ろっく・ざ・らいふ   作:モモサト

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始まり

 自分には妹のように思っている同い年の幼馴染がいる。

 

 生家が近く、母親同士が学生時代からの友人同士である事も手伝って、家族ぐるみの付き合いをしている子だ。

 

 その家族ぐるみの度合いというのは、きっと大半の人が家族ぐるみと聞いて想像するよりも、ずっと、もっと濃い関係だろう。

 

 というのも、家のクソ父親が、自分が生まれるのと時をほぼ同じくして蒸発したことが全ての発端だった。

 

 母は、女手一つで自分を育てるために、我が家の大黒柱となるべくバリバリのキャリアウーマンとして働いてくれたが、それには当然のように代償もある訳で…産休の穴を埋めるように必死に働く母が帰るのは夜9時過ぎになる事もザラであり、海外出張等にも積極的に参加して数カ月単位で家を空けることも少なくなかった。

 

 今でこそ、そうした生活スタイルに合わせて生活することもできるが、幼稚園や小学生程度の年齢だった自分を家に一人残すことを母が問題視した結果。ちょうど同い年の娘さんがいる、前述の〝妹のように思っている幼馴染〟の家で預かってもらうことになったのだ。

 

 なので、中学に入るまでは毎日、母が帰ってくるまで幼馴染の家でお世話になり、母が海外出張などで家を空ける間は数カ月単位で居候させて貰ったりと、本当に家族同然にお世話になっていた。

 

 その当時の自分は、心優しい幼馴染の家族に面倒を見て貰っていることを当然のように思っていて、ある程度分別が付いた今になって振り返ってみると、あまりの厚顔無恥さに嫌な汗が背中から噴き出して赤面してしまうほどだ。

 

 ただ、まぁ、それくらい本当によくして貰っていたのだ。

 

 自分の母親が大切な母親であるのと同じくらい、その幼馴染の家族の事も家族のように思ってしまう―――それこそ、ほとんど付き合いのない親戚などより、よほど身近に感じてしまうほど、自分にとっては身近な存在だった。

 

 そんな訳で、その家の一人娘(今は妹がいるが)の少女とは、今になって振り返ってみれば半ば強制的に、本当の兄弟のように多くの時間を共に過ごしてきた。

 

 それが嫌だと思ったことはない。自己主張が少ない、コミュ症気味の少女は、全面的に自分の要望に応えて遊んでくれたし。ガキ大将的な所があった自分からしたら半ば子分のような、守ってあげなければいけない少女という認識だったように思う。

 

 というのも、その妹のような幼馴染の少女である「後藤ひとり」という少女は、度が付くほどの人見知りで、引っ込み思案だったのだ。

 

 幼稚園の頃から、気付くと幼稚園の端っ子で一人お絵かきをしていて、遊びの和に入っていくことができないような子供で。小学校の遠足では、友達の輪に入れず学校の先生と弁当を食べているような少女と言えば、その筋金入りの人見知り具合が分かってもらえるだろう。

 

 幼稚園の頃は、自分が手を引っ張って友達の輪の中に入れてやることができたが、小学校に入ると男女で一緒に遊ばないという暗黙の了解ができあがり、男女の間に断絶したような壁ができると自分が横から口を出すことができなくなってしまった。

 

 その結果、小学校の6年間、同じクラスになったことは一度もないが、偶にクラスの方に覗きに行くと教室で一人、机に座って本を読んでいるという有り様だった。

 

 女子の交友関係になぞ、どう手を付けていいのか、皆目見当がつかなかったのだという言い訳はあれど、大切な妹分のために何かしてあげれたのではないかと今は思う。

 

 そうすれば、ここまでボッチを拗らせる事はなかったのではないかと…

 

 今も昔も自分は視野が狭くて、行動力が足りないのだと思う。その時の自分にできる事は、その事に触れずに後藤家で一緒に昔のまま接してあげることだけだった。

 

 まぁ、中学になると変なカースト制度やら何やらが入ってきて人間関係が面倒臭くなってしまい、3年間を通して友達はひとりを入れても5人だけだった自分が言えた義理じゃないのだけれど……

 

 友人というものは、量より質なんだとは、言い訳半分、本音半分の言葉だった。

 

 まぁ、いろんな意味で吹っ切れた中学時代は、自分にとっては大きな変化があったが、妹分のひとりにとっても大きな変化があった年だった。

 

 いや、元を返せば自分が中学校の交友関係に関心が薄くなり、ロックな生き方をするようになった発端こそが、ひとりの変化だったのだ。

 

 小学生の頃のように流石に毎日はお世話に成らないが、それでも週に3日ほどは健康のためにも夕食などを御馳走になりに行っていた。

 

 ―――中学校に入学して暫く経った、ある日の事だった。

 

 「モ、モト君、私、ギターの練習始めようと思うんだ」

 

 「へっ」

 

 控えめで自己主張する事が極端に苦手だった妹分が、そんな事を言い出したのは。

 

 「そりゃ、また、どうして?」

 

 「バ、バンドって陰キャでも輝けるんだって、それで凄いギタリストになって一杯チヤホヤしてもら―――世界平和を歌いたいんだ」

 

 「ほぉー」

 

 何やら高そうなエレキギターを手に持ち、本音をぶちまけかけてから慌てて、何やら高尚な事を言って誤魔化そうとしている。ジャージ姿の幼馴染の言い分に呆れ半分感心半分で、半目で見つめる。

