ろっく・ざ・らいふ   作:モモサト

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注意:オリキャラ多し


ホップ1

 6月に入るや否や北上してきた梅雨前線は、下北沢駅近郊にある秀華高校を飲み込み連日のように雨に降らし続けていた。

 

 分厚い雨雲の存在により昼にも関らず薄暗く、じめじめと肌に纏わりつくような湿気の不快感に、何処か学校全体に陰鬱な空気が漂っているように感じられる。

 

 ―――でも、この学校に今、私たち以上にダウナーな人達はいないだろう。

 

 「はあぁぁー」

 

 「う、うぅぅぅー」

 

 教室棟のある校舎とは反対側にある、化学室などの特別教室のある校舎の階段の踊場に腰を下ろし、お弁当を食べ終えたモト君が溜息を吐き出すのに、同調するように、モソモソとお昼を食べていた私も苦悶の声出してしまう。

 

 「人生ってのは、ままならないもんだな」

 

 「う、うん、やっぱり現実は怖いね」

 

 モト君が、死んだ魚のように淀んだ目をして、うらぶれたサラリーマンのようなことを言うが、きっと傍目には私も似たような表情をしているのだろう。

 

 私とモト君の体から湧き出る陰の気が、周囲一帯の空気を淀ませているような錯覚を覚えてしまう。

 

 ―――といのも、この一カ月間、まったくバンドメンバーの募集が上手くいっていなかったからだ。

 

 一月ほど前は、これから喜多さんに続くように、私たちのバンド活動が本格化していくと希望に燃えていたことが遠い出来事のように思える―――。

 

 これから、楽しいことが始まるような気がしたのだが―――実際は、そんなこと全くなかった。

 

 所詮、陰キャにメンバー集めなどという難事を、果たせると思っていたことが間違いだったのだろう。

 

 けれど、これでも私たちなりに、色々と努力はしてみたのだ。

 

 喜多ちゃんの人脈の伝手を借りて、秀華高校の軽音部の伝手を当たって、新人ドラマーを紹介してもらったり……。

 

 喜多ちゃんのバイト先の伝手を借りて、スターリーにバンドメンバー募集の張り紙を張らせて貰ったり……。

 

 喜多ちゃんが、バイト先の人に聞いてオススメしてくれた、バンドメンバー募集のサイトに募集を出してみたり……。

 

 ―――今、思えば全部、喜多ちゃんの発案だった―――

 

 そういうとこだぞ。そんなんだから、駄目なんだ―――と更に自己嫌悪に沈むことを何度か繰り返し。

 

 「「はぁぁぁー」」

 

 モト君と私は、シンクロしたように大きく溜息を吐き出した。

 

 就職活動に全敗し続けた就活生とかも、きっとこういう思いをしているのだろう。

 

 もし、このままバンドを組めなかったりすれば、私も就職活動をしなければいけなくなって、書類選考で散々ぱら落とされ続けた挙句、ようやく面接に進めたと思っても面接でまともに話せない私を見て、容赦なく落とされ続ける事になるだろう未来が容易に想像できて―――「ぎゃぁぁぁあー」と悲鳴を上げてしまう。

 

 「おーい、ヒト、戻って来ーい………駄目だ、こりゃ」

 

 ―――本当に、本当にリアルは、怖い。

 

 そう思うに至った、ここ一カ月の顛末を改めて思い出す。

 

 

 

 始まりは、喜多さん経由で「結束バンド」の先輩たちに、「ドラムかベースを演奏できるフリーの知り合いがいたら紹介し欲しい」と、お願いしたことだった。

 

 しかし、残念ながら先輩たちも、まだまだ駆け出しバンドマンで、紹介できるような知り合いはいないらしく、答えは芳しいものではなかった。

 

 そこで、困ったなと頭を悩ませる私たちを見て、喜多さんが高校で新しくできた友達の友達の伝手を頼るという、私のような陰キャには考えられない高度な人脈戦術を駆使して紹介してくれたのが―――菊池巧(きくちたくみ)君という同級生の男の子だった。

 

