それは文化祭の最期を飾る最後のイベントだった。
プロのお笑い芸人のステージをメインイベントにミスコンや吹奏楽部、演劇部の催しに加えて、クラスの出し物である演劇や有志による漫才やコントなど。
普段は、つまらない校長の挨拶などにしか使われることのない体育館の壇上が、様々な催しの行われる華やかな発表の場、舞台のステージへと様変わりする。
そして、そのステージの最後のプログラムとして行われるのが有志による学生バンドのライブだった。
毎年、数組の出演者が出るが、毎年、可も不可もなく……というのは身内びいきが過ぎるか。学校の機材の問題か、本人の技量の問題か、音割れの酷いジャカジャカと騒音を掻き鳴らすだけのライブが行われるのが通例のライブだった。
それでも毎年、学年・学校の人気者たちがライブに参加するという事もあって、学際の最期のイベントだということもあって多くの生徒がライブを聞きに集まる。
私も専門的に聞くのは専らJ‐POPだが、バンド音楽を全く聴かない訳ではない。
というか、ネットでさまざまな音楽が溢れている中で、J‐POPやロックといった音楽の垣根が大分緩くなっている現状、良い音楽ならば耳にすることがあるだろう。
だから例年のレベルを考えれば、あまり期待できないと知ってはいても、もしかしたら凄いものを聞けたりするのではないかという、少しの期待と、文化祭のお祭り気分に浮かれた人の流れに乗せられて私こと水城ユウカは友達と一緒に体育館に来ていた。
学園祭のライブの最前列は、私達3年女子たちの大半で埋められていて、そこに物怖じしない2年、1年の女性生徒たちが混ざる形で埋め尽くされている。
その人込みの中で今、下級生の男女バンドに続いて、2組目の同級生たちのバンドの演奏が行われているのを聞いているが、なんというか居た堪れなかった。
素人である私たちには、音響のセッティングの問題か、本人たちの実力故かは判断がつかないが、音はガチャガチャと混雑していて、音の主旋律が聞き取れないし。
せめてボーカルの歌だけでも聞こうと耳を澄ましても、その楽器隊の奏でる騒音で歌声は掻き消されてしまって、碌に聞こえない。
私は全く関わりのない男子グループであることもあって、何とか応援して盛り上げようとか思うよりも、先にまず同情の念が湧いてしまう。
中の良い男子や女子が歌の合間で歓声やチャチャを必死に入れることで、お通夜状態を辛うじて回避しているが、それでもこの体育館全体を通して広がる白けた空気は誰よりも本人たちが一番感じていることだろう。
「酷いわね」
「うーん、まぁ、文化祭のライブだし、こんなものじゃない」
私と一緒に連れ立って聞いていた友達の朝霧リンがこそっと私達にだけ聞こえるように囁いてくるのに、もう一人の上原フウカが苦笑しながら弁護するように答える。
「……どうする、どっか違う場所行く?」
「って、言っても、この人込みの中抜け出すのも面倒でしょ、我慢するわよ」
「あははは、まぁ、これも学祭らしい思い出でしょ」
そんなことを騒音の中、相手の耳元にまで口を近づけながらコソコソと話しながら、諦め開き直るようにライブをしている同級生の男子たちへ改めて視線を向け直す。
同級生の男子のボーカルは、何かこんな筈じゃなかったと後悔するように、それを無理矢理なんとかしようとしているようにヤケクソ気味にギターを掻き鳴らして、歌っているように見えた。
もう一人のギターも、ベースも、ドラムも只々、この時間が早く過ぎることを願うように形だけを必死に取り繕うとしていることが、碌に身動ぎもせずに楽器を弾いて、叩いている姿から透けて見えて……
先ほども抱いた感想の通り、何か居た堪れない気持ちになってしまう。
お願いだから早く終わって上げてと、同情混じりに祈って上げる頃、ようやく互いにとって永遠の苦痛のように感じられた時間は終わった。
「どうも、ありがとうございましたー」
同級生の中でもイケてると話題になっている男子生徒が、グッタリとした様子で一言感謝の言葉を告げる。
それに中の良い、同じグループなのだろう女子や男子たちから「よく頑張ったぞー」などと言った声が一斉に掛けられる。
確かに、あの空気感の中、よく投げ出さずに最後までやり遂げたことだけは褒めてあげても良いだろう。
せめてもの、健闘を称えるために私たちは、拍手で彼らを見送ってあげることにした。
