ろっく・ざ・らいふ   作:モモサト

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ひとりから見たモト君

 私には、兄のような幼馴染がいる。

 

 その人は、私にとって唯一の友達と言っていい人で、私のような根暗な陰キャでも偏見なく親しくてくれる。

 

 本当の兄のように頼りがいのある人だ。

 

 小さい頃から、どんくさい私の手を引いて遊びに連れ出してくれて、私が虐められれば必ず守ってくれる。

 

 こんな、ミジンコなような私でも唯一、同年代の少女に自慢することができる、自慢の幼馴染だ。

 

 そんなに私達が親しいのは、モト君の家の家庭の事情に由来する。

 

 モト君の家はお父さんがいなくて、お母さんもお仕事で忙しくて、夜遅くなるまで誰もいない。

 

 そのためモト君は、お母さんが帰ってくるまで、母親同士が仲の良い私の家で一緒に預けられていたのだ。

 

 だから、小さい頃から家に帰って寝るまでの時間の大半を私達は一緒に過ごしていて、それこそ本当の家族のように過ごしてきた。

 

 けれど、それが変わり始めたのは中学生になってからだ。

 

 モト君が部活を始めたのだ。

 

 モト君は、体が大きい、それこそ学年で一番二番くらいの高身長でスラッとしていて、運動神経も悪くない。

 

 だから多くの男子生徒が、そうであるようにモト君も運動部に入部したのだ。

 

 毎日のようにある練習を終えて帰ってくるのは夜7時過ぎとなり、小学校の時のようにモト君が偶に友達と遊びに行く時以外は、ほぼ放課後の時間を一緒に過ごしていた時と比べると一緒に過ごす時間はメッキリと減ってしまった。

 

 それならばモト君と一緒に部活に入ってみようかと思ったが、中学の柔道部に女子部員はおらず、独りで強面の先輩が揃う柔道部に入る勇気などなく。

 

 さらに、モト君も中学生になって他人の家でお世話になることが当たり前ではないと分かって、モト君のお母さんも中学生ならば一人で家で待たせておいても大丈夫だと判断したこともあり、モト君が私の家に来るのは一日置きという頻度になってしまった。

 

 その結果、残念ながら、ほかの部活などにも入る踏ん切りが付かなかった私は、独り家で過ごす時間が多くなっていった。

 

 唯一の友達で、唯一の繋がりであったモト君との距離が少しずつ離れていくことに、不安や鬱屈を覚え、少しの焦燥を覚え始めた頃、私は思ってしまった。

 

 ……このままでいいのだろうか、と。

 

 モト君の態度が変わった訳ではない、今も昔もモト君は本当の兄のように私の事を大切にしてくれている。

 

 けど、このまま何もしないで何となく過ごしていたら、モト君との距離が開いていってしまうような気がして怖くて…

 

 何より、ずっと彼の後ろで守ってもらうだけの、陰キャで根暗な性分、相応の人生のままでいいのだろうか。

 

 私が寂しいと言えばモト君は部活を止めて一緒にいてくれるかもしれない。

 

 けど、そんな一生懸命に頑張っているモト君のお荷物のような人間にはなりたくない。

 

 モト君にいなくなって欲しくない、もっと誰かに認めてもらいたい、生きていていいのだと思えるようになりたい、幸せになりたい。

 

 言葉にするなら、そんな思いだろう、不安や焦燥にも似た感情が、胸の中を騒めかせるようにグルグルと入り乱れていた。

 

 そんな時だった。

 

 「ひとり、テレビ見てる?チャンネルを変えてもいいかい?」

 

 「うん」

 

 お父さんが、テレビのチャンネルを変える。

 

 それは今週のヒットチャートなどに載った歌手などを集めて順々に生演奏をしてもらう歌番組だった。

 

 元々、バンドマンだったというお父さんは今も音楽が好きで、時間があれば色々な音楽を聴いている。

 

 どうやら、お父さんが今、注目しているバンドが出演するから見たかったらしい。

 

 バンドかぁ、昔何度かお父さんがギターを弾いてもらって、それに合わせてモト君と一緒に歌ったりしたことがあったなと思い出す。

 