 

 その視線に耐え切れなくなったように、ひとりは視線から逃れるようにソッポを向くと、そそくさと自分の隣に腰を下ろす。

 

 「そ、それでね、モト君にも、そ、その、いいいいい一緒に、バ、バ、ババババンドをやって、もらいたいんだけど……」

 

 昔から極偶に自分に何か頼み事をする時にやるように、服の裾を掴みながら長い前髪の奥から上目遣いで見上げるように消え入りそうな声で必死にお願いしてくる。

 

 ―――こいつは狙ってやっていないだけに性質が悪い。

 

 普段、物静かで、自己主張の少ない妹分にお願いされると、昔からどうしても断れない。

 

 「……ヒトが何か一曲でも引けるようになったらな」

 

 素直にお願いを聞いてあげるのは恥ずかしくて、この不器用が服を着て歩いている、根性のコの字もないようなひ弱な少女が、本当にエレキギターなんて目立つ楽器を奏でられる姿が想像もできなかったため、どうせ途中で音を上げるだろうと自分は苦笑しながら、少しぶっきら棒にそう答えたのだった。

 

 「や、約束」

 

 「ああ、約束な」

 

 小指を差し出してくるひとりの小さな小指に小指を絡めて、指切りげんまん指切ったと約束した、それが全ての始まりだったのだ。

 

 ……そして、自分の予想に反して、ひとりは二ヵ月後に少し拙い所がありながらも人気ロックバンドの曲を一曲引いてみせた。

 

 彼女が、指を怪我しながらも毎日6時間以上練習している姿を見てきて、引っ込み思案の少女が本気で自分を変えようとしているのだと分かって―――その拙い筈の演奏に何故か柄にもなく心が震えた。

 

 「ど、どう、だった?」

 

 緊張していたのだろう、演奏を終わったひとりの指はふるふると震えていた。

 

 その姿に何か言って上げなければと思うのだけれど、この感動のような思いをどう伝えればいいのか分からず、咄嗟に言葉が出なかった。

 

 それでも、リアクションが無い事にどんどんと涙目になって俯き始めている、妹分を前にして必死に言葉を絞り出す。

 

 「凄かった、本当に凄かった、何かを伝えようって、何かを変えようって、そういうヒトの叫びみたいなのが音に籠ってるみたいな気がして……うん、何か感動した。―――本当に頑張ったんだな」

 

 自分に自信が持てず、自分なんかと自分を卑下して、何事もやる前から諦めてしまう所があった少女が、必死に自己主張するように奏でられた、どこか繊細でありながら、叫ぶような激しさが込められた音色が自分の心を今も震わせている。その感動を必死に言葉にして伝える。

 

 「本当に凄かったぞ、ヒト」

 

 「え、えへへへへへへへへ、そ、そんなぁー、私なんて、まだまだだよぉー」

 

 その褒め言葉に、口だけは謙遜しながらも、顔がだらしなく喜色に緩んでいるのに、相変わらず感情が表情に出やすい奴だと苦笑する。

 

 「―――あっ、そ、それでモト君、その約束……」

 

 「……ああ、ヒトのギターに負けないように俺も頑張らないとな」

 

 ギターを始めた時の約束が、まさか本当になるとは思わず、苦笑しながら頷くとひとりはキラキラとした満面の笑みを浮かべる。

 

 「それでバンドをやるって言っても具体的に俺は何をすればいいんだ?」

 

 一日も休む事もなく練習を続けているひとりの様子を見ていて、ある程度、覚悟はできていたので、未知の世界に対する恐れの気持ちも少しあるけれど、妹分の頑張りに応えないなど兄貴分の名が廃るというものだと問い掛ける。

 

 「うん、そ、その、モト君にはボーカルをやって欲しいんだ」

 

 「……ボーカルかぁー、歌は嫌いじゃないけど、ヒトがボーカルをやらなくていいのか?」

 

 「む、むむむむむ無理、無理無理、無理リリリリッリ」

 

 「ああ、分かった、分かった、ごめん、悪かったよ」

 

 首を激しく横にブンブンと振りながら全身で拒絶するひとりの様子にギターはよくて、ボーカルはダメだという感覚は分からないが、当人の中では大きな違いがあるのだろう。

 

 「……うん、ボーカルがモト君で……ギターが私、なの」

 

 「そりゃあ責任重大だなぁー」

 

 「そうだよ、一番目立つ所なんだから」

 

 「……やれやれ、そんじゃあ幼馴染の期待に応えられるように頑張りますかね」

 

 「うん、それで文化祭でライブして、皆にチヤホヤ……じゃなくて、武道館で世界平和を謳うんだよ、『ラブ&ピィィィイース』」

 

 ……随分と俗物的な願いからギターを始めたようだが、まぁ実際始まりなんてそんなものなのだろう。

 

 まぁ、それくらいなら少しくらい付き合ってあげてもいいだろう。

 

 この時は、そんな軽い気持ちで佐藤元(さとうはじめ)は音楽の世界に片足を踏み入れたのだった。

 

 そして、自分の相棒となった妹分の狂気じみたギターへの情熱を、チヤホヤされたいという執念を見誤ったばかりに、「後藤ひとり」こと「ギターヒーロー」の物語に、自分は絡めとられる事となってしまったのだった。

 




呼んでくれて、ありがとうございます。

とりあえず、原作スタート前になる中学校卒業までを中心に書いていく予定です。
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