ろっく・ざ・らいふ   作:モモサト

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スターリーへ2(喜多さん視点)

 初ライブを数十分後に控えた。

 

 ひりつくような空気に、意識して気を付けていないと、体が震えだしてしまいそうだった。

 

 ライブ前の最後の音合わせの練習を終えるまでは、そんなことは無かったのに…。

 

 練習を終えて一口水を口に含み、後は本番を待つだけという段階になった瞬間、急にいろいろな雑念が自分の中に舞い戻ってきたかのようだった。

 

 その雑念が不安なのか、興奮なのか、自分でも判然としないが……きっと、恐らくその両方なのだろう。

 

 これが初ライブ前である私は、当然の事ながらライブ前のルーティーンなど何も持っていない。何もかもが初めての事ばかりで、何かをしていないと座りが悪いような落ち着かなさを覚えてしまう。

 

 その落ち着かなさを誤魔化すように、ライブハウスに併設されたスタジオの椅子に座った姿勢のまま、すっかり手に馴染んだ佐藤君の白いギターを握りしめると、意味もなくその形を確かめるように指を這わせる。

 

 ………不思議な感覚、先輩たちや後藤さんたちも初ライブはこんな感じだったのかしら。

 

 緊張と興奮で、自分の心と体が剥離しているかのようで、体は浮足立ってフワフワとしているのに、意識だけはどんどん研ぎ澄まされていくようで……

 

 一杯一杯になっている私をもう一人の私が、背後の少し高い所から冷静に見下ろしているような……これまで体験したことのない不思議な感覚は、何処か現実感が希薄でありながら、どこまでもリアルだった。

 

 ――――やれるだけの事はやってきた筈だ。

 

 ゴールデンウィークの最終日の音合わせだけでは足りないと急遽、翌日の放課後にもスタジオで音合わせの練習を行って迎えた、今日。本番を想定した緊張感のある音合わせの練習を繰り返したことで、何とかギターを弾きながらでも歌に意識を割いて歌えるようになった。

 

 それも、リョウ先輩のベースと伊地知先輩のドラムが、バンドの音の土台を支えてくれているという安心感があるからこそ可能になった事だ。

 

 リズム隊がしっかりしていれば、バンドが崩壊する事はないとは、伊地知先輩の言葉だが―――その安心感が、私の得意な歌に意識を割く余裕を与えてくれた。

 

 ギターの腕前が、この数日間で劇的に上がった訳ではないけれど、先輩たちの演奏に息を合わせる感覚は、初日の練習時に比べたらずっと安定感が増した実感がある。

 

 また、これまでずっと好きで歌い続けてきた歌の方は、これまでの私のカラオケの延長線上の歌い方ではない、佐藤君のようなバンドのフロントマンとしての歌い方を模索していく中で、後少しで何か掴めそうな漠然とした感覚がある。

 

 先輩たちも歌の方は、凄く良い感じだよと言ってくれたし、少なくとも変な方向に迷走している訳ではない筈だ。

 

 ――――とは言え、所詮、それも全て付け焼刃に過ぎない。

 

 先輩たちに比べたら積み重ねてきたものが圧倒的に足りず、多くの人達に支えて貰って、ようやくステージに立たせて貰っている身であることは、自分自信が一番分かっている。

 

 ――――私は、まだまだ何もかもが足りていない。

 

 ――――だからこそ私にできる事は、ただ今の自分にできる事を全力で出し切るだけだ。

 

 あるのか、ないのか、自分でも信じ切れない。

 

 私の中の特別を信じて、自分の底を曝け出して……。

 

 私を信じてくれた二人の先生(友達)に……。

 

 こんな私を受け入れてくれた憧れの先輩たちに……。

 

 今の私の全力を、皆に見て貰うのだ。

 

 これから全力を出して、自分の底を曝け出すのだと思うと、また体がフルフルと震えてくる。

 

 もし、今の私に何も特別なものがなくて、人が失望してしまうほど私の底が浅かったら、と思うと恐ろしい。

 

 ――――けれど、それと同じくらいワクワクして、興奮するのだ。

 

 特別に憧れた、私の中の憧れという名の熱が、言動力となって私を駆り立てるのだ。

 

 ここから先に、まだ見たこともない光景が広がっているのだと、それ(私の中の特別)をこれから見にいくのだと。

 