 菊池君は、高校入学を機にバンドをやってみたいと軽音部に入った、元野球部のスポーツ少年らしい少しお調子者の男の子で―――何となくノリが合わなさそうな予感はしていたのだが―――考えてみれば私と素のフィーリングの合う人の方が少ないので、そこは大して問題にはならなかった。

 

 事実、菊池君は、ジメっと成分の多い根暗な私たちを敬遠するでもなく、親しげに接してくれた気がするような、しないような……ともかく私はともかく、モト君とは何処か波長があったのか、それなりに楽しそうに談笑していて、手応えは悪くなかった筈なのだ。

 

 もともと菊池君は、軽音部に入ってギターか、ベースをやりたかったらしいのだが、新入部員同士でバンドを組まされた際、パート(楽器)の振り分けを決める、じゃんけんで全敗した結果、ドラム担当になってしまったらしい。

 

 それは、それとして受け入れているが、どうしても竿物(ギターか、ベース)への憧れが捨てられず、軽音部でのバンド活動とは別に竿物を演奏させてくれるならと喜多ちゃんの友達経由の勧誘を受けてくれたようだった。

 

 こちらとしては、今はともかくメンバーが欲しいので、掛け持ちでも全然構わないと、その条件を呑み、ギターでもベースでも、どちらでも好きな方をやってくれていいと太鼓判を押したのだ。

 

 ドラムの練習をしながら、ギターかベースの練習までしようとは、流石は元運動部というだけあってやる気があるというか、バイタリティーが凄いなと、感心したくらいだ。

 

 それで、とりあえず実際にお互いの実力を確認してみようと、菊池君には一旦ドラムを担当してもらい―――セッションをしてみたのだが………。

 

 そこで、少しばかり、やり過ぎてしまったらしい。

 

 ギター=私。

 

 ベース・ボーカル=モト君

 

 ドラム=菊池君。

 

 という初めてスリーピースで組めた仮初のバンドにテンションが上がってしまい。

 

 私とモト君が全力で演奏し、歌った結果。ドラム初心者の菊池君を完全に置いてきぼりにしてしまったのだ。

 

 その時は、菊池君も喜んでいたように見えて、「本当に凄い、これならプロだって夢じゃない」と興奮したように言ってくれていて、和やかに練習を終えることができたのだが―――。

 

 学校でモト君が「次、何時一緒に練習しようか」と問い掛けたところ。

 

 「あー、その、よく考えたんだけどさ、二人とこれから一緒にやっていける自信がないんだ、だから今は軽音部でドラムに集中したい」とバンド参加を断れてしまった。

 

 その上、「他のメンバーを紹介しようにも、うちの軽音部じゃ、誰も二人に着いて行けないからさ―――下手に二人の事を紹介したら、二人の取り合いで、ようやく固まってきたウチのバンドが全壊しかねないから」と申し訳なさそうな顔で、部員へのこれ以上の勧誘も釘を刺されてしまった。

 

 「二人がバンドを組んだら絶対に見に行くから、二人はもっと本気で上を目指せるメンバーを探してくれ―――それでさ、俺がある程度上手くなったら、いつか二人と一緒に、またセッションしてくれよな」という応援の言葉と共に、謝絶されてしまった。

 

 それが果たして、言葉通りの意味だったのか、就職活動のお断りの時の「お祈り」メッセージの類だったのかは分からないが、これがメンバー募集の一敗目だった。

 

 

 

 

 次いで、喜多ちゃんの紹介で、ライブハウス「スターリー」にバンドメンバー募集の張り紙をさせてもらったのだが、ありがたいことに―――私とモト君の作った募集の張り紙は彩りが全くない白黒の紙面で、怪しい求人広告のような内容であったことを心配した―――喜多さんと、結束バンドのドラムである伊地知先輩こと虹夏ちゃんが、なんか良い感じで作り直してくれたらしく。

 

 募集の張り紙をして5日後には、一人声を上げてくれた。

 

 それが、これまで組んでいたバンドが解散してしまって、新たにバンドを組む面子を探していたという一つ年上の高野絵里さんというベーシストの女性だった。

 

