下北沢でギターヒーローさんと落ち合うために―――井上知佳は、家の最寄り駅である小田急線・南新宿駅から各駅電車で10分ほど揺られて、下北沢駅に到着した。
下北沢は、東京都内の中でも知名度も高い、良く知られている場所だ。
―――だが、実際の所、これまで訪れた事など数えられるほどしかない。
家族で買い物に行く時は専ら新宿方面に行く事が多く、友達と遊びに行く時も新宿か渋谷、池袋に向かう事が多いため、敢えて下北沢に行く理由が無かったからだ。
記憶にある限り下北沢を訪れたのは、小さい頃に何かのイベントで家族と一緒に来たことがあるくらいで、正直な所、明確な記憶はほとんどない。
だから、各駅電車の停まる地下のホームから、4、50メートルくらいはあろうかという、長いエスカレーターを二回乗り継がねば、地上まで上がれない事に少し驚いた。
2階や3階にまで上り過ぎているのではないかと不安を感じつつ、辺りをキョロキョロと見渡しながら改札出口まで案内板を頼りに進み、何とか下北沢駅・地上1階の改札出口を通り抜ける。
土曜日の下北沢駅前の広場は多くの人たちで賑わい、手作りらしきアクセサリーなどが売られていて、それが良くも悪くも下北沢という町らしさを醸し出していた。
見慣れぬ光景を興味深げに眺めつつ歩を進めるが―――
そんな、ほとんど土地勘のない下北沢駅での待ち合わせだったため―――待ち合わせ場所に関して少しばかり失敗があった。
駅前の改札出口の直ぐ傍に交番があるものだと思い込んでいたのだが、ギターヒーローさんと約束した後、調べ直してみると下北沢駅から一番近い交番まで約300m、徒歩にして3分弱くらいの距離があったのだ。
駅から一番近い交番でと約束してあるし、他に下北沢と名の付く交番はないため、間違いはないだろうが―――梅雨シーズンの真只中で連日のように雨模様が続く中、外で待たせることになったりしたら余りにも申し訳ない―――。
不幸中の幸いにも曇天に覆われた空は、今にも泣き出しそうだが、かろうじて持ち応えてくれている―――しかし、我が身の安全の為とは言え、待ち合わせに不便な場所を指定しまった手前、間違ってもギターヒーローさんより、遅く待ち合わせ場所に到着することは許されない。
そのためギターヒーローさんが、集合場所に15分前に到着することを考えて、私は30分前には交番前に到着するべく―――不慣れな場所で道に迷うことなども考慮して、更に10分の余裕を持って家を出るという万全の体勢だ。
グーグルマップのGPS機能なども活用して道を確認しながら歩いているが、これならば40分前には、下北沢交番前に到着することができるだろう。
待ち合わせ場所以外の細かい決め事はしていないが、これまで動画配信の時には被ったことのない下ろし立ての野球帽を被り、体のラインが隠れるくらい大きめのダボッとしたTシャツとショートパンツ姿で、腰にスカジャンを巻きつけるという―――予めマコと待ち合わせしている人間ならば、辛うじてマコであると分かってくれるだろう。
―――私なりに下北沢ファンションに紛れることを意識した服装で来たから大丈夫だとは思うが……一番のトレードマークのスカジャン(革ジャン)も、おとなしめのデザインのもので、腰に巻いたままだとスカジャンだと気付いて貰えない可能性もあり、それだとマコだと確信を持てないということがあるかもしれない。
その時は、スカジャンを羽織って見せるしかないが、この蒸し暑い中、薄手の物を選んだとはいえ長袖のスカジャンは着たくはない。
今年の東京は、連日の雨の影響で、朝夜は少し肌寒さを感じるくらいの気温であるとは言え、昼になれば気温も上昇する。現にここに来るまでの間、湿度が高いせいもあって、少し歩いただけで汗ばんでしまっていた。
―――まぁ、40分前に到着できれば、ギターヒーローさんが待ち合わせ場所に来てくれた頃には、汗も引いているでしょ。
そんなことを脳内で計算をしながら、有名な本田劇場の脇を通り抜けて、目的の下北沢交番があるだろう通りが遠くに見えてきたのを確認して、スマホをポケットに戻す。
目的地が目の前に迫ってきて本当に憧れのギターヒーローさんと会うのだと思うと―――色々な意味で胸が高鳴って、家を出る直前まで感じていた緊張がぶり返してくる。
ギターを弾いている姿だけで、顔も性格も分からない、同い年くらいの女の子。
とりあえず、交番の前でいきなり変な事はしてこないだろうが、昨日のメッセージの文面を思うと安心できない。
