まずはお互いに練習をして人前に出ても恥ずかしくないように練習をみっちり頑張ろうと、文化祭のライブは1年の時は参加を見送ると、ひとりはギターの練習を始めた時の熱意のまま、いや、それ以上に何かにのめり込むようにギターの練習に情熱を注ぎ込んだ。
自分は、部活の柔道部で体を鍛えながら、夜はひとりが売れ選のバンドの曲を片っ端から弾けるように練習している伴奏に合わせながら歌を歌い、お母さんに買って貰ったギターをひとりに教えて貰いながら練習する。
そんな1年間を過ごしながら、自分は戦慄を覚えていた。
相変わらず自己主張が苦手で筋金入りの陰キャであるひとりだが、本当にギターを弾く事が楽しくて仕方がないのだろう。
自分がようやく拙いながらもギターのメジャーコードとマイナーコードを一通り覚えて簡単な曲くらいなら弾けるようになった頃には、ひとりはもう難易度の高い曲をも弾きこなし、そこに自己流の表現のようなものを滲ませることができるようになっていた。
好きこそものの上手なれとはいうが、この成長速度は、この表現力の豊かさは異常だ。
同じようにギターの練習を始めたからこそ、ひとりの努力の跡が、その才能の凄さが分かる。
相変わらず学校では一人で、昼休みなどは自分と一緒に図書館で、本を読んでいるような物静かな少女がギターを持って、演奏を始めた瞬間に別人に変わる。
言葉にできない思いを叫ぶように、雄弁にそのギターは喜びを、悲しみを、怒りを、寂しさを、時に繊細なほど優しい音色で、時にシャウトするように力強く、音を歪ませ掻き鳴らすのだ。
その圧倒的な演奏を見ていると自分は、こんなに本気になって何かに打ち込んだ事があっただろうかと、胸の中が掻き毟られるような焦燥を覚える。
今やっている柔道だって、この妹のような幼馴染を守れるような強い人間になりたいと思って始めて、自分なりに真剣に打ち込んできたが、目の前の少女と比べてどれだけ本気だっただろうか。
柔道の練習するのは、部活の練習時間なだけである自分と比べて、ひとりは学校以外の全ての時間をギターに捧げていると言っていい。
そうした自分とひとりの在り方を比べた時、自分が酷く中途半端な存在のように思えた。
そして、本気で打ち込んでいるひとりに対して失礼なのではと思うと同時に、男として、兄として自分が恥ずかしくなった。
「えへへへ、どう、モト君、さっきのは自分でも上手く引けたと思うんだけど?」
売れ選のパンクロックの激しいギターの早引きを完璧に弾いてみせた、ひとりが自分の演奏に満足そうに笑いながら、褒めてほしそうに尋ねてくる。
「ああ、相変わらず、本当に上手かったぞ、もう元の曲との違いが分からないっていうか、生で聞いている分だけヒトの方が凄いんじゃないかってくらいだ」
「えへへへへへ」
自分が拍手をしながら告げた、惜しみの無い賞賛の言葉に、相好を崩すひとりを見ていたら自然と覚悟は決まった。
「……よし、決めた」
「どうしたの?」
「ああ、俺、今度の夏の大会を最後に柔道部辞める……それでヒトのギターに負けないボーカルになるために、本気で歌の特訓をするよ」
「うえぇぇぇぇえ?」
自分の返事にひとりが顔面を崩壊させながら驚きの声を上げる。
「そ、そんな、あんなに頑張ってたのに止めるなんて」
「いいんだ」
「でも、私なんかの」
「いいんだよ、それに私なんかなんていうな、ヒトのギター本当にそれくらい凄いんだ。妹分がそんだけ頑張ってるんだ、兄貴分を気取ってる俺がその頑張りに応えてやらないなんて、そっちの方が男が廃るってもんだ」
そう笑ってやるとひとりは嬉しそうに、申し訳なさそうに、窺うように此方を上目遣いに覗き見てくる。
「本気でさ、二人でバンドをやってみようぜ?俺もヒトみたいに本気でバンドのために歌を練習するからさ」
「……モト君の本気―――」
その自分の言葉に、ひとりは戦慄するようにゴクリと生唾を飲み込むと、何を考えたのかあわわわとパニックったように顔面を崩壊させる。
「おい、ここは良い感じに、やる気を出してもらいたいとこなのに何、ネガティブモードになってるんだよ?」
ひとりが液状化するようにグッタリと床に倒れ伏せながら絶望するような表情をするのに、結構、覚悟を決めて話したのにと恥ずかしくなりながら軽いデコピンを何発も浴びせながら復活させる。
「今でも凄いのに、モト君が本気になって歌ったら、わ、わわ、私なんて直ぐに捨てられちゃう」
「なんだ、そりゃ……俺は、お前に追いつくために歌の練習をしようっていってんだから捨てられる心配するのは俺の方だろう。それに、俺の歌なんて、そんなたいしたものでもないだろう、音も結構外すしさ」
「うんん、モト君の歌の凄さは、そんなのじゃないんだよ」
どうやらひとりは自分の歌を買ってくれているらしい、それは嬉しいのだが、この子の場合は色々と拗らせているから素直に受け止めていいのか微妙だ。
「そっか、それじゃあお互いに捨てられないように―――いや、違うか―――(俺達がお互いを見限って捨てるなんて事ある訳ないし)―――じゃあ、こうしよう、お互い隣に立って恥ずかしくないように俺は歌を、ヒトはギターを頑張るってことで、どうだ―――それならバンドマンらしい相棒っぽくて良いだろう?」
「―――相棒、うん、私、もっと本気で練習するよ」
その響きが気に入ったらしい、ひとりがニンマリと表情を緩めて力強く頷く。
「ああ、頑張ろうな」
「うん」
まぁ、これ以上、頑張られると付いていけなくなりそうで恐ろしいが、本気でやると決めた以上、相方がやる気を出してくれるのは喜ばしい事なのだろう。
「という訳でさ、ヒトがよければ文化祭に出るのは3年になってからでいいか?―――俺も1年くらいは本気で練習したいからさ」
「あっ、うん、それは良いよ……私もまだ自信ないし……」
いや、お前のレベルで人前に出られないのなら俺なんて一生表に出られなくなりそうなんだが……という突っ込みは置いておく……何にしても、ひとりのギターの腕に少しでも釣り合うための時間は貰えるらしい。
「そうか、悪いな、文化祭でライブをやってチヤホヤされるのが遅くなっちゃうし、申し訳ないなと思ってたんだよ」
「ち、ちちちち、違うから、私は世界平和を謳うためにバンドをですね」
「ああ、なんだ、その設定、まだ生きてたのか?」
「せ、設定じゃないし」
ジド目で見詰めてやると。ひとりはそんなことを誤魔化すように言ってきた。
「はいはい、そんじゃあ、まぁ、さっそくギター教えてくれよ、相棒さん」
「……えへへ、もう、仕方ないなぁ」
頼られたことが嬉しそうにニマニマとするひとりが正面に座ってギターを教わる。
そのチョロさに心配になるが、今はギターの練習だ。
どこか、今まで付き合いのつもりでやっていたギターの技術を真剣に学ぼうと思った瞬間、手に持ったギターが重い鉛のように感じる。
それは、きっと、本気になるという事の重さなのだろう。
この重さを覚えておこう。
そして叶うなら、この未来が無限に広がっていくような、そして同時に未来が一つの道だけに閉ざされていくような、興奮と不安を、ずっと覚えておけたらと、そう願った。