 私はぜんぜん声が出せなくて、でもモト君は堂々と歌っていて上手だったな。

 

 そんなことを思いながらお父さんの横でバンドマンが司会の人に話を振られて答える、その一幕が私の人生を変える一言になった。

 

 「……学生の時はぜんぜん暗かったですよ、俺、陰キャだったんで……でも、バンドは陰キャでも輝けるんで」

 

 その言葉が自分の中の何かを大きく揺り動かすのを感じて、次いで演奏されたバンドの勢いのあるロックのサウンドを聞いた瞬間、思わず立ち上がる。

 

 「……お父さん、ギター借りても良い」

 

 「んっ、ああ、いいよ」

 

 お父さんが突然、立ち上がった私の言葉に戸惑いながら頷くのを確認して、ギターが仕舞ってあるだろう二階に駆け上がり、押し入れからギターを引っ張り出す。

 

 ケースの中に入っていた黒いギターのストラップを肩に掛けてギターを構えてみる。

 

 その姿を姿見で確認して見ると、それは、いつも鏡で見る根暗で陰キャな自分とは違って見えた。

 

 その自分の姿を見た瞬間に、これで間違っていないだと確信した。

 

 ……もし、こんな私でも輝けるなら。

 

 ……もし、こんな私でも変われるのだとしたら。

 

 何処か遠くに行ってしまいそうなモト君を引き留めるのではなく、モト君と一緒にもっと遠くの先に行けるようになるのではないか。

 

 そう反射的に思った瞬間、その光景が鮮明に思い浮かんだ。

 

 私がギターで、モト君がボーカルで、その前には何千、何万という熱狂する人々。

 

 それは体が震えそうになるくらいに、これまでの体験してきた、どんな光景よりも魅力的な景色のように思えた。

 

 ――――決めた私、ギターを上手くなる。

 

 そして、モト君と一緒にバンドを組んで、文化祭でライブをして皆に認めて貰うんだ。

 

 思い付きのまま、そう決断して、モト君が了承してくれる保証もないのに、そう思い立った私は、その日から父に指導をしてもらいながらギターの練習を開始した。

 

 次の日、部活で忙しいモト君が本当に一緒にバンドを組んでくれるのか不安になりながらお願いして……普段滅多にお願いすることなど無いからだろう。いつも私のお願いは可能な限り聞いてくれるモト君は、少し困ったような顔をしながら、今回も私が一曲、何でもいいから弾けるようになったら組んでくれると約束してくれた。

 

 だから私は、必死にギターを練習した。

 

 人生で、こんなに頑張った事などないというくらい練習をして、そしてモト君の前で流行のバンドの曲を演奏して―――。

 

 モト君によく頑張ったなって認めて貰って、私達はバンドを組んだ。

 

 モト君は、バンドを組んでからというもの、少し申し訳なさそうにしながらも、昔のように毎日のように私の家に来てくれるようになった。

 

 そこで、私と一緒にギターの練習をして、同時に私の弾いたギターに合わせて歌を歌ってくれるようになった。

 

 モト君の歌は、とても力強い、まるでその声の奥に何か測り知れない存在が潜ませているかのような、巨大な感情の存在を感じさせて、人の心を、魂を震わせる声の強さがあった。

 

 どこか、その歌声を前にすると思わず背筋が伸びてしまうような、張りつめるような鋭さと、何か圧倒されるような重厚感を纏っている。

 

 その声は、さながら、誰かの怒りや不満、哀しみの代弁者となるヒーローか、ダークヒーローかのような歌声で……

 

 怒りを叫ぶ歌の時は、聞く者に恐れを抱かせるほどに荒々しく。

 

 不満を謳う曲の時は、何処か気だるげでありながら燃え上がる時を待つように乾いた枯れた声の奥に、フツフツと腹の底にある怒りや鬱憤の焦げ付く臭いすら感じられるような静かな迫力が込められていて。

 

 悲しみを謡う曲の時は、どこか色気すらも纏ったような声で、哀しみを包み込むような、伸びやかな声となって悲しみに寄り添ってくれる。

 