いつも通りの良くも悪くも自己主張の強くない、いつものチカのまま私では危険だろうということで―――ある程度、マコ成分強めの私で望むつもりだ。
この格好にしたのは、待ち合わせの目印以外とする以外にも、マコの恰好ならば舐められないだろうという、目論見あってのことだ。
そんな中で昨日から色々と最悪のパターンを想定してきたが、その中でも一番最悪なのは、昨日のメッセージのやり取りを主導したのが、ギターヒーローさんではなく―――その幼馴染の彼氏さんだった場合だ。
………と言うのも、どうしても私の中で、昨日の文面と私が画面越しに感じていたギターヒーローさんの人柄の印象が、どうしても重ならなかったからだ。
―――となれば、ギターヒーローさんという彼女がいるにも関わらず、私にも魔の手を伸ばそうとしているのは誰なのか―――
それが画面越しでも数えるほどしか見た事がなく、歌が滅茶苦茶に上手いということしか分からない、ギターヒーローさん以上に人柄も何も分からない、謎の人物であり、男である彼氏さんである可能性は十分あり得る事に思えた。
もし、そうだったならば、ギターヒーローさんはリア充などではなく、バンドマンの悪い男に騙されている、哀れな被害者だったということだ。
人の愛の形に横から口出しをするのは、褒められたことではないかもしれないが―――それでも憧れの人が———バンドマンの悪いイメージの代名詞のようなクズ男の食い物にされているのを黙って見過ごすことなどできない。
一発ガツンと言ってやらなければならないだろう。
とは言えもし最悪の想像通りだった場合―――きっと初対面の私が何か言っても余計なお世話だと煙たがれるだけで終わってしまう可能性は高いだろう―――
―――そして、私には、そんなゲス男である幼馴染の彼氏さんを真人間に引き戻せるような力など間違ってもない。
―――初対面の私が何を言ったところで、私の言葉は何もギターヒーローさんに届かず終わってしまうだろう。
―――分かっているのだ。
もし、最悪の想像通りだった場合、私にできる事など多寡が知れているということは。
人の心を変えることなどできない、どこまで行っても、自分を変えることができるのは自分だけで―――それが執着するほど大切な、譲れないものならば、他人がどうこう出来るものではない。
けれど、間違っているかもしれないと疑問を投げかけ、自分を変えることができる機会を与える事ができるのも―――自分ではない、他人である誰かだけなのだ。
いつか、誰かの声(意見)が自分の胸の中の心に染み入るように響く日が来る時のためにも―――それが取り返しのつかなくなってしまう前に―――お節介(押し付けがましい)と承知で、恥じ入りながらも、一度は正しいと思う事を声を上げて言わなければならない。
それで、相手の心に届かないのならば、その人の心に響く何かを残せるのは自分ではないのだと受け入れ―――今のその人の在り方(思い)を受け入れて、寄り添う―――だけだ。
そして、それができないくらい、どうしても相容れられないなら―――残念ながら、対立するか、お互いのためにも距離を取るしかない。
―――それくらい、人の心に踏み込むことは難しいことで……。
―――そして、だからこそ、歌は時代を超えて必要とされるのだろう。
―――だから、私は音楽を愛しているのだろう。
音楽には、そんな誰かの思い(情)が籠っていて―――強い人、弱い人、正しい人、間違っている人だろうと、分け隔てなく、その誰かの生き方に寄り添ってくれる力があり―――そして、自分を変えるチャンスを―――近すぎも、遠すぎもせず、必要以上に押し付けがましくなる事もなく届けてくれる。
そうした事が、嫌味もなくできる偉大なコミュニケーションツールが音楽だと、私は信じているから―――。
そんな、音楽を、時代を超えて必要としている誰かの為にも……。
そんな、音楽をこの人達となら作れると思った私のためにも、二人と向かい合わなければならない。
――――――そのためにも、気を引き締めなければ。
ギターヒーローさんの彼氏さんは、画面越しに見るだけでも180センチは超えているだろう、長身だ。下手に力ずくで来られたら、ぎりぎり160センチを超えたくらいの私では手も足もでないだろう。
念のために小学生の頃、持ち歩いていた防犯ブザーを押し入れの奥から引っ張り出してきたが、それだけでは到底心もとない。