さて、これで、この苦痛だった時間も終わりだろうかと思ったのだが、同級生の男子たちが引っ込んだのとは別にステージの司会役を務めている生徒会長が出てきた。
「3クミーズの皆さんのライブでしたー。有名な曲ばかりだったので、皆さんも楽しめたのではないでしょうか。……それでは次がステージ最後のバンド。ネックのお二人です」
そう先ほどのライブのできを擁護するようなおためごかしなセリフの後、もう一つのバンドが出演することを紹介された。
まだ、あるのかと思うのと同時に、こんな空気感の中、出演してくる勇者たちは誰なのだろうと心配半分、尊敬半分の気持ちでステージを見ていると、出てきたのは思ってもいない人たちだった。
一人は、この学校のアンタッチャブルのような扱いをされている、この学校でも一二を争うくらい長身の一匹狼の佐藤と。
ガチガチに緊張していることが見て取れる……確か同い年で隣のクラスの何とかさんだ。名前も覚えていないが、何とかさんは典型的なドンくさい、根暗な女の子という感じで、話し掛けてもまともに返事を返せないような影の薄い女の子で、いつも教室の隅にいるような子だったと記憶している。
そんな一匹狼と根暗なボッチ少女が、どういう経緯があればバンドを組んで、文化祭のライブステージなんて場所に出てくるのかと驚きと共に心配してしまう。
前のバンドは、仮にも学校の人気者だったから、白々しい白けた空気とは言えお通夜に成らずに済んだが、この二人が相手では、彼ら彼女らを擁護し、鼓舞しようと歓声を上げてくれるお客などいないだろう。
なまじ知っている相手だからこそ、どうしても学校のカースト下位のはみ出し者たちという先入観が先に立ち、フラットな状態で相手をみる事ができない。
いっそ誰も彼や彼女のことをしらない状況の方がやりやすかっただろう、自分の学校というホームでありながら、何処よりもアウェイな状況だった。
そして、それは聴く側の私たちにとっても、先ほどより居た堪れない空気になることが確定的な気まずい状況でもあった。
……何やってんだか、正気じゃないわ
そこは、貴方達のような人が立っていてはいけない場所なのだと、少し考えれば分かっただろうに、と。
そんな憐れむような、呆れるような感想を抱きながら、空気を読めていない2人組の顔を見て、アレ何かおかしいと感じた。
「マイクテス、テス、ハッハッハ、あー、マイクの音、少し下げてください」
一匹狼の佐藤君は、まるで臆した様子もなく、それどころか堂々と戦うための準備を整えるようにマイクの音量に注文を付けると、睥睨するように私達を見下ろす。
その目に見降ろされて何故か、ゾワリと肌が泡立つのを感じた。
「……何か、全然、緊張してないわね」
「うん」
思いも掛けない、最後の出演バンドの面子にざわざわと会場が騒めく中、リンやフウカも何かやらかしそうな空気感を敏感に感じたのか、その場を離れることもせずに、たった二人だけでライブをしようという二人の姿を見詰める。
楽器を持っているのは、ぼっちの何とかさんだけだ。ということは、エレキギター一本の弾き語りだけで、ライブをやろうというのだろうか。
バンドというものについて、それほど詳しくないが、それは相当に挑戦的な試みのように思えた。
佐藤君は、何とかさんのギターのセッティングが終わるのを静かに待っていたが、準備が終わったのを見て取るとステージ(私達)に背を向けて何とかさんと一対一で向き合う。
私達からは背中しか見えない佐藤君の向こう側の何とかさんはギターを持ってガチガチになっていたが、佐藤君と向き合い何事かを話したのか小さく笑みを浮かべてみせたのが見えた。
「よし、じゃあ、ヒト、音合わせから行くぞ、いつも通りな、ワン、ツー」
その佐藤の声に合わせて。
ジャンガ、ジャ、ジャンガジャ、ジャ、ジャンガジャ
何とかさんのギターの音がメロディーを刻み始める。
そのギターは、確かなメロディーラインとして響いてきた。
そのことに、まず驚いた。
しっかりとギターの音が騒音ではなく、メロディーとして聞こえると。
そして、その驚きも、メロディーに合わせて佐藤が歌い始めた瞬間に、それらの驚きを一気に掻き消すほどの驚愕と一緒に全てを持っていかれた。
静かな抑え気味な抑揚のない歌声でありながら、その声の奥にジリジリと焦げて今にも爆発しそうな激情が秘められた、聞いているだけでゾクゾクと背筋が震えて緊張感を強いられるような力強い歌声だった。
