ろっく・ざ・らいふ   作:モモサト

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ステップ4

 私、羽良明日香にとって、音楽とは日常だった。

 

 両親が、共にプロのミュージシャンで、物心が着く前から音楽の中で育ち、楽器をオモチャ代わりにして育ってきた。

 

 音楽とは、人生を豊かに、楽しく、彩ってくれるものだと教えられて―――私自身も本心からそう思って生きてきた。

 

 だから、この世の中には、さほど音楽に興味がない人がいて、それどころか音楽が嫌いだと思う人がいる事を、知識として知ってはいても、本当の意味で理解できていなかったのだ。

 

 それが、分からなかったが故に―――3年間、一緒にやってきたバンドが解散した。

 

 それこそ、何の未練もないかのように、あっけなく、だ。

 

 解散の理由は、ギター・ボーカルの弘子が、高校3年になって将来の進路を明確にすることが求められた際―――「私は音楽以外の道を進みたい」と強く主張したことが、きっかけであり全てだった。

 

 弘子は、父のミュージシャン仲間の娘さんで、言わば私と同じような境遇で育ってきた音楽一家の娘だった。

 

 同じ学校に通ったことは一度もないが、両親同士の仲がいい事もあり、昔からずっと知っている子で―――少し引っ込み思案の控え目な性格だけれど、とても優しくて、協調性がある良い子で―――だから、これまで親や周囲の期待を裏切れなかったのだろう。

 

 ―――ミュージシャンの娘だからとギターやピアノを教えられて。

 

 ―――両親にバンドを組んでみたらどうだと言われたから、バンドを組んで。

 

 ―――ミュージシャンになるまでの道筋が、線路のように轢かれている人生を。

 

 それを当然の日常として、喜んで受け入れていた私と。

 

 それを嫌だと拒否した弘子の間に生じた溝を埋める術などありはしなかったのだ。

 

 思い返してみれば、弘子が苦しんでいて、助けを求めるサインを出していた筈なのだ。

 

 それに気付けなかった、気付いて上げられなかった、私に対して弘子は、恨み言の一つも吐かずに、自分の勝手でバンドを解散することを謝った。

 

 ――――――そのことに、今度こそ打ちのめされた。

 

 私は、恨み言すら吐いて貰えないほどに、彼女の心の傍に居る事ができなかったのだと。

 

 だから、私は彼女に謝ることすらも許されなかった。

 

 ――――――そんな私に彼女は言う。

 

 「ありがとう、明日香。今更、こんなこと言っても信じて貰えないかもしれないけど、明日香と一緒に演奏をしている時は本当に楽しかったよ―――こんなに凄い人と音楽をやれてたんだって事を私は一生自慢すると思う―――そんな本気でバンドに、音楽に打ち込んでいる明日香や、ギターヒーローさんが目の前にいたから、私も本気で自分の道を進まなきゃって思えたんだよ」

 

 「ギターヒーロー?」

 

 「うん、Oh!Tubeに弾いてみた動画を上げている多分、私たちより少し年下くらいの女の子だよ。たまたまオススメに出てきたから見てみたんだけど、本当に凄いんだよ。最初は私より下手だったんだけど、見る度、見る度ごとに信じられないくらいのスピードで実力を上げていってさ。

 ―――今じゃ、どう逆立ちしたって勝てないくらい―――それに同じギターだからかな、何か分かっちゃうんだ。ああ、この子は本気で、この道に人生掛けてるんだって―――まるで歌ってみるみたいなギターの音色を聞く度に、お前はどこまで本気なんだって問い掛けられてるみたいでさ。

 ―――私も中途半端なままじゃいられなくなったんだ―――あははは、初めてお父さんに真正面から反抗したよ」

 

 そう笑う、弘子を見て悟る。

 

 彼女は、それまで轢かれていたレールを無視する選択をしたのだ。それは、どれほど勇気のいる決断だったのだろう。

 

 「私は音楽に人生を賭けても良いとは思えなかった。それが多分、私の才能の限界で―――それが明日香の才能の証明だと思う―――だから、明日香は、そのまま自分の道を進んで―――大人になった時さ、成功しているか、どうかは分からないけど、お互いに胸を張って会おうよ」

 

 そう覚悟を決めたように笑う弘子に、私が上手く笑い返せていたかは分からない。

 

 けれど、何かを託されたのだと分かったから―――私は弘子の分も、この道を進まなければならないのだと分かった。

 

 その後、ほかのメンバーは直ぐに他のバンドに入り直し、私も幾つものバンドから勧誘を受けたが―――私はそれら全てを断った。

 

 私にとって、当たり前の日常であり、傍にある事が当たり前だった「音楽」というものを見詰め直す時間が欲しかったからだ。

 

 そうしなければ弘子が、私に与えてくれた教訓を、気付きを無駄にしてしまう気がしたのだ。

 