―――変に人気のない所に行くことは避けなければならないだろう。
これが考え過ぎであればいいのだが、二人が結成しようとしているというバンドの実態が全く掴めていない以上、状況を冷静に分析し、その場で臨機応変に対応することが求められる。
――――――やってやろうじゃないの。
もう眼前に見えてきた下北沢交番のある通りに出て――――――。
「君達、さっきから何しているの?」
「よかったら、持っている物を見せてくれるかな?」
「あー、いや、これはですね」
「ぁっ、ぁっ、ご、ごめんなさい」
そこで、どう見てもギターヒーローさんと、その幼馴染の彼氏さんだろう。
ピンクジャージにギターケースを背負った女の子と、バンドTシャツにジーパン姿でギターケースを背負ったの長身の男の子が―――パリピでもパーティー会場でくらいしか身に付けないような星型のサングラスを身に付けていることを怪しまれて、警察官に職質されている姿を目の当たりにして―――。
―――流石に、この場合の対処法は全く想定していなかったな、と―――
現実逃避気味に———慌てた様子で何とか事情を説明しようとする彼氏さんと、何かを覚悟して受け入れたように両手を差し出すギターヒーローさんを―――呆然と眺めるのだった。
やけに警官の人たちに怪しまれている挙動不審な二人を見るに見かねて、横から助け船を出しつつ、警察官の人たちと一緒に珍妙な格好の理由を聞くと―――。
初めて会うバンドメンバー(私)と顔合わせを行うに当たって、好印象を抱いて貰うためにも陰キャの二人組だとバレないよう―――せめて恰好だけでもイケイケの恰好を装うとしたのだと、羞恥心の余りに悶え死にしそうになりながら白状した佐藤君の言葉を聞いて―――警察官(と私)にホッコリと生暖かい笑みで見送られて、解放された。
そんな、警戒するのも馬鹿らしくなるような出会いを果たし―――先入観からのギャップも相まって、今は何処か可愛らしくすら見える二人に、これからどうするか尋ねるが、先ほどの職質で精魂を使い果たした様子で、グッタリとしている二人にプランというプランは無さそうだった。
―――そこで、事前に調べていた開店したばかりだという近くの喫茶店へと誘って、昼食を共にする事にする。
―――なかなかに子洒落た、落ち着いた雰囲気の店に、気後れした様子の二人を引っ張ってテーブル席に座る。
「ここ、カレーがおススメなんだって、なかなか美味しいらしいよ」
「へぇー、それじゃあ、それ、お願いしようかな」
「……あっ、じゃあ、私も」
私が事前に仕入れていた情報を共有すると、席に着いて、ようやくメンタル的に持ち直してきたらしい二人が見ていたメニューを閉じて、そう言う。
「ん、OK、じゃあ、ちょっと待って―――あっ、すいません、注文お願いします」
目の合った定員さんを呼んで、「おススメカレー」を3つ、佐藤君の分だけ大盛で注文する。
定員さんが、注文内容を復唱して「少々、お待ちくださいませ」と離れていくのを見送り、改めて二人と向かい合う。
改めて見ると、何処か近づきたい風格というか、人を寄せ付けない鋭い雰囲気のある佐藤君と―――常に俯き気味で顔が見えないため分かりにくいが、よく見ると、とんでもなく美形である憧れのギターヒーローさんの姿が―――目の前にある事に感動にも似た感慨を覚えてしまう。
先ほどの一騒動で精神的な距離感が縮まっていなければ、とてもではないが、こんなに落ち着いて相対する事などできなかっただろう。
「……えっと、なんか成り行きで、ここまで着ちゃったけど、『マコさん』で良いんだよな?」
そんな改めて向かい合った状況で―――どうやら男勝りキャラを全く演じることなく、素の自分で二人と向かい合い続けていたせいで―――あと一つ確信が持てなかったらしい佐藤君が声を潜めて尋ねてくるのに、ギターヒーローさんも同意するようにコクコクと頷く。
「ああ―――こほん、改めまして『俺がドラマー・マコこと』―――井上知佳です。こっちの方が素なんだけど、ご希望があれば―――『マコの方のキャラでもいけるんで』―――よろしくね」
少し悪戯をするように笑ってウインクを一つしながら自己紹介すると、二人は驚いたように目を見開き、「「よ、よろしくお願いします」」と返してくるのだった。
―――複雑に調合されたスパイスの後に引かない絶妙な辛さが美味しいカレーに舌堤を打ちながら、自己紹介がてらさまざまな事を話し合った。
