せが届いた。
待っていたものは、来なかった。
代わりに来たのは、転校生と妙に歳をとった生徒。
待ち焦がれた転機は、期待していたものとは程遠いものだった。
待つということは、そういうことだ。
待っていた相手は来ないかもしれない。到来するものは、時間が経って変わっているかもしれない。あるいは、偽物かもしれない。待ち人が来たからといって、何かが始まるとも限らない。
だけど、何かが来ないと何も始まらないこともある。
ザザ、と、ごっこ遊びの範疇で購入したトランシーバーから、ノイズ混じりで新しく入った団員の声がした。
例のアオイと妙な生徒、ネルケが正面から来たとのこと。
『来ました。例の転校生です。これ以上近付いたら、警告して"正当防衛"に入ります』
過剰に調子付いた団員だな、とベルナは思った。
1年と数ヶ月も経てば、スター団結成の経緯を知る生徒は少なくなる。最近の入団者となればなおさらだ。ただの逃避の居場所として入団する生徒が増えているのは、そういう理由だった。
『任せてくださいよ、"正当防衛"でボッコボコにしてやりますから』
「ちょっと待って。門番、代わってもらっていいかな」
『いえ、俺にやらせてくださいよ! 団のアジトを荒そうとするヤツなんて許せないです』
「……いや、僕が行ってもいいかな。中で他の団員と一緒に戦ってくれると嬉しいな」
掟に従って「命令」ではなく「お願い」をする*1。
『あ……はい、わかりました』
「ごめんね。ちょっと体裁は悪いだろうけど、『副リーダーが出る』って言って時間稼いでおいてくれると助かる」
そう言ってメロコを一瞥したあと、ベルナは門へと向かった。
★
門には、静かにオーラを漂わせる女生徒がいた。
門番を任されていた団員は、ベルナを一瞥すると、一瞬だけ頭を下げて不満そうに塀の内側へ戻っていった。
「アオイさん、だね。なぜスター団に宣戦布告を?」
「強引な勧誘でスター団に困らせられている人がいるって生徒会長に聞いたよ」
スター団に「統率」の概念は無い。元々はいじめっ子に対抗するためだけに作られた組織であるからだ。
目的をとうに失った組織だが、はぐれた者たちの居場所としては僅かに機能していた。だから、一般の生徒によりよい居場所を知ってもらおうと勧誘する団員が現れたりする。
ベルナにとっては
「……そうだね、その通りかもしれない。だけど、それだけで単身で乗り込むのかい?」
いくら正義感が強いとはいえ、ベルナにとってそれが疑問だった。
腕前に自信があろうと、一介の生徒単身で乗り込んでどうにかできるとは思えない。
「負けたら負けたで、出直すだけ。根っから悪い人たちじゃないって、ピーニャさんと戦ってわかったから」
この少女には、恐れが欠けているのだとベルナは思った。
「不登校に理由があるのなら、私にその解決を手伝わせて! 外から来た余所者だけど、そんな私だからこそ気兼ねなく言えることだってあると思ってる」
太陽のような眩さ。すべてがこの少女を中心に回っているのだと錯覚させられてしまいそうになる。
「だから、私をメロコさんに会わせて! 解散を賭けて勝負させて!」
自分が救い主であるかのうような全能感と共に笑顔を振りまく。
だからこそ。
すべてが終わった後にのうのうと歩み寄って来る部外者に何よりも苛立った。
「僕は君みたいなのを待っていたわけじゃないんだ」
帰ってほしい、とベルナが言い切る前に転入生が口を開いた。
「誰かが何かを抱えて困ってる……。一度首を突っ込んだなら、私は最後まで追いかける」
「なら、門番として君を追い払おう」
ボールを持って、ベルナは言った。
★
門で待たされているアオイの前に現れたのは、伏し目がちな少年だった。
厭世的だろうことは、制服の上から炎を象ったパーカーを着込んでいることからも用意に推察できた。
そして、間違いなくバトルが強い。
アオイには、人やポケモンを見極めるセンスがあった。
人ならば性格や腕前、ポケモンならばバトルへの才能を。誰にも言っていない秘密で、それによって世の中を上手く渡り歩いてきた。
アオイはそれを一種の天啓だと考えている。
神を信じるわけではないが、なにか運命的なものがアオイには付いている。
だからこそ、この自由な校風であるオレンジアカデミーで、アオイは道を探しに来たのだ。
自らの才能を何に活かすか見つけるために。
★
「君が悪いわけじゃない。だけど、僕が待っているのは君じゃない」
そう言って、ベルナがボールに手を掛けた。
アオイもボールを手に持った。
――その時だった。
「待った!」
上品な香水の匂いを携えて、リーゼントの男が乱入してきた。
