ろっく・ざ・らいふ   作:モモサト

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ギタリストに向けて1

 片道2時間の帰りの電車の車内、空いていた席に並んで腰かけながら、喜多さんに「絶対に変な奴だと思われた」と落ち込むひとりに、「大丈夫、喜多さんも同じくらいロックな人種だから」と慰めつつ。

 

 そもそもの発端である喜多さんからの「お願い」について事の次第を説明し、その行動力の凄まじさにひとりが絶句したりしながらも、「明日から二人でギターを教えてあげようと思うんだけどいいか?」と本題について尋ねる。

 

 「む、無理、私が知らない人にギターを教えるなんて」

 

 「そんなことないって、ヒトはギターの弾き方を教えるのも上手いよ、一人なら俺、絶対にこんなもの弾けるかって途中で投げ出してたし」

 

 「うぅぅぅうー、でもぉー」

 

 ひとりは、褒められて嬉しいけど、知らない人に教えるなんて無理と複雑そうな顔をする。

 

 人見知りの妹分に、あまり無理はさせたくないけれど、たった一月でギタリストとして人前に出られるレベルにするなんて事、とてもではないが自分ひとりで出来る自信はなかった。

 

 本当に基礎の基礎を教えるだけならば、自分でもひとりに教えて貰ったことを、そのまま教えることで何とかできるだろう。

 

 けれど、そこから飛躍的に技術を伸ばすには、明確な目標、誰かの憧れになるほどのセンス(輝き)に間近に触れる必要がある。

 

 こんな風にギターを弾けるようになりたい。

 

 その衝動にも似た願望以上に、ギターの技術を向上させてくれる劇薬を自分は知らない。

 

 実際に自分が「Fコードとか、こんなの無理だろう」とギターの練習を投げ出さないでいられたのは、目の前の相棒のようにギターを掻き鳴らしてみたいと憧れたからだ。

 

 憧れこそが自分の技術の拙さを明確に理解させ、憧れだけが遠いゴールに向けて背中を押してくれる。

 

 そんな誰かの憧れに―――今、喜多さんの憧れに成れる可能性があるギタリストは、自分が知る限り、この相棒(ギターヒーロー)しかいなかった。

 

 そして、そういうメンタル的な部分を除いたとしても、ただのメジャーコードを弾くだけでも、どういう音が正解なのか、どういう風に弾くのが正解なのか。

 

 一月で成果を出そうと思うならば、少しでも高いレベルの演奏技術に触れさせる事は必須だろう。

 

 「……ヒト、どうしても嫌か?」

 

 とは言え、こちらが勝手に引き受けてしまった話しだし、本当に嫌なら無理強いはさせたくない。

 

 「…うぅぅ、モト君と一緒ならいい」

 

 「悪い、ありがとな」

 

 「う、うんん、き、喜多さんの気持ち、わ、分かるし、お手伝いしたいっていうのも本当だから」

 

 ひとりの断れない性格に付け込んだみたいで少し申し訳ないが、何とか相棒の了解も取り付ける事ができた。

 

 

 

 そんな、こんなで教える側の話もまとまり迎えた練習初日。

 

 

 

 一回目の練習だし、しっかりと喜多さんの現在の実力を測りたいということで、高校の近くのスタジオを借りて、実力を見せて貰おうとスタジオに向かう道中。

 

 喜多さんの朗らかな雰囲気にほだされたのか、ひとりにしては珍しく、自分の背中に隠れながらだが、喜多さんと「ギター歴はどれくらいなのか」「どうやって練習したのか」などについて、少し緊張しながらも普通に会話ができている事に、何か通じ合うものがあるのだろうかとほっこりしていた。

 

 そんな和やかな雑談の最中。

 

 「本当に私、全然ギターを弾けなくて、しっかりメジャーコード?っていうのを押さえてる筈なのに、どうやってもボンボンっていう低い音しか出ないの」

 

 「「え?」」

 

 いきなり、そんな話が出てきた時点で、何やら不穏な気配は感じてはいた。

 

 「……そ、それ、もしかしてベースなんじゃ」

 

 「まさか、それくらいは私も分かるわよ」

 

 「そ、そうですよね」

 

 ひとりが恐る恐る尋ねると、喜多さんは苦笑いしながら自信満々に答える。

 

 「となれば、チューニングの問題かな?」

 

 「ア、アンプやエフェクターが特殊な設定だったのかも?」

 

 ひとりと低い音しか出ない原因となる可能性について憶測を話しながらも―――憶測通りだとしても本当にそんな事になるかと不安に感じながら、スタジオに到着し。

 

 「ほら、ちゃんと弦が6本あるから、ギターでしょう」

 

 喜多さんが、スタジオの室内の真ん中で、堂々とギターケースから取り出して見せてくれた弦が6本ある黒い楽器を見て、不安の予感が的中していたことを悟る。

 