洋楽らしく、英語の歌は聞き慣れないが、それでも耳に残り、頭の中に響き、主旋律のギターの音色と共に心に突き刺さるようなシンプルな奥深いメロディーに引き込まれて行く。
静かな出だしから始まった歌は、少しずつ、少しずつ、爆発する時を待つように佐藤の声と、何とかさんのギターのメロディーの音がグツグツと噴火の時を待つようにギュッと凝縮するように高まっていく感覚に、知らない曲の筈なのにゾワゾワと期待にも高揚感が募っていく。
何か来る、来る、来る―――
「――――――――」
そのウネリが最高潮に高まった瞬間に、佐藤の声が爆発した。
まるでダムが決壊したかのように、佐藤の声の圧が爆発するように圧倒的に高まり、それに呼応するように何とかさんのギターも歌うようにメロディーを爆ぜさせて音の圧を高めていく。
先ほどまで騒音を垂れ流していた、学校のスピーカーが本来の仕事を果たし、圧倒的な音の圧を私達に向かって押し流し、圧し潰すように襲い掛からせてくる。
その音の圧に、肌がビリビリと泡立っていくのが分かる。
その音の発生源を私達が呆然と見つめる中、その発生源である二人は、自分たちがステージに立っていることなど忘れたように、ボーカルの佐藤は私達に背を向けて、ギターの何とかさんも佐藤だけを見詰め―――。
―――お互い向かい合ったまま、まるで二人だけの世界の中で戯れ、力比べでもしているかのように、その圧倒的な歌唱力と、ギターテクを披露し合い、互いに相手が自分に付いてこれるかを確かめ合っているように見えた。
さながら何十、何百という狼の群れの遠吠えを直ぐ近くで聞いてしまったような、何処か聞く者に本能的な畏怖の念を呼び起こすような、人を食い殺さんばかりの圧倒的な音の圧力を伴った音色が、何故か胸の中を熱く震えさせた。
俺たちは、ここにいるのだと。
俺たちは、こんなものじゃないのだと。
閉塞感で息苦しい目の前の世界を変えよう、変えたい、変えてやるのだと、そう叫んでいるようで、これまで溜め込み続けていた鬱憤を爆発させたような熱を伴った音が聞く者の心を震わせるのだろう。
ああ、その一瞬に魂まで全部、持っていかれた。
そんなことを感じてしまうほど、二人の声とギターは私の心を瞬く間に虜にしていった。
そんな演奏も何とかさんの、チャラーンという演奏を最後に終わってしまう。
どうやら歌の一番だけを演奏して終わりらしい。
永遠のようにも感じられた時間が、実際には瞬きほどの時間だったことに驚きと一緒に感動のような思いを抱いてしまう。
「じゃあ、本番と行こうか」
そう、こんなに自分たちを引き込んでみせたプレイも、彼らにとっては音合わせのついでに過ぎないのだ。
「どうも、音の調整に時間を掛けてしまって、お待たせして、すいません。ここにいるほとんどの人が自分の事を知らないのではないでしょうか……自分たちはネックラーズことネックです。自分は佐藤元(ハジメ)、ギターは後藤ひとりです。ベースもドラムもいない、仮バンドですが、今日は精一杯歌って演奏するので、最後まで聞いてやってください」
そう佐藤は、お願いするように言いながら、その目は私達を一人残らず、ひれ伏せてやると言わんばかりに不敵な笑みを浮かべていて。
さっきまでの、何処か懐疑的で憐れむような、馬鹿にしたような空気は一切が払拭されていて―――誰もがただ圧倒的な存在を前に、仰ぎ見るように彼と彼女を見詰めていた。
そして、始まったライブの本番では、ほとんどⅯCを挟まず4曲が演奏された。
一曲目は、誰もが知る昔から有名な国内のロックバンドの一曲で、誰もが知るからこそ二人のギターと歌唱力の、技術の高さと凄さをさまざまと理解して…一曲目が終わった瞬間、会場にいる人間全員が圧倒されて釘付けになり、会場である体育館中から思わず「わぁぁぁ」「おぉぉー」という感嘆の声が上がると。
すぐさま続けて入った2曲目は今、流行の邦ロックの一曲で、一曲目とは違う高音域を中心としたアップテンポの歌を、自分たちの歌として原曲のイメージを残しつつも力強さを込めて歌いあげられて、生歌ゆえの迫力か、耳障りが良いだけのオリジナルよりも聞く者の心を、魂を震わせる一曲となっていて。その音が少ないからこそ突き刺さるギターと歌声に、まずステージの前に被り付いていた私達、女性陣がやられた。