 顔合わせの場所にポスターを張らせて貰っていたライブハウス「スターリー」ですることになり、喜多ちゃんがスターリーでバイトを始めていた伝手を借りて、会場前のスターリーで落ち合うことになった。

 

 その対価として―――バンド活動に纏わる悲喜交々を目の前で見られるのがライブハウスオーナーの特権だと豪語する、ヤンキーっぽくて怖い雰囲気のある店長さんとPAさんに少し離れた場所から見守られ(野次馬され)ながらの面談となったが―――それくらいは場所を貸してくれる対価と思えば安いものだろう(とモト君は言っていた)。

 

 それに、その見返りではないが、仲介役として圧倒的なコミュ力強者の喜多ちゃんと―――実際に対面して話すのは初めてだが、人当たりの良い伊地知先輩こと虹夏ちゃんが同席してくれることになったので、少なくとも面談がお通夜のような暗い雰囲気になることはないだろう。(もう一人の結束バンドのメンバーである山田先輩は、自由な人らしく、気分が乗らなかったから来なかったらしい)

 

 ただ、前回の失敗を活かしてモト君と一緒に、パリピアピールで場を盛り上げるために星型のサングラスを掛けることを計画していたのだが―――その必要はなくなってしまったことだけは少し残念だった。

 

 ―――そんなこんなで、初めて顔を合わせた高野さんは、バンドをやっている人に共通する、何処かグイグイ前に出てくる、目立ちたがり屋な部分が全く見えない―――どっちかって、そういう目立ちたがり屋な人を冷めた目で見ていそうな、眼鏡の似合う綺麗な大人っぽい落ち着いた雰囲気の女性だった。

 

 勧誘者代表としてモト君が、メインで話を進める形を取りながらも、喜多ちゃんと虹夏ちゃんが専ら横から話を広げてくれたお陰もあって、和やかな雰囲気で進められた面談の中で聞くところによると。

 

 ポスターに書かれた私たちの仮バンド名「ネック」という名前の響きに、何かピンとくるものを感じて応募してくれたという高野さんは、中学生の時に幼馴染の目立ちたがり屋な女の子にバンドをしようと誘われてベースを初めたらしい。

 

 そして、そのギター・ボーカルをやっている幼馴染と一緒に高校の軽音部に入ってバンドを組んで1年くらい活動していて―――ここスターリーでも何回かライブをしたこともあったらしいのだが―――その活動に限界を感じてしまったらしい。

 

 「私は楽しくやれれば良かったんだけどね」

 

 そう苦笑する高野さん曰く、中学の頃から楽器の練習をしていた高野さんと、目立ちたがりの幼馴染さんは軽音部の新入部員の中では上澄みの実力者で―――それもあって前のバンドメンバーは同学年の中でも一番センスと実力のある厳選された面子だったらしい。

 

 「けど、何か超えられない壁みたいなものを感じちゃったみたいなの……高校生のバンドなんだし、私は皆で納得のできる演奏ができればそれで良かったんだけど―――他のメンバーたちは、それじゃ物足りなかったみたいでね。

 もともと目立ちたがり屋の集団みたいなメンバーだったから、バンドに華がないのはボーカルが悪いからだって、キーボードの子がボーカルを代われって言い出して、喧嘩になっちゃって……」

 

 「あー、あるあるだねぇー」

 

 伊地知先輩が苦笑しながら相槌を打つが、なんとなく情景が思い浮かぶ。

 

 横から口を挟んできた店長さん曰く、「優秀な奴さえ集めりゃ上手くいくって訳じゃないからな、バンドって奴は」とのことだ。

 

 「で、結局、人間関係が拗れに拗れてバンドは解散―――それがショックだったみたいで、幼馴染の子は、もうバンドはしないって言っててね―――私も、もうバンドは良いかなとも思ったんだけど―――やっぱり私、音楽が好きみたい」

 

 そう寂しそうに、何処か諦めたように笑う高野さんの笑みを見ていると何となく、分かってしまう。

 

 誘った方と、誘われた方という違いはあれども、幼馴染を巻き込んでバンド(音楽)を始めた立場だからこそ―――きっと高野さんは、今も本当は幼馴染の子とバンドを続けたいのだろうなと分かってしまった。