 恐ろしいからこそ、ドキドキしてワクワクするのだろう。

 

 その時、椅子の上に置いておいた私のスマホが振動する。

 

 ロインのメッセージの着信を告げるスマホ画面に表示された二人の先生の名前に、スマホを開く。

 

 「ライブハウスに着いた。喜多さんのロックンロール、楽しみにしてる」

 

 「こんな私でもライブができたんです。喜多さんなら絶対できます。喜多さんの〝特別〟を見せてください」

 

 私が結束バンドの一員として認めて貰ってと伝えたら自分の事のように喜んでくれた。私をこの場に立たせてくれた二人の先生からの激励のメッセージに思わず口元が綻ぶのを感じながら、少し考えて「任せなさい」というスタンプだけを返す。

 

 今、この胸の中にある思いを言葉にして返してしまったら、私の中の思いの熱が薄まってしまいそうな気がしたからだ。

 

 これは私の憧れの世界に飛び込む第一歩であると同時に、今は遠い二人の背中に追い縋るための大切な第一歩なのだ。

 

 いつか、あの二人と胸を張って、同じ舞台に立つために……。

 

 ――――やるぞぉ

 

 自分の中の決意を固め直すように、大きく息を吐き出す。

 

 「……喜多ちゃん、緊張してる?」

 

 そんな、深呼吸をするように大きく息を吐き出した私を、心配した伊地知先輩が声を掛けてくれる。

 

 「……はい、少しだけ」

 

 「そっか、まぁ、安心せい、うちのバンドを見に来るのは多分、私と喜多ちゃんの友達だけだし……普通の女子高生に演奏の良し悪しなんて分かんないって」

 

 「わたしは分かる」

 

 「リョウ、余計なこと言わないで」

 

 「あははは、はい、ありがとうございます」

 

 私の緊張を解すように、先輩たちが気遣って声を掛けてくれることに、私は独りじゃないのだと改めて分かって、胸がフワッと温かくなるのを感じてお礼を言う。

 

 「うん、初ライブで、きっと不安とか緊張で一杯一杯だろうけど、ともかくライブを楽しんでいく事だけは心掛けていこう。音ってものすごく感情が乗りやすいから―――細かい技術とかは二の次で、思いっきり歌って、演奏しよう」

 

 「―――はい、思いっきりやります」

 

 見ているこちらが勇気づけられて、元気が出てくるような、明るい笑顔で励ましてくれた伊地知先輩の言葉で、自分のやるべき事がハッキリしたような気がした。

 

 駆け出しギター・ボーカルである私の小手先の技術など、元々たかが知れている。

 

 ならば、この〝挑戦〟を楽しもう。

 

 元より自分の底を曝け出すつもりだったのだ。

 

 であるならば、先輩たちが与えてくれた、このチャンスに自分の全てを全力でぶつけるだけだ。

 

 「うん」

 

 「その意気」

 

 私の返事を聞いて先輩たちが安心したように、満足そうに笑う。

 

 

 

 ――――そんな話をした数分後、「結束バンドさん、出番です」というスタッフさんの言葉が掛かり、私の初ライブの時は訪れた。

 

 

 

 ライブハウス「スターリー」は、地下にステージがある。

 

 外光が差し込まない光源の限られた薄暗い会場の中、唯一、ステージだけが煌々と照らし出されていた。

 

 今までは仰ぎ見るように見上げる事しかできなかった、そのステージに上がると、薄暗いフロアから小さく歓声の声が上がる。

 

 フロアを見ると圧迫感のある会場は、お客が入っていることもあって更に狭苦しく感じられて、その中に伊地知先輩の友達だろう女子高生たちの集団に交じって、私の中学時代からの友達の女の子たちの姿があり、その一番後ろに人込みの中に入っていけなかったらしい佐藤君と後藤さんの姿が見えた。

 

 想像していた通りのポジションにいる、二人の先生たちの姿にクスリと笑ってしまう。

 

 ステージに上がって、二人の姿を確認して、観客を前にした瞬間から、体の中に熱が溜まっていくのを感じる。

 

 「冷静に、冷静に」と自分に言い聞かせながら、ギターをアンプとエフェクターに繋ぎ、軽く音を出しながらリハーサルの時にセッティングした音色であることを確認し、続いてマイクの位置を調整し電源が入っていることを確かめながら―――並行して最後に頭の中で、自分の挑戦するべき内容を整理するように一つ一つ呪文でも唱えるように反芻していく。