どっちのキャラの方が好きと言われて困ったらしい二人に、「どっちでも好きな方で」と返されて―――初対面ということもあり、基本的に陰キャだという二人を引っ張って話題を振っていくためにも―――チカとマコ成分を半々くらいに混ぜ込んだ、男優りの姉御肌の女の子という、半分素で、半分頑張って演じたようなキャラ付けで二人との面談に臨むことにした。
けれど、いざ話してみれば、佐藤君の方もバンドメンバーとして迎え入れる相手である私の人柄を知るために積極的に話題に乗ってきてくれたため、それほど私一人が頑張り過ぎるような事にもならず、初対面同士の会話を楽しむことができた。
その中で、ドラムを始めたキッカケから「マコ」として活動する事に至った経緯を説明し―――そんなキャラ付けで人気が出てしまったために、これまでバンドを組む事ができなかった事を少し脚色しながら面白おかしく話すと二人とも小さく笑ってくれて―――そして、できればバンド活動していく上で「マコ」の事は隠して活動していきたいという、私のお願いを特に悩む事もなく了承してくれた。
逆に二人のバンド結成の経緯や、音楽を始めたキッカケなどを聞かせてもらったが―――。
「ネック」は、ギターヒーローさんがギターを始める時に、幼馴染の佐藤君を勧誘したことで始まったバンドであること―――
―――バンドを組もうと思った理由について、ギターヒーローさんは「あっ、え、えと、せ、世界平和を訴えるためで、す」と、視線を逸らしながら本気なのか、ネタで言っているのか分からないような事を言っていたが―――
佐藤君の「えーと、まぁ、誰かに自分たちの存在を認めてもらう(多くの人からチヤホヤしてもらう)ためかな」という解説と合わせて分析するに、今の自分を変えたいという、衝動にも似た願望が根底にあるようだった。
それは、二人のバンド名である「ネック」という名前が、根暗な二人組である自分たちを自嘲すると共に、自分たちを陰キャだと馬鹿にしていた奴等を見返してやろうという反骨心を込めた(その場のノリで30秒くらいで決めた)ものだという事からも伺える―――。
―――それを聞いて色々と納得する。
自分の存在(アイデンティティー)を賭けて手にしたギターだからこそ、あんなにもギターヒーローさんの音色は、まるで何かを叫び、歌うように、聞く者の心を震わせるのだろう。
てっきりギターヒーローさんは、私のように小さい頃からギターに触れていたと思っていたが、実際にはギターに触れ始めたのは中学生になってからだと聞いて本気で驚いてしまう―――
―――たった3年間であれほどの超絶技巧を手にするために一体、どれだけの思いを、時間を注ぎ込んだのだろうか。
きっと、私には想像もできないくらいの激情にも等しい情熱を注ぎ込んで、二人で練り上げて築いた濃密な時間が、今のプロ級の実力を持つ二人を作り上げたのだろう。
そんな時間を共にしていたら、それは幼馴染同士でカップルになるのも仕方がない。
そう言うと、見た目的には似ても似つかないのに、どこか似通って見える二人は、佐藤君の家庭事情もあって本当の兄妹同然に一緒に過ごしてきた幼馴染同士ではあるが、別に付き合っている訳ではないと答えてくれた。
―――年頃の乙女としては、男女の間に純粋な友情が成り立つのかという命題について問い詰めたくはあるが―――少なくとも軽く質問した感じ、二人の間にあるのは恋愛感情よりも、強固な家族愛的な側面が強いものであるのは確かなようだった。
……それは、それで、普通に彼氏がいるより羨ましいんだけど……。
残念ながら彼氏いない歴=年齢である私には家族以外の異性で、友達以上に気心知れた相手がいるというのは憧れてしまう。
浮ついた思い出など、中学の卒業式に話した事もなかった男子に、私の事が好きだったという、別れの季節に便乗した記念告白らしきものを受けた事が精々だったというのに……。
下手な少女漫画よりもピュアな二人が一緒になって夢を追い掛けている関係性に憧憬の念を抱いてしまうが―――これからは私もその一員として、二人の夢を傍らで支えていく事ができるのだと思うと―――それは、それで胸が高鳴るような素適な事のように思えた。
―――少なくとも、ここまで二人と話してみて確信したが、当初心配していたような男女の出会いを目的にした不埒なバンドではない事が確信できて、私としては一安心だ。
……だが、そうなると一体、昨日の身の危険すら感じた、あの怪文書のようなメッセージは何だったのだろう?