 

 高野さんは、「人間関係が拗れに拗れて」と笑い話であるかのように装って軽く言っていたが、きっと幼馴染さんを、バンドを守るために本当に心身をすり減らしたのだろう。

 

 ―――本当に、それでいいのだろうかと思いながらも、私なんかが下手に口を挟んでいいのだろうかと悩みながらも、口を挟もうとした時だった。

 

 バン

 

 ―――とスターリーの扉を押し開ける音がして、入って来た前髪の一部を赤く染めるメッシュを入れた髪型の派手目のギャルっぽい女の子が、「エリ」と悲鳴にも似たような叫び声を上げる。

 

 「なんで、私を置いてバンドなんて組もうとしてるのよ!?」

 

 「―――貴方が、もうバンドなんて組まないっていったからでしょう!?」

 

 「それは、そうだけど……そこは分かってよ、微妙な女心をさ―――バンド解散してまだ半年も経ってないんだよ。そんな直ぐ、次って行けないじゃん」

 

 「あー、もう、貴方のそういう面倒臭い所がね、解散の一因だったって事が分からない訳」

 

 そんな、私たちを放置して高野さんと、話に出ていた幼馴染さんだろう女性は言い合いを初めてしまった。

 

 私はアワアワと見守るしかなかったが、モト君が物理的に二人の間に割って入って、喜多ちゃんと伊地知先輩がそれぞれ宥めることで、何とか一旦は場を落ち着けることに成功した。

 

 けれど、そんな言い合いをしながらも、何処かスッキリした顔をしている二人を見て、先ほど間の推測が、ただの邪推ではなかったのだと確信が持てた。

 

 「……あ、あの、そ、それならお二人で一緒に入りませんか?」

 

 だから二人のために、どうすればいいのかと考えて、思わずそんな提案してしまう。

 

 「「えっ?」」

 

 「そ、その、お二人共、お、幼馴染同士で、ま、まだバンド一緒にしたいんじゃ、な、ないかなって、お、思いまして―――あっ、ち、違ったら、す、すいません」

 

 それまで、ほとんど黙っていた私が、いきなり口を開いたことに言い争いをしていた二人は驚いたような表情を浮かべるのを見て、私は余計な事を言ってしまったかもと、恥ずかしくなって口ごもりながら俯いてしまう。

 

 そんな私を褒めるようにモト君は、俯いていた私の頭に手を置いて褒めるように一度撫でると、何処か優しい声で励ますように二人に語り掛ける。

 

 「―――ですね、うちのバンドはメンバー足りてないんで、その幼馴染さんの方がサイドギターをやってくれるなら大歓迎ですよ。うちのリードギターは、ヒト以外考えられないんで流石に譲って上げられないですけど―――それで良かったら一緒にやりせんか?

 俺は、幼馴染のコイツにバンドを一緒にやろうって言われて———驚いたけど感謝しているんです。本気でやりたいことを―――夢をコイツに貰ったから―――だから、もし高野さんが俺と同じようなことを少しでも感じているのなら、今度は高野さんの方から幼馴染さんを俺達の方に引っ張って、巻き込んで夢を見せてあげたら良いんじゃないですか?」

 

 「それは、でも―――」

 

 「バンドのメジャーデビューみたいな大それた夢じゃなくていいんです。高野さんと話していて、高野さんの夢はそんなものじゃないんだろうなってのは分かりますから―――ただ、正直に思っている事を話せばいいと思うんです。

 ―――だって本当に魅力的な夢っていうのは、夢の内容でも、デカさでもない。夢見る人の夢見る顔に魅せられた時にこそ感じるものなんですから―――一緒に音楽をやっていたい、音を合わせるのを楽しみたい、それが高野さんの心からの願いなら、それで十分だと思うんです。

 ―――それが大事な幼馴染の夢なら応援しないでいられないってのが、腐れ縁って奴なんじゃないかと思うんですよね―――意外と夢破れたばかりの幼馴染さんには、それくらい身近な目標の方が受け入れやすいかもしれませんよ」

 

 「「………」」

 