 

 ……ギターは、しっかりと先輩たちの音に合わせる感覚を忘れないように。

 

 ……歌の方は、いつものカラオケみたいな歌い方ではなく腹の底から声を出して歌うこと。

 

 ……今の私にできる事は憧れに向かって手を伸ばすことだけだから……。

 

 後藤さんのような、人の心を鷲掴みにするようなギターは弾けなくとも、その凄みの片鱗だけでも込められるように一音、一音、魂を込めるように丁寧に弾いて……

 

 佐藤君のような人を圧倒するような力強い歌は歌えなくとも、あの厚みのある声に少しでも近づけるように精一杯、歌うのだ。

 

 ――――それが、今の私にできる精一杯の挑戦だ。

 

 そう腹を据え直して、準備を整え終わった事を知らせるために、私の事を心配そうに待っていてくれた先輩たちに準備は終わりましたと視線を向ける。

 

 先輩たちはニッと笑うと。

 

 「お待たせしましたー、結束バンドでーす」

 

 バンドのリーダーでもある伊地知先輩が、威勢よくバンドの自己紹介を兼ねた挨拶をする。

 

 そのMCの声を盛り上げるように伊地知先輩がドラムを叩き、リョウ先輩がベースの音色を勢いよく奏でる。

 

 その流れに付いて行きそびれた私は、流石先輩たちは場慣れしているなと感心しながら、本番の時が直ぐそこに近づいてくる興奮と緊張感に、今にも震え出しそうな体を必死に抑えながら唾を飲み込む。

 

 「私達、結束バンドはまだ結成したばかりのガールズバンドです。初ライブなので、少しの失敗はご愛敬ってことで、必死に演奏するので、どうか今日は楽しんでいってください。人気の曲のカバーを3曲演奏するので、多分、皆さんも知っている曲があると思います」

 

 伊地知先輩が、事前に打ち合わせで話していたMCの内容のまとめに入るのを聞きながら、もう本番が始まると体が強張るのを感じて―――。

 

 その時、薄暗いフロアの中、表情はハッキリと見えないが一際身長が高くて目立つ佐藤君と隣にいる後藤さんが、私に期待して、応援してくれている事だけはハッキリ分かって、やるぞと気合を入れ直す。

 

 「それじゃあ、まずは、さっそく一曲目聞いてください、ニュー・オーシャンの『君に届け』です」

 

 カッカッカッ

 

 伊地知先輩のドラムスティックを叩き合わせるカウントの音に続いて演奏を開始する。

 

 何度も練習を繰り返したタイミングで、先輩たちの呼吸に合わせる事を意識しながら丁寧に、けれど大胆に思い切ったストロークでイントロを奏でていく。

 

 メロコアに分類されるアップテンポの軽やかなメロディーを、原曲より少し遅いテンポで奏でながら、ギターを弾き出した瞬間から自分の頭が真っ白になっていることに、頭の片隅に「不味いかも」と警鐘が鳴り響くのを感じた。

 

 出だしのタイミングは間違えなかったし、先輩たちのベースとドラムの音も今までにないくらいハッキリと体で感じ取れている。

 

 けれど、先ほどまでは僅かに残っていた冷静さは全て吹き飛んでしまい。

 

 ただ、本能が命じるままに体が動いているような自分を、自分でも全く制御できなかった。

 

 今まで感じた事がないような感覚に従って奏でている自分のギターの音色は、一音一音の中に熱量にも似た勢いが込められているようで、今の自分にできる最高の演奏ができているような気がするのだけれど―――。

 

 冷静さの吹き飛んだ頭で、何の計算もできないまま、ただ体で感じる先輩たちのベースとドラムの音に縋りつくように、見失いそうなテンポとリズムを追い掛けて奏でている自分の演奏が―――。

 

 ………それが観客席から聞いた時、本当に良い演奏となっているのか。

 

 ………私と同様、練習の時とは少し違うリズムを刻んでいる先輩たちのリズムと、本当に呼吸を合わせられているのか、自分では全く判断できなかった。

 

 ―――頭の片隅で、警鐘音が遠くの方から鳴り響いているのを感じながら―――

 

