ろっく・ざ・らいふ   作:モモサト

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スターリーへ-1(喜多さん視点)

 ……普通じゃない。

 

 何かワクワクして、胸が躍るような、特別な〝何か〟に憧れた。

 

 その〝何か〟とは……上手く言葉にできないけれど。

 

 きっと、憧れの先輩の傍に立てる存在になる事であり。

 

 誰かと一緒に何か一つの事を夢中で追い掛ける、今しかできない特別な時間を過ごす事であり。

 

 そして、自分の想像を超えたドラマチックな〝何か〟が起こる、そんな特別な人生への憧憬なのだろう。

 

 ……言葉にして整理すると途端に陳腐になってしまう。

 

 そんな〝特別な何か〟に憧れていることを……あの日、私は路上で演奏をするリョウ先輩の姿を見た時に気付いてしまったのだ。

 

 それくらい、楽器を持つ姿が様になるリョウ先輩のベースを演奏している姿は、本当に格好良くて。

 

 友達と遊んで、笑って、オシャレして、そんな十分に楽しい毎日に不満はないけれど―――でも、だからこそ、日常の延長線上の楽しさではない―――想像も付かない刺激的な世界が広がっているように見えた「バンド」という非日常の世界に憧れてしまったのだ。

 

 ……一度、その憧れに気付いてしまうと、その憧れを無視する事はできなくて。

 

 何をしていても胸の奥がザワザワと落ち着かなくて、ふとした時にこのままじゃ駄目だと焦燥を覚えるようになって―――その「胸の騒めき」と「焦燥感」は、活動を追い掛けていた先輩の所属するバンドが解散してしまった失意と一緒に、さらに強くなっていった。

 

 ……このままじゃ駄目だと。

 

 もう居ても立っても居られなくなっていた、そんな時。

 

 憧れのリョウ先輩が、新しくバンドメンバーの「ギター・ボーカル」を募集しているのを見て。

 

 ……このチャンスを逃したら、私はずっと憧れているだけで終わってしまうと。

 

 そんな、脅迫概念にも似た思いに突き動かされて、「歌なら得意です」と手を上げて、その場の勢いで「ギターも弾けます」と言ってしまっていた。

 

 そこから、とんとん拍子でバンドへの加入を認められて、憧れの先輩と同じバンドで活動できるなんてと夢心地でいたが―――直ぐに「私、ギター弾けない」という現実に直面する事になった。

 

 慌てて、お父さんにお願いしてお年玉を前借りするという形でギター購入代金を貰うと。

 

 碌に下調べをすることなく、安過ぎず、高過ぎない、リョウ先輩の持っているベースに何処か雰囲気の似ているギター(ギターじゃなかった)に一目惚れして、即決で購入すると、その日の内から練習を開始した。

 

 ギターを弾けないのに、弾けると言ってしまった手前、リョウ先輩たち結束バンドのメンバーの先輩方に練習方法や演奏のコツなどを聞く事はできない。

 

 そのため、ギター初心者向けに書かれたハウツー本やインターネットの情報などを駆使して練習を開始したが、どういう訳かボンボンという低い音しか出ない。

 

 何が間違っているのかも、分からないまま、ともかく本に書いてある通りの練習を我武者羅に続けていると、「5月に家(スターリー)でライブすることが決まったよ。これから練習頑張っていこうね」とバンドとしての活動の話が進んでしまい。

 

 未だに、まともにギターを弾く事もできない状態である私は、「は、はい、頑張りましょうね」と引きつった笑顔で答えることしかできなかった。

 

 それから、これまで以上に必死に教本通り練習している筈なのに、全く上達している手応えが微塵もない。

 

 ――――もう、どうすれば良いのぉおー

 

 と、その焦燥感に頭を抱えている間に、秀華高校での新しい生活が始まってしまい。

 

 新しい交友関係を築いていく。フレッシュな環境のワクワク感だけが、その直面した問題の重さから私を救って(現実逃避させて)くれた。

 

 ……もう独学でギターを弾くのは無理なのではないかと思い始めていた。

 

 入学式の翌日、ある意味、本当の意味での高校生活初日。

 

 まるで、神様が救いの手を差し伸べるように同じクラスにバンドTシャツを着て、ギターケースらしきバックを背負った男子生徒が登校してきたのだ。

 

 その男子生徒、身長は確実に180㎝以上あるだろう長身で、何処か近づき難い風格(オーラ)がある、大人びた雰囲気の同級生だった。

 

 別に特別、老け顔という訳ではないのだけれど、同じクラスに登校していなければ確実に上級生に間違われるだろう、下手すれば制服を着用していないこともあり、軽音部のOBの大学生に間違われかねない貫禄すらあった。

 

 その一目で分かる、只者じゃない感に。

 

 中学3年間クラスが一緒で、高校に入っても同じクラスになった腐れ縁の友人である、さっつー(佐々木次子)は「……登校日初日から制服着てこないとか、また随分とロックな奴がクラスメイトになったなぁ」と呆れ半分感心半分に言っていた。

 

 「そう、そんなに悪い人じゃなさそうだけど?」

 

 「へぇー、お前がそういうなら、そうなのかもな」

 

 何とか、ギターを教えてもらうことができないだろうかと、空いた時間にさりげなく観察していたのだけれど粗暴な所作は微塵もなく、何なら一つ一つの所作に落ち着きがあって、性根の生真面目さのようなものが滲み出ているように見受けられたからだ。―――そういう所が、社会人感を増幅して必要以上に大人びて見せているのかもしれない。

 

 何にしても悪い人じゃなさそうだと分かれば、ギターを教えて欲しいとお願いするしかないだろう。

 

 初対面の人にいきなりお願いするのは、自分でもどうかと思うが、既に手段を選んでいる余裕はない。

 