 モト君の話に二人はお互いの顔を伺うように見詰め合う。

 

 「―――それで、もし、やる意味がないなんて拗ねたことを言うようなら二人で、俺達の所に来てください―――その時は、俺達がデカイ夢を見せてやりますから」

 

 モト君が不敵に笑う、その姿に私は何度でも夢を見てしまう。

 

 「ふふっ、そうね、ありがとう―――私は佳代(かよ)と―――幼馴染と一緒に音楽したい―――うん、そうね、ごめんなさい、私はまず佳代としっかり話てくるわ」

 

 「―――ん、ありがと」

 

 「はい、良い返事を待ってます」

 

 そうして何か覚悟を決めたような顔をして立ち上がりスターリーを出ていく高野さんと、その後をチョコチョコと着いていく幼馴染さんの佳代さんを見送って―――無言でサムズアップしてくる、店長さん、PAさん、喜多ちゃん、虹夏ちゃんたちに、モト君は苦笑しながら、私はオズオズとサムズアップを返すのだった。

 

 その結果、高野さんは幼馴染とバンドを組み直し、気御心の知れたメンバーだけを集めたスリーピースバンドを組み直すことになったので、バンドには参加できないとお断りの返事を貰ってしまった。

 

 今度は、高野さんがボーカルをする事になったらしいと、喜多ちゃん経由で聞きながら「バンドを組んだら絶対に応援に行くから、私たちのバンドのライブも今度見に来て」という言伝を貰う事になった。

 

 ―――良い所に落ち着いたと思えば喜ばしいのだけれど、結果的には幼馴染同士の痴話喧嘩に巻き込まれただけだった、2敗目だった。

 

 

 

 

 そして最後の手段として、バンドメンバー募集の総合サイトのようなところで、ネットでメンバー募集の告知を出したり、メンバー募集している所で良い所がないか探してみたりしたのだが………これが難しかった。

 

 基本的にバンドメンバーを募集しているのは、社会人くらいの年齢の人が大半で、探していけばインディーズで活躍していたり、セミプロレベルで活躍する人がいたりするのも特徴だ。

 

 それだけに募集求人の大半が18歳以上と書かれている所が多く その上、同年代の人が出している求人なんかを見付けても、大半がギター・ボーカル志望で、私たちとパートが被ってしまう求人ばかりで―――なかなか、どうして、何処かのバンドのメンバーに組み入れてもらう事は難しそうだった。

 

 そんなこんなで、同年代という縛りを外して、メンバー募集の書き込みをして、デモ音源付きで募集をかけたところ―――ありがたい事に僅か募集求人を出して2日間の間に4件もの申し込みがあった。

 

 

 

 どうも私たちのデモ音源の歌とギターの実力を認めてくれた人が一定数いたらしい。

 

 さっそく、申し込みをしてくれた人たちと顔合わせをしてみることにした。

 

 一人目は、下北沢駅前で会う約束をして落ち合った、見た目は怖そうな24歳フリーターだと名乗る、募集サイトで使っていたアカウント名のジャッキーという名前で呼んでくれと名乗るベーシストの男の人だった。

 

 モト君の歌声に痺れてバンドを組みたいと思ってくれたという、剃り込みの入った気合の入った髪型が印象的な男の人で―――えっ、こんな人と一緒にバンド活動やるのは無理だと逃げ出したくなってしまったが、話してみると意外と丁寧な話し方をする人だった。

 

 ベースの腕前もなかなかなもので、それに「定職に付いてねぇーから、時間の融通は利くんだわ」と笑うに笑えないジョークを言っていたが、フリーターとはいえ大人だけあって気前よくスタジオ代と昼食を奢ってくれた、豪快な人だった。

 

 もともと、高校、大学とバンドを組んでいた経験もあるというのも頼もしい人材で、ドラマーにも心当たりがあるという。

 

 何より「モト君の声なら絶対にテッペン取れる」と強く押すことから分かるように本人のやる気も申し分ない。

 

 見た目こそ怖いが、高校生に比べたら経験も実力もある。

 