 ―――私にとって音楽とは何なのだろう。

 

 ―――――何の為に、誰の為に、音楽をするのだろう。

 

 ―――――――音楽でなければいけない理由とは何なのだろう。

 

 その理由を幾ら探して、明確な答えを出そうとして、ただ私が音楽を愛しているからというもの以上でも以下でもない事に気付かされる。

 

 私が音楽をしていようが、していまいが、この世界は問題なく回るのだ。

 

 弘子の言っていたギターヒーローさんの動画を見てみたが、確かに人の心に迫ってくるようなシリアスな音をしている。

 

 そういう人に何かを与えられる音楽を作ることが、ミュージシャンの共通の願いであり、望みであるのだろうけど―――。

 

 上から目線で、何かを与え、施しを与えようとする事が私の音楽なのだろうか。

 

 ―――それは、何か違う気がした。

 

 少なくとも、弘子に勇気を与えたギターヒーローさんという人の音は、そんな俗でも、高尚なものではない。

 

 もっと心の内から出るような叫びが宿っているような純粋な音だからこそ、人の心を動かすことができるのだろう。

 

 ………うむ、分からん。

 

 結局は、自分がもっと人間的に成長するしかないという、頭で考えて答えがでるような問題ではないのだと思い至り。

 

 ただ、自分の音に向き合い、答えを出すべく、ベースの練習に没頭する。

 

 ――――んな、禅問答を繰り返すような、日々を過ごしていた時だった。

 

 

 

 従妹の詩織ちゃんから電話が掛かってきたのは。

 

 

 

 私を可愛がってくれていた母方の従妹からの電話に、珍しいと思いながらも懐かしくなって近況報告を兼ねた長話をしてしまう。

 

 詩織ちゃんは、今2歳になる一人目の男の子を育てるのに手一杯で、夜泣きは減って夜寝むれるようになったのはいいが、元気過ぎて目を離せないと嬉しそうに話していた。

 

 私の方も、兄弟のいない私にとって姉のような存在である詩織ちゃんに、バンドが解散してから、色々と悩んでいることを話してしまう。

 

 そんな私の話を詩織ちゃんは、真剣に聞いてくれて、誰かに話すだけで大分、気持ちが楽になった。

 

 そして詩織ちゃんは、そんな悩んでいる時に悪いのだけれど申し訳なさそうに私をバンドメンバーに勧誘したいと思っている人たちがいると話してくれた。

 

 私にとってはハトコになる水城ユウカという子が、本気で応援しているネックというバンドがメンバーを募集していて、私に目を付けているのだと。

 

 正直、今は何処のバンドにも入る気はないので、幾ら詩織ちゃんの頼みでも断らせて貰おうと思ったのだが、話を聞いている内に少し興味が出てきた。

 

 ユウカと言う子は、別にネックのメンバーの彼女でも何でもなく、ただの一ファンであり、この電話自体もネックのメンバーには内緒でやっているお節介なのだという。

 

 だから、この電話のお願いも私にメンバーになってくれていうものではなく、ただ他のバンドに入る前に一度彼等の話を聞いて、音楽を聴いてみてくれというものだった。

 

 ―――幾らファンとは言え、唯の一ファンが、そこまでやるものだろうか。

 

 ―――少なくとも、その「ネック」というバンドは、私のハトコの心を動かすだけの何かを持っているということだろう。

 

 だから、詩織ちゃんに頼んで、ハトコのユウカちゃんと直接電話をさせて貰う事にした。

 

 そこで、ユウカちゃんから、惚け話のように―――

 

 一匹狼のボーカルとボッチのギターが起こした、奇跡のような「色んな意味で伝説になった文化祭ライブ」の事を聞かされて―――。

 

 ユウカちゃんの熱い口調に免じて、ネックのメンバーに一度会ってみる事を約束する。

 

 そうしてネックのボーカルの佐藤元君が、少しでも真面目にバンド活動をしている事をアピールしつつ、私と接点を作るべくトゥイッターを初めて、私のフォロワーになっているというので―――可愛らしい事をしているなとヒッソリと活動を見守ることにする。

 

 毎日のように更新させる、元君の呟きを見ながら―――。

 

 音楽が当たり前の日常で、いつも誰かに求められる側だった私とは違い。

 

 一歩一歩手探りで、進むべき方向を探しながら、自らの力と意志で音楽の道に入ろうとしている姿が、何だか酷く眩しく見えた。

 

 ―――まぁ、なんか、いつも違う可愛い女の子と一緒にいるのは少しどうかと思うが………。

 

 それよりも問題だったのは、彼らがようやくアレンジを固めたというオリジナル曲をOh!Tubeにアップしたとトゥイッターに呟かれていたので、リンクで飛んで聞いてみたところ―――想像を超えてレベルが高かった。

 

 何処かのスタジオで一発撮りで録音したものらしく、音質など粗削りなところもあったが、一人ひとりのポテンシャルは、明らかに前のバンドメンバーよりも上だった。

 