 ああ、私のギターのボーカルはこの人にしか任せられないと思うほどに、モト君の声は私の中の感情を、センスを、イメージのようなものを震えさせる。

 

 そんなモト君とのセッションは、モト君と一緒の事を頑張れているという喜びを差し引いても最高に楽しかった。

 

 一緒にギターを弾いて、一緒に歌って。

 

 学校でも、モト君と一緒にいる時間が増えて、兄弟同然の幼馴染の友達というだけではない。

 

 そこに、バンド仲間としての関係が加わって、私たちの関係はもっと深くなっていった。

 

 モト君が、褒めてくれるから辛いと思う時もあるギターの練習が、ずっと楽しくできた。

 

 モト君の歌声が、私の心を震わせてくれるから、この声に負けないギターを弾かなければと練習に手を抜かずに必死に練習できた。

 

 こんなに凄いモト君の歌と一緒にギターを弾いて大勢の人たちに大きな歓声を貰う光景が、鮮明に想像できたから練習が、いつも本番のような緊張感を持って臨むことができた。

 

 そして、そんな熱中できる何かを見付ける事ができて、辛いだけだった毎日が少しだけ楽しくなって、学校に行くのが本当に少しだけ億劫じゃなくなった。

 

 そんな事をしている内にあっという間に一年という月日が経った頃。

 

 モト君が部活を止めてバンドに専念すると言い出した。

 

 あんなに毎日頑張って練習していたのに、実際にこの頃は上級生にも勝てるようになってきたと喜んでいたのに勿体ないとは思ったけれど、モト君が私と本気でバンドを組みたいと言ってくれた。

 

 こんな私を本気で認めてくれる人がいるという事に怖くなって、そして心が震えるくらい嬉しくなった。

 

 今でさえ、凄いモト君の歌がさらに凄くなるのかと思うと震えがくるけれど…。

 

 モト君が私のギターを認めてくれたからこそ、そう言ってくれたのなら私は、その気持ちに応えるためにもっとギターを上手くなってみせる。

 

 そうして我武者羅に二人でバンドとしての研鑽を積み続ける中で、ふと思う。

 

 あの時、ギターの練習を初めて、バンドを組もうとモト君に言わなかったら私達の関係は、私はどうなっていたのだろう、と。

 

 きっと、私たちの兄妹同然の幼馴染という関係は変わらないだろうけど、それでも今よりは距離があって、私はモト君が私に構ってくれるのを待つだけの人間のままだったろう。

 

 そして、モト君は私のことを相棒なんて呼んでくれず、引っ込み思案の放っておけない妹分としか見てくれなかっただろう。

 

 そう思うと、音楽が、ギターが私を人とを結び付けてくれたのだ。

 

 モト君とギターヒーローとしての私を認めてくれる人たちと。

 

 あの時、私が勇気を持って、いや蛮勇で持って一歩を踏み出したから。

 

 ………今でも、大勢の人の前でギターを弾くことが、ライブに参加することが怖い。

 

 私のことをゴミでも見るような目で見下した目で見て来る時がある、同級生たちの前に立つ事が怖い。

 

 友達がいない、コミュ力がない、明るくない、そんな自分が本当に認めて貰えるのか、こんなに頑張っても認めてもらえないのなら、どうすればいいのかと思うと怖くて、怖くて仕方がない。

 

 けれど、それでも、音楽が私に居場所をくれた。

 

 勇気を持って始めたことが、私を大切な人と繋げてくれた。

 

 なら、もう一度、もう一歩だけ、踏み出してみよう。

 

 それは、とても怖いことだけれど、大丈夫。

 

 今度の一歩は自分独りじゃない、私はギターヒーローで、最高の相棒(ヒーロー)が一緒なのだから。

 

 「じゃあ提出するぞ」

 

 「うぅぅぅぅぅううう」

 

 「おい、いい加減、覚悟を決めろ」

 

 一緒に文化祭のライブへの出演の願書を出そうとしてくれるモト君の腕を横から掴みながら覚悟を決めて、願書を提出するのだった。

 

 

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