 正直、仲良くなって、ずっと一緒にやっていけるタイプかと言われると自信はないが、これくらいヤンチャそうなメンバーがいた方が、バンドの世界の荒波を乗り越えていけるかもしれないという頼もしさも感じられた。

 

 とりあえずは、他の申し込みをしてくれたメンバーとの相性などを見てから判断しようということで、お試し期間の仮メンバーとしてジャッキーさんを迎え入れることになったのだが…。

 

 次の申し込みをしてくれたメンバーに、ジャッキーさんも一緒に会いに行く約束をしていたのだが―――その場にジャッキーさんが現れず、どうしたのかと思ってジャッキーさんの携帯電話に電話を掛けると―――何故かジャッキーさん(本名:重尾健太さん)のお母さんが出て、ジャッキーさんは「白い粉」の吸引で捕まり警察にお世話になっているという話を聞かされてしまった。

 

 今回が2回目の逮捕で実刑は確実だろうと、泣きながら話すお母さんに、「大丈夫です。出所したら是非、自分たちに電話ください」と慰めにもならない声を掛けることしかできず―――ジャッキーさんのメンバー入りは自然消滅してしまった。

 

 そして、横浜駅で顔合わせをする約束をしていたミルキーさん、女性(年齢不詳)も何故か約束の場所に現れず、何度か募集サイト経由でメッセージを送信してみたのだが、全くリアクションがなく。

 

 ―――2時間ほど粘って待ってみたが、全くの音信不通で、どうやら目出度くバックレられてしまったらしい。

 

 

 

 そして3人目は、言ってしまえば私のファンの女の子だった。バンド募集の時に出したデモ音源だけで、どうやらギターヒーローの演奏だと気付いたらしい。

 

 池袋で顔合わせをした可愛らしい中学生の女の子3人組に出会って早々、ギターヒーローさんですかと尋ねられ、何と答えればいいかと悩んでいる内に―――私の演奏を聞いてギターを始めたという女の子の言葉に思わず顔がニヤケテしまったことで、ギターヒーローだとバレてしまった。

 

 実際に、ギターヒーローがバンドメンバーを募集していると一部の私のファン界隈では話題になっていたらしく―――その情報を見て私のファン一号的な少女である園田美和ちゃんは居ても経っても居られずに応募してくれたのだという。

 

 本当に私のファンなのか疑わしいほど小動物的な可愛らしさが溢れている少女で、ほかの二人の女の子はミワちゃんを心配した付き添いだったのだという。

 

 まさか、オリジナル曲を歌った訳でもないデモ音源だけで、ギターヒーローに辿り着かれとは思わなかった。

 

 ―――ま、まぁ、こ、これで私、OH!TUBEの登録者数が8万人を超えているからねと心の中の商人欲求モンスターが歓喜の声を上げて満たされているのを感じるが―――喜んでだけもいられない。

 

 私が身バレしたところで、たいしたことはないだろうが、せっかくギターヒーローに憧れてくれているファンに、実物の私を知られてガッカリされることだけは、何としても避けたかった。

 

 実際問題、埼玉県内在住で現在、中学二年生のトワちゃんをバンドメンバーとして迎え入れるのは、距離的、金銭的な面で難しい。

 

 この前、高野さんの勧誘をした時、スターリーで伊地知先輩が、バンド活動について説明してくれたのだが、とにもかくにもバンド活動にはお金が掛かるらしい。

 

 それを考えると中学生のトワちゃんでは、距離的な問題があり、スタジオ代やライブ代などの負担分配を考えると難しい。

 

 ならば、年下で小動物チックなトワちゃんが―――ギターヒーローの硬派なイメージで、コミュ障を発揮しているだけの私を、やっぱり寡黙なクールキャラなのだと誤解してくれている内に―――円満に別れられるようにしたかった。

 

 そんな、私なんかのファンだと言ってくれるトワちゃんに、実際の私は唯のコミュ障のボッチだと知られたくないという小さな見栄を汲んだ―――モト君が、本格的なバンド活動していくためには、遠方の中学生をメンバーに入れることは難しいのだと諭すように謝絶してくれた。

 

 けれど、その話を聞いたトワちゃんが、ガックリしてしまっているのを見て―――どうにも非常になれず。

 