2曲目の演奏が終わった瞬間に、キャーという黄色い悲鳴の声が上がり、大きな歓声が拍手と共に送られた。
3曲目は、一転してスローテンポのバラード調の曲で、それまでの音の圧で潰されそうだというような荒々しい歌唱から、どこか哀愁を帯びた、聞く者の傷に寄りそう、色気すらも感じさせるような伸びやかな声とメロディーが響き。ロックバンドのような騒がしい音楽が嫌いだという人間すらも虜にされてしまい、後藤さんの情緒的なギターソロの音色も合わさって聞く者の心を震わせた。
その圧倒的な演奏と歌に斜に構えていた男子たちも、3曲目の音楽が終わった瞬間、体育館中の人々がステージ前にまで押し掛けるように集まり歓声の声を上げていた。
そして、最後の4曲目は、オリジナルだという「ギターヒーロー」という曲だった。
「淀んでいく変わらぬ日々に、何か怒りを抱く。ただ新しい風が吹くことを願った」
繊細な歌詞を、何処か哀愁すら漂う色気のある声で佐藤君が歌い上げていく。
「白黒の世界で、カラーの華に憧れて、色が欲しいと声に出せない代わりに、夢を手に取り掻き鳴らす」
静かで伸びやかな歌声は、誰かの孤独に寄り添うように優しくて、同時にその奥にチリチリと燃え立つような怒りが秘められているようにも感じられて、聞く者を引き込むと同時にビリビリとした緊張感も同時に与えてくる。
「今の自分が認められるチャンスなどないと知っているから」
傷ついたものには優しく寄り添い、傷つけるものに反逆するように歌われる、そんな不思議な魅力のある歌声に乗ると、その歌詞に込められた感情がダイレクトに自分の胸の中に突き刺さるように心に響いた。
「夜風に乗って、歪(ゆが)み、歪(ひず)んで響いてゆけ、息苦しい今をぶち壊せるくらいに、掻き鳴らせ」
歌のサビでは、爆ぜるように声が荒々しくなり、狂わない音程の中で声の圧が爆発的に高まり、その歌詞の叫ぶような言葉を聞く者の耳に、心に、魂に焼け付くように刻み込んでいく。
「その音が響いている時だけは、ヒーローだから」
そうした佐藤君の歌のメロディーを支えるギターのシンプルながらも、やけに耳に残る歌うようなギターのメロディーが、時に佐藤君の歌と主役を交代しながら一つの音楽として昇華され、この二人だけの音色となって、二人の叫びを聞く者に届けてくる。
「それでもくれよ、今の自分が、新しい自分が認められる、生き返れるチャンスを、それだけでいいんだ」
あっ、やばい。
そう思った時には、目から涙が零れだしてしまっていた。
「変わらぬ自分を誇って、恥じて、生きていたい」
自分の中にある何処かで孤独が怖いと不安に思う気持ちと、自分がここにいていいのだろうかと自分の居場所に不安に思う気持ちが蘇り……それでも、それだからこそ、自分はここに居るのだと叫びたくなる。
「世風に乗って、歪(ゆが)み、歪(ひず)んで響いてゆけ、息苦しい今をぶち壊せるくらいに、掻き鳴らせ」
その、きっと誰の心の中にも少なからず、何処かにある恐れを、不安を叫びながらも、それだけじゃないのだと、一歩踏み出すだけ世界は変わってくれるのだと、心に寄り添って弱い自分を認めるように寄り添ってくれながら、同時に心の中の強い自分を奮い立たせる勇気をくれる。
「その音が響いている時だけは、ヒーローだから…掻き鳴らせぇええー」
そんな、繊細ながらも、とても力のある曲だった。
佐藤君の自分の奥底から絞り出すようなブルースの籠った歌を引き継ぐように、後藤さんの激しい、叫び歌うようなギターソロの音色を最後に、その曲はチャラーンと静かに終了した。
一瞬の静寂の後、1曲を終えるごとに会場から少しずつ歓声の声が上がっていった会場は、4曲目の演奏を聞き終えた瞬間、その日の最高潮となる会場全体が熱狂したような大歓声に包まれたのだった。
4曲目のオリジナル曲のところは、「ギターと孤独と蒼い惑星」の歌詞をお借りしようと思ったのですが、何やら楽曲コードなるものが必要になると聞いて、何か難しくて良く分かんないし。
仕方なく、それっぽく劇中歌的な感じでオリジナルで作詞しました。
作詞の知識などまるでないので、あんまり突っ込まないでもらえると助かります。
あんまり不評だったら「―――――」とかにするかもです。
12月11日時点で、4曲目の歌詞を一部だけ修正しました。
前の歌詞を好きだと言ってくれていた方には申し訳ありません。