 「……あ、あの、ベースでも、6本、あるのも、あります」

 

 「……それ多分、多弦ベース」

 

 「…………え?」

 

 喜多さんの自信満々の笑顔が、徐々に凍り付いていく姿が痛ましかった。

 

 「……………え?」

 

 そして、ようやく言葉の意味を咀嚼し終えたのだろう、呆然と自分の手に持っている黒い多弦ベースに目を向けて―――喜多さんは力なく地面に崩れ落ちた。

 

 「……お父さんに2年分のお年玉とお小遣いを前借したのにぃぃぃい」

 

 ――――さめざまと失意に沈む喜多さんに、咄嗟に掛ける言葉は思い浮かばなかった。

 

 

 

 そうした些細な(ということにしておく)ハプニングが発生した結果。

 

 とりあえず、次のライブが終わるまでは、自分のギターを貸すからと慰めて。

 

 これからは練習した分だけ上手くなるさ――っと、空元気を出すように励ますと。

 

 喜多さんは、まだギターだと思っていたものがベースだったというショックが癒えるには時間が足りなかったらしく「うぐっ」と胸を抑えたりしたが、「そ、そうよね、上手くいかなかった原因が分かったんだから、ここから頑張らなきゃ」と持ち前の前向きさ(空元気)でメンタルを持ち直してくれた。

 

 そんな訳で、自分のYAMAHAブランドの白いギターを喜多さんに貸し出し、代わりに喜多さんの多弦ベースを借り受けることになったが―――ちょうど、ベースに転向することも考えていたのだしWINWINの関係だと思っておこう。

 

 

 

 なんにしても、ここからが本番である。

 

 まずは、最終目標となるライブで演奏する曲のタブ譜のコピーを見せてもらったが、幸いなことに基本的にはシンプルなコード進行の曲で、そこまで難易度的にも高くない。

 

 オリジナル曲ではなく人気バンドの曲で、知っている曲であることもあり、ひとりは当然として、自分でも、その日にタブ譜を渡されても演奏できるレベルだった。

 

 だが、コードを押さえて、しっかりとした音を出す練習から始めることになる喜多さんに、これなら一月で弾けるようになると断言できるほど簡単な曲でもない。

 

 曲のテンポ(クリック)を落とした、ゆっくりとしたスローテンポでの演奏ならば、コードを一つ一つ確認しながら弾けるため、それなら一曲通して弾けるかもしれないが、原曲に近いテンポでは、かなり難しいだろう。

 

 ――――普通ならだ。

 

 良くも悪くも彼女は普通ではない道程を辿っている。

 

 ……全ては、多弦ベースでコードを押さえる練習し続けた成果が、どの程度、身になっているかに掛かっているだろう。

 

 「どうかな?」

 

 喜多さんが、一月で何とかなる難易度の曲なのか、不安そうに尋ねてくる。

 

 「……いろいろなものをすっ飛ばして、この3曲を弾くためだけの練習に全てを注ぎ込んで、ワンチャンかな」

 

 ……既に十分、傷心状態である彼女に、これ以上追い打ちを掛ける事は躊躇われたが、甘い状況ではないという事だけは事実として伝えておかなければならないだろう。

 

 本当なら、始める前から生徒のやる気や、将来の可能性をへし折りかねない冷酷な状況分析を伝えたくはなかったが、自分の時のギターの腕前の成長速度と照らし合わせて考えるとなかなかに困難な状況であることは確かだった。

 

 「……よかった、それなら、まだ何とかなる可能性があるのね」

 

 そんな自分の心配を他所に、喜多さんはホッと心底安心したように笑う。

 

 ――――自分次第で、まだ何とかなる可能性があることを喜ぶように。

 

 ……どうやら、自分はまだ心の何処かで、喜多さんのやる気を嘗めていたのかもしれない。

 

 やってみなければ分からない、それがロックってものだろう。

 

 その事を彼女は誰に教えられるでもなく、始めから知っているようだった。

 

 ………もしかしたら、喜多さんなら本当に間に合わせるかもしれないな。

 

 そんな事を思いながらひとりの方を見ると、同じように教えがいのある生徒に期待するような視線を喜多さんに向けていて―――こちらに気付いたひとりと視線を合わせると、できる限り力になろうと二人で頷き合うのだった。

 

 

 

 ――――――――――そして、練習を始めて2時間後。

 

 

 

 「やっぱり無理ぃぃぃいいー」

 

 喜多さんが崩れ落ちながら絶望するように嘆く。

 

 「Fコード難しすぎ、もしかして不良品?これもベースなの?ちゃんとした音が出ないんだけど?」

 

 「まっ、間違いなくギターです」

 

 初心者にとって、最初にして最大の難関であるFコードの壁にぶつかり現実逃避するように嘆く喜多さんを前に、あわあわと慌てるひとりを横から眺めながら。

 

 ……やっぱ、ダメかもしれんなーと思うのだった。

 

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