「ほら、かすみちゃん。おいで?」
何かがおかしい。
歩夢先輩に抱きとめられながら、思考を巡らせる。
「ふふ、かすみちゃんは可愛いなぁ…」
頭を撫でられる。
「歩夢ちゃんばっかりズルいよ~。かすみちゃん、こっちにもおいで~?」
「わっ」
彼方先輩に腕を引っ張られバランスを崩した私は、その柔らかな胸元へと着地する。
「よしよ~し。かすみちゃんはあったかいね~?このまま彼方ちゃんとすやぴしようよ~」
なんだろう、この状況。
別に二人ともおかしいという訳ではないのだけれど、なんだか甘やかされすぎている気がするのだ。
「あの、二人ともどうしたんですか?かすみんが可愛すぎて抱きしめたくなる気持ちも分かるんですけど…」
私の問いかけに二人は顔を見合わせる。
そして同時に口を開いた。
『かすみちゃんが可愛くて、つい』
訂正、やっぱり今日の二人はどこか変だ。
どうしよう、なんて考えていると、がらり、という扉の開く音が聞こえた。
せつ菜先輩と果林先輩。
「あ…せんぱ…」
「あ!おふたりともズルいですよ!」
「…うぇ?」
二人に助けを求めようと出した声は、せつ菜先輩の大きな声に掻き消されてしまう。
「かすみさんはとっても可愛らしいですね!」
せつ菜先輩は言うが早いか、私に飛びついてきた。先程から私を抱きとめる彼方先輩ごと。
「ちょっ、せつ菜先輩!?」
満天の笑顔で私に頬ずりまでしてくるせつ菜先輩に、まるで犬みたいだなぁなんて感想を抱くが、そんな事を考えている場合じゃない。
何かがおかしい。
「あらあら、みんな楽しそうねぇ」
続いて入ってきた果林先輩は、そんな私たちの様子を見て微笑んでいる。
「果林せんぱっ…」
助けてください、という言葉は果林先輩の顔を見た瞬間飲み込まれてしまう。
「かわいいわ。ねえかすみちゃん、ちょっとだけ抱きしめてもいいかしら?」
「え……あの……」
いつもクールな果林先輩からは想像できないような甘い言葉と共に、ゆっくりと近づいてくる彼女。これは本当にまずいかもしれない。
四人の先輩に囲まれながら、私はただひたすらに混乱していた。
「うええ…しず子ぉ…りな子ぉ…しお子ぉ…誰かかすみんを助けてよ~…」
私の悲痛な叫びは、私を取り巻く四人の先輩の喧騒に飲まれて消えていった。
▽
目が覚めた。
見慣れない天井に一瞬戸惑ったが、すぐに自分の部屋にいるんだと思い出す。
ベッドの上に起き上がって周りを確認すると、そこは確かに私の部屋の中であった。
「あ、あれ?」
さっきまで部室に居たような…そこで…
そこまで考えて、私の頭は結論を出す。夢だ。
寝ぼけ眼を擦って時計を見ると、時刻は午前7時になろうかというところだった。
「そろそろ学校の準備しないと…」
大きく伸びをしてベッドから抜け出し、学校へ行くための準備をする。
朝食を食べ、着替え、鞄に教科書や練習着を詰め込み、行ってきます、と家を出る。
やけにリアルな夢だったなぁ。
存在しないはずの記憶と感触がやけに体に染み付いたまま1日を過ごし、気づけば放課後。
終学活も早くに終わり、私は一人部室へと向かう。
「こんにちは~…」
ドアを開けると、歩夢先輩がいた。
昨日観た夢がフラッシュバックするなか、歩夢先輩がこちらに声をかける。
「あ、かすみちゃん。今日は早いんだね」
「あ…、はい。学活が早く終わったので…」
「そっかぁ」
歩夢先輩がにっこりと微笑む。
ふわふわとした雰囲気と優しい笑顔。夢で観た謎の気配は感じられない。
よかった、いつもの歩夢先輩だ。
ふぅ、と安心して溜息をつく私を見て歩夢先輩は私に尋ねる。
「どうかしたの?」
「いえ、ちょっと夢を思い出したというか…」
「夢?どんな夢だったの?教えて?」
あれ、なんか押しが強くない?いや、まさか。
「えっとですね…」
掻い摘んでではあったけれど、夢の一部始終を話す。
「それは怖かったよね…ほら、おいで?」
歩夢先輩が両腕を広げる。
「へ?」
「いいから。ぎゅうー」
そのまま歩夢先輩の腕の中へと収められてしまった。
あれ?
「あ、あの、歩夢先輩……?」
私が困惑していると、歩夢先輩は私の頭を撫で始めた。
「よしよ~し。ふふっ、かすみちゃんは可愛いね…?」
まただ。また、夢の中の先輩と同じことを言い出した。
「ちょっ、歩夢先輩!?」
慌てて引き剥がそうとするも、思ったよりも強い力で抱き締められているようで、なかなか離れることができない。
鼻腔を通る甘い匂いと柔らかさに、頭がクラクラとしてくる。
「かすみちゃ~ん。彼方ちゃんと一緒にすやぴしようよ~」
「かすみさん、こっちにも来てください!」
いつの間にか部室の扉が開かれていて、そこには彼方先輩とせつ菜先輩の姿があった。
「えっ!?彼方先輩!?せつ菜先輩!?」
なんでここにいるんですか!?
じりじりと詰め寄ってくる二人と、どんどん私を抱きしめる力が強くなっていく歩夢先輩。
「うぇぇ…しず子ぉ…りな子ぉ…しお子ぉ…誰か助けてぇ…」
完全にパンクした私は考える事をやめ、一人呟いた。
作者の推しはランジュです(半ギレ)