「校ちょ……ネルケ!」
アオイがその名を呼ぶ。
若々しさを強調する制服がやや不釣り合いな、紳士的な出で立ちが強烈な違和感を放っている。
リーゼントもチグハグだ。
しかし、状況に対する行動は何よりも適切だった。
「ここはオレに任せて、アオイは進むんだ」
「いや、それは通らないですよ。校ちょ「ネルケだ」……ネルケさん」
無理を通そうとする公の教育者にベルナが反発する。当然の反応だった。
しかし、意にも介さない様子でネルケが屁理屈を返す。
「なら、アオイには本来の門番くんと戦ってもらえばいい。オレたち侵入者がふたりなら、門番もふたりで対応してくれよな」
(手厚い保護なことで……)
前代の校長イヌガヤの後任であるクラベルであるということは、写真だけしか知らないベルナにも容易に推測できた。
変装が甘いのもあったが、野暮だと思ったベルナは、その場では追及しなかった。
★
それぞれのバトルのために距離を取り、アオイたちが見えなくなったタイミングでベルナが切り出した。
「何の用ですか、クラベル校長」
「あなたの相手をするには、アオイさんはまだ早い」
「そうですか。手厚いことで。……羨ましいな」
「話を、聞かせてほしいのです」
厭味に一瞬目を伏せたものの、すぐに目を合わせて、はっきりとクラベルが言う。
「要望を通したいなら、まずは戦いからでしょ、校長先生」
負けた方が相手の要求を呑むんです、とベルナは続けた。
滅茶苦茶な要求だ。
学校への所属を巡って、不登校の長いスター団幹部には「解散」か「退学」を迫る通知が送られている。
それは法や学校といったルールの下に動いている話だが、ベルナの突き付けるボールは
だが、後ろ盾や正当性を持てなかったベルナの精一杯の反論でもあった。
「校長先生が直々来てくれたんですから、丁度いい」
「役職上、スター団のリーダーのみなさんには、解散か退学を迫る命令を出しました。しかし、話も聞かずにペーパーの通知一枚であなた達の人生を左右したくはない」
「あなたがた教育者を、僕たちは信用しない」
突き放す。
「……それなら、君のやり方に従って信用してもらうまでです」
クラベルがボールを構えた。
腰のプレミアボールには手を触れず、シンプルなモンスターボールに手を掛けて。
「3対3、道具は無し。ジャッジはうちの団員がやります。もちろんそれなりにバトルに明るい団員で、公正にやります」
「わかりました」
ベルナはタイマーボールを握った。
クイックボールを使うメロコと正反対の、長時間相対したポケモンと絆を結びやすいボール。
くだらないことでうだうだと悩み続けるベルナらしいボールだった。
「ウインディ!」
「ヤレユータン」
がるる、と歯を剥き出しにしてウインディが《威嚇》をするが、ヤレユータンは強靭な《精神力*2》で少しも臆さずに向き合う。
皮肉にも、牽制するベルナと、問題に正面から向き合おうとするクラベルの様子がそのままバトルに表れていた。
「……ウインディ、下がれ。ヘルガー、出番だ」
セオリー通り、ベルナは悪タイプを持つヘルガーに交代することで、ノーマル/エスパータイプのヤレユータン相手に有利に戦いを進めようとした。
――しかし、想定外だったのは、真っ当な教育者がどれだけ生徒をしっかりと見ているか、ということ。
腐った教育者しか知らないベルナは、この男の真摯さを知るはずもなかった。
組織のトップ自らが現場に赴くことの異常性を、ベルナは認識できていなかった。そして、パルデアを代表する名門校の校長に抜擢される男の知性を甘く見ていた。
事前情報を集めてこの場に来たクラベルは、この交代を読み切っていた。
「ヤレユータン、《光の壁》!」
クラベルは表情ひとつ動かすことなく指示を出した。
「私は今日、君たちと向き合うつもりで来ました」
「なッ……!」
交代の隙、わずかな時間でヤレユータンが
固有の扇子を振り、半透明の壁が建ちあがる。
しかし、タイプ相性はヘルガーが圧倒的に有利。
息継ぎも間もなく、ベルナが叫ぶ。
「押し通せヘルガー!《悪の波動》!」
ヘルガーから、悪タイプのエネルギーが放たれる。《光の壁》によって和らげられはするものの、
怯んでいてもおかしくない当たり所だったが、ヤレユータンは強い《精神力*3》で怯まずにそのまま反撃に出た。
――ばしゃり。
想定外の音がした。
見れば、ヘルガーは吹き飛ばされ、水にまみれている。
――ヤレユータンは知能が高く、若者のトレーナーには従わない傾向がある。そのため、ベルナは戦う機会も少なく、使用する技への理解が乏しかった。
「《冷や水》。少しは頭が冷えましたか」
ベルナは、血の気が引くのを感じた。