世には、「高校デビュー」なるものがあるという。
詳細な言葉の定義は、未だ広辞苑等に正式に記載されていない(と思われる)ため正確ではないが、インターネットなどで簡単に調べてみる限り、今までの自分のキャラを脱ぎ捨てて、自分に新たなキャラ付けをすることであると思われる。
芋臭い少女が、垢抜けたオシャレ女子に変身したり。
地味な目立たない男の子が、不良のイケイケ男子に変貌したり。
その逆に、派手目のギャルっぽい少女が、清楚系少女に擬態したり。
ヤンチャ坊主が、ガリ勉に目覚めたりと。
これまで成りたくても、成れなかった自分に、高校入学という環境が一変するタイミングでキャラをチェンジするのだ。
と言っても、大学進学などと違って、普通なら進学先が限られる高校入学では、そこまで大幅にキャラチェンジをすると中学時代を知る同級生にアイツ、高校デビューしたんだぜという目で見られることが怖くて、そこまで大それたことは中々できないものだ。
だが、ひとりと自分ならば何の遠慮もなく、それを実行することができる。
なにせ、そのためにスポーツ推薦等を貰った訳でもないのに、絶対に中学時代の自分たちのことを知る同級生がいない、片道2時間を掛かる東京の高校にわざわざ進学したのだから。
……誰も私のことを知らない高校に進学したい、と。
死にそうな目で———もとい、死んだ目で懇願されて、否と言えるほど自分は非情には成れず。
一緒の高校に進学しようと約束していたひとりと自分は、晴れて東京・下北沢近郊にある秀華高校に進学を果たした。
これから1年間に220日ほど学校に通うとしたら、3年間で通学時間だけで2640時間もの時間を使う計算になる。
近郊の高校に入学したならば、使う必要のなかった無為な通学時間を過ごす代価に手に入れた高校デビューのチャンスだ。
なんとしても、この高校デビューのチャンスをものにしなければならない。
そう、なんだかんだ言って、このチャンスは自分にとってもチャンスだ。
中学時代に人間関係が面倒臭くなって一匹狼となってしまった自分の数少ない交友関係は、言ってしまえば小学校時代の財産を食い潰しながらも手元に残っていた貴重な宝石のようなものだ。
その貴重な財産も高校進学で、ひとりを除いて無くなってしまった以上、このままのキャラのままでは高校在学中、ひとり以外に友達がいない、何処に出しても恥ずかしくない立派なぼっちが完成してしまう。
なにせ、自分でいうのも何だが、無駄に身長が高く、愛想がなく、普通にしているだけでも怒っていると尋ねられるような強面気味のヌボーッとした男だ。
これでイケメンだったら、それもキャラとして認められたのかもしれないが、柔道部時代の顧問の先生に、何処にでもいそうな顔だよな、としみじみと言われるような典型的なフツメンである。
何とか、せめて体育の授業とかで、ペアを組む時に困らないくらいの交友関係は作っておきたいというのは偽らざる本音だ。
そして、そういう個人的な願望は別としても、自分たちのバンド・ネックラーズ(仮称)として活動していくためには、自分がベースに転向することを視野に入れたとしても最低限、ドラムをやってくれるメンバーだけは絶対に見つけなければならない。
そのためには、ある程度、広い交友関係があることが必須であり……そこまで行かなくても、せめて学校内で悪目立ちするような立ち位置になることだけは避けたかった。
そのために、どうすれば良いか、自分とひとりは、二人だけのバンド練習後や後藤家で夕食をごちそうになる際などに話し合いを重ねた。
やはり、パリピこと、パーティ・ピーポーに擬態するべきではないか。(ひとり案)
自己紹介で、ドギツイギャクをぶち込んで愛嬌のある明るい陽気なキャラに成りきるべきではないか。(ハジメ案)
そうした案が一時は、有力候補として浮上したが、実際に予行演習を行ってみた結果。
……あまりにも痛々しく……
後藤家のご両親に、真剣に霊媒師に除霊してもらっては、どうかと薦められるに至り頓挫した。
そうした醜態を晒して、少し冷静になった自分たちは結局、原点回帰を果たした。
バンドメンバーを集めるために友好関係を広げたいのだから、そのためのキャラ付けをすべきだろう。
つまり、バンドマンであるというキャラを前面に押し出せばいいのだ、と。
そうバンドマンである、少なくとも素のままの「一匹狼」と「ぼっち」というネックラーズの二人組よりは、高尚な存在であるように思えたのだ。
これだ、と俺達は手を叩いて喜び合い、自分たちの高校デビュー計画の方針を決定した。
そして、入学式が終わった次の登校日。
まだ、交友関係が流動的なこの日にこそ勝負を賭けるべきだろう。
ようやく朝日が昇り始めたばかりという早朝の時間。ハジメは、ギターを背負い、学校の制服の上着を脱ぎ捨てて、お気に入りのバンドTシャツを身に着け、後藤家までひとりを迎えにいく。
ピンポーンというチャイムを鳴らすと、直ぐさま玄関が開き、待ちかねたようにひとりが出てくる。
「お、おはよう、モト君」
「ああ、お、おはよう」
そして出てきた、ひとりを前にして、「負けた」という強い敗北感を覚えた。
ひとりは、秀華高校の可愛らしい制服を脱ぎ捨てて、バンドTシャツの上にピンク色のジャージの上下を着るという恰好に、サングラスを掛け、ヘアバンドを巻き、ゴテゴテのアクセサリーを首から掛けるという凄い恰好で、ギターを背負い。
さらに、両腕にバンドの物販などで売られる大量のラバーバンドを付け、手に持ったトートバッグにもこれでもかと言わんばかりにバンドのロゴの入った缶バッジを付けている。
全身で、バンドマンである、自分は、バンドに関心がありますと主張するひとりを前にして。
バンドTシャツを着て、ギターを背負っただけでバンドマンだと満足していた、今までの枠内の延長線上に留まっていた行動力のない自分が恥ずかしくなる。
そうだ、何かに本気になるとは、こういうことなのだろう。
「凄いな、ヒト、それなら絶対に話し掛けて貰えるな」
「えへ、ぅえへへへへへ、で、でしょう、中学の時は、持っていたグッズをちょっとずつ小出しにしたせいで、アピールが足りなくて誰にも話し掛けてもらえなかったから、今回は全部盛にしてみたんだ。こ、高校デビューだしね」
「なるほどなー、俺ももう少し何か持ってくれば良かったかなぁー」
「あっ、じゃあ、モト君にも、これ貸してあげる」
ヒトが両腕に付けていたラバーバンドを左右それぞれから2つずつ外すとハジメの腕に付けてくれる。
「えへへへへ、これでバッチリだね」
「ああ、ありがと、これでバッチリだな」
「う、うん、これで私達も高校デビューだよ」
そんな謎の自信に満ち溢れた二人のド天然は、意気揚々と片道2時間を掛ける高校の「高校デビュー」に挑み。
……片方は、原作通りに惨敗し。
………もう片方は、また原作に改変を引き起こしていくのだった。
悲報、モト君、自覚のないド天然であることが発覚。
やっぱり、本当に兄妹同然なら美的センスは似てなくちゃね。