 チリチリと体の中で熱が荒れ狂っている何かの正体を把握する余裕も、先輩たちとテンポが合わせられているか助けを求めて確認する猶予も無く、ただ必死にギターを弾いている間に歌い出しのタイミングが来てしまう。

 

 「夕焼けの校舎を見納めに振り返り、名残惜しいと君は笑った」

 

 それでも事前に決めていた通り、ただ必死に腹の底から声を出して歌おうとして歌った歌声は、気合が空回りするように声が上ずり、震えていた。

 

 ……まずい、全部、空回りしてる。

 

 頭の中に今度こそ明確に危険信号の音が鳴り響き、一旦でも今までのカラオケの延長線上の歌い方に戻し、ギターも丁寧さに比重を置いた演奏にすべきだ「ブレーキを踏め」と囁いてくる弱気な考えが瞬間的に頭を過ぎり―――

 

 ―――「違う、行け」と、それらを全て蹴飛ばして、自分の中のアクセルを全開で踏み込んだ。

 

 一瞬でも、突っ走る事を辞めようとした自分に腹が立って仕方がない。

 

 ……私の全力を、底を曝け出して見せると決めたのだ。

 

 こんなものが私の本気なのかと、一秒前の私を蹴倒しながら、私の底を私に見せて見ろと。

 

 「退屈だと思った日々も、悪いものじゃなかったと、君が教えてくれたんだ」

 

 体の内外を覆って纏わりついている霞を全て振り払うように、腹の底から声を張り上げた瞬間―――体の中で何かがパチリと嵌ったような感覚がして―――その声は、私の歌声だとは思えないくらい、何かを突き抜けていくように、よく通った。

 

 「いつも一緒に歩いた帰り道、泣きごと言い合う、二人で決めた秘密の合図も、あの時、君が笑ってくれたから特別になったんだ」

 

 これまでギター、ベース、ドラムの演奏の音に掻き消されてしまいがちだった私の歌声が、確かに、突き抜けるように、ライブハウス中に響いている。

 

 「何か一つ願いが叶うなら、積み重ねた今までが嘘じゃないって、笑顔一つで教えてくれる、君のように笑う人になりたいよ」

 

 自分の歌声が体内で力強く反響して、自分の全身から声が溢れ出しているような自分の声の感覚に額がビリビリと震えるのを感じて、偶然でも何でもなく確かに、自分の声がライブハウスにいる全員に、真っすぐ届いていることを再確認してゾワッと背筋に震えが走る。

 

 ………あぁ

 

 その瞬間、こんな時なのに身体の奥底から湧き上がってくる感動に体が震えた。

 

 それは自分の限界だと思っていた、どうしても越えられないと思っていた、大きな壁を突き抜けられたことを実感した、感動だった。

 

 幼い頃から、今まで何度も何度も色んな曲を歌い続けてきた。

 

 その経験は確かに一歩ずつ私を先に進ませ上達させてくれて、友達にも上手いと褒めて貰えるようになった。

 

 ………けれど、それは、同時に自分の歌は、こんなものだという限界を思い知らせる時間の積み重ねでもあった。

 

 だが、そんな限界など私自身が無意識の内に作り出していた枷でしかなかったのだ、と。

 

 私の歌には、まだまだ先があるのだ、と。

 

 まるで目の前の空が晴れ渡り広がっていくような、自分の可能性が広がっていく、そんな感覚に、胸の奥底から熱い何かが込み上げてきて心が震える。

 

 「飾ることしかできない弱い私は、君が見せてくれた本当に救われたんだ。いつか本当の気持ちを君に返したいよ」

 

 Aメロ、Bメロが終わり、サビに入る。

 

 私の中にあるのか、どうかも分からない特別を曝け出してやろう。

 

 私を、この場所に立たせてくれた先輩たちに。

 

 私を、この場所に導いてくれた二人の先生たちに。

 

 こんな私の歌を聞いてくれる、ここにいる人達に。

 

 ……何よりも私自身が見てみたいのだ。

 

 そんな、私の歌とギターを軸にするように先輩たちが、暴走している私の背中を押すように、私にリズムを、呼吸を合わせてくれようとしているのを感じる。

 

 ……なら、もう、これで怖いものなど何もない。

 

 先に進めと、心の震えが命じるままに、私はギアを更に一つ上げて、腹の底から声を張り上げた。

 

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