 「高校生になった時、まだやる気があったら、もう一度申し込んで」と口約束をしてしまい、「本当ですか」と喜ぶトワちゃんを相手に否などと言える筈もなく、将来の自分に問題を丸投げするのだった。

 

 その後、せっかくだからと近くのスタジオを借りて、トワちゃんのリクエストに答えて私たちの演奏を披露したり、トワちゃんと一緒に演奏したりして―――トワちゃんが想像以上にレベルの高いギタリストであったことに危機感を感じたり、モト君がトワちゃんのお付きで来ていた女子中学生の子を歌で虜にしてしまったりと色々あったが、ファンと交流できて、新たなファンができたと思えば悪い事ではなかっただろう。

 

 

 

 そして4人目こそが一番の問題の元凶で、私がギターヒーローだということを知って、その知名度を利用したいと企むイケイケの男の人で———詳細を語る気も起きないが―――モト君を捨てて自分のバンドに来いというのを断るのに酷い労力を使う羽目になったのが、つい昨日のことだった。

 

 バンドメンバー募集サイトでメンバー募るのは、もう止めよう―――っていうか、もうメンバー募集とか止めて良いんじゃないかなとすら思えるくらい、疲れる出来事だった。

 

 もうドラムやベースの音源は宅録で、やっているみたいに打ち込みでいいのではないかとすら思えてしまう。

 

 それか、ライブをやる時だけ、助っ人を呼ぶかだ。

 

 実際に喜多さんや伊地知先輩が所属する「結束バンド」も、もう一人ギターを追加したいとメンバーを募集しているようで―――次のライブまでに募集が間に合わなかったら私に助っ人でギターを弾いて欲しいと言われていたのだ。

 

 ―――逆に私たちがライブする時、ドラムがいなければ助っ人として出て上げてもいいよ、と虹夏ちゃんが言ってくれているのだし、私がギターで、モト君がベース・ボーカル、ドラムを虹夏ちゃんに叩いて貰ってライブをすればいいのではないか。

 

 ……もう、そうしちゃおうかな、知らない人と会うのは怖いし

 

 ―――虹夏ちゃんは優しいし。

 

 ―――そう思うのだけれど―――どうしても心の片隅で、自分のバンドのオリジナルメンバーというものへの憧れを捨てきれない。

 

 ……どうしてだろう? どうして私はそんなにバンドを組みたいのだろうと自問自答するようにボーっと考えていると。

 

 「あっ、いた。探したのよ、ハジメ君、ひとりちゃん」

 

 そんな私とモト君という根暗二人組による相乗効果で、生み出していた暗黒空間を切り裂くようにキターンと輝く喜多ちゃんが現れた。

 

 「聞いて、実はね、リョウ先輩から凄い情報を手に入れたのよ。何でも、明日香さんっていう凄いベーシストの人が今フリーなんですって―――高校3年生で受験シーズンに入って、それまで組んでいたバンドが解散しちゃったかららしいんだけど―――その明日香さんって人はバンドの中でも飛びぬけて上手くて、ご両親もプロの音楽家だっていう、サラブレットみたいな人なんですって―――そんな人が、二人のバンドに入ってくれたら、きっと凄い事になるわ」

 

 そう満面の笑みを浮かべて、いつものように私たちのバンドの事を自分の事のように考えて応援してくれる。

 

 ―――ああ、そうかと、その笑みを見て先ほどまでの疑問が腑に落ちる。

 

 私は、こんなに応援してくれる喜多ちゃんの期待を裏切りたくなくて―――。

 

 そしてバンド活動を本気で心の底から楽しんでいる、喜多ちゃんみたいに―――尊敬できて、一緒に頑張っていきたいと思える―――そんな誰かとバンドを組んでみたいって憧れていたんだ。

 

 一緒に演奏して、音楽を作っていく楽しさをモト君と一緒にやることで知って……。

 

 喜多ちゃんのライブを見て、仲間と支え合い、作り上げた音を聞いて、もっとそんな仲間が増えたら楽しさももっと増えるのだと教えて貰って―――。

 