 そして何より問題なのは、そのギターの音色が、どう聞いてもギターヒーローさんのものである事だった。

 

 重厚でありながら軽妙な、荒々しさと繊細さのメリハリの効かせ方が抜群に上手いドラムの安定感のあるビートに支えられ―――

 

 荒々しい音質の中でもハッキリと伝わってくる―――

 

 ギターヒーローさんの更に鮮烈さを増したギターの音色と、元君の背筋が思わず伸びてしまうような力強い人を圧倒するような圧のある歌声は―――互いに共鳴し合うような相乗効果を生み出して―――心の奥を揺り動かすような特別な魅力と力を感じさせた。

 

 ………ああ、これだ。

 

 その音を聞いた瞬間、ここ最近の間、ずっと悩んでいた悩みの答えに触れたような気がした。

 

 この、バンドの唯一の欠点と言える基本に忠実なだけのベースラインを私だったら、どうアレンジして弾くか―――その日から私の頭の中は、それだけだった。

 

 そうしている内に、前のバンドで対バンをしてから仲良くなった「ケモノリア」から、メンバーがインフルエンザでダウンしたから、サポートでライブに出てくれないかとお願いされた。

 

 私は、それを渡りに船だと了承して、そのことをトゥイッターに投稿すると―――狙い通りユウカちゃんから、ネックの面々が私の品定めに来る事を聞かされる。

 

 ―――そうして私は彼らと狙い通り出会い。

 

 ちょうど楽屋を抜け出してネックの面々の様子を確認しにいくと、元君のトゥイッターに映っていた女子高生の集団は目立っていたので、直ぐに見つかり。

 

 その時、ちょうど一人だけになるように集団を抜け出した元君に接触する事ができた。

 

 元君からしたら初対面なのだろうけど、こちらとしてはずっと昔から知っているような気がしてしまっていたから、少しばかり悪戯をしてしまったりしたけれど―――。

 

 ユウカちゃんから聞いて想像していた通りの、少し無骨で、愚直なくらい真っすぐな男らしい男の子だった。

 

 だから、既に私の中で答えは出ていたようなものだけれど………。

 

 だからこそ、どうして彼らの音に心を動かされたのか、どうしても知りたくて、彼ならば私には終ぞ明確な答えを出せなかった「どうして音楽をやるのか」という難問に、どう答えるのか知りたくて、問いかける。

 

 「楽しいからって意外の理由を答えるなら―――俺が、歌を歌っているのは〝クソが〟っていう思いを叫ぶため、かな」

 

 元君は、慎重に自分の中の答えを探すように、言葉を選ぶように答えてくれる。

 

 「―――そういう思いってさ、表に出すとカッコ悪くて―――だから空かしたような態度を取って、俺はこれで良いんだ、満足してるんだって―――自分の心の中に宿るソイツを見て見ぬ振りをしちゃう時ってあるだろう? けど、それじゃいけないんだって教えてくれた奴がいたんだ」

 

 そういう彼は、本当に憧れの存在を思い出すように嬉しそうで。

 

 「人間には分相応ってのがある、頑張ったって報われる訳じゃない―――けど、だからこそ、その心の中に宿る熱を、怒りを無視したら息苦しくて、死にたくなっちまう―――だから俺は、俺の為に、誰かの為に『クソが嘗めんじゃねぇ』って叫びたいんだ―――それが、俺の、俺達のロックンロールなんだ」

 

 そう語る彼の言葉は、当然のことを話すように静かなのに、燃えるように熱かった。

 

 自分の為に、誰かの為に、歌う「ロックンロール」。

 

 その言葉から感じた熱が、私の中にも燃え移ったかのように体の奥底から熱くなってくるのが分かった。

 

 ―――ああ、そうか、本当の言葉って、本当の熱って、こういうものなんだ。

 

 本気だからこそ、誰かに伝わる思いが、感動があるのだ。

 

 彼が、今更ながら少し気恥ずかしそうに、合格点を貰えたのかと尋ねてくるが―――悔しいので、此処では答えてやらない事にした。

 

 

 

 

 ケモノリアの控室に戻ると、何処に行っていたんだと心配されたので謝っておく。

 

 それと、もう一つ。

 

 「ごめん、先に謝っておくわ―――今日は、今日だけは、ちょっとばかし、本気でやらせて貰うから」

 

 魅せられた分だけ、魅せ返してやらなければ女が廃るというものだろう。

 

 身体の中に宿った熱を燃え上がらせるように、求められた音じゃない、私が求める音に必死に手を伸ばすようにプレイした。

 

 その結果は、元君からダイレクトメッセージで【ホームズさん、うちのバンドメンバーになってくれませんか】と届いた事で分かって貰えるだろう。

 

 そして、それに対する私からの答えも今更、言うまでもないものだった。

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