 駄目で元々、少しでも何かアドバイスを貰えれば御の字だ

 

 流石に、授業の合間の短い休憩時間でお願いするのは失礼だろうし、昼休みにでもお願いしてみようと思ったのだが……他のクラスの友達の所にお弁当を食べに行ったのか、長身のクラスメイトである佐藤君の姿は気付いたら既になく。

 

 意気込んでいただけに肩透かしを食らった気分になったが、それくらいの事で諦める訳にはいかない。

 

 となれば、放課後にお願いするしかない、と。

 

 最後のホームルームが終わった瞬間、佐藤君に事情を説明してお願いすると。

 

 自分でも話していて、どうかと思う理由に、佐藤君は呆れていたようだけど。

 

 佐藤君もバンドを組みたくてメンバーを募集しているからか、私のバンドに憧れて、バンドをやりたいという私の気持ちに強く共感してくれて―――私に本当にやる気があるなら、と―――いきなりのお願いにも関わらず二つ返事で引き受けてくれた。

 

 それどころか、佐藤君の所のバンドの同級生の女の子だというギタリストにまで、声を掛けて練習を見て貰えるように頼んでくれるという。

 

 そして実際に、後藤さんという、人見知りで、少し―――いや、けっこうな頻度で奇行に走ったりするけど、とてもギターの上手くて、可愛いらしい、面白い女の子を紹介してくれた。

 

 同じ夢に憧れた同士として、自分の事のように親身に力を貸してくれた。この恩師のような二人の存在がなければ、私はここまで頑張れなかっただろう。

 

 ……そうでなくとも、佐藤君がギターを貸してくれなければ、練習のスタートラインにすら立てなかったのだし。

 

 ギターだと思っていたものが、ギターじゃなかったと分かった、あの瞬間の事を思い出すと、恥ずかしいやら悲しいやら、きっと一生、忘れられない失敗談になるだろう。

 

 あんなに頑張っていた練習が、空回りでしかなかったという、ショックはなかなかに大きく―――安くない買い物だったこともあり―――残念ながら、笑い話として話せるようには、まだまだ傷が癒えきっていない。

 

 ……むしろ、何なら現在進行形でショックの傷が化膿している感じである。

 

 そんな中々に致命傷であるミステイクから始まった練習生活だが、それまでの空回りしていた練習とは違い、少しずつだけど確実に自分が成長していっている手応えが感じられて―――。これまでの何をやっても微塵も成長の手応えを感じられなかった頃と比べたら、ギターを弾く練習が全然苦にならなくなり、楽しいとすら感じられた。

 

 けれど、それでもライブで披露する3曲を演奏できるようになるまでの道のりは遠く。

 

 頑張るしかないのだと分かっているのだけれど、期日までに間に合わないのではないかという不安に押し潰されそうになって、「もういやー、ギター辞めます」と言ってしまう事も何度もあった。

 

 そんな、せっかく教えて貰っているのに弱音を吐いてしまう私を、二人は見捨てる事無く、根気強く練習に付き合って導いてくれた。

 

 佐藤君は、私がギターを借りてしまっていることもあり、部活の監督のような立場から、私がギターを弾くまでに最低限必要な練習の手順を考えてくれて、焦りもあっていきなり曲の練習に入ろうとする私の無茶を注意しながら、私の練習しなきゃいけないポイントを端的に分かりやすく指摘してくれて―――もう駄目だと弱音を吐いてしまう私に期待して、応援し続けてくれた。

 

 後藤さんも、実際の演奏技術のお手本役として、ギターの弾き方を一つ一つ丁寧に教えてくれて、演奏の通し練習の際は伴奏役として手伝ってくれて―――何より、諦めてしまいそうになる私を勇気づけるように、私のライブでやる曲を何度も弾いて見せてくれた。

 

 私がこんなに手古摺っている曲も、後藤さんが弾くと、いとも容易く弾ける簡単な曲のように見えて、「もう少し頑張れば弾けるようになりますよ」と音色を通して励まして貰えているような気がして―――後藤さんのように、ギターの音色を奏でてみたいと思わせてくれる、私の身近な目標となってくれた。

 

 ……憧れの先輩のいるバンドに入って、バンドをやってみたい。

 

 その憧れが私をここまで頑張らせてくれていたけれど、その頃にはそれだけじゃなかった。―――ギターの事について何も知らなかった私に親身になって教えてくれた、二人の先生に報いるためにも、何とか練習の成果を形にしたいと思うようになっていた。

 

 そのために私ができる事は、練習だけだったから―――ともかく空いた時間に足りない基礎力を埋めるための練習を繰り返し―――その甲斐あって4月の終わりには、ゆっくりとしたテンポならば一曲通して弾く事ができるようにはなった。

 

 ……後は、原曲のテンポで弾けるようになるだけだ。

 

 後一歩、だけど、その一歩が近いようで遠い。

 

 けれど、幸いにも明日から、ゴールデンウィークで学校が休みになり、ギターの練習に集中することができる。

 

 佐藤君も後藤さんも特別何かゴールデンウィークの予定は無いと言っていたから、これはチャンスだろう。

 

 「佐藤君、後藤さん、よかったらゴールデンウィークに強化合宿してみない」

 

 「え?」

 

 「ぅえっ!?」

 

 「なんか、友達の家で集まって合宿とか青春っぽくて楽しそうじゃない」

 

 私が良い事を思いついたと提案すると。

 

 「……あー、うん、そうだね」

 

 血の気が失せたような顔で地面に崩れ落ちそうになっている後藤さんを、横から支えていた佐藤君が、控えめに同意してくれた事で、楽しい強化合宿が決行されることが決定したのだった。

 

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