「ねぇ、後藤ちゃん、昨日のメッセージって一体誰が送ってくれたの?」
「……あっ、私です」
「そ、そうなんだ……な、なかなかウィットに富んだメッセージで驚いたよ」
直球で尋ねるのは気が引けたので、遠回しに怪文書のことに触れる。
「え、えへへ、ま、マコさんに、バ、バンドに入りたいと思って貰えるよう、明るくて、フレンドリーな誘い文句にするよう頑張ったんです」
「へぇー、任せっきりだったけど上手いことやったんだな」
「うぇへ、ぅえへへへへ」
成功を喜び合うようにノホホンと笑い合う幼馴染コンビを見て、うすうす勘付いていたことを確信する。
――――――駄目だ、こいつら本物(天然)だ、と。
………私が支えてあげなきゃ。
本人に自覚は無かったが、尽くすタイプであったらしい井上知佳は、そう一人使命感にも似た決意を固めるのだった。
―――そして、そんな軽い顔合わせくらいのつもりが結局2時間くらい喫茶店で話し込んでしまったが、バンドを組むに当たって互いのフィーリングを確かめ合うべく、スタジオに移動する。
場所は、二人がこの頃、お世話になっているという下北沢にあるライブハウス「スターリー」だ。そこにスタジオが併設されているらしい。
スタジオを借りるべく受付に向かうと、一つ年上だという伊地知虹夏先輩が親しげに話し掛けてきてくれて、佐藤君が私をバンドメンバー候補なんですと紹介してくれた。
すると、虹夏先輩は「二人とも、ちょっと引っ込み思案だけど面白い、良い子たちだから仲良くしてあげてね」と母親みたいなことを言ってくるのに、「分かります」と笑顔で答えながら同じドラマーだからということもあって親近感を抱いてしまう。
そして、借りたスタジオに移動して、いよいよ待ちに待った二人とセッションを行って―――
―――私は二人が唯の天然ではないことを思い知らされたのだった。
―――それくらい、二人の凄みすら感じる音の圧力と迫力に圧倒された。
私のドラムの音を土台に二人のギターと歌声が、狭いスタジオの中に響き渡る。
正式にメンバーを揃えてバンドを組んだ経験のない、ソロプレイの道をそれぞれ極めてきたような歪な3人の生み出した音が、生き物のように重なって一つの音楽になる。
小さい頃から、ドラムを叩いてきたが、こんなにドラムを叩くことが楽しいと思ったのは初めてで。
前にいる二人も同じ思いなのだろう、笑みを浮かべている事が分かって―――。
ああ、本当にバンドを組んでいるんだ私と、感動してしまう。
そして、音を合わせて初めて分かることがあるのだと初めて知った。
私は、分かった気になって、分かっていなかったのだ。
ここに来るまでに二人が積み上げてきたものが、どれほどのモノだったのか、音を通じて肌身を通して感じられる。
たった3年で、これだけの実力を身に着けられる原動力となっていたもの―――それは怒りであり、喜びであり、哀しみであり、楽しさであり―――渇望だった。
―――ああ、まったく、本当に死に物狂いで支えたくなっちゃうような二人だ。
今にも消えてしまうんじゃないかと、心配になるくらい、危なっかしくて、だからこそ煌々と輝いている。
そんな二人の音に魅せられて―――もう、既に心は決まっていたようなものだったけれど―――私は正式に「ネック」の一員となることになったのだった。