 私の音楽は、もともとコミュ障な私にできる精一杯の自己表現で、誰かと繋がるための手段で、コミュニケーションを取るためのものだったのだから―――。

 

 誰かと一緒に演奏をしたい、誰かと一緒に音楽を紡ぎたい、その喜びを誰かと共有したいというのは、私の根源的な願望で―――それは少し嫌なことがあったくらいでは捨て去ることができないくらい、強いものだったのだ。

 

 「この勧誘競争に乗り遅れる訳にはいかないわ―――何処かで明日香さんと会えないか探してみるから、ハジメ君も、ひとりちゃんも心の準備しといてね」

 

 「「あっ、はい」」

 

 その喜多ちゃんの勢いに押されるように私とモト君は頷いて、顔を合わせると何だか笑ってしまう。

 

 さっきまでの暗い気持ちが何処かに飛んで行ってしまうくらい、喜多ちゃんの行動力は凄まじい。

 

 「……まっ、やるだけやってみるか―――せっかく初めてのバンドメンバーを集めようって無茶してんだ、一回くらいは高嶺の花に粉かけとかないとな」

 

 「ええ、二人の実力を見たら絶対に受けてくれるわ」

 

 モト君が、開き直ったように笑うと、喜多さんは力強く応援してくれる。

 

 そんな二人の姿を見て、私も覚悟を決める。私にできることは何でもしよう、私の手持ちの札は全て使ってでも何とかしてみせる。

 

 ギターヒーローが、バンドメンバーを募集しているというのが話題になってから、バンドを組みたい、コラボしたいといったコメントやメッセージが幾つも届いているのだ。

 

 これまでは、そういうメッセージにどう応えていいのか分からず、私の泣けなしの自尊心の拠り所であるギターヒーローの本性が、根暗で陰キャであるという本性が暴かれるのが嫌で、リアクションは返してこなかったが、ここまで喜多さんがやってくれているのだから、私もできることは全てやろう。

 

 ―――とりあえずベースに候補者ができたのなら―――

 

 私は、ギターヒーローのアカウントを使ってでも、ドラマーを見付けてみせる、そう決意を静かに固めるのだった。

 

 

 

 そして、その日の夜、いつものように私の家でモト君と一緒に夕食を食べて、バンドの練習をみっちりやって家に帰るのを見送ってから部屋に戻ると、動画投稿などをしているパソコンを開く。

 

 ギターヒーローの私宛にバンドを一緒にやろうと申し込みをしてくれていた人の中から、モト君と一緒に相談して目星を付けていた、同じ有名バンドの曲のカバー動画を上げている同い年くらいのドラマーの女の子にメッセージを送るためだ。

 

 モト君曰く、「……なんか一部の人の性癖にぶっささりそうな奴だな」というキャラの濃さが際立つドラマーだが、私と同時期にOh!Tubeのチャンネルを開設し、これまで200本近い、叩いてみた動画を上げている、間違いなくやる気と人気、実力も併せ持つドラマーだ。

 

 同時期にチャンネルを初めた筈なのに既に彼女はチャンネル登録者10万人を突破しており、それだけ注目を集めている事は素直に凄いなとは思うのだが―――その人気の方向性が少し特殊で、だからこそ私とは活動方針が真逆であるように見えて―――

 

 ……そんな人気の人に近づいて炎上するのも怖いし、そんな人気の動画投稿者である彼女にギターヒーローは陰キャだと世に知らしめられる事が恐ろしくて―――モト君の無理をしなくていいと言う言葉に甘えて見送っていたが―――覚悟を決めた以上やるしかない。

 

 モト君に相談してしまうと、「無理をしなくて良い」という言葉に甘えてしまいそうになるから、ここは私一人で話を進めるべきだろう。

 

 この強烈な個性を持つドラマーを勧誘するのに相応しいグレートで、且つバンドに入りたいと思って貰えるような、明るくて、フレンドリーなお誘いのメッセージを送るべく、推考に推考を重ねること3時間。

 

 なんだか、色々なものを見失っているような気がしないでもないが、バンドに入りたいとメッセージを送ってくれたドラマーの子に、これしかないという渾身の返信